第28話目次第30話

Fieldの紅い伝説

Written by B
「はいっ!はいっ!」
「はぁ……はぁ……」
「ほらほら!そんなんじゃ、ゴールなんて簡単に決められちゃうよ!」
「す、すいません……はぁ……」

夏休みに入ってもひびきの高校女子サッカー部の猛練習が続く。


去年までは夏休みの練習といえば合宿以外は週2回だったのが今年は平日全部が練習日。
今年は部員全員の「もっと練習したい」という要望に公二が折れたのだ。

公二としては夏休みぐらいすこし休んで気分転換するのも大切だと思ったのだが、
部員は日々の練習の成果か向上意欲が高く、もっと練習して上達したいと思うようになっていた。
それはそれで歓迎したいが猛暑の無理は禁物。
日射病なんかはもってのほか。

確かに猛暑に耐えることも大切だ。
しかし、そのために余計なスタミナを消耗させることはしたくない。
そうなったら逆に練習効率が下がる。
そう考えている公二はなかなかOKを出さない。

結局、部員達との交渉の結果。部活は午前中のみ、午後は自主トレとすることでまとまった。



そう言うわけで、夏休みも部員達の猛練習が続く。
午前は普段と同様の練習メニュー。
夏休みになってからは戦術練習の比率が高くなっている。

そして午後は自主トレ。
強制力はまったくないのだが、常に半分ぐらいは残っている。
もちろんそれぞれの予定があるのだから毎日残っている人はすくない。

しかし、毎日残っている人がいる。
新人GKの茜と、専門コーチの花桜梨である。

「ほら!キャッチしたら、素早く抱え込む!」
「はい!」
「抱えたら周りを見る!状況を把握しなくちゃ!」
「す、すいません!」

しかも花桜梨は鬼コーチだったのだ。

最初の基本的な技術の指導は親切丁寧だったのだが、
練習になったとたんに厳しい表情でしごいている。

別に体罰とかそんなことはしてないのだが、厳しい指導がずっと続いている。
その鬼ぶりにさすがの公二もほむらも止めたくなってしまいたくなるほどだった。



そして合宿前最後の練習日。

相変わらず茜と花桜梨の猛練習が終わったところだ。

「ふうっ……お疲れさま」
「はぁ、はぁ……ありがとうございます……」

猛練習が終わって息絶え絶えの茜。



「これなら……納得できそう……」



花桜梨がぽつりとつぶやく。
茜はそれを聞いて驚くが、花桜梨はニコリと微笑む。

「えっ?」
「茜さん。もう私なしでも十分やっていけるわ」
「本当ですか?もう大丈夫なんですか?」
「ええ、正GKとしてやっていけるわ」
「ありがとうございます!」

花桜梨の免許皆伝のお墨付きに茜は深々と頭を下げる。

「もう私からは指導しないけど、頑張ってね」
「いえいえ、また暇があったら教えて下さいよ」
「ええ、わかったわ」

お互いに清々しい笑顔を見せている。

「じゃあ、私はこれで帰るから」
「はい、ボクはもう少しキックの練習をしてから帰ります」
「じゃあ、お疲れ様」
「お疲れ様でした」

花桜梨は部室へと歩き出す。
それを見送る茜。



ふと花桜梨が足を止めて振り向く。

「茜さん」
「はい?」



「私が第2GKだということ……忘れないでね……」



「えっ?」
「それじゃあ……」

花桜梨は再び部室へと向かっていった。

「花桜梨さん……もしかして……」



「いやぁ、練習後のコーラはうめぇなぁ!」
「ほむらったら、どっかのサラリーマンみたいだよ」
「な〜に、結構ああいう気持ちがわかるような気がするよ」

部室内では、珍しく練習をしているほむらとその練習につき合った光がくつろいでいた。

「しかし、茜の練習はものすごいな、とくに八重はものすごいな」
「公二も『コンバートはまずかったかなぁ』と思うほど鬼っぷりだからねぇ」
「まあ、八重も『FWで一番になってみせる』って言ってたからふんぎりはついてるとは思うけど」
「そうだといいんだけど……」

光もほむらも花桜梨の事を心配していた。
FWコンバートを受けたもののまだGKに執着しているのでは?
練習での鬼っぷりは二人にそんなことを感じさせていた。

ガチャ!

「あっ……」
「花桜梨さん……」

部室の扉には花桜梨が立っていた。

花桜梨は泣いていた。



「お、おい!どうしたんだよ!」
「大丈夫?」
「大丈夫よ……」

驚いて立ち上がる二人を横目に花桜梨は部室にある椅子に腰掛ける。

「今、茜さんに明け渡してきたわ……正GKの座を……」
「えっ?」
「私ずっと決めていた……自分が納得するまで茜さんを徹底的に指導するって」
「どうして?」
「茜さんは私と互角……そこまで育ってくれないと、私が納得できなくて……」
「それって……」
「私、やっぱりGKが好き。だから……」

これ以上は花桜梨の口からは出てこなかった。
しかし、花桜梨の胸の内は十分に伝わった。



そんな花桜梨にほむらが近寄る。

「八重」
「赤井さん……」
「その思いをFWでぶつけてみたら?」
「えっ?」
「な〜に、八重だったらきっとうまくいくぜ」
「でも……」
「FWもなかなか面白いポジションだぜ」
「そうね、そうだよね……」
「八重、これからはよろしくたのむぜ!」
「ええ、よろしく!」

ほむらが差し出した手を花桜梨が掴む。
そしてがっちりと握手を交わす。



そのころ、グラウンドでは茜がロングキックの練習をしていた。

「花桜梨さん、やっぱり本当はGKやりたかったんだ……」

花桜梨の思いは茜もなんとなく感じていた。
それが別れ際の最後の言葉で核心が持てた。

「ボクが頑張らないと、花桜梨さんに申し訳ない……」

花桜梨のおかげでGKとして一人前にしてもらった。
しかし、花桜梨を完全に超えるぐらいに成長しないといけない。

「花桜梨さん、ボク頑張るよ。絶対にゴールを守ってみせるから……」

花桜梨の情熱は茜に完全に伝わったようだ。



合宿直前の夜。
公二の家。
公二の部屋の電話が鳴る。

トゥルルルル!

「もしもし」
「あっ?公二。私」
「光か、明日からの準備はできたのか?」
「うん!バッチリOKだよ!」
「そうかそうか。しかし、いよいよだな」
「そうだね、去年もやったけど、今年はなんか待ち遠しくて」
「俺も本当に楽しみだよ」
「いい合宿にしようね♪」
「ああ、いい合宿にしような」


「それで合宿が終わったら日曜にデートしようね♪」
「ごめん、合宿後の日曜は望と予定があるんだ……」
「が〜ん……先越されちゃった……」
「じゃあ、その後の水曜ぐらいでどう?海に行かない?」
「海?いいよ、いいよ!海行こう!」
「その日の練習は休みにしろよ。俺も休むから」
「了解了解!一日おもいっきり遊ぼうね♪」
「ああ、それじゃあ、明日は早いから」
「うん、じゃあおやすみ……」
「ああ、おやすみ……」

公二も光も明日からの合宿を楽しみにしながら床についた。
いよいよ、合宿が始まる。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
いやあ、3ヶ月半ぶりです。

なにか色々忙しくて後回しにしていて、気が付いたらもう4月(汗
さすがにヤバイと思ったので気合い入れて続きを書きました。

うまい区切りで終わると、次を始めるタイミングを失いやすいですな(汗

それでもすぐには合宿に入れませんでした(汗
茜を花桜梨が指導したわけですが、花桜梨がなんの曇りもなく指導できるとは思えなかったのですよ。
そこで入れたのがこの話でした。

次回はきらめきサイド。
まだ合宿ではありません(汗