第14話目次第16話

Fieldの紅い伝説

Written by B
ばちん!

「光、いい加減にしろ!」



ひびきの控え室で平手打ちの音と公二の怒鳴り声が響いた。
平手打ちの相手は光。
ミーティングの前にいきなりぶったのだ。
他のメンバーが唖然とするなか、公二は怒鳴る。

「サッカーは11人でやるものだ。1人でやるもんじゃない!」
「………」
「まったく、自分勝手にやってうぬぼれるな!」
「………」
「お前の身勝手でディフェンス陣に負担を掛けたんだぞ!わかってるのか!」
「………」
「後半もう一度やってみろ!即刻交代させるぞ!」
「………」

あまりの怒鳴り方に光はいまでも泣きそうな顔だった。
それに気が付いた公二はあわてて光の側に近づき話し出す。
今度は優しい顔、優しい声で。

「光の気持ちはわかるよ……1対1で望に勝ちたいんだろ?」
「うん……」
「初対決だからな……でも、今の光の実力では望を抜くことはできない」
「………」
「このままだとチームに迷惑がかかる……今日は諦めろ」
「うん……」
「いまは同点に追いつくことを考えよう……」
「そうだね……」
「同点に追いついたら、また望と勝負していいから……」
「うん……」




「あ〜あ、結局主人と陽ノ下のラブコメかよ。さっさとミーティングしよ〜ぜ」



完全に公二と光だけの世界をほむらがぶち壊す。

どっと笑いが湧く。
真っ赤になる公二と光。
雰囲気はいっぺんに和む。

「ごめんごめん、じゃあ後半の指示をだすぞ」
「作戦はあるんだろうな。あたし前半退屈でパワー余ってんだ」
「ああ、もちろんある……後半、絶対に追いつくぞ」
「もちろん!」

「会長。会長には動き回ってもらうよ」
「へっ?」
「こういうことだ……ごにょごにょ……」
「へっ〜、おもしろそうだ!まかせとけ!」

公二はいくつかの指示を出してミーティングが終了した。



そして後半が始まった。

ひびきの高校のキックオフで始まる。

2点差をつけられたひびきの。
当然猛攻を仕掛けなければいけないのだが……

「あれ?」
「攻撃をしかける雰囲気がないぞ?」
「前半と同じ……」

選手交代はなし。
ポジション、フォーメーションも変化した気配なし。
攻め方に変化なし。
前半終了と同じ流れにきらめきの選手は驚いた。



しかし、それは全然違っていた。

後半5分が経過した。
なにかおかしい。

きらめきの選手が気づき始めた。

「どうも、おかしくない?シオ」
「京ちゃん、私もそう思う、なんか人数で負けてる気がするの」
「ボールのとられ方が早い気がするわ。向こうはなにかしてるはずよ」
「ちょっと気を付けるわ、奈津江」
「詩織、京、ボールキープをしすぎないようにね」
「OK!」



そして後半7分。
その原因がついに判明する。

きらめきがボールを持ち、前線に向かう。
巧みなパス回しでFW藤崎までボールが届く。
そしてドリブルで向かおうとしたとき。

「とりゃぁぁぁ!」
「きゃっ!」

ものすごい勢いでひびきのDFのタックルをくらってボールをそのDFに奪われたしまう。
藤崎はすぐに立ち上がりボールを持つDFに向かう。

しかし、そのDFを見たとたん藤崎は驚いた。
DFではなかったのだ。

「へへぇ〜んだ。ボールはもらってくぜ!」
「うそ……ゴールのすぐ前なのに……」

ボールを奪ったのは、FWのほむらだったのだ。
そしてそのままドリブルで前に進む。



前線にいる光に光をマークしている望が話しかける。

「光さん」
「なんですか、望さん」
「そういうことか……考えたな」
「わかりましたか?」

そう、きらめきが感じていた異変。
それはほむらがDFラインまで下がっているのだ。
それどころか、相手のゴール前から自分のゴール前まで、グラウンドを走りまくっていたのだ。



ハーフタイムで公二がほむらに出した指示とは、

『会長、後半はポジション関係なくボールを追ってくれないか?』
『へっ?』
『DFラインでボールをもらったら、そのままゴールまで一人で持ち込んでいいぞ』
『いいのか?』
『とにかく相手の組織を徹底的にかき回してくれないか。そうすれば勝機はあるはずだ』
『おもしろそうだな!まかせとけ!』

そう、もっとも原始的に単純にボールを追い回すことをさせたのだ。
きらめきがひびきのが一人多いと感じたのは、いつもほむらがいたせいだ。



(きらめきのゾーンはほぼ完璧だ、あれを崩さないと勝ち目はない)
(すこしでも崩れれば、こっちの技術力で隙をつけるはずだ)

公二の考えはこういうことだったのだ。

後ろから見ていた望でさえやっと気が付いたのだ。
それを光に話した次第だが……

「そういうことなので!」
「なにぃ!」
「ボール見なくていいのかな?」
「ちょ、ちょっと……」

光はボールを持たずに前線に走ってしまった。
望は光を追いかけたいが、追いかけると中盤が崩れる。
仕方なしに、ゾーンディフェンスを徹底することにした。



光が望のマークをはずれたとたん。

「陽ノ下!頼むぜ!」
「OK!」
「なんだって!」

いきなりほむらがロングボールを光に送ったのだ。
ピンポイントで受け取った光はそのままシュート!

ガツン!

しかしボールはGKの手に当たって、ラインを割る。
後半8分、最初にチャンスをつかんだのはひびきのだった。



コーナーキック。
ひびきの、きらめき双方の選手がゴール前に入り乱れる。
マークをする方、はずす方、止まることなく動き回る。

CKのこの緊張感がサッカーの魅力の一つだ。

ボールを蹴るのは当然光。
常に動き回る選手を見てボールの目標を定める。

光はふとグラウンド全体を眺めてみる。
するとあることに気が付いた。

光は一人に目で合図を送る。
彼女は気が付いたようだ、すぐに動き出す。



そして、光がボールを蹴る体勢に入る。
ゴール前の選手は一気にスピードを上げる。

光がボールを蹴った!
しかし、ボールはゴールではなく、ゴールの遙か前の方向に向かっていった。

敵味方ともに驚く。
しかしひびきの選手は何かに気づいたらしく、一斉に動き出す。
それにきらめきの選手も追っていく。

それがまずかった。
ひびきのの罠だったのだ。
罠に引っ掛かりゴールに一カ所隙が生まれた。

そしてボールは一人の選手が走った勢いでボールを止めずにそのままシュート!
ボールは弾丸のように一直線にゴールに向かう。

きらめきは突然の出来事になすすべなかった。

ピピーッ!

ゴールを決めたのは、なんとフィールド中央で待機していた花桜梨だった。
花桜梨の意表を突くロングシュートが決まって1点差に追いつく

ひびきの1−2きらめき



「花桜梨さんやったね!」
「ありがとう……これで前半の借りは返したわ……」
「しかし相手も簡単に崩れそうだな、崩れ始めたらもろそうだぞ」
「安心しちゃだめだよ、相手も修正してくるはずだから」
「そうだね、悦ちゃん。じゃあ、気合い入れてもう1点狙うよ!」
「ようし!また走って走りまくるぞ!」



その後の展開は前半とは違いひびきのペースになっている。

「ちくしょう、守備が完全に崩されてる……」
「みんな焦っちゃだめ!このままだと相手の思う壺よ」
「先輩……そうはいっても……」
「ここは基本に忠実に!そうでしょ、望!」
「ああ、あたしも焦ってた、ここは冷静にならないと……」

原因はきらめきのゾーンディフェンスが崩れてしまっているからだ。

それをさせているのが、赤井、向井、陽ノ下の攻撃陣だ。
3人が代わる代わるポジションを変化させ、マークを混乱させる。

ほむらに至っては、ゴール前からDFラインまで動き回るので、把握がしにくい。

変化が早いために、きらめきディフェンスのマークの受け渡しが滅茶苦茶になってしまったのだ。
これはゾーンディフェンスでは致命的だ。
一度崩されると修正はなかなか難しい。

そうなると今度はひびきのの個人技が生きてくる。
両サイドからの上がりも多くなり、何度もゴールを脅かす。



そして後半29分
光がフリーでボールを持った。
FWの向井と赤井は前に左右から駆け出す。

きらめきのDFが二人をマークする。
しかしこのとき、意識がほむらの方にあるのを光は見逃さなかった。

ほむらにパスすると見せかけて、向井にキラーパスを繰り出す。

きらめきDFは当然意表を突かれた形になり、なすすべがない。

「私だって、ひびきののFWよ!なめてもらっちゃこまるわ!」

フリーになった向井は簡単にゴールを決める。

ピピーッ!

ひびきのの本来の攻撃パターンで遂に同点に追いついた。

ひびきの2−2きらめき



「よっしゃぁ!」
「悦ちゃん、やったね!」
「ありがとう!今のは会心のゴールだったよ」
「このまま逆転だぁ!」

「やったね、おねえさま〜!」
「ええ、でもこれからは反撃があるはずよ」
「気合い入れて守りますか!」
「もう前半のあたし達じゃないわよ!」

「追いつかれた……」
「一瞬の隙だったわね……」
「ちくしょう、2点も取られるなんて……」
「望、まだ時間はあるわ、なんとか勝ちこすよ」
「ああ、このままではすまさないよ、奈津江」
「あたしだって絶対に点とるからね!」
「京ちゃん、詩織、頼むよ」
「任せて!」



試合が再開された。
そして後半32分

「よし……これならもう一回……」

ボールを受け取った光は望に一直線に向かう。

(今度こそ絶対に抜いてみせる!)
(これ以上好きなようにはさせない!)

二人の意地が再びぶつかり合う。



二人のぶつかり合いは前半にもあった。
しかし今回はちがう。

前半はただ抜こう・止めようとした。
今はレベルが違う。

抜こうとする光。
ボールを奪おうとする望。
ボールをキープする光。
光の前に回ろうとする望。
周辺を見渡しパスコースを探す光。
光のパスコースを読み、そのコースを消す望。
再びドリブル突破を狙う光。
再び止めようとする望。

まさに持てる技術・能力を全て出して1対1の勝負をしていた。

二人の勝負は観衆はもちろん、フィールドの選手をも魅了していた。
それだけレベルが高かった。

しかし、この勝負、結局望がボールを奪ってしまう。

このあともう1回二人はぶつかったがやはり望の勝ちだった。



そして後半43分
きらめきの猛攻が始まる。

同点のままでは終われない。
きらめきのプライドを掛けた最後の攻撃が始まる。
FW、攻撃的MFだけでなく望ら守備的MFまで攻撃に加わり7人での波状攻撃を繰り出す。

とにかくシュートを打つ。
ボールを奪われたなら、前線からでもタックルで奪いに行く。
パスを回しに回してDFの隙を狙う。



ひびきのDFも必死にディフェンスをする。
しかし実力はやはり一枚上手だった。

「しまった!」
「中央にスペースが!」

遂にゴール前に空いたスペースが出来てしまった。

そこには、望がいた。
すぐに望にパスが回る。

「やられた!」
「負けたか!」

中央で待機していた光とほむらはそう思った。



目の前のゴールはがら空き。
誰が見ても1点確実な決定的な場面。

望がシュート体勢に入る。
そしてこのままシュート……のはずだ、何か様子がおかしい。

望がシュート体勢から動かないのだ。

なにか金縛りにあったみたいだった。
顔には汗がにじんでいる。
表情も何かしら苦しそうだ。
ただ足を振り下ろせばそれで十分なのにそれができないようだ。

結局、すぐさまDF寿がボール奪って、決定的なピンチを免れた。

そしてこのまま試合は終了。

ひびきの2−2きらめき

Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
久しぶりの更新になってしまいました。
ここまで時間がかかった原因は試合展開に迷いに迷ったからです。
結末は決まってました。
ただ得点パターンを迷って迷ってこれになりました。

試合展開ももう少し細かく書きたかったんですが、いまのところこれが実力です。

結局試合は引き分けに終わりました。
ひびきのはいわば奇策から2点奪いました。きらめきは正攻法からの2点。
これが今の実力の差ではないでしょうか。

しかし、策次第で互角の戦いが出来る。これはひびきのの収穫だったのではないでしょうか。

次回は試合後のお話。
試合終了直前の望の動きの謎が解かれます。