第16話目次第18話

Fieldの紅い伝説

Written by B
あの対抗試合から1週間後。
光は望の家にやってきた。
望に呼ばれて来たのだ、見せたいものがあるらしい。

「こんにちは〜」
「やあ、よくきたね。入りなよ」
「おじゃましま〜す」

さっそく望は光を自分の部屋に連れて行った。



「うわ〜っ!綺麗!」
「な〜に、たいしたことはないよ」

望の部屋はシンプルだった。
本棚、ステレオ、テレビ、机、ベッド。
全て無彩色とシルバーで統一されており、なかなかおしゃれだ。

その中にある有彩色の花瓶やぬいぐるみが望の女の子らしさを引き立てている。



「今日は何で呼んだんですか?」
「それはね……」
「まさか……私を襲おうなんて……だめよ、私は女だから……」
「違う!そういう趣味はないの!」
「うふふ、冗談よ!」
「まったく……」

「で、本当の用事は?」
「ああ、昔のビデオでも見せようかなって」
「ビデオ?」
「そう、公二が出ている試合のビデオだよ」
「見たい!絶対に見たい!」

望の言葉に思いっきり食らいつく光。
あまりの食らいつきかたに驚く望。

「なあ、公二は自分の試合のビデオを見せてないのか?」
「うん……1本も持ってないって……」
「そうか……」

望にはその理由がわかっていた。
たぶん、足を怪我して選手生命を絶たれた時期に全て捨ててしまったのだろう。
望にはその気持ちが痛いほどよくわかってるつもりだ。

望の予想どおりだった。
だから光を呼んで見せようと思ったのだ。



「じゃあ、さっそく見せるよ」
「うんうん!楽しみだなぁ〜」
「ちょうどお菓子が切れてるみたいだからコンビニで買ってくるから見てて」
「うん」

望はそう言ってビデオの再生ボタンを押すと買い物に行ってしまった。



テレビの画面には、中学時代の公二の勇姿が映し出されていた。

「うわ〜っ!すご〜い!」
「この頃から公二って格好よかったんだ……」
「望さんが惚れるのもわかる気がする……」

確かに公二は他の選手と違って輝いていた。
公二が動いたら女の子の歓声も聞こえてきた。
たぶん中学時代からモテていたのだろう。

「しかし、速いパスを出すんだなぁ〜」
「えっ!あんなところにパスを……あっ、通った。すごい……」
「なんであんな方向に!……フリーの選手だ。よく見つけたな……」

光にとって公二の試合でプレーするのを初めて見た。
公二のすごさはなんと言ってもパスのすごさだった。
速い、正確、確実に通る。
パスのお手本と言えるようなパスを何本も連発していた。

ドリブル、シュート、ヘディング。
これらはさすがにうまかったが、それよりもパスの凄さが印象に残る。

「これが日本代表候補の公二なんだ……」

光は画面の公二に夢中になっていた。



一方コンビニで買い物をして戻る途中の望。
何かに気が付いたようだ。

「あれ?光さんに見せたビデオって何の試合だっけ?」
「あっ!違うビデオを入れちゃった!」
「ラベルには確か……!!!」



「しまった!」



突然望が走り出した。



「あれを……あれを光さんに絶対に見せてはいけない!」


「あれ?公二、パスを出す気配がないけど……」


「あれを見せたら……光さんも絶対に……」


「うそ!まさか、こんなところからシュートを打つ気なの?無茶だよ!」


「そんな事をしたら、公二をまた苦しめる……」


「……えっ……」


「たのむ、間に合って!」


「………」


がちゃ!


「お、遅かった……」


望が目にしたのは、
画面を呆然と見つめている光の姿。
そして画面にはゴールを決めて仲間に祝福されている公二の姿が。



「……すごい……」

光が目にしたものは衝撃だった。
ペナルティエリアから遙か外から公二のロングシュート。

右足を限界までに弓なりにしならせる。

右足をボールの手前で踏み込む。

そこでさらに右足をしならせる。

そしてその反動に全体重を乗せてシュート!

ボールは弾丸、いや流星のようにまっすぐに目もくらむような早さで飛んでいく。

そして気が付けばボールはゴールの網をも突き破っていた。

公二の仕草は一瞬だったがその動きはスローモーションのように光の頭を駆けめぐっていた。



愕然とする望、呆然とする光。
お互いの目があう。

「う、嘘だろ……見てしまったのかよ……」
「あ、望さん……」
「そんな……う、う、う……」
「望さん?」



「うわぁぁぁぁぁ!」
「望さん!」



突然望が頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
表情もとても苦しそうだ。



「望さん、どうしたの!」
「早く……早くビデオを止めてくれ!」
「えっ?……うん、わかった……」

望の言うとおりビデオを止める光。
望もだいぶ落ち着いてきたようだ。

「望さん、いったい……」
「あのシーンだけは……光さんには見せたくなかった」
「えっ?あのシュートのこと?」



「あのシュートは……悪魔だ……」



「えっ?悪魔?」
「そう、公二を虜にしたシュート、そして……」
「そして?」



「公二からサッカーを奪ったシュート……」



「ええっ!」
「あのシュートの威力はわかるだろ?」
「うん……」
「あのシュートは公二が開発したんだ」
「公二が?」
「ああ、公二はパスの他にもう一つ武器が欲しかったんだ」
「それがあのシュート……」

「あのシュートはゴールする率が非常に高かった。まさに必殺のシュートだったんだけど……」
「けど?」
「シュートを見るとわかるかもしれないけど、非常に足を酷使するんだ……」
「そんな気がする……」

「だから1試合に1本ぐらいにしないと足が持たないんだ」
「まさか……」



「忘れもしないよ、3年の夏の大会だった……」
「………」

「公二は全国大会目指して必死だった……」
「………」

「中学最後の大会。どうしても勝ちたかったんだろうな……」
「………」

「あのシュートを1試合で2本も放っていたから……」
「えっ……」

「あのチームは公二のワンマンチーム。だから公二が頑張らないと勝てなかったから……」
「………」

「そして、県の決勝戦……」
「望さん?どうしたの?」

とつぜん望が震えだした。
驚く光。



しかし望は話し続ける。

「公二は私に約束してくれた『今日の試合は絶対に勝つから』って……」
「公二らしいね……」
「とにかく公二は縦横無尽に動き回った、でも点が取れないまま後半早々……」
「………」
「公二は……公二は……」
「望さん!」

望の震えが止まらない。
自分で自分を抱きしめるが全く止まらない。
それでも望は話し続ける。


「あの……あのシュートを……それで……ゴールして……」
「望さん!」


「公二が……公二が……うわぁぁぁぁぁぁ!」


望がとうとう泣き出してしまった。
光は必死に抱きしめて落ち着かせようとした。


「望さん!もういいの!もういいから!」
「ひっく……公二が……ひっく……公二が……」


そこまで言われたら光もその後の状況はわかる。
たぶんシュートを放ったときに足を折ってしまったのだろう。
そしてそれが公二の最後のプレーだということも。



「だめなの……公二が右足を抱えて……」
「もう話さなくていいから!」
「苦しんで……叫んで……泣いて……痛がって……」
「やめて!もういいから!」


「あの公二の姿が……今でも頭から離れられない……」


「望さん……」



「光さん、公二から私の秘密……知ってるよな?」
「確かシュート恐怖症って……まさか!」
「そうだよ、シュートを打とうとすると、あの公二の姿が頭をよぎるんだよ……」
「望さん……」
「あの姿がどうしても忘れられなくて……あの姿が私を苦しめる……」
「そこまで……」



「あたしはあの試合を見てからシュートが打てなくなってしまったの……」



「………」
「公二と再会して、昔の姿を思い浮かべなくてもいいのに……どうしても」
「そうだったの……」



「こんなあたしがライバルで恥ずかしいだろ?シュートも打てないライバルなんて……」
「そんなことない!ずっと過去と戦っているんだから、望さんはすごいよ!」
「ありがと……でも思い出したくない過去にいまだに勝てないんだよな……」
「大丈夫、きっと大丈夫だよ……」
「ありがと……きっと立ち直ってみせるよ……」
「たぶん公二もそう思ってるよ……」

「ところで中学の決勝は?」
「ああ、公二が退場してから次々に点を取られて大敗したよ」
「そう……」



「大丈夫ですか?」
「ああ、やっと落ち着いた……」
「ごめんね……傷を痛めつけることをしちゃって……」
「いいんだよ……なんかすっきりした……」
「えっ?」
「だれかにこの事を知って欲しかったのかもしれないな……」
「………」



「光さん、約束してくれないか?」
「えっ?」


「あのシュートは絶対に打たないで欲しい……」


「………」
「公二がこのシュートを教えてない理由……わかるよな?」
「うん……」
「もし光さんがこのシュートを打ったら……公二の二の舞になる気がする……」
「………」
「そんなことをしたら……公二が苦しむだけだ……」
「わかった……」
「それならいいんだ……」

「ねぇ、望さん。別の公二の試合も見たいんだけど?」
「ああ、じゃあ見るか?」
「うん!」

今度は二人で別の公二の試合を見た。
しばらくして光は望の家を後にした。



その夜。
望は電話で公二に全てを話した。

「そうか……知ってしまったか……」
「ごめん……」
「いいよ、いつか話さないととは思ってたから……」
「………」
「光があのシュートを知ってしまうとなると……」
「打つなとは言ってあるけど……」



「いや、光は絶対に打つ」
「えっ!」



「光の事だ、コツを覚えれば試合で絶対に打つ」
「そんな、馬鹿な……」
「俺はそんな気がする。望との試合ならなおさら……」
「………」



「こうなった以上俺が教えるしかないな」
「ええっ!」



「足に負担を掛けない強力なシュートを教える。それなら光も納得するだろう」
「確かに……」
「俺のシュートをアレンジすれば大丈夫だろう」
「………」
「なあに、無理しない力加減を教えるだけだ。難しいことはないよ」
「そうだけど……」

「下手にあのシュートを打たれて負けたくないだろ?」
「えっ……」
「大丈夫、望の不利なようにはしないよ」
「えっ、いや、そんなことは……」
「考えてただろ?」
「うん……」
「俺は光と望を互角にする。それからは俺はひいきしない。前からそう言ってあるだろ?」
「そうだよね、そうだったよね」

「光も自分で考えてトレーニングしている。いまにきっと追いつくよ」
「じゃあ秋の大会は……」
「ああ、全国大会で会えるといいな」
「いいなじゃなくて、会うんでしょ!」
「あははは!そうだったよな」
「約束だよ!」
「ああ、約束する」

公二の言葉で安心した望だった。
そして、季節は夏へと移っていく。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
今回は暗いお話でしたね。

公二の怪我の原因。そして望のシュート恐怖症の訳。

公二は自分で開発したシュートで足を壊してしまったのです。
それを見た望がトラウマになってしまった。という訳でした。

このシュートは某漫画で見た某シュートが元ネタです。
わかる人はわかると思います。わからないかたはそれでもかまいません。

いやあ、試合がない回は書きやすいなぁ(汗

次回は夏休み前の望、光のそれぞれの学校の様子でも書こうかと。