男は講義を受けずに教室を出た。
 
心の傷はまだ癒えていなかった。
あの場所にいるのが耐えられなかった。
あの2人を見ることができなかった。
 
男は独りぼっちだった。 



振り回された男、奪われた女
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一流大学のキャンパス。
 
1コマ目の授業が始まっている時間。
一人の男性が講堂前の広場をさまよっていた。
 
男は、今年から一琉大学に入学した。
今日は大学のオリエンテーションが終わり、講義が始まる最初の日だった。
 
しかし、彼は教室にはいなかった。
いや、いることができなかった。
教室で目にしたある風景が耐えられなかったのだ。
 
「まだ、俺には辛すぎるよ……」
 
彼はそうつぶやき、キャンパスを歩いていた。
 


しかし、この時キャンパスにはほとんど人はいなかった。
上級生はこの時期朝早くここでふらつく人なんていない。
真面目に授業に出るか、寝ているか、サークル部室にいるか、バイトをしているかである。
新入生は間違いなく、講義にでているはずだ。
入学して最初の講義を聞かずに飛び出す馬鹿はそうはいない。
 
いや、ここにいた。
 
「しかし、どうしよう……やることないし……ん?」
 
ふと見ると、ベンチに腰掛けている長い髪の女性がいた。
彼女はうつむいたままで、泣いているようにも見えた。
 
男は思わず声をかけた。
 
「あのぅ……どうしました?」
「えっ……」
 
女は声のする方を向いた。
 


「あっ……」
「あっ……」
 
2人は見つめたまま数秒間固まってしまった。
 
 
女はとても綺麗な女性だった。
体のどのパーツも欠点がなかった。まるで芸術品のようだった。
それに体中から、清楚さ、優しさ、美しさが溢れていた。
 
男はそう感じた。
 
 
男はとてもたくましい男性だった。
顔は二枚目とはいえないが、自分を包み込むような雰囲気があった。
それに体中から、優しさ、たくましさ、純粋さが溢れていた。
 
女はそう感じた。
 


沈黙の後、女は男に声をかけた。
 
「あの……あなたは?」
「俺は、講義初日に講義を飛び出した、女々しい工学部1年生だよ」
「えっ……あなたも?」
「えっ……じゃあ君は?」
「私は……講義初日に講義を飛び出した、あきらめの悪いの経済学部1年生ってとこかしら」
「君も……」
 
2人は驚いていた。
講義初日に飛び出した馬鹿は自分だけだと思っていたからだ。
 


「あなたは……なぜ講義にでなかったの?」
「ちょっとな……教室にいるのが辛かったんだよ……」
「ねぇ……なぜ辛かったの……」
「それは……」
 
男は言うのを迷った。
それは自分の心の傷をさらけ出すことになるからだ。
しかし、彼女にならと思った。
 
「ごめん……なんか思い出させちゃったかな……」
「聞いてくれるか?」
「えっ?」
「俺の高校時代の話……」
「いいよ……」
 
そうして男は去年高校にいたときの話を始めた。
 

おれは、ひびきの高校ってところにいたんだ。
進学校ってわけじゃないけど、人気がある高校だった。
 
俺は高校入学のときひびきのに戻ってきた。
小2のときまでそこにいたんだ。
でも親の都合で引っ越したけど。
 
高校入学して驚いたのは、そこに俺の幼馴染みが一緒だったんだ。
引っ越す前は家が隣だった子で、泣き虫の女の子だった。
そんな女の子が、可愛くて明るい魅力的な女の子になっていた。
 
彼女、俺の事を覚えててくれた。7年ぶりの再会ってやつだ。
 
それから、デートってわけじゃないけど、2人でいろんなところに遊びに行った。
 
いつからか、俺はその女の子を幼馴染みではなく一人の女性として見るようになっていた。
彼女に恋してしまったんだ。


「幼馴染みか……」
「俺たちは本当に仲が良かった、卒業式には告白して伝説の鐘の祝福を受けたいと思っていた」
「伝説の鐘?」
「ああ、卒業式の日に伝説の鐘の祝福を受けて誕生したカップルは永遠に幸せになれるって伝説……」
「伝説……」
「でも……あることで俺たちの関係が崩れてきたんだ……」
「えっ……」
「とあることから、通販で買い物をしたんだ……」
「それが?」
 

その日にやってきた、宅配屋が問題だったんだ。
 
その宅配屋がバイトなんだけど20才の女性だったんだ。
俺が言うのもなんだけど、スタイルは抜群で美人の女性だった。
 
そのときは、普通に受け取りをして終わった。
 
問題はその後だ。
 
彼女、俺と幼馴染みとのデートに必ず現れるようになったんだ。
バイト中だとかいって。
 
ファーストフードの定員、ティッシュ配り、レストランの定員、プールの監視員にクリスマスのケーキ売り。
驚くぐらいに色々なバイトをやっていたよ。
 
現れるだけならいいけど、俺になれなれしく声を掛けるんだ。
「よっ、少年!今日もデートかね?」とか言って。
 
俺は早く幼馴染みとデートしたいのに強引に話かけるんだ。
逃げようともしたが、腕を強く捕まれて逃げることもできなかった。
あいつ女なのにすごい腕力していたな。
 
俺が他人とそれも年上の美人の女性に、長い時間話しているのを見たら誰だって怒るよ。
幼馴染みは必ず怒って帰ってしまったよ。
弁解しても聞いてくれなかった。
 
「デートで恥をかくようなことをしちゃだめよん♪」とかいうけど、
女を怒らせて先に帰らせるような恥をかかせたのは誰なんだ!まったく。
 
幼馴染みとの関係も少しずつ変になっていったよ。
なんとか関係を回復しようとデートに誘うが彼女が現れてもっと悪くなるの悪循環。
 
そして、卒業式間近になって聞いたよ。
彼女が俺のクラスメートと恋人になったって事。
どうやら、俺たちの関係が不安定な時期から猛アタックをかけたらしい。
 
そう、俺は振られたんだよ。


「そうだったの……」
「くやしいよ……俺、何も悪いことしてないよ……なのに……」
「それで、バイトの女性とはどうなったの?」
「ああ、それでその女性と付き合っていれば、まだ救いはあったよ……でも」
「えっ?」
 

卒業式の後、俺は一人で家でTVゲームをしていたよ。
友達と卒業記念に遊びに行こうって誘われたけど、そんな気分じゃなかった。
 
そのときのあの女性が現れたよ。
彼女なんていったと思う?
 
「これからダーリンと世界を回るの。だからお別れを言おうと思って」だってよ。
 
さすがに俺も怒ったよ。
「なに!じゃあ、なんで今まで俺につきまとった!」って。
そしたら彼女の返事がこうだ。
「初めてあったときに少年に一目ぼれしたの。それで私に振り向いて貰おうとしたけど無理だったから」
 
どうやら、高校時代から付き合っていた彼と関係がぎくしゃくしていたんだって。
その不満を一目ぼれした俺と付き合うことで解消しようとしたらしい。
でも、俺は幼馴染みにしか興味はなかった。それで彼女は俺と付き合うことをあきらめたらしい。
そんなときに、彼女は彼とよりを戻したんだってさ。
それが卒業式の前日だって。


「そうだったの……」
「そう、俺は独りぼっちになったってわけ……」
「じゃあ、もしかして……」
「ああ、講義を飛び出した訳ってな……」
 

幼馴染みと俺。同じ一流大学工学部に入学したんだ。
そうだよ、最初は一緒の大学に入ろうってお互いがんばったんだから。
 
問題は幼馴染みの彼も一流大学工学部に入っていたんだ。
あいつ、幼馴染みと同じ大学に入ろうと夏休みから猛勉強したんだってさ。
 
大学入学を辞退しようとおもったが、他に合格した大学はなかったし。親に負担は掛けたくないかった。
結局ここに入った。
 
そして、今日だ。
教室に入ったら、教壇の前で仲良く座って話している2人が目に入ってしまったんだ。
2人ともとても幸せそうだった。
 
ずっと好きだった女性が他の男と一緒にいる、それも振られて間もないんだ。
俺そこにいるのが耐えられなくなった。
いつの間にか俺は教室から飛び出していたよ。


「それで……」
「ああ……俺は好きでもない一目ぼれの女性に振り回された結果振られてしまった情けない男だよ……」
「……」
「一目ぼれなんて大嫌いだ……」
「私も……」
「えっ……」
「私の高校時代の話……聞いてくれる?」
「ああ……」
 
女は去年高校にいたときの話を始めた。
 

わたしはきらめき高校ってところにいたの。
部活にも熱心な有名な進学校。
 
実はわたしも幼馴染みがいたの。
わたしの場合、生まれてからずっとお隣の男の子。
誕生日も一緒なの。
 
小さいときから仲が良くて、小さいときの思い出は全部あの人と一緒だった。
 
自慢するわけじゃないけど、わたしは勉強はできた。
ずっと学年で一桁だったわ。
 
でも彼は入学当初は赤点寸前。
でもね、彼、夏からもう勉強しだしたの。
「なぜ?」って聞いたら「おまえに追いつくように、おまえにふさわしい男になるように」だって
とっても嬉しかったな。
3年生になってからはずっと、学年トップ。自分のことにように嬉しかった。
 
入学してからから何度もデートもしたわ。
高校時代の思い出も彼と一緒だった。


「幼馴染みか……」
「告白しようとしたけど、伝説が気になってできなかった……」
「えっ、伝説?」
「うん、卒業式に伝説の樹の下で女の子から告白してできたカップルは永遠に幸せになれるって伝説……」
「そうなんだ……」
「どうせなら、伝説を信じたい。ずっと彼と幸せになりたいって思ったの……」
「その気持ち、すごくわかる……」
「でもそれがいけなかったの……」
「えっ、どういうこと」
 

彼、不安だったたかもね。
わたしが好きって言わないから。本当に自分が好きなのか不安だったのかもしれない。
それで、彼が告白しようとするとわたしが「待って」って言ったから余計に不安にさせたかもしれない。
 
それもこれも伝説の為。でもそれがいけなかったの。
 
わたしはずっと彼と一緒にいた。何度もデートした。でも彼は不安なままだったかもしれない。
 
そんなときに、現れたの
一人の女の子が。
 
彼女、ことあるごとに彼にぶつかっているみたいだった。
彼とのデートの時には必ず現れていた。
わたしも見つけたから間違いないわ。
 
彼に「彼女誰?」って聞いたら。彼、「さあ、よく俺にぶつかる変な奴」って答えた。
確かに彼も最初はそう思ったかもしれない。
 
でも、だんだん彼の様子が変だった。デートのとき、誰かを探しているようになったの。


「それってまさか……」
「そう、あの女の子の姿を探していたの……」
「その女の子ってどういう子なの?」
「わたしが見ても可愛いって思える女の子だったわ」
「へぇ……」
「それでも、彼はわたしを誘ってくれた、卒業後も一緒にいてくれると思っていた……でも」
「でも……」
 

ここからは、わたしと彼女共通の友達から聞いた話だから本当かはよくわからない。
 
彼女、入学式の時から彼に一目ぼれしたんだって。
でも彼女かなり内気な子だったみたい。
だから、話しかけることができずにぶつかることでしか接触できなかったんだって。
 
そして、卒業式前に勇気を出して彼をデートに誘ったの。
彼もわかっていたみたい。あの女の子だって。
 
そのデートのときに彼女、彼に告白したんだって。
「あなたに恋人がいるのはわかってます!でも、やっぱり一目ぼれを信じます!私、あなたが好きです!」
そう言っていたみたい。これも友達から聞いたんだけど。
 
そうしたら、彼は
「俺、いつの間にか君の姿を探していた。俺、君のことが好きになっていたんだ。俺、君のことがもっと知りたい!」
だって。そう、告白を受けちゃったの。
 
そして、卒業式の日、私は振られたわ。彼から直接言われちゃった。
「ごめん、君とは付き合えない。君も好きだけど、彼女の方がもっと好きになってしまった……」
彼はそのあとも色々言ってたみたいだけど。頭の中が真っ白でなにも覚えてないわ。


「そうだったのか……」
「そう、私も独りぼっちになったの……」
「じゃあ、まさか……」
「そう、講義を飛び出した訳ってね……」
 

私と彼もやっぱり同じ一流大学経済学部に入学したんだ。
あなた達と同じ、一緒の大学に入ろうってお互いがんばったんだから。
 
それで彼女も一流大学経済学部に入っていたんだ。
理由はあなたの場合とおなじ、彼と一緒の大学に入りたかったんだって。
思い出してみると、彼女もずっとテストは上位だったの。
 
私も、大学入学を辞退しようとおもったが、それはできなかった。
結局ここに入ったの。
 
そして、今日。
教室に入ったら、教壇の前で仲良く座って話している2人が目にしたの。
2人ともとても幸せそうだった。
 
ずっと好きだった男性が他の女性と一緒にいるところ、それも振られて一月たってない。
いつの間にか私は教室から飛び出していたわ。


「それで……」
「そう……私は18年の恋の相手を一目ぼれの女性に奪われた寂しい女よ……」
「……」
「一目ぼれなんて大嫌いよ……」
「……」
 


「ありがとう……なんかすっきりしたわ」
「俺も……気持ちが落ち着いた」
「2コマ目……勇気出して出てみようかな」
「俺も……このまま現実に逃げてはいけないよな」
「うん……」
「そうだ、名前聞いてなかったね」
「そうね……私は藤崎詩織」
「俺は渡瀬公一」
「また、どこかであいましょうね……」
「ああ、どこかであおうな……」
 
こうして、2人はそれぞれの教室に戻っていった。
 


次の日。
朝早い1コマ目。
男はまた、講義にでていなかった。
 
「やっぱり……俺ってそんなに過去を引きずっていたのか……」
 
そうして昨日あの女性と出会ったベンチにむかう。
 
そこには彼女がいた。
 
「藤崎さん……」
「渡瀬くん……」
「俺……やっぱりだめだった、あれから家にかえっちまったよ」
「私も……駄目だった。結局そのまま家に帰ったわ」
「俺……どうしよう、このままじゃ駄目になる……」
「私も……どうしたらいいの……わからない……」
 
2人は黙ってベンチに座ったままだった。
 


しばらくして男が口を開けた。
 
「なあ、藤崎さん……」
「なに、渡瀬くん……」
「いっそのこと……留年しないか?」
「えっ?留年!」
「4月早々いうのはおかしいかもしれないが……このままだと、苦しいまま1年を過ごすことになる」
「そうだね……」
「学年が違えば、逢う可能性は少なくなる……」
「そうね……」
「でも、それだけではただ現実から逃げるだけだ……」
「えっ?」
「俺たちまだ、現実を受け止めるほど強くない……もっと強い男になりたいんだ」
「私も現実を受け入れられない……もっと強い女になりたい」
「1年間社会に出てみたい。それで強い男になって2人と向かい合いたい」
「……」
「心から笑って『元気?』って言えるようになりたい……」
「そうね……わたしもそうなりたい……」
 


「できれば……藤崎さんと一緒に強くなりたい……」
「えっ?」
 
「俺……昨日藤崎さんと逢ったときから……君を好きになってしまったんだ!」
「えっ?」
「藤崎詩織さん。俺と付き合ってください!」
「渡瀬くん……」
「やっぱりだめだよな……1月前に18年の恋が破れたのに、昨日出会った男となんて……」
「……いいよ」
「えっ?」
 
「私……昨日渡瀬くんと出会ったときから……あなたを好きになってしまったの!」
「それって……」
「渡瀬公一くん。私と付き合ってください!」
「藤崎さん……」
「あなたと一緒に強い人間になりたい……」
「藤崎さん!」
「渡瀬くん!」
 
2人は感極まって抱き合った。人目なんて関係なかった。
長い時間、何も言わず抱き合ったままだった。
 


「俺、藤崎さんに一目ぼれしてしまったんだ……」
「私も、渡瀬くんに一目ぼれしてしまったの……」
「一目ぼれなんて大嫌いだったのに……」
「私達が一目ぼれするなんて……」
「神様は俺たちを馬鹿にしているのか……」
「そうね、私達をもてあそんでいるかも……」
「だったら、とことん馬鹿になる」
「えっ?」
「こうなったら一目ぼれした藤崎さんを徹底的に愛してやる!」
「私もよ、一目ぼれした渡瀬くんにとことん愛するんだから!」
「じゃあ、藤崎さん。行こうか?」
「はい!」
 
こうして2人は校門から出ていった。
次の日から、2人が学校に現れることはなかった。
 

そして1年後、2人は学校に戻ってきた。
いろんな所を旅し、いろんな所で働き、いろいろな人と出会い、
精神的にひとまわりもふたまわりも大きくなった2人の姿がそこにはあった。
 
「帰ってきたな……詩織」
「そうだね……公一くん」
「俺たちの大学生活、もう1回スタートだな」
「そうだね……」
「まずやることは……」
「もちろん!幼馴染みに逢うこと!」
「突然いなくなったから、心配していたみたいだったからな」
「そうだね……」
「笑顔で逢おうな『久しぶり!』って」
「もちろん!」
「今なら、2人に心から祝福できる……」
「私も……」
「じゃあ、夕方ここで!」
「うん!じゃあね!」
 
2人はそれぞれの教室に向かった。
それはちょうど1年前、2人が見せた寂しい顔ではなく、心から満たされた顔だった。





END
後書き 兼 言い訳
 
単発作品の中で一番反響の多かった作品です。
公一と詩織。とんでもない組み合わせで反響が心配でしたが、思った以上の反応で驚いた記憶があります。

「愚痴る男・愚痴る女」に引き続いて、テーマがあります。
「詩織一筋だったのに222イベントで一発KO。そのまま見晴一筋になったため、捨てられた詩織」
「光一筋だったのに、デートの度に舞佳に邪魔されたため光に逃げられ、卒業式の日に舞佳も現れず、一人TVゲームをすることになった公一」です。
 
見晴と舞佳。「神出鬼没」という点で共通属性ですが、もう一つ「一目ぼれ」を無理矢理共通にしてみました。
見晴はご存じの通り、一目ぼれした女の子です。
でも、舞佳はどうして好きになったかは本編では知ることはできません。
いきなり訪れた家の年下の男を好きになる。この理由を「一目ぼれ」と仮定しました。
 
このお話では、極力名前は押さえています。
したがって、回想部分の会話は不自然かもしれませんが、あえてそうしてます。
また、公一の幼馴染みの恋人も特定してません。
 
エンディングは色々ご意見があると思います。
自分的にはこういう終わり方もひとつの例かな?と思います。

P.S.この作品はMROの影響をまったく受けておりません(いや本当)

(再公開にあたっては、ほとんど修正してません)

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