77777HIT達成記念SS“S”

Fieldの 紅い伝説 
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25th Game「熱血マネージャー〜虹野 沙希の情熱〜」外伝???

意地
―― KYOU's storong will ――



Starring
KUONJI KYOU

written by awanokami

                                                                                                                              









別に、それは普段からごくごくありふれた展開だったと思う。   
トップ下のナツこと奈津江が高く昇げたゴール前へのハイボール。
これをそのままシュートに持ち込めるかは別として、FWのあたしと詩織がペナ(ルティ)・エリア内へ斬り込む。
うちの中学でバスケ部司令塔だったSG(スモール・ガード)時代もそうだったけど、本当に奈津江は前線の動きを良く見て、先を読んだパスを出して来る。
使う部分が手から脚に代わっても、フィールドが広がっても大した問題じゃないらしい。
まあ、その辺りの感覚に関しては同様にバスケ出身のあたしやシオ…… 詩織もそうみたいで、割とすぐ慣れたけど。

その時、若干右後方に位置していた詩織が間髪入れず相手DFの陽動に回った。
いかにももっともらしい、その実あたしから相手DFを引き離すのが目的のペナルティエリア突入コース。
詩織の絶妙な動きに釣られてうちのチームのお家芸、ゾーンディフェンスの最終ラインが僅かな綻びを見せた。
無論あたしはその隙を見逃さず、ボールを目で追いつつ一気に二人のDF間を駆け抜けた。

――― 抜いたっ!

完全にフリーになったあたしは、絶妙のラインを空中に描きながら向かってくるボールの落下予想地点へ。
あたしの動きに気付いて、詩織に誘い出された左サイドの優美が慌ててこっちに取って返してくるがもう遅い!
直接ボレーには軌道が高い、胸でワントラップしてから蹴り込むつもりであたしは高く跳んだ。
空中でも視界中央にきっちり捕らえていたゴール。
そこに黒い影が被さり、物凄い衝撃を全身が感じたのは次の瞬間だった。
後頭部周辺で、すっごく嫌な音がした。


………真昼間の筈なのに、何故かそのとき星が沢山見えた。






抜ける様な青空の下、爽やかな風の中を友人と談笑しながら朝の校門へと吸い込まれてゆく多くの生徒達。
それは紛れも無い、輝く青春群像のひとコマ。

だけど、右に左に細かくよろめきつつ、ヘロヘロとMTB走らせるあたしこと 久遠寺 京(私立きらめき高校2年G組 並びに女子サッカー部所属 ポジションFW)にはそんな風景の一員に溶け込む余裕は無い。
脂汗が浮かぶ額の腫れは大分引いたけど、まだ頭の奥と後頭部とがズキズキする…… 若干吐き気も発生中。
トップ・コンディションにはほど遠い、自己診断はCマイナスってトコね。
今朝は朝錬が無くて良かった…… もしも有ったら完璧アウトだった。


大勢の人間で賑わう昇降口、痛みが響かない様いつもより心持ちゆっくり下駄箱閉めた時だ。



「京ォ! オッハァ〜〜♪ ねえ! 見て見てコレ見てぇーーー!!!」

「ねねねっ!! きょーちゃんっ! どうっ? どう!?  このネイルどう思うーーーっ!?」

「ずぇ〜〜ったい  真帆よかアタシの方がセンス良いよね!? そうよねっ!?」

「夕子のオワッてる趣味の方が上だなんて言わないよネッ♪」





グチャグチャモードのあたしの頭中に、聞き覚えの有る…… 
とゆーか、あたしが今日みたいな時こそ普段通りサボるか、遅刻して来て欲しい人間約2名の脳天気なキンキン声が連続で突き刺さり、幾重にも反響する。
あうっ!夕子に真帆!?  
揺らぐ視界に突き出されたのは、ナントもまあ…カラフルかつサイケな彩を施された爪の指が計20本。
何よ朝っぱらから爪塗りの比べっこ? 


……… そうか、昨日また106で新作のメイク用品ごっそり買い込んできたんでしょ。
毎朝サッカー部にスカウトしたくなる猛ダッシュを、本鈴間際の廊下で周囲に誇るあんたらが、こんなマトモな時間帯にココに居ると思ったら…… ネイルアートに夢中になって絶対寝てないな、この娘達。
二人とも徹夜明けの血走った眼で迫らないでよね!
                                                            *106=きらめき市内の大型ショッピングセンター名

メイクの事は人並みの知識しか無いあたしには、夕子達のブッ飛んだ…… もとい、前衛的な感覚の優劣はワカラないんで適当に逃げた。
何しろ夕子のヤツ、『足の方もチョー苦労したんだ、見て♪』とか言って、いきなりソックス脱ごうとするんだもの。
ああいった事は望のマブダチである我が校のアート第一人者、片桐のアヤちゃんにでも判定して貰え。
う〜〜 極彩色が目にシミて、頭痛が増した。


内心ひーひー言いながら、何とか平静を装いつつ教室への階段を、足取り重く昇っていくあたしの進路を塞ぐ再度の障害物。
朝っぱらから踊り場でベトベト糸引いてる一年生カップル。
ちくしょう〜〜 あんたらも何がそんなに楽しいってのよ〜〜
あたしがこんなに苦しいってえのにっ!!
『邪魔だ!』って怒鳴りそうになった、て言うかそのつもりだったんだけど……

くわ〜ん くわ〜ん くわ〜んくわわわ〜〜〜ん ………

あ、だめ……
その途端、昨日からずっとあたしの頭の中で鳴り響いてるシンバルの音が一段と高くなり、意識が眩んで思わずしゃがみこみそうになった。
ううう…… 八つ当たりも出来ないとは我ながら情けない。
辛うじて踏み止まり、一瞥くれてそいつらを進路から退去させただけで無言のまま通り過ぎた。
何だか女の子の方からヤな波動感じたのは気のせいかな?
夕子達に一段と悪化させられた頭ズキズキのお陰で、妙に通りが良くなってるあたしの耳に、後ろから今のカップルがヒソヒソ話す声が聞こえた。


――― あれ女子サッカー部の久遠寺先輩だろ〜?

――― 今、目線合っちゃったあ♪ やっぱり先輩カッコいい〜
 



あ゛ーーー はいはいはい アリガトね後輩…… あたしは生憎あなたの事知らないけど……


――― 何? オマエもあの人のファンな訳?

――― うんっ!私、京先輩になら何されてもいいな〜♪

――― アブねーヤツ・・・ 大体俺の前で言うか?



したくない したくない…… だから、これ以上頭痛悪化させないでね………
イケてる彼氏が居るんだから、私の事は忘れるのよ…… お願いだから。


――― あのクールな瞳で見られると しびれちゃう♪

――― 近くで見るとゾクッとするキツめ系の迫力有るヒトだよなー ナンか怖ぇ・・・



ぐ、前言撤回! 全っ然イケてないオトコだわっ
悪かったわね〜〜  迫力有るキツめな目つきで!? 
どーせ昔っから黙ってるだけなのに周りから『京ちゃん怒ってるの?』って言われてたわよっ!
おまけに今朝は一段とそうでしょうよ!
前髪深く下ろして隠してるけど、おでこ腫れて瞼が重くなってるのは自覚してる 普段より目線鋭くなってるハズ。
出掛けに、洗面所であたしと顔会わせた妹が露骨に脅えやがった!

くわ〜ん くわ〜ん くわ〜んくわわわ〜〜〜ん ………


思わず頭に血が昇った瞬間、またも派手に頭の中で打ち鳴らされるシンバル。
あーーー っ もうやだっ!
全くあの石頭め! これ以上三白眼がヒドくなったらどーしてくれる!?
頭蓋骨が砕け散らないレベルにボリュームを押さえ、あたしは心中で毒づいた。
ナンであたしが頭の中で鳴り響く聞きたくも無いシンバル独奏を拝聴せざるを得ないのか。
その原因は一昨日の放課後、グラウンドで行われた女子サッカー部の紅白戦に遡る。


練習前半にゴール前5対3でハイボールの練習やってた時、GKの一人がドジ踏んでポストで腰ヤッちゃったのがそもそもだった。
病院への付き添いにも別のGKが行っちゃたり、風邪でダウンして練習来てないヤツが居たり不慮の事情が重なってGKが一人しか居らず、一旦はその日の紅白戦流れかけたんだけど、責任感じちゃったチームマネージャーの沙希が片方のチームのGKを自分がやる!って無茶な事をキャプテンのナツに言い出したんだよね。

――― おもしろそうだな、やらせてみたら?

ここ暫く紅白戦やってなかったから、割と楽しみにしてたあたしがふとそう言っちゃったのよね。
このまま流れちゃったら普段通りの練習メニューだし、試合やりたかったから。
何しろ女子サッカー部は有る学校自体多くないし、自慢じゃないがウチの学校はレベル高くて全国でも有数の強豪に数えられてる。
部は有っても同好会に毛が生えたレベルの学校との試合より、身内で紅白戦の方が余程シビアで面白い。
正直この界隈で、あたし達と何とか試合の形作れるのは、最近レギュラーが2年中心に総入れ替えした隣町のひび高女子くらいだろう。
あたしらの方が強いけどね♪
それはともかく、マネージャーとしては特Aランクでも、選手としてはドシロートの沙希が言い出したそのプランにあたしが真っ先に賛成したのが最初は渋ってた奈津江にGOサイン出させた一因なのは確かなコトだけど。


但し、あたし達は沙希の責任感にほだされたワケじゃあ無い。
ハッキリ言うけど。
別に沙希じゃなくたって、適当に正規部員から選んでも良かった。
本来の場所じゃなくても応用や経験が効く他のポジションでの事なら、迷わずあたし達はそうしてただろう。
けどGKは違う、今日だけの事で部員一人無駄な時間過ごさせる気は無い。
その点、いわば『員数外』である沙希ならば問題なし。
GKがアテにならなきゃDF陣にも気合が入るってモンよ。
少々エグいのは否定しないけど、この辺りの損得勘定は奈津江もすぐに同じ解を出したんだろう。
じゃなきゃ、どんなに沙希が頼んだって絶対奈津江がOKするはずないし、何より出番取られる控えの連中が黙ってるはずが無い。
ウチの学校でプレイする為に越境入学して寮に入ってる子だって幾人も居るから。
こー見えてもポジション争いは中々にキツイからね、ウチのチーム。





とは言え、この日はこれで終わったのよね………











―――
ょううつつつ! 京ってあああ!ね起きてええっ・・・・・・


どっか遠くから、あたしの名前を呼んでる声がする。
その綺麗な鈴の音みたいな声が誰のものかはすぐわかった。
身体がガクガク揺さぶられてる所為か少しブレてる気もするけど、あたしが間違えるはずも無いシオこと詩織の声だ。
でもおっかしいなあ…… なんでこんなに暗いのかなあ……
そっか、寝てるから目ぇ閉じてるんだ…うん……
あれ? あたし… グラウンドで紅白戦やってた筈なんだけど…いつの間に寝ちゃったんだろ……?
…… 取り敢えず起きよう。


霞んだ意識であたしはぼんやりそう思い、普通に身を起こしたつもりだったんだけど……
身体はとっくに起きてたらしく、凄い勢いで上半身が跳ね上がったのに自分で驚きつつも瞼を開けた。

「きゃっ!」

そしたら、超至近距離にびっくりして大きな瞳を一段と見開いてる詩織の顔が有った!
馬鹿ぁ!なんでそんなトコに顔突き出してるのよシオっ!?
真正面に位置する桜の花弁みたいなシオの可愛い唇がみるみる迫ってくる〜〜
わ、わ、わああああぁぁぁ こ、このままじゃ!?
シオの事は大好きだけど、間違っても大切なファーストキスを捧げ合う様な爛れた関係にはなりたくない…… 断じて!
あたしは必死で首を曲げ軌道を逸らす、詩織は身を仰け反る様にして避ける。
間一髪、あたし達きら高ツートップのコンビネーションは間に合い最悪の事態は逃れた!
やばかった…… 危うく詩織と熱いベーゼを交わすトコだった……
だがしかし!

ぽふっ

首から上が、柔らかだけど弾力の有る感触の、何か暖かい物体に受け止められる。
あたしは詩織を地に押し倒したような姿勢を取り、あろうことか顔は逸らした軌道の先に跳び退いたシオの…… そう、形の良い胸の谷間に、深々と埋まっていた。
10センチ近く背が高いあたしとタメセンな大きさね……
詩織ってスラッとして見えるけど、実は着痩せするタイプなのは知ってたけどさ。
ふふふ ナオトちゃん、愛するあんたの為に詩織が大事に育てたバストはこのあたしが頂戴したわよ……って違うな。
さて、この状況どーしたモンかしらね親友?

「…………………」

「…………………」

客観的には数秒の、あたし的主観には妙に長く感じた嫌な沈黙の後、おもむろにゆっくり離れたあたしとシオは気まずく引きつった微笑みを交わしあった。
気付いたら、地面に仰向けにひっくり返ってたあたしの周りに仲間が集まってる。
何が有ったんだっけ? 霧のかかった頭の中ががんがんして状況が見えない。

「京ぉ…… 大丈夫かぁ? 」

「うん、平気……」

じゃなかった。


くわわわ〜〜〜ん ………


心配げなノゾミの声に、ハズい事もあって取り敢えず立とうとしたら頭の中でシンバルが大きく一鳴り。
視界が歪みその場でふらふら〜っと再度へたり込んでしまった。
な、ナサケナイ〜〜

「京ちゃん動かないで!! 頭打って半分落ちてたんだからぁ」

慌てて走り寄り、そんなあたしの額に傍らの救急箱から取り出したクールパッドを当て、手際よく応急処置を施してくれる手の持ち主が口を尖らした。
その声に、やっとあたしは先刻何が起きたのかを思い出した。
空中に跳んだあたしの視界が捉えていたゴールに被さった黒い影。
その正体はこの娘、わがきら高サッカー部が誇る熱血根性マネージャー虹野 沙希!


そうよ! こいつが(物凄い形相で)空中体当たりブチカマしてくれたんだ。
もっともタッパ167センチ有るあたしがそうそう当たり負けするはず無いし、痺れ気味の痛みが右半身に集中してるから…… 
多分、左肩口から突っ込んできた沙希の頭頂にデコへ直撃食らってバランス崩した挙句、地面へ叩きつけられたに違いない。
その時、一緒に後頭部も打ったんだろう。
けど、公式戦ならレッド一発退場モノの反則体当たりだったとはいえ、まさかあたしが素人相手に空中戦でこのザマとは何たる不覚! 










「血は出てないし、脳震盪だけだろうけど…… このまま保健室行くか?」

「取り敢えずベンチでいいよ、マズそうだったら行くからさ」


あたしの言葉に軽く肯いた望がピッチへ駆け戻っていく。
担架使うほどじゃないけど、すぐにプレイ続行も出来そうにないんで、一旦他のFWと交代し望に肩を借りてピッチ外に出たあたしは、木陰のベンチ上で横になった。
横になった途端、全身に走った痛みに思わず洩れる自分の呻き声が頭中で反響して苦痛が増した。
ヤバ…… 割とダメージ大きいかも。
幸い何処からも出血はしてないけど、熱持った痛感と込み上げてくる嘔吐感に耐えつつ、あたしは少し荒くなった呼吸を意識的に一定のペースに定め、濡れタオル顔に乗せて陽光を遮断し静かに力を回復させる。


………今日も練習メニューは昨日と同様に紅白戦でGKも二人揃ってたんだけど、昨日代役キーパーやった沙希が何でだか今日もやらせてくれって言ってきたのよねぇ。
部のトップマネとはいえ、沙希は実際のプレイはトーシロ。
にしちゃあ視界が広くてゴール前の判断に見るモノ有ったし、DF連中も緊張感が増すから又やらせてみたいって言うもんだから、ナツが前半だけって条件で許可したのよね。
何か妙に入れ込んでる危うい雰囲気を沙希に感じたモンだから、少々気をつけてはいたんだけど。
そしたら試合開始早々その悪い予感が文字通り『当たった』。
選りによって、こんな当たり方するとはねぇ…… ったく〜〜

『ーーーーーーーッ!! ーーーーー!!!』

そんなコト考えてるあたしの耳に、昨日と同様頻繁にDF陣へ指示を出す沙希の元気な声が聞こえてくる。
自分から仕掛けたのと、下になったあたしの身体がクッションになったらしく沙希に大したダメージは無いみたい、ちょっと安心した。
それに的確で悪くない指示だと思う、実際の光景を見てないあたしにも頭の中で俯瞰図が自然と描けるもの。
其々の死角をカバーする様に飛ぶ沙希の声で、DF陣のラインも有機的に機能してる。
やっぱり沙希は素人離れして視界が広い、これは普段のマネージャーっていう常に選手全てへの気配りが要求される仕事こなす内に自然と身に付いたんだろう。
普段ツートップ組んでるあたしが抜けた前線の詩織も、攻め手が狭まって随分と手こずってるぽいわね。
代わりにポジション入った控えFWも良くやってるとは思うけどまだダメね、明らかにシオの動きやテクに付いていけてない。
彼女だって決して下手じゃない並以上のレベルだけど、詩織……… あの娘が凄すぎる。
最近、また詩織レベルアップしたよね〜 
練習中も妙に機嫌良い時が多いしさ、ハン! 未来の旦那サマと同じ『11』ツケる様になったから? 
マジな話、レギュラーポジション先に獲ったのはあたしだけど、そんな差なんてとっくに消えてるわね。



Pipi!Pipi!Pipi!……

耳元で、転がる前にタイマーセットした腕時計のささやかな電子音が流れた。
さてと…… 10分経ったな。


あたしは顔に乗せたタオルを除け、ゆっくりと身を起こした。
望は心配してくれてたけど、このまま戦線離脱ってのはあたしの趣味じゃない。
外したシンガードをソックス内に丁寧に戻し、緩ませたスパイクの紐を締め直しつつ自己コンディション診断。
痛みは若干退いた程度でキツイけど、脳震盪は収まったみたいで判断力や四肢の動きはノープロブレム。
                                                           
「エアゾルと使ってない水、持ってきて」

側に居た一年に、消炎剤とバケツに入ったアイシング用の氷水持ってこさせた。
先刻も吹きかけたけど、痛みが残る部分に消炎剤もう一度吹きつけてから、手にしたバケツの中の氷水を頭から一気にカブった。
消炎剤の効き目を一段と強烈に感じ、一旦弛緩した神経が急激に覚醒していく。
ぷうっ! 効くっ!! ブルッと濡れた全身を一振り、気合を入れ直す。

「先輩、行けますか?」

「平気よ みのり、次に停まったら戻るわ」

側頭の]字髪止めが印象的な、沙希の舎弟分で一年マネの秋穂が差し出したタオルで顔拭いながら、ゲームが停まるのをじっと待つ。
早く停まれ!
ギリッ…… その時思わず奥歯が鳴った。


やがてボールがサイドラインを割り、レフェリー役の部員が吹くホイッスルと共にゲームがストップした。
選手交代の合図を出し、あたしは再びピッチへ足を踏み入れた、これって公式戦じゃ不可だけど、練習兼ねた紅白戦だから再度ゲーム参加も有り。
位置に付くあたしへ少し離れた場所から心配げな視線を向けてくる詩織に、『大丈夫』と小さく肯き笑みを見せる。
気遣いサンクス♪ でもね詩織? 私、あなたには絶対情けない所見せたくないんだ。


ハーフライン近くからこっちの間接フリーキックでゲームが再開され、ボランチの望がミドルパスをあたしに回してくれた。
何気なく通ったから見過ごしそうになるけど、流石は高校女子No.1ボランチ望のパス、絶妙なキラーライン&繊細な力加減。
トラップした瞬間、かなり頭に響いたけど身体の動きやキレはいつも通りに戻ってる。
さて、まずは借りを返さなきゃね? 一丁揉んでやるわよ沙希!!


あたしは相手守備陣の虚を突き、いきなりトップギアにブチ込んだ猛ダッシュでDFが密集したフィールド中央部を真っ二つ!
一瞬でペナルティ・エリア正面に踊り出る。
ふふん! セオリー通りサイドから上がってクロス出すと思ったでしょ?
唯一、あたしの動きに反応した相手MF優美が中々いい位置からインターセプトしてくる。
普段の優美は危なっかしいくらいコドモコドモなんだけど、こういう場面じゃ野生動物並な勘や動作の冴えを度々見せる。
でも甘い、どこ狙ってるのか見え見えよっ! いつもあんたは動作が大きくて直線的過ぎるって言ってるでしょ? 
ほらあっ、スピード殺し切れてないじゃない。
シザース仕掛けたあたしを追い切れず、上半身泳がせた優美へ擦れ違いザマに教育兼ねショルダーチャージ一発、派手に地面へブチ倒す!
もっと考えなさい!
                                                      *シザ-ス=(ボ-ルをまたぐ様な形でドリブルするフェイントの一つ)

邪魔者を瞬殺し、あたしは身を翻しながら沙希の守るゴール目掛けその場でシュート体勢に入った。
まだ充分距離は詰められるけど、敢えてペナルティエリア外からのミドルレンジで狙う。
これぐらいはハンディ付けてあげるわよ。
正GKの高井田ちゃんからの借り物GKジャージにビブス被った沙希が、迷わずゴールエリアから飛び出してビビらず真一文字に向かってきた。
上等ォ! そのクソ度胸だけは認めてあげるわ沙希ッ!!


けどね? 伊達にあたしも全国大会常連のウチのチームでストライカーナンバーたる『9』を背負ってない。
気迫だけのシロトにKOされたきりで引っ込んでる訳にはいかないのよ。
まして、2回連続でゴール阻止されるなんて事はねっ!!


心の奥底で、カブッたばかりの氷水を蒸発させそうな、灼熱した何かが燃えあがる。
やられたらやり返す、取られたら取り返すっ!
それが剣道時代に先鋒、バスケ時代からは通じてFW…… どんな場所でも常にオフェンダー張ってきたあたしの意地。



――― 沙希ィ!ウチのNo1ポイントゲッターのシュートがどんなモンか……見せてあげるっ!




手加減なし、フルパワーであたしの右脚からインフロントで蹴り放たれたシュートは沙希の正面やや左を衝くコースを飛翔した。
単なる怖いもの知らずかお得意の根性の賜物か、怯む事無く反射的にそのコースへ向けたキャッチングの姿勢を取る沙希。
だが、それはあたしの狙い通り。
沙希が素直すぎる反応してくれたその瞬間、ボールは急激に右、 彼女が構えたのとは反対方向へ落ちながら進路を変える。
そしてそのままボールは沙希の左脇50センチ地点を唸りをあげて通過し…… ゴールマウス右下に突き刺さって大きくネットを揺らした。
カン高く得点ホイッスルが吹かれる。


ま、こんなモンよね。

「ナイスドライブ! 京ッ」

「YEAH♪」

ぽかんとしてる沙希に背を向け、逆サイドから上がっていた詩織と軽くバスケ式のハイタッチひとつ。
でも、沙希は最後まであたしから視線外さずシュートにもビビらなかったな…… 基礎から技術鍛えりゃホントにモノになるかもね。


今あたしが放ったのはスライダーショット、取り敢えずはこう呼んでる得意技の一つだ。
所謂ドライブシュートの亜種だけど、大きく弧を描くんじゃなく、野球のスライダーみたいにある一点で小さく鋭く変化する。
コントロールがちょい難しいけど、これの利点は普通のシュートと見分けがつけ辛いって事。
わざわざコレ使う事も無かった場面だけど、一応沙希への敬意ってヤツ。











自陣へ引き揚げるあたしの数メートル前で、軽やかなステップをピッチに刻みつつ詩織の背中が揺れる。
細すぎず太すぎず、相変わらずスタイル良いなぁシオ…… 昔から群抜いて可愛いコだったけど、最近は“綺麗”の度合いがグンと増した。


沙希に借りは返済したけど頭の痛みが消えた訳じゃ無く、急に動いたあたしはふと軽い目眩を覚えた。
一瞬、ほんの目の前のシオの背中が、ひどく遠くに感じられた。


……… あたしは、この背中をずっとずっと追い駆けていた気がする。


『小学校低学年女子の部』個人戦決勝………
もつれ込んだ延長戦、あと一歩まで追い詰めながらも…… 負けた。
食らったのは、あたしにはまだ使えなかった擦り上げ技だった。
表彰式の後、2位の賞状を握り締め唇噛みながら見た剣道クラブ時代の白い剣衣の背。

県大会本選への進出を賭けた中学最後の地区大会………
紙一重の接戦だったあの時もそうだ。
残り4秒、逆転への望みを託し奈津江がスリーポイント打てる位置の私に放ったラストパス。
それを鮮やかな空中インターセプトでカット、そのままタイムアップに持ち込み、あたしと奈津江に涙呑ませてくれた光中学のゼッケン『5』 。
バスケ部時代の背。


初めて出会った時から、何をするにも常に私の前に存在し、時折並ぶのが精一杯だった彼女の背中。
フィールドは色々変わったけど、やっぱり今もシオの背中は前に在る。
サッカーでも……そう…かな。






最近私達は『テクの藤崎 パワーの久遠寺』なんて一部で呼ばれてるらしい。
誉め言葉なんだろうけど、自分じゃ技巧派のつもりだったから、フィジカル面でのみ拮抗してるみたいに思われるのはやっぱり複雑な気分だ。
思えば今のシュートも、同様にサッカー始めて間もない時期、彼女が易々と会得したドライブシュートにヒケ取らない武器が欲しくて身に付けた物だ。
ただし私の場合は、詩織の何倍もの時間を掛けた練習の末にようやく。
口惜しいけど、私と詩織の学習能力の差、そして存在する正解を探す事に留まらず自分なりの解答を出すのを怖がらない本当の優等生だってのは認めざるを得ない。







そういうのは決して詩織へのネガティブなモンに繋がってる訳じゃないし、今まで負けっぱなしってコトも無いけどね。
この背中への闘志が過去の、そして今のあたしを形造った大きな要因だとは思う。









一瞬外れた視線を再度詩織の背に戻した時、今度はごく近くに感じられた。















今…… サッカーってフィールドじゃ、あの背中との距離がどれ位なの?














遠いの?









近いの?















それは近い内に結果がおのずと教えてくれるだろう。
もうすぐ、国立競技場を目指す戦いが始まるから。






















私は誰にも負けない
あの生意気な ひび高のチビにも 
そして 藤崎 詩織にも
この私がナンバーワンFWだって必ず証明してみせる……!

 

 












































――― ってな風に
後先考えず素人キーパー相手に異常にアツくなり、そこから更に詩織へのライバル心を無駄に燃やし、その後もリミッターブッチで無理しまくってカッコつけちゃったのが昨日の事。




当然ながら、体調不良のままテンション上げまくったそのツケはどかんと来た。
練習終わってシャワー浴びる頃には、些か過剰気味に噴出してたアドレナリンもドーパミンもSOLD OUT.
も〜〜う 身体中キシむわシミるわ響くわ で、痛いコト痛いコト……… 本当泣きそうになった。
隣のブースで鼻唄交じりで御機嫌にシャワー浴びてた詩織の胸を(当分ナオトが使う事も無いだろーから)借りたいくらいに。
ちなみに詩織が御機嫌だった理由は、この日決めたハットトリックと試合後ナオトにそれを褒められたから。
人のコト言えた義理じゃないけど、案外詩織もシロートGK相手に容赦無い。


結局痛みは一晩ずっと尾を引き、おかげで今朝は残った痛みに加えて寝不足もいいとこ。







ようやくG組の教室にたどり着き、自分の席でクタッと力尽きるあたしの肩がポンと叩かれた。
あうっ…… ヒビくぅ。

「おはよっ、京」

「ん…… モーニン、望」

サッシ窓から差し込む朝の陽光を背に机の傍らに立ってたのは、望の引き締ったプロポーションの肢体だった。
なんか、今朝はすごく晴れやかで良い顔してる気がする、ノゾミ。
それも少々「そっち」のケが有る娘たちが普段キャーキャー騒ぐ凛々しい系の笑顔じゃなくって、何て言うのかすごく淑やかな……
例えるならば、緩やかに流れる山奥の清流の水面に映った木洩れ陽の如き、正統派美少女な微笑とでも表現すべきか―――  
ちみっと詩人な今朝のあたし、やっぱまだ脳神経がどっかネジ曲ってるわね………

「どしたの? なんか…調子悪そうじゃない」

「べ〜つに〜 チョイ寝不足でサ」

余り話したくない(ハズイじゃない?)理由だからそれだけ言った。

「駄目じゃない、朝練無いからって、あんまり夜更かしは身体に毒だよ?」

そう言って、彼女はサラサラのショートカットの下からニコッと微笑んだ。
やっぱり望は明るく翳の無い表情が似合う。
最近、ぼんやり沈み込んでる様な表情の時が多かったから心配してたんだ。


朝練ナシと言えば、普段は汗で流れちゃうからスッピン(でも充分可愛い)の望が薄くメイクしてるのに気付いた。
そういえば明日は日曜日か。
多分、久しぶりに例のひび高の『彼』とデートの約束でも取り付けたんだろう、普段は余り会えないみたいだから望はすぐ態度に出る。
明日しくじらないように、お化粧の練習してきたんだろうなあ…… 素直と言うか純心と言うか、健気だ。


でもさ、どっかそれって痛々しくてねえ…… 何しろ望、承知の上とはいえ、ソイツに二股かけられてるんだもん。
オマケに相手の女の子はソイツと同じひび高だし…… 望、圧倒的に不利だ。
一応両想いなのは確からしいけど、それならもっと彼女の事も大事にしてあげて欲しい。
聞けば中学の時からだから最低でも3年近く続いてるハズ、なのに何の進捗も無くあまつさえ望があんな沈んだ表情見せるってどういうコト?
まさか、望をキープ扱いしてるんじゃないでしょうね………?
もしそうならアタシは絶対に許さない、きら高生相手に遊んだ対価がどれだけ高くつくか思い知らせてやる。
請求書見て泣くんじゃないわよ。


未だ頭の中で鳴り止まないシンバル連打に耐えつつ、自分の席に向かう望を机に突っ伏したままで見送りながら、少々マジにそんな事も思う。
うわっ、やっぱし凶暴化してるわ今朝のアタシ。
まあね、自分が独り身だし? ジッサイ部外者にゃ解らない感情や過去の経緯ってモンも有るから口にはしないけどさ、望を天秤に掛けるような真似続けてるその男にどうしても好意を持てないな、あたし。


何の気ナシにふと窓の外へずらした視界の片隅に『伝説の樹』が有った。
恋の霊験あらたか、とされてるアレを詩織が溜め息つきながらうっとり眺めてるのを前に幾度か見たっけ。
あのコや奈津江が卒業式の日にあの下に立つのは堅いとしても、望はどうなんだろ?
相手の男、『樹』の下で望の想い受けてくれるのかな。
なんでも噂じゃ、相手の通うひび高にも卒業式絡みの似たような話が有るらしいけど………


別に場所や時期なんかどうでもいいけどさ、願わくばノゾミにとって一番良い結果が出て欲しい。


でも詩織や奈津江もだけど、そんな恋愛ゆえの悩みが持てるってのも、ある意味凄く羨ましい。
実のトコ沙希もプライベートじゃ男子サッカー部員の一人とよろしくやってるの知ってる、絶対公私混同はしてないけど。
この方面に関しては侘しい青春送ってるよねぇ久遠寺サン。
あ〜あ……… あたしの王子サマって何処に居るんだろ………



一日が始まったばっかだってのに、机に伏したあたしの目蓋はゆっくり閉じつつあった。
ナンか疲れた、けど少し頭の中の騒音も収まってきた気がする。
午後の練習開始までに体調戻さなきゃね、昨日みたいにみっとも無いとこ皆に見せたくないから。











『今日から女子サッカー“部員”も兼ねる事になった虹野沙希ですっ! 宜しくお願いしますっ!』


くわわわ〜〜〜ん ………


真新しいGKジャージ着た敏腕マネージャーさまがハキハキと吐いた力強いお言葉に、又もシンバル音が脳裏に炸裂。
ようやく収まった頭痛が再発したのは放課後だった。
ま、それから後は別のお話………








Go to Main Game ……… ?


After Note .


ええと、SG/Mにお越しの皆様には大半の方にははじめまして、の流浪のSS書き安房守です。
しかしなんだこりゃ(汗)3次創作というか1.5次創作というか・・・・・・ 内容的には一般生活劇ですが。
こちらの管理人Bさんとは以前より何かとお付き合いさせて頂いていたのですが、元々こちらの作品『Fieldの紅い伝説』に嫁入りさせた私のオリキャラ久遠寺 京の視点から見たField25話のワンシーンを面白半分に書いてメールでBさんに御覧頂いたところ好評で(笑)。
それならばと調子に乗り、今回一本のストーリーとして完成させ、77777ヒット達成記念として贈らせて頂きましたブツでゴザイマス。
これってある意味超えちゃいけない一線かもしれませんが(笑)、オリジナルとは微妙に異なるField版の雰囲気を保ちつつ自キャラを執筆というのは中々出来ない経験なんで面白かったですね。
この様な機会を与えてくださったBさんに大感謝です(深々)
最後になりましたがSG/Mの一層のご発展お祈り致しております〜。


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