「公二さん、やっぱり行っちゃうんだね……」
「ああ、お上の命令には逆らえない……」
「生きて帰ってきてね……」
「ああ……もし帰ってきたら、結婚しよう……」
「はい……」

太平洋戦争末期
主人 公二と陽ノ下 光
時代の流れに翻弄された恋人達がここにも 

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昭和二十年八月
公二は、鹿児島県知覧の知覧飛行場にいた。
ここは、最前線の陸軍特攻基地であり、特攻隊の訓練所でもあった。
陸軍訓練所で戦闘機の訓練を受けていたとき、特攻隊応募があった。
大日本帝国はもはや敗色濃厚であったが、国家の危機を救おうと我先に立候補した。
そんな雰囲気の中では公二も応募せざるおえなかった。
特攻基地に到着した翌日のこと。

「おい、公二。何やっているんだ?」
「ああ、匠か。花に水をやっているんだ」
「おいおい、これから戦闘にいく奴が花に水やりとはこの軟弱者めって、憲兵に怒られるぞ」
「純もいたのか」
「別に水やりぐらいいいだろ。」
「まあな」

公二と話しているのは坂城匠と穂刈純一郎。
公二と同郷で同じ年。さらに大の親友であった。
彼らは公二とは別の訓練所からやってきて、偶然ここで再開したのだ。

「しかし、戦争いつ終わるんだろうな」
「米軍が沖縄に上陸したそうだぞ」
「沖縄でも戦況は不利との情報もあるぞ」
「俺たちは負けてしまうのか……」
「そうなれば、すぐにでも特攻機にのらないとな……」
「いよいよ、この世ともおさらばか……」
「……」
「美幸さん……」
「楓子さん……」
「……」

思わず、匠と純一郎は、愛しい人らしき名前をつぶやいていた。
それを公二は聞き逃さなかった。

その晩のこと、

「主人大尉、坂城中尉、穂刈中尉。今すぐ本部へ来てくれ」

3人は本部へ呼び出された。

「主人大尉、坂城中尉、穂刈中尉。只今参りました」
「よく来てくれた。実は、明日の特攻隊だが一人が急病になってしまって、飛行機が一つ余っているのだ」
「と、いいますと……」
「君達3人の中から、明日特攻機に乗る人を募りたい」
「……」
「……」
「誰かいないかね?」

「わかりました。私が乗らさせていただきます」

「公二!いいのか!」
「ああ、おまえたちが死ぬと美幸さんや楓子さんが泣くだろ?」
「し、知っていたのか!」
「な、なんでそれを……」
「昼間つぶやいていたぞ」
「お、お前は待っている人はいないのか!」
「ああ……い、いないよ……」
「では、主人大尉。明日の突撃のための準備をしてくれ!」
「はい!了解しました!」
(光……許してくれ……俺は友を見捨てるわけにはいかない……)

翌日。公二は匠と純一郎に別れのあいさつをした。

「公二、成功を祈っているぞ」
「ああ、ありがとう、絶対に成功させる」
「公二、すまない、俺たちのために」
「気にするな、俺たち友達だろ」
「……」
「なあ、匠、お前に頼みがある」
「なんだ、公二、お前のためならなんでもしてやる」
「もし、匠が生きていたら、これを故郷にいる陽ノ下 光という女性に渡して欲しい」
「ああ、わかった……でも、その光さんとお前はどういう関係だ?」
「ただの幼馴染みだよ……俺の一番大切な……」
「それって、まさか……」

匠がそう言いかけたそのとき、

「主人大尉!出発の時間だ!」
「はい!今行きます!……じゃあ、匠、純、行ってくるよ」
「絶対に成功させろよ」
「俺たちもすぐに行くとは思うけどな」
「ああ、天国で待ってるよ」

こうして、公二は機上の人となった。

(光、ごめん、約束守れなくて……でも、こんど生まれ変わったら結婚しような……)

公二は心の中でつぶやきながら、アメリカ戦艦に突っ込んでいった。

一方、匠と純一郎はその後、特攻基地で玉音放送を聞くことになる。


昭和二十年十二月
太平洋戦争が終結し、戦地にいた兵士が戻ってきた。
光は公二が帰ってくるのを待っていた。

「公二さん……早く帰ってきて……」

どん!どん!どん!

光の声に反応するかのように、扉の叩く音が聞こえてきた。

「公二さん!」

光は急いで玄関に向かった。
しかし、そこには……匠と純一郎の姿しかなかった。

「確か、坂城さんに穂刈さん……」
「陽ノ下さん……」
「公二さんは……」

匠と純一郎はうつむいたまま首を振った。

「まさか……」
「ああ、特攻機に乗って、アメリカの戦艦に突っ込んでいたよ……」
「そんな……」
「しかも、あいつが最後の特攻機だったんだよ……」
「……」
「馬鹿だよ、あいつ……おまえたちが死ぬと彼女が悲しむだろって……自分で志願しやがって」
「公二さんが……」
「あいつはお人好しで大馬鹿だよ……自分にも最愛の人が待っているのに……」
「……」

匠と純一郎はうつむいたまま話していた、泣くのを我慢しているようだった。
匠が光に話しかけた。

「実は、陽ノ下さん、今日ここに来た理由は別にあるんだ」
「えっ?」
「あいつが、出撃前に俺に頼んだ事があるんだ」
「何を?」
「これを、光に渡してくれって」

匠が光に渡したものは一個の球根だった。

「これは……」
「あいつが言うには、紫のチューリップらしい」
「!!!」

花の名前を聞いた光の瞳から涙があふれてきた。

「陽ノ下さん!」
「あのね、花にはそれぞれ花言葉っていうのがあるんだけど……これの花言葉は……」
「紫のチューリップの花言葉は?」
「……不滅の愛……」

それを聞いた匠と純一郎は顔を挙げることができなかった。もはや、こみあげるものを我慢できなかった。

「やっぱり、あいつは馬鹿だよ……そこまで思っていながら……ううっ……」
「ああ、とんでもない大馬鹿野郎だよ……ううっ……」
「坂城さん、穂刈さん……」
「陽ノ下さん……」
「泣かせてもらっていいですか?」
「ああ……」

「公二さぁぁぁぁぁぁん!」

光は匠と純一郎に飛びついて泣いていた。

次の日、光は空襲の被害がまだ残っている街中に出ていた。

その手には、一個の球根があった。
光はその球根を埋める場所を探していた。

光の目は赤く腫れていた。
昨日の夜は、一晩中泣いていただろう。

「公二さん……私たちの愛って、一輪の花のように、か弱いものだったの?……」
「大雨が降り、台風が吹けば消えてしまうものだったの?……そんなことないよね……」
「私たちの愛は咲かなかったけど……せめて、この花は咲かせたい……」
「でも、どうすれば……ん?あれは?」

ふと、光が顔を挙げると、そこには戦火を免れた一本の大樹があった。

「あの樹の下なら……この花を守ってくれる……」

光は大樹の所へ行った。そして、大樹の根元に公二からの紫のチューリップの球根を埋めた。

「お願いです、この花を守ってください……この愛の花を咲かせてください……」

光は大樹に向かって祈った。

「咲かない愛の花は、私たちで最後にしてください……」

光の頬には、一筋の涙がつたわっていた。


昭和二十一年三月
冬の寒さも無くなり、暖かなある春の日。

あの大樹の下に、一輪の紫のチューリップの花が咲いていた。
その花は華やかで寂しそうであった。

しかし、光はその花を見ることはなかった。
あれから、しばらくして被害の少なかった離れの街へ引っ越してしまったのだ。

彼女がそれから、どのような人生をたどったのか、まったく知る術はない。
ただわかっていることは、公二のことを想い続け、一生結婚しなかったことだけである。


平成十一年三月
戦争が終わってから、幾十年もの歳月が流れた。

あれからしばらくして、あの大樹の隣に高等学校ができた。
大樹はその高校の校庭に今もその雄大な姿を表している。

あの大樹の下にはもう紫のチューリップはない。

しかし……

その高校ではいつしか、
「卒業の日、校庭のはずれにある古い大きな樹の下で、女の子から告白して生まれたカップルは永遠に幸せになれる」
という伝説が生まれていた。

あの大樹は紫のチューリップがなくても、光の願い通り愛の花を守り、咲かせ続けたのだ。
そして今日も、あのとき公二と光が咲かせなかった愛の花がまた咲こうとしている。

「世界中のだれよりも、あなたが……」
「俺も、詩織のことが……」




END

後書き 兼 言い訳

どうしても、ひかりんって悲劇のヒロインが似合うから書くんだよなぁ(すごい言い訳)

伝説の樹、伝説の鐘はどうして伝説になったのだろう。
これをテーマにしたSSはたくさんあります。
たいてい戦時中が舞台のお話だったと思います。

それに、戦争で引き裂かれた恋人はたくさんいたと思います。
もし、ときメモの彼らがそうだったら……
そんな思いから、このSSができました。

でも、なぜか伝説の鐘ではなくて、伝説の樹の由来になってしまった……
たぶん、ときメモ1の伝説の樹の由来がテーマの、ときメモ2のSSというのはたぶんないと思います。

こんなSSもありでしょ、ということにしておいてください(笑)

(御参考までに)
鹿児島県知覧は本当に特攻隊の基地がありました。
今でも、基地の場所には知覧特攻平和会館があり、特攻隊の遺書や遺品が数多く展示してあります。

(再公開にあたっては、これはそれほどの修正はしていません)

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