第30話目次第32話

Fieldの紅い伝説

Written by B
ひびきの市にあるひびきの研修センター。

県内有数の巨大研修所として普段は研修所として、企業や各種団体が使っているが、
夏休みの1週間だけ、ひびきの高校が全面貸し切って、合宿所として使用している。

毎年恒例の合宿は女子サッカー部も当然ある。

「う〜ん、気合いが入るなぁ!」
「うん!頑張ろうね」
「ボク、楽しみだったんだぁ」

「おねえさま♪合宿は一緒の部屋だね♪」
「そうだね……」
「毎晩、愛の語らいをしましょうね♪」
(私、無事でいられるのかしら……)

それぞれがそれぞれの気合いの入れ方で合宿所に入った。



合宿初日。
午前中は荷物の整理をしていて、練習は無し。
午後からグラウンドで本格的な練習に入る。

「じゃあ、この合宿中はミニゲーム中心にやるからな」
「おお!それは楽しみだ」
「でも、今回は戦術のマスターが目的だから、途中で止めて指導をするから」
「止めちゃうの?」
「その状況で教えないと、後で憶えても使えないだろ?」
「確かにそうかもな」
「戦術を体で覚えるのにはこれが一番だと思うからな」
「なるほど、わかったわ」
「レギュラーとサブは俺が見て、1年生は監督が見る。じゃあさっそく準備してはじめよう」

こうして、合宿は始まった。



練習は確かにいつもの練習より公二の細やかな指導が入っている。


「会長。味方がボールを持ったら前に進んでくれない?」
「えっ?パスが大事だろ?」
「会長はボールを受けたら、すぐにゴール近くまで進んで、シュートできる場所にいないと」
「それでいいのか?」
「ああ、パスをするのは光は八重さんがいるから、会長はゴールだけを狙えばいいよ」
「へぇ〜、そうなるとシュートを確実に決めないとなぁ」
「そういうこと。シュートの正確性を高くして欲しいんだ」
「わかった!なんとかするよ」


「八重さん、ほむらと近づきすぎじゃないかなぁ?あと光と離れすぎのような気がする」
「そうですか?」
「1本のパスならいいんだけど、その後が続かなくなるんだ。連続で繋がるような距離にしないと」
「なるほどね」
「ほむらと光と八重さんで三角形になるようなポジションを心がけてみて」
「わかりました」


「光!後をまったく見ていないじゃないか!」
「すいませんでした」
「360度全体を把握した上で前を向くんだ!バックパスもれっきとしたパスだぞ!」
「は、はい!」
「あと、いつも前に出すぎ!他のMFとのバランスが崩れてるぞ!」
「はい!」
「攻撃する人は自分だけじゃないんだ。それを頭に入れておくんだぞ!」


「美幸ちゃん、左足で蹴られない?」
「う〜ん、美幸、どうも左足で蹴るのが苦手なんだよね〜」
「でも、センタリングがつらいだろ?」
「そうなんだよねぇ〜、一旦向きを変えないと難しいんだよね」
「左足で蹴る練習をしてみない?」
「そうだよね……美幸、頑張ってみるかなぁ……」


「茜さん。味方が全員前にいるときはもう少し前に出てきていいんだよ」
「えっ?でも前に出たときに思いっきりボールを蹴られたら?」
「だからボールを取られたときは、味方の動きを見ながら戻るんだよ。それまでは前にでてもOKだよ」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「そうそう。そうすると、ちょっとしたこぼれ球も茜さんが拾えるでしょ?」
「なるほどね、じゃあボクも気を付けて前にでるようにするよ」


公二は人それぞれにあった指導の仕方で、全体の戦術を指導していく。
もちろん全員に指導することのほうが多いが、個人の能力が必要な部分は丁寧に指導する。
普段は個人別の指導はなかなか時間がなくてできないが、合宿だからできるのだ。

相変わらず公二は光には厳しい。
最初はチームを引き締めるための叱られ役だったのだが、今は意味が変わっている。
以前は休憩時間では厳しくなかったのだが、今は練習時間中はずっと光に厳しい。
みんなそのことに気が付いているが、誰も理由は聞かなかった。



こうして午後の全体練習は滞りなく終わった。
最後に全員を集めてスケジュールの確認を行う。

「お疲れさま!じゃあ、食事の後7時半からミーティングだ」
「ええ〜、遊べないのかよぉ〜」
「1時間ぐらいだから、我慢してよ。あとは自主トレなり遊ぶなりなんでもいいから」
「わかった!」
「でも、今4時半だろ。遊ぶなら今から遊んでもいいだろ?」
「いや、今から自主トレだ。遊ぶのは夜!」
「……怪我だけはしないでよ」
「な〜に、無理はしないよ」
「これから個人で好きにしていいから怪我だけに気を付けて」

こうして午後の練習は終わった。
ミーティングは夜なのでそれまでは何をしても自由。
しかし、ほむらがミーティングで自主トレをやると言ったために、他の人は遊ぶという気持ちが無くなっていた。
結局、ほぼ全員自主トレとなる。
しかし、ほむら自身はこうなることを狙ったつもりではまったくない。



公二がグラウンドを離れると同時に全員がそれぞれに練習を始める。
ほむらはさっそく茜を誘う。

「お〜い、茜。PKの練習しようぜぇ?」
「あっ、ごめん、ちょっとボク用事があるから」
「はぁ?洗濯は合宿所の人がやってくれるし、バイトは薫がやってくれるんだろ?」
「わかってる。ボクは別の用事があるの」
「なんだ?」
「えへへ、ナイショナイショ」

なにがなんだかわからないほむらを横目に、茜は合宿所に戻ってしまう。

「???……まあ、いいか……シュート練習でもするか……」

結局ほむらは一人黙々とシュート練習に励むことになる。



美幸は当然の如く花桜梨に一直線。
花桜梨は少し怯えているようだ。

「おねぇさま〜♪」
「み、美幸ちゃん。ど、どうしたの?」
「あのね、左足でのキックの仕方を教えて?」
「えっ?」

花桜梨はびっくりしていた。
今日はどんなスキンシップを頼まれるかとあれこれ心配していたからだ。

「美幸、左足でお姉さまにセンタリングができるようになりたいの」
「別に私だけでなくても……わかったわ、練習につき合ってあげる」
「ありがとう!」
「その代わり、私はセンタリングからのボールコントロールの練習したいからつき合って?」
「えっ?お姉さま、美幸の愛を受け入れてくれるのですね!」
「そういう『つき合って』じゃないの!」

美幸の勘違いを必死に否定するのに時間がかかったが、この2人も合宿中のテーマを持っているようだ。



「う〜ん。難しいなぁ……」

合宿所の中にある会議室。
女子サッカー部用に用意してある会議室で公二が本と向かい合っていた。
テーブルには本の山。

コンコン

「はい、どうぞ?」

ガチャ!

「やっぱりここにいたんだ」
「光!なんでここに来たんだ?」
「いや、ちょっと聞きたい事があって来たんだけど……この本は?」

光はテーブルの上にある本の山の一番上の本をとって見る。

「ああ、トレーナーのための本だ」
「トレーナー?」
「練習で怪我をさせないために勉強してるんだ。結構難しくてね」
「へぇ〜」
「あとは体調管理の本。疲労の蓄積って、表に出ないから注意しないとね」
「そう言うことまでやってるんだ」
「勉強が大変で、なかなかチームの戦術の構築に頭がまわらないんだよ」
「大変だね……」
「いいトレーナーがいればいいが、高校じゃそんな贅沢は言えないからな、監督自身がやらないと」

公二は練習メニューについて頭を悩ませていたところだ。
合宿メニューは一応決めてはいたが、それでも公二が完全に納得できるものではなかったのだ。

「総監督には相談しなかったの?」
「総監督は人手が足りないとき意外は、基本的にサッカーに関わらないんだ」
「えっ?」
「サッカーに関しては全面的に任せてくれている、その代わり関係ない事務手続きは全部やってくれるんだ」
「そうだったんだ」
「俺もサッカー全般をやりたかったから、そうしたんだけど……大変だな……」
「……」
「大変だけど、充実してるからいいけどな……」

(無理してる……充実してるかもしれないけど、やっぱり無理してるんじゃ……)

公二は少し疲れた表情をしていた。
公二自身はそんなことを見せないようにしてたのだが、光は見逃さなかった。



「ところで、光。用事って何だ?」
「あっ!ちょうどよかった。ストレッチの本ってある?」
「え〜と、これなんかいいんじゃないか?」

公二は本の山から一冊の本を光に渡す。
光が見てみると、そこには蛍光ペンやら鉛筆書きやらがたくさんあった。
どうやら公二が書き込んだ物らしい。

「ねぇ、これ貸してくれない?ちょっと、ストレッチを入念にやりたくて」
「いいよ。なくさないようにな」
「了解、了解」

光は本を閉じると笑顔で会議室のドアを開ける。

光が扉を閉じる寸前、公二が問いかける。

「なあ、何でストレッチを入念にやるんだ?」
「う、うん、ちょっとね……」
「まあ、ストレッチばかりでもダメだぞ。練習をやった上でのストレッチだからな」
「は〜い、じゃあまた後でね」

ガチャ!



光がいなくなった会議室。

「………」

公二の胸には一抹の不安がよぎっていた。

合宿はまだはじまったばかり。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
ようやく夏合宿です(汗

今回は夏合宿の序盤という感じですな。
いろいろ細かいエピソードを挟んでいけたらなと思ってます。

次回はきらめきも夏合宿スタートします。
この期に及んで、また新キャラです。
さてだれでしょう?