第27話目次第29話

Fieldの紅い伝説

Written by B
「コーチ……私はどうなるんでしょうか?」



花桜梨の言葉で、周りが突如凍り付く。

「えっ……」
「茜さんが入ると、私の立場はどうなるんでしょうか?」
「あっ、そうだ……」

茜をGKにスカウトしたのはいい。
問題は正GKの花桜梨である。

最初から茜を使うつもりが無ければスカウトする必要はない。
試合で使うから茜をスカウトしたのだ。

試合に出られるGKは一人。
GKの選手交代は怪我以外ではまずない。

茜が出るとなると、花桜梨は出られない。

「コーチ、私がいながらどういうつもりなんでしょうか?」
「………」
「私はGKのポジションに自信があります」
「………」
「身体能力では一文字さんに劣るかもしれません。でも今の私は正GKです!」
「………」
「コーチ、私に納得できるように説明してください」

花桜梨は茜のスカウトで自分のプライドを傷つけられたと感じたのだ。



沈黙が4人を囲む。
そんな中、部室内では。

「ああっ!もうしょうがない、今からいくよ!」
「ええっ!今はタイミング悪すぎじゃあ……」
「物音を立てないようにこっそりと近づくのよ!」
「そうだよね、待っててもしょうがないもんね……」

こうして2人はこっそりと部室から出た。



そんな事は知らない4人。
沈黙を破ったのは公二だった。



「八重さん、俺は一文字さんを正GKに育てるつもりだ」
「!!!」



声が出ない花桜梨。

「まさか、八重さん以上のGKが現れるとはおもわなかったけどな」
「………」
「俺は一文字さんは八重さんと同等のGKになれると思う」
「………」
「だから俺は一文字さんを正GKに育てることに決めた」
「嘘……」
「それでなんだが……」

花桜梨にとっては思ってもいなかった言葉。
要は自分はGKとして必要じゃないということ、と花桜梨は受け止めた。
呆然とした表情になってしまう。



「ちょっと待てよ!それはひどすぎるぞ!」

突然、ほむらが公二に対して怒鳴った。

「主人!八重に対してひどすぎるじゃないか!」
「………」
「物には言い方ってぇもんがあるだろ!」
「………」
「そんな理由じゃあ八重も茜もかわいそうだ!」
「………」
「お前がそんな言い方をするとは思ってなかった!あたしはおまえの考えがわからない!」
「………」
「お前の考えを教えろよ!そうでなければ、あたしも納得できない!」

ほむらは公二の胸ぐらを掴んで公二を揺らす。



「あの〜、話に続きがあるんだけどなぁ……」



公二は困った様子でほむらの腕をほどく。
ほむらも公二の言葉に驚いて素直にほどかれる。

「えっ?」
「途中で遮るから困ったよ……」
「続きって?」

公二は花桜梨の方を向く。

「八重さん。俺は八重さんに対してずっと考えてたことがあるんだ」
「えっ……」
「それには八重さんと同格のGKが必要だったんだよ」
「私と同格?」
「今日、一文字さんが入ってくれるから、ようやく俺の理想になるよ」
「それってどういう意味……」
「なあ、あたしもさっぱりなんだけど……」

花桜梨もほむらも公二の言葉の意味が理解できない様子だ。



公二が真剣な眼差しで花桜梨を見つめる。

「八重さん。これはコーチ命令だ」
「えっ?」
「八重さんにはこれを受け取ってもらうよ」
「えっ?」

そういうと、公二は持参したバックからなにやら塊を2個取り出して花桜梨に放り投げた。

「これは?」
「ひろげてごらん」
「あれ?これは……ええっ!」
「なんだって!」

花桜梨が広げたものはユニフォーム。
それもGK用のユニフォームではなく、フィールドプレーヤー用。


背番号は「9」


「もう一つもひろげてごらん」
「これは……ええええっ!」
「こ、こんなのボク見たことないけど……」
「嘘だろ……」


もう一つはGK用のユニフォーム。


普通のユニフォームなのだが、一つだけとんでもないところがあった。
それは背番号が「9」ということ。



「八重さん、俺は八重さんはGKとして必要ないとは一言も言ってないよ」
「あっ……」
「確かにこれからは第2GKとしてやってもらう……しかし」
「しかし?」



「八重さんにはFWとして攻撃のくさびになって欲しい」



公二から飛び出した花桜梨のコンバート指令である。

「私が……FW……」
「本当は最初からFWにしたかったんだけど、GKの補強が急務だったからGKにしたんだ……」

花桜梨のFW.
これは公二がずっと温めていた構想だった。
しかしFWはほむらがいたのでまずGKの補強を優先したのだ。

それでも公二は諦めきれなかった。
有望なGKさえいれば、この学校ではベストの戦力が揃う。
この構想は光にしか話していなかった、いわば公二が温め続けていた本当の理想だったのだ。



「どうしてそこまで八重をFWにしたかったんだ?」
「八重さんには今の攻撃陣にはない物をもっているからだ」
「えっ?」

「八重さんは背が高くて跳躍力があるから、空中戦には絶対の武器になるのがひとつある」
「確かに背がちっせい奴ばっかりだからなぁ……」

確かにFWの赤井と向井、司令塔の光の3人とも背が高くない。
いくらほむらが跳躍力があっても空中戦は不利だった。
今まではポジショニングでカバーしたが上を目指すには不十分だった。

「もうひとつは、八重さんがいつも冷静だからだ」
「それってどういうことだ?」
「会長も向井も光も、攻撃陣全員が心でサッカーをするタイプだからだ」
「それってどういうこと?」

「簡単に言うと頭より体でサッカーをするタイプって……痛っ!」
「ちょっと!それじゃあ、私達が馬鹿みたいじゃないの!」

いつの間にか公二の後にいた光が公二のおしりをつねっていた。
光も美幸も最初からそこにいたかのような振る舞いをしている。

「うむ、あたしは意味がわかるぞ」
「えっ?」

「要は動物的カンで自然に体が動くってやつだろ?」
「そういうこと。それが悪いわけではないけど、全員それというはバランスが悪い」
「それで花桜梨お姉さまが?」
「ああ、常に冷静で物をみられる八重さんが入ればバランスもいいし、お互いがさらに生きると思うんだけど」
「なるほどね……それはそうかもしれないね」

光は公二の理論的説明で、さっきの事はなかったことにしたようだ。



「そういうわけで、俺の考えはこうだけど。八重さん、納得できるかい?」
「……わかりました……FW、やらせて頂きます……」

花桜梨は真剣な表情で公二に返事をした。
コンバートを受け入れるようだ。

「ありがとう。二刀流で負担も大きいと思うけど、八重さんなら出来るよ」
「まかせてください。コーチの期待に応えます」
「それと、さっきは傷つけるような言い方をしてごめん……」
「いいえ、理由がわかれば大丈夫ですから……」

ようやく、凍り付いた雰囲気も溶けたようだ。

「あと、一文字さんの指導お願いできるかなぁ?」
「えっ?私が?」
「ライバルに指導するのもなんだけど、さっきの教え方がうまかったから。頼むよ」
「ボクからもお願いしていいのかな?」
「わかりました……一文字さんを一人前に育てます!」

こうして、茜がGKとして入部。
花桜梨はFWにコンバート。ほむらと2トップを組むことになった。



その次の週。

「はぁ〜、結局元通りか……」
「何言ってるの?短くても楽すればいい、って言ったのはだれなの?」
「でもなぁ〜」

茜が選手になったことで、マネージャーがまたいなくなってしまった女子サッカー部。
洗濯はまた交代でやることになっていた。

「でもいいじゃない。茜さんに色々教えてもらったから」
「まあな、おかげで前よりは楽だからな」

しかし、茜が効率のいい洗濯の方法を教えてくれたおかげで以前よりは手間がかからなくなった。

「しかし茜さん、すごく生き生きしているね」
「ああ、すっかり自信を取り戻したみたいだな」
「おかしいよね。女の子らしくないスポーツで、女の子らしさを取り戻すなんて」
「まったくだ」

入部後の茜は勉強でも部活でもその後のバイトでも非常に充実しているそうだ。
自信がつくとこんなの変わるのかと茜自身も思っていることだ。

「しかし、花桜梨さんも必死に練習しているね」
「茜にライバル心メラメラだぞ」

「でも公二が『これで全国がねらえる!』って喜んでたよ」
「狙えるんじゃなくて、行くに決まってるだろ?」
「そうだよね!」

去年から大幅な戦力補強の甲斐もあり、全国大会を狙えるまでに成長した女子サッカー部。
もうすぐ夏休み。
体力をつけ、技術を身につけ、戦術を確立する大切な時期。
そんな大切な夏合宿がもうすぐやってくる。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
今回でやっと一区切りかな?

やっと判明した背番号「9」の正体。
実は茜ではなく花桜梨でした。
花桜梨はFWにコンバートしましたがGKは続けます。

これでひび校もようやく戦力が整いました。
っていうか、やっと登場人物が全員揃った(汗

これでやっと人物紹介が書けるというものです。

次回は一気に飛んで夏休みに入ります。
もちろん夏合宿の話題もひび校きら校両方あります。

なにより本題の光と望の恋の争いがようやく進むのが嬉しくてしょうがない(爆)

間違いなく次回は来年です(笑)