「さぁ〜、きょうもがんばるぞぉ〜」
はばたきから離れたもえぎの市。
ここでも同じ日に花火大会が行われる。
会場となる丘の上公園の入り口から屋台がずらっと並んでいる。赤と黄色系統の色でまとめられたその屋台を見るだけで祭り気分がいやでも高まる。
今はまだ明るい午後。
ここはもえぎの市の丘の上公園。花火大会の会場である。
どこの屋台も、テキ屋の人たちが準備しているところだ。
車から商品を運び出したり、火回り水回りの準備だったり、休む暇もなさそうだ。
その屋台のなかで、かずみの焼きそば屋台もあった。
赤いジャージ姿のかずみは、長いツインテールをぴょこぴょこはねさせながらてきぱきと準備を始めている。
いつもは1人で切り盛りしている屋台だが今日はお手伝いがいる。
「じゃあ、今日はよろしくねぇ〜」
「へ〜い……はぁ、つかれるぅ」
かずみと同じ法被を着ているちとせが大量の野菜を運んでいた。
太陽の恵み、光の恵
第36部 花火大会編 その5
第243話〜焼蕎屋台〜
Written by B
かずみがちとせから相談を受けたのは1週間前のこと。
かずみの家にちとせからの電話がきたことが始まり。
「もしもし〜」
『もしもし、かずみちゃん?』
「あっ、ちぃちゃん。おつかれ〜」
『おつかれ〜』
「あれ〜?電話なんて珍しいね。どうしたの?」
『なぁ、今度の花火大会なんやけど……』
「花火大会?あたしは屋台だよ」
『そうか。それならいいんや……なぁ、うちも手伝わせてくれへん?』
「えっ?」
『バイトでやとってくれへん?』
「う〜ん、あたしの屋台って店ごとの歩合制だからなぁ……」
『そうやろな。やっぱりかずみちゃんの収入を減らすのはあかんか……』
「う〜ん……いいよ」
『えっ?ほんまか?』
「今も半分料理して半分お客さん対応だから。ちぃちゃんがお客さん対応やって、あたしが焼きそば専門にやれば売り上げも倍増しそうだから」
『ほんまか!ありがたいわぁ、それじゃあよろしく〜』
「それはこっちの台詞だよ。じゃあ、12時からよろしく〜」
『えっ、12時って、ちょ』
ガチャ
ツー、ツー、ツー……
そういうわけであっさりとちとせのお願いはOKとなったわけだが、どうやらちとせは事前の準備のことをまったく考えてなかったようだ。
テント張り、材料や容器等の準備、ガスや水回りの準備・点検、やることはたくさんある。かずみの指示で動いてはいるものの、慣れない作業ばかりで本番までまだまだ先なのにもうへとへと気味。
ちとせは道路の端の木に寄りかかって休んでいる。そこにかずみがやってきた。かずみはいつもと変わらず疲れなんてまったくないように見える。
「ちぃちゃん、なにやってるの。ほらほら、まだまだやることはあるよ〜」
「なあ、かずみちゃん……いつも1人でこんなんしてるの?」
「そんなわけないよ。こんなの1人じゃ死んじゃうよ〜」
「じゃあどうしてるん?」
「雇い主のおじさんや隣の店のおじさん達に手伝ってもらってる」
「雇い主って?」
「お店をまかせてくれる人。オーナーみたいなもんだよ。右のクレープ屋の人がそうだよ」
「えっ?あのひげぼうぼうで、いかにも山の男って感じのでっかいおっさん?」
二人が右の店を見ると、年齢は50ぐらいで身長は180cm程、柔道か空手をやっているようながっちりした体型の男が口ひげいっぱいの顔を崩した笑顔で、2人に向けて腰の高さで手の平を小さく振っていた。
「そうそう。やさしくておもしろい人だよ。まあここの人はみんないい人だよ」
「へぇ〜、でもテキ屋ってなんかヤバイところもあるみたいやけど、それは大丈夫なん?」
「それは大丈夫。いたとしても、いい人多いから。だって客商売だもん」
「そういうもんなんか……さて、また仕事はじめよか」
「そうだね」
ちとせも疲れが少しは取れたようでまた開店準備が始まった。休んだおかげで仕事もはかどり、予定どおりに開店準備は終わった。
午後4時
花火大会までまだ時間は早い。準備もほぼ済ましているので暇な時間だ。
屋台の人たちも、屋台の中で本を読んでいたり、競艇新聞を持ってラジオを聞いたり、近くの車の中で居眠りしていたり、いろいろな方法でくつろいでいる。
かずみとちとせも、とりとめのない雑談で盛り上がっていた。ちなみに二人ともお祭り用の法被姿に着替え終わっている。紺の長袖の法被に白のTシャツ短パン姿という格好はおじさんばかりの屋台の行列の中ではひときわ目立っている。
かずみがちらりと時計を見るとおもむろに立ち上がった。
「ん?どうしたん?」
「そろそろ始まるからね。準備がてらの腹ごしらえ」
「えっ?もうそんな時間?それに腹ごしらえって?」
「何言ってるの?うちはやきそば屋だよ〜」
「あっ、そうか」
ちとせが納得しているうちに、かずみは屋台の鉄板の下にあるコンロに火を付け油をひき、焼きそばの準備に取りかかる。やり慣れているだけあって、その動きに無駄がなく、ちとせが気がついたときにはかずみはもう野菜を炒め始めていた。
「しっかし、かずみちゃんは手早いわ。なんでそこまでできるん?」
「慣れだよね。それにこういうのは強火でどばぁ〜っと一気にやったほうがいいんだよね」
「なるほど。どうりでうまいわけや」
「まあ、なんでもおいしいほうがいいじゃない。色々考えるんだよ」
背中越しにちとせと会話しているが、両手に持つ小手はまったく止まらない。肉・野菜を炒め、麺を炒め、今はソースをかけて最後の仕上げになっている。
「うわぁ、ええ臭いや。やっぱり焼きそばの臭いはええなぁ」
「でしょでしょ?臭いも味の一つだからね」
「ん?そういえば腹ごなしにしては、多くない?」
「そんなことないよ。これ周りの人の分もあるから」
「周りの人?」
「うん、ずっとお世話になりっぱなしだからね、だからお礼にいつもあたしが晩御飯を作ってあげてるんだ」
「そうなんや」
こう話しているうちに、かずみはできたての焼きそばをこれでもかと言わんばかりにぎゅうぎゅうに詰め込んだパックをいくつも作りおえている。
「最初にお店持ったときは失敗ばっかりだったけど、みんながフォローしてくれてとっても嬉しかったんだ。そのお礼をしたときからずっとやってる。今でも屋台は大変だけど、こうしてやってるのはみんなが親切にしてくれたおかげだからね」
「そっか……」
「ん?どうしたの?」
「ううん、なんでもあらへん」
「そう?じゃあ、これあそことあそこの人に配ってきて」
「あいよ!」
ちとせの表情が一瞬曇っているように見えたが、すぐにいつもの表情に戻って大量のパックを周りの屋台の人たちに配っていた。
午後6時ちょっと前。
浴衣姿の人が集まりだし、いよいよ屋台の仕事始めとなってきた。
それまでだらぁ〜っとしていた、テキ屋の人たちはみんな真剣な表情で物売りを始めている。
「いらっしゃい、いらっしゃ〜い!」
「ちぃちゃん、そんなに声だしたら夜までもたないよ〜」
「そうなん?」
「時間はたぁ〜っぷりとあるよ。それにそんなに声出さなくても自然に屋台の前に人が集まってくるから」
「ほんま?」
「ほんまだよぉ。だって人が集まると覗きたくなるじゃない。それにこの匂いで人が寄ってくるし」
「ふむふむ、よう考えればそうやな」
「ほらほら!買いたがってるお客さんがいるよ!」
「あっ、ほんまや!いらっしゃ〜い!」
たしかにかずみの言うとおり、すでに人が集まりだしていた。さっそくちとせはお客対応を始める。
一方かずみはちとせと話している間も手は動いたまま。焼きそばのパック詰めのストックを次から次へと作り出していく。
かずみの手早い作業と長年の経験で、ちとせがさばく焼きそばは常に出来て間もないアツアツの焼きそばを渡すことができている。
「なぁ、かずみちゃん」
「なぁに」
「屋台から見る花火もおつなもんやなぁ」
「そうだね」
屋台から見える花火も楽しみつつ客商売で忙しい二人だった。
午後8時すぎ。
「いらっしゃ……うわぁ、ゆっこ!」
「ちとせ!何してるの!」
「あっ、ゆっこ、おつかれ〜」
ちとせの前にピンクのかわいらしい浴衣姿の優紀子が現れた。
ちとせも優紀子も予想外の出会いにびっくり。
「う、うちはかずみちゃんの屋台のお手伝いや」
「そっか、私が誘いを断って、どうしてるかと思ったらここでねぇ……」
「ところで、何の用や?」
「何言ってるの?かずみちゃんの焼きそばを買いに来たに決まってるでしょ」
「あっ、そう」
「かずみちゃんの焼きそばってとってもおいしい、って友達と前に話題になってたから今日は晩ご飯代わりに絶対買いに来ようと思って」
「そういうこと、どうりでうちの学校の人が多いわけや」
「リピーターを作るのが商売のコツだよ〜」
ちとせがこれまで来たお客を振り返る。確かに老人から小さい子供までたくさんいるが、特に学校の生徒と思われる人がかなりいた。もちろんちとせの知っている人もたくさんいたわけで、それがちとせにとっては不思議だったが、今理由がわかった。
味もあるけど、かずみちゃんの人柄もあるとちとせは感じていた。
「それよりも客裁いて〜」
「あっ、ごめん。それでいくつ欲しいの」
「ふたつお願い」
するとかずみがすぐさま前にあるパックを指さす。
「できたてがあるからそれゆっこに渡して〜。あっ、800円お願いね」
「あいよ!ほな、それラブラブの彼氏と食べなはれ」
「ラブラブって……お金ちょうどだからね」
「まいどあり〜」
「ちとせも頑張ってね!」
ちとせから手渡された焼きそばを両手でもって優紀子は屋台から出て行った。
優紀子が屋台からでていった後を目で追ってみると、紺系と思われる浴衣を着た背の高い男性と一緒に立ち去っていった。
それをちとせもかずみもばっちりと見ていた。
「あれ?ゆっこって彼いたって?」
「できたんよ。それもつい最近!見てみぃ、かなりラブラブや」
「そうなんだ、あれ?あれって野球部の?」
「そういうこと」
「ふ〜ん、ゆっこが彼とデートするから、ちぃちゃんひとりであたしのところきたんだ」
「すまん、それノーコメントにさせてくれへん」
「はいは〜い」
ニコニコ顔のかずみに対し、ちょっと苦笑いのちとせだった。
午後9時半すぎ。
花火大会も天候に恵まれ無事に終了。
花火大会自体は9時に終わったが、焼きそばを買って帰ろうという人も結構いたため、この時間まで焼きそばを売っていた。
今はお客を誰もおらず、大会運営のスタッフとテキ屋の人たちがそれぞれの片づけをしているだけとなった。
ちとせとかずみもお片づけ。
「かずみちゃん。片づけも大変やね……」
「そうだね、準備よりも大変かも。でもこれをやれば終わり!って思えるからがんばれるんだよ」
「最後の一踏ん張り、ってやつやね」
屋台の取り壊し、残った材料の片づけや、鉄板の水洗い、ゴミの袋詰め、売り上げの勘定など、やることは多い。
普通は翌日の午前中でもいいのだが、バイトでいそがしいかずみにそんな時間はなく、いつも夜にほとんどすませているらしい。
ちとせもとまどいながらも片づけを終え、売り上げの勘定も終わった。
「うわぁ、売ってるときは全然気にせぇへんかったけど、意外と売り上げたもんやね」
「うん、ちぃちゃんのおかげで、倍近くは売れたと思うよ!」
「そんな、うちはなにもしてへん」
さすがに10万円には届きそうもなかったが、それに近い売り上げはどうやら確保できそうだ。
それでもちとせもかずみも顔がゆるみがち。
かずみはその売り上げ額が表示された電卓を叩き始める。
「え〜っと、おじさんに場所代払って、材料費とガス代と……」
「そ、そんなに引かれるの?」
「結構費用がかかるんだよ。それに物価が値上がりしてるからね……おおっ、これだけ残った!」
「えっ……」
売上額から半分以上も引かれた純利益の額にかずみは大喜び。
一方、予想以上に費用で引かれて残った額にちとせは声も出ない。
「あっ、ちぃちゃんにバイト代出さないとね」
「えっ?」
「じゃあ、残った額から半分を……」
そう言いつつ、売り上げから千円札をたくさん集めようとしたところで、ちとせが両手をかずみの前に押すような仕草でそれを止める。
「あかん!うち、そんなにもらえへん!」
「えっ?だって、あたしとちぃちゃんで稼いだお金だよ」
「そうやけど……あかん。絶対あかん!そんなにかずみちゃんからもろたら、うち鬼や」
「そんなこと言われても……」
予想外のちとせの行動にかずみはとまどいを隠せない。
「かずみちゃん、うちその半分でええわ。それでもバイト一日やってもそんなに稼げへんし、結構な額や」
「……本当にいいの?」
「ええ。今日はええ経験させてもろたし、そのお礼として受け取ってや」
「そう?じゃあ、そうさせてもらうね、ありがとう〜!」
「それでええ、それでええ」
(これでええんや……遊び半分で来たうちが同じだけもろたら、うちがうちを許せなくなるわ……)
素直に喜ぶかずみを横目に、ちとせはかずみからもらった千円札10枚を大事そうに財布にしまった。
こうしてちとせの普段とは違った花火大会の1日には幕を閉じた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
かなぁ〜〜〜〜〜り久々の更新です。
その割にたいしたことがないお話でごめんなさい。
3キャラの話、ちとせとかずみちゃんの話です。
屋台での一日にスポットを当ててみました。
祭りの屋台、特に食べ物の屋台は独特なんですよね。
別になんでもないときに食べても普通なのに、祭りだと特においしく感じるんですよね。
そんなこんなで、執筆エンジンを継続していますので、一応。
さて、次はGSキャラ話です。