第2話目次第4話

Fieldの紅い伝説

Written by B
夏ももうすぐ近づいてきた6月のこと。
公二は光が部活を終わるのを待っていた。
 
公二は光の専属コーチで、高校ではサッカー部とは何のつながりもない。
公二は光の部活の間、図書館で勉強しながら部活の様子を見る毎日を過ごしている。
 
「お疲れ、光」
「うん、ありがと」

「どうだ?部活のほうは?」
「公二くんのおかげでベンチ入り候補になりそうだよ!」

「そうか!それはよかった!」
「ありがとう!公二君!」
 
インターハイも早々に敗退してしまったひびきの高校では3年生が引退してしまった。
当然、1年生にもレギュラーのチャンスが巡ってくる。
技術で著しい成長を遂げている光は監督の目に止まりベンチ入り候補になったのだ。
 
「じゃあ、試合デビューももうじきかな?」
「そうだね!」

「でも不安だなぁ、試合経験が全く無しっていうのは」
「ぶ〜!紅白戦では何度もあるよ!」

「でもな。練習と実戦では全く違うぞ!」
「そういうものかなぁ?陸上ではそう感じなかったけど」

「そこが個人競技と団体競技の違いだよ」
「ふ〜ん」
 


公二が不安にしていること。それは光は試合経験がまったくないことだ。
 
公二は古いサッカーの試合のビデオを教材に光に教えている。
 
攻撃的MFの心構え。
味方のどういう動きをみればよいか。
相手の動きから、どこにパスをだせばいいのか。
あいているスペースの見付け方。
効果的なサイドチェンジの方法。
オフサイドトラップをくぐり抜ける方法。
 
数え上げたら切りがないほどのテーマを少しずつ分かりやすく教えてきた。
 
しかし、理論は実際に使われなければ意味がない。
自分で応用も考えなければならない。
光にはそういう機会がまったくないのだ。
紅白戦は、攻め方、守り方にテーマがあるのでやりやすいが、実際の試合では違う。
 
また、試合での雰囲気は個人競技とはまた違う雰囲気を持っていて、慣れるのに時間がかかる。
それが公二が不安にしていることなのだ。
 


そんな公二の不安が解消されないある日。
 
「公二君!練習試合が決まったよ!」

「へえ、どこだい?」
「東風高校。実力はちょっと下らしいよ」

「そうか、それで試合にはでられるのか?」
「うん!うちは控え中心のメンバーだからベンチ入りできるらしいよ!」
「おお!それはよかったな!」
「それでも途中からの出場だと思うけど」

「いよいよ光がデビューか……」
「もちろん、見に来てくれるよね?」
「もちろん!」
「楽しみだなぁ……」
「………」
 
公二はやっぱり不安だった。
 


そして試合当日。
 
「光、緊張してるか?」
「うん……ちょっと……」
 
ちょっとどころではない。
だれがみてもガチガチになっているのがわかる。

 
(緊張するな、っていっても無理か……)

 
そこで公二は光を楽にさせる言葉を考えた、その結果……
 
「光」
「な、なに、公二君……」


「俺から、ノルマを与える」
「え?え!ノルマ!」

「絶対に達成しろよ!しなかったら罰金だぞ!」
「ば、罰金!そ、それで、の、ノルマって……」



 
「試合に出たらボールに1回触ってこい!それがノルマだ!」




「えっ?」
 



ガチガチになっていた光の顔が少し緩くなった。
 
「デビュー戦の光はそれだけで十分だ!1回触ったらあとは好きなことをやればいい」
「公二君……」
「わかったか?光」
「うん!わかった!」
 
緊張がほぐれたようだ。公二に安堵の表情が浮かぶ。
 


試合が始まった。
光はベンチからのスタートだ。
背番号は「19」
スクールカラーの緑のユニフォームに身を包んだ光はベンチで試合を見ていた。
 
「へへっ、似合うでしょう!」
「おっ!なかなか似合うじゃないか!意外に可愛いな!」
「ぶ〜!意外ってなによ!」
「ごめんごめん」
「背番号が19か、大きい数字だなぁ……」
「しかたないよ、誰だって最初はそんなもんさ。実は、俺も最初は19なんだ」
「えっ!そうなんだ!19かぁ……私の思い出の数字になりそうだなぁ」
「ああ、俺の思い出の数字にさらに思い出が増えそうだなぁ……」
 
光は、ズボンの数字を見つめながら昨日の事を思い出していた。
 
(背番号19から私のスタート。がんばらなくっちゃ!)
 


0−0のまま、前半が終わった。
 
公二はスタンドで試合をじっくり見ていた。
 
(う〜ん。両方とも決定力不足だなぁ……いいFWがいれば簡単に勝てるのに……)
 
事実そうなのである。
シュートは雨あられのように打っているが、ゴールの中には入っていないのだ。
 
(光は後半から出るっていっていたな、最初だから不安だなぁ……)
 


後半がスタートした。
光はいよいよグラウンドに立った。
ポジションはFW。
攻撃的MFが本来のポジションだが、控えの光にはポジションで贅沢はいえない。
とにかく、出られればいいのだ。
 
「いよいよかぁ、がんばらなくっちゃ!」

(1回だけ触ればいいんだよね、公二君……)
 


与えられた指示は
「とにかくボールを追いかけろ」
光の俊足を利用した指示だった。
 
スタンドの公二も光の動きで指示がわかった。

 
(確かに、的確な指示だけど……大丈夫か?)
 


公二の不安は的中した。
10分が経過して、光はいまだにボールに触っていないのだ。
俊足を生かしてボールに追いつくことはできるのだが、奪うことができない。
追いつめているようで、逆に動かされているのだ。
 
攻撃面でも中盤でボールをとられ前線の光まで回ってこない。
チームは防戦一方の展開になっている。
光の表情にも焦りが見え始めた。
 
(やぱいな……あんなノルマ与えなければ良かったかなぁ?)
 


悪い予感は連続して的中するものだ

 
(なんとかして奪わなくちゃ!それっ!……あっ!しまった!)

 
光のファーストコンタクトはボールではなく相手の選手の足だった。
 
光はボールを触る前にイエローカードを貰ってしまった。
おまけにファールの場所がゴールエリアのすぐ近く。
そのフリーキックが直接ゴールに決まってしまう。
 
後半15分 ひびきの0−1東風
 


(やばい!光の奴、完全に動揺している!)
 
いてもたってもいられなくなった公二は思わず声を挙げてしまう。

 
「がんばれ!」


「光!ボールを追いかけ過ぎだ!相手をよく見ろ!」


「大丈夫!あと25分もある!」


 
とにかくなんでも叫んでいた、周りの視線も気にしない。光に声がとどけばそれでよかった。
 
「公二君……」
 
光はまた走り始めた。
 


しかし光がボールに触れる機会がない。
それでも光は走り続けた。
 
公二(このままじゃ、光はなにもせずに終わってしまう!どうすれば……ん!)
 
公二の天性の直感がひらめく。



 
「光!左だ!」



「えっ?」



 
突然公二が大声を挙げた。
それが聞こえた光はとにかく左に走った。
 
光の目の前に……相手がパスをするはずだったボールがあった。
 
(やった、パスカットがうまくいった!問題はその後だ……!!!)

 
公二はグラウンドを見まわして一瞬で判断した。



 
「光!そのままシュートだ!」



「!!」



 
返事をするかわりに光は思いっきりミドルシュートを放った。
ボールは相手選手の間をくぐり抜ける。
 
ゴールキーパーは何も動けなかった。


 
ピピーッ!


 
「はいった……はいっちゃった……」
「やったー!」


 
後半25分 ひびきの1−1東風


 
チームメイトから祝福される光。
しかし光はいきなりのゴールに呆然としていた。
 
光の初プレーはパスカットからの同点のミドルシュートになった。
しかし、光のプレーはこれだけだった。
この直後に光はベンチに下がってしまった。
 
試合はそのまま1ー1の引き分けに終わった。
 


試合終了からしばらくして。
公二はグラウンドに戻ってみる。
光はベンチで一人座っていた。ユニフォーム姿のままだった。
公二はグラウンドに降りて光に話しかける。



 
「光、お疲れさま……」



「公二君……うわぁぁぁぁぁん!」



 
突然、光は公二に抱きついて泣いた。
 
「ノルマは達成したな……」
「達成したよ。でも、でも……私、悔しいよ!」
「光……」


「結局、1回しかボールに触れなかった……」
「………」


「自分のミスで1点与えてしまって……情けないよ」
「でもデビュー戦で初得点じゃないか」


「確かに嬉しいよ……でも、あれは公二君のおかげ。私は何もしてない……」
「ミスの帳消しでも、俺の指示でもゴールはゴールだ。胸を張っていればいいよ」



 
「うわぁぁぁぁん!……でも悔しいよぉ!」


「泣きな。思う存分泣いていいよ。でも、その悔しさを次にぶつけような」


「うん……うわぁぁぁぁん!」


 
出場時間25分、1得点、シュート1本、警告1回
陽ノ下 光のデビュー戦は残った数字とは裏腹に、ほろ苦い涙のデビューとなった。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
光の初試合です。
いきなり大活躍させてもよかったのですが、こんなデビューもあるだろうということで、こんなふうになりました。
背番号19の根拠ですが、「普通ベンチには入れない数字」「でも20番台はあまりに大きい」ということで、適当に決めました(笑)
 
試合に出て25分もボールに触れないということはたぶんないと思います。
まあ、そこらへんはお話ということで(笑)