第20話目次第22話

Fieldの紅い伝説

Written by B
夕方
きらめき中央公園。
そこには望とチームメイトの鞠川奈津江がいた。

「望、今から練習を始めるわよ。」
「うん……」

これから望のシュート恐怖症を治す練習が始まろうとしている。

この練習は夕方以降しかできない。

望の恐怖症をなるべく他人には知られたくない。
とくにひびきの以外の学校に知られてしまったら、望が戦力として使えなくなってしまう。
それに下手にチームメイトに心配を掛けたくない。

よって、事情を全て知っている奈津江と二人でしか練習はできない。



きらめき公園にはサッカーゴールがひとつ置いてある。
子供が遊ぶのに使うためだ。

二人はその前で練習をしている。

「じゃあ、今はパスの練習をしよう!」
「えっ?」
「いいの!とにかくパスをするよ!」
「???」

なにがなんだかわからず望はパスの練習をする。
パスの練習といっても、ボールの渡しあいをするだけ。
要はキャッチボールと同じことをしている。

訳がわからないまま、パスの練習をする望。
望は奈津江がゴールの前にいることに気が付いてない。



「じゃあ、いくぞ……」
「はいっ!」
「えっ!」

奈津江が不意に場所を変えた。
ボールは奈津江の後ろにあるゴールに入っていく。

「ゴ〜〜〜〜ル!」

奈津江が声を挙げる。
望はやっといまの状況を知る。

「今ゴールを決めたのは望でしょ?」
「あ、ああ……」
「望、ゴールなんて簡単でしょ?」
「奈津江……」
「ゴールは怖いものじゃないってこと、わかった?」
「うん、ありがと……」

望は奈津江の考えがわかった。
奈津江はとにかく望のボールをゴールに入れさせたかったのだ。
まずは望にゴールを決めさせること。
それが奈津江の考えだった。

望も少しだけ、恐怖心が減ったような気がした。
やり方がちょっと幼稚だがその気遣いがうれしかった。



「まあ、いまのは狙って入った訳じゃないからね、じゃ、次のステップへいくよ!」
「次?」
「そう!今度は狙ってゴールを決めるよ!」
「えっ!ちょっと待ってよ!」
「えっ、なにを?」
「いきなりシュートなんて無理だよ!」
「誰がシュートを打てって言ったの?」
「へっ?」
「望はここに立って」
「は、はぁ……」

奈津江は望をゴールの少し前に立たせる。

「じゃあ、ボールを投げるからヘディングでゴールに入れて?」
「へ、ヘディング?」
「足がダメなら、まずは頭。単純な発想でしょ?」
「は、はぁ……」



「じゃあ、いくよ!」
「えっ!」

ごつん!

いきなり奈津江は望にむかってボールを放り投げた。
不意打ちを食らった望はおもいっきりボールをぶつけられた格好になった。

「ちょっと、なにするんだよ!」
「えっ、何ってパス……」
「いきなりもらってもどうしようもないだろ!」
「でも、ゴールは決めたよ」
「えっ……」

よく見ると、さっきぶつけられたボールがゴールの中に入っていた。

「狙ってなくても偶然でもいいの。とにかく今はボールをゴールの中に入れる、いいね!」
「奈津江……」
「まずは徹底的にゴールに入れる。そうすればシュートも出来るようになるわよ」
「………」
「練習、始めるわよ!」
「おお!」

練習が始まった。
奈津江は容赦なくボールを望に投げつける。
望はそれをとにかく頭にぶつける。
ボールはゴールに入るかわからないがとにかくヘディングをした。
少しずつだが、ちょっと狙っていけるようになった。
頭の中には公二の姿はなかった。

シュートをするという意識はまだない。
ボールをヘディングである地点に狙う、という意識が望の頭の中でいっぱいになっていた。



30分後。
二人は休憩していた。

「望……頑張ったじゃない……」
「ありがと……なんか気分がいいよ」

ゴールの中にはボールがたくさん。
練習の最後のほうは、10個中8個ぐらい入るようになった。
ゴールの少し前なので当然の確率だが、
この距離でもシュートできなかった望にしては驚異的な数字である。

「ねぇ……シュート、打ってみる?」
「えっ?」
「ほら、ゴールの前に立って!」
「ち、ちょっと……」
「今ならいけるかもしれないわよ!」

そう言って、奈津江は無理矢理望をゴールのほんの少し前に立たせる。
そして奈津江はボールをゴールの前に置く。

ボールとゴールの距離はわずか1cm。

「こ、これだけ?」
「そう、まずは1cmから」
「………」
「1cmから徐々に伸ばしていくの。そうすれば中距離長距離だって……」
「………」



「望、挑戦してみる?」
「うん……やってみる……」
「じゃあ、今度はおもいっきりゴールを狙うのよ」
「うん……」

望は意を決して、ゴールを見つめる。
そしてボールを見つめる。

シュート体勢に入る。
足を振り上げる。

「ううっ!」
「望!」

望が固まった。
足を上げたまま振り下ろせない。



「公二……」
「望、頑張って!」
「………」
「大丈夫、たった1cmよ。ただ足をおろせばいいのよ!」
「だめ……」

望の頭の中には足を抱えて苦しむ公二の姿が浮かんできた。
耳には公二の叫び声が聞こえる気がしていた。

「だめ……やっぱりだめ……」
「落ち着いて!時間はたっぷりある!」
「でも……」
「私は何時間でも待つ!望はゆっくりと足をおろせばいいの!」
「そうはいっても……」
「あせらないで!」
「あせるなと言われても……うわぁ!」

奈津江は必死に声援を送る
しかし望は体が動かない。
そして望はバランスを崩して倒れてしまう。



「望!……えっ……」
「やっぱり無理よ……えっ……」

倒れたときに軸足がボールに触れた。
そしてボールはゆっくりとゴールの中に……

「ボールが……」
「入った……」



「ゴール!ゴール!ゴ〜〜ル!」

奈津江が叫んで望に抱きついた。

「やったよ望!シュートを決めたんだよ!」
「でも、あれは……」
「望はゴールを狙ったよね?」
「ああ……」
「ボールはゴールに入ったよね?」
「ああ……」
「望はゴールを狙ってゴールを決めた。これは紛れもない事実よ!」
「私が……ゴール……」

「格好悪くてもゴールはゴール。そうでしょ?」
「そうだよな……そうなんだよな……」
「望、おめでとう!」
「ありがとう……」

どんな格好でも望に足でゴールを決めさせる。
奈津江は望にゴールの既成事実を作らせたかった。

一回事実を作れば徐々に距離を伸ばしていくだけ。

今回はほとんど偶然だったが、それでも一歩は一歩。
ゆっくりでも前進すればゴールにたどり着く。

1回目の練習にしてはかなりの成果だった。



「望、あしたは2cmに挑戦する?」
「うん……やってみようかな……」
「そうそう!その心意気よ!」
「奈津江、本当にありがとう……」

無様、あまりに無様だったが、とにかく足でゴールを決めた。
まだ公二のトラウマは全く消えていないが、それでも何か希望が見えた気がした。

たった1cm。

でも望にとって、大きな1cmだった。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
今回は望の秘密特訓のお話。
望のトラウマを解消しようと努力するお話でした。

こう簡単にうまくいくのか?というツッコミは勘弁して(汗
そもそも実際にはトラウマはどうやって解消するのかしらないし(汗

最初はあまりにうまくいきましたが、次はこんなにはうまくいかないのでご安心を(謎

次回は閑話休題的な話です。
前回の感想読んで急に思いついたお話なのでたいした話ではありません。