第33話目次第35話

Fieldの紅い伝説

Written by B
ひびきの合宿所のロビー。
夜のミーティングを終えたほむらと花桜梨がソファーでくつろいでいた。

「あ〜あ、疲れたけど、ためになったなぁ〜」
「でも勝つためには必要なのよ」
「まあな、明日はその練習か、よろしくたのむな」
「ええ、こちらこそ」
「あたし達の責任は重大だからな」


ミーティングの内容は戦術についてみっちり指導があった。
公二が指導した戦術はこのチームにあったものだった。

攻撃はサイド攻撃を使いながら、ほむら、花桜梨、光の3人で守備陣を崩す攻撃。
守備は基本は4バックのライン守備。

そして最後に公二が使った言葉は「3人攻撃、全員守備」

「残念ながらひびきのは強豪とまともにやって勝てるチームではない。
 だから相手より多い人数で守って勝つサッカーしかできないと思う。
 攻撃は決定力のある3人にボールを合わせるんだ。
 右から左から真ん中から、とにかく合わせる。
 速攻で揺さぶれば絶対に隙ができる。そこに活路を見いだすんだ。
 みんなからみれば不本意な戦術かもしれない。
 でもひびきのが勝つにはこれがベストだと思うんだ」

公二の戦術に不満を言う人はいなかった。



「たぶん主人も不本意だろうな、もっと多彩な攻撃をしたかったと思うぜ」
「でも私たちはプロじゃないんだから、仕方ないよ」
「主人はあたし達に攻撃を任せてくれたんだ、絶対に決めないとな」
「それは私も同じ。責任感じちゃうな」
「まあ、あたし達より責任感じてる奴が………あれ?陽ノ下は?」

ほむらは辺りをキョロキョロと見回す。
ミーティングではほむらの隣にいた光がいつの間にか姿を消していた。

「『練習してくる』って言ってたけど………」
「合宿はまだまだあるのに無理しなくてもいいのにな………」
「そうね、今日はゆっくりと休む」
「そうだ、これから視聴覚室で主人が持参した昔のW杯のビデオ上映会があるけど、どうする?」
「えっ?そうなの?私も見てみたいな」
「じゃあ、さっそく行くぞ!」

こうして今日、公二の思いつきで開催された昔のサッカーの試合のビデオ上映会は部員の半分が集まって好評のようだ。



「ふうっ………まだまだだな………」

カクテルライトがまぶしく光るグラウンド。

光は一人で練習していた。

光の隣にはカゴにいっぱいのサッカーボール。

「合宿中にマスターしないとね………」

光は今、センターサークルに立っている。
光の視線は遙か遠くのゴールネットに向いている。
そのゴールネットの回りにはボールがたくさん転がっていた。



(いくよ………)


光はボールをセットする。

そして5mほど後に下がる。軽く助走を付けるためだ。


(こんどこそきめる………)


光の表情が真剣なものに変わる。



ガシッ!



光の足がおもいっきり地面を蹴る。

光が0から最大限までスピードを上げて走る。


(いい感じ………スピードが乗ってきた!)


ボールはすぐに足下に来る。



ガシュ!



光は左足を思いっきり地面に踏みつける。


(タイミングも左足もバッチリ………いける!)


最大限のスピードから一気にブレーキをかける。

急ブレーキの勢いを振り上げた右足に込める。

振り上げた右足をフルスピードで振り下ろし、つま先を地面に叩き付ける。


(右足もOK!)


つま先を地面に付けたことにより、右足は限界までにしなる。


(もっと限界まで………力を右足に込めるんだ………)


限界までしなったところで右足でボールを蹴り上げ、しなりをほどく。




「てやぁぁぁぁぁぁ!」




ブォォォォォォォン!




急ブレーキの勢いと、右足のしなりの反動をくわえたボールは地面すれすれに高速で飛んでいく!



「いっけぇぇぇぇぇぇ!」


バシュッ!



そしてボールはゴールネットを揺らしたところで勢いが止まった。



「やった………」

センターサークルで光は満面の笑みを浮かべていた。

「初めてうまくいった………」

公二に教えてもらった必殺シュート。
一度教えてもらってからは、コツを聞いても一切教えてくれなかった。
「あれだけ打てれば大丈夫だ」との一言だけで。
それに夏休みに入ってからは、個別指導もしてくれなくなった。
「もう光は望と同レベルだ。あとは自分で練習しろ」の一言だけで。

教えてくれなければ練習あるのみ。
光は暇を見つけて夜に練習をしていた。
でも下手に公園でシュートを打って器物破損をするわけにも行かなかったので、普段はフォームの練習をしていた。
しかし、合宿は夜は広いグラウンドが使えるので思う存分シュートが打てる。

この機会を逃すと練習の機会がなくなってしまう。
だから夜、シュートの練習に一人だけで取り組んでいた。
もう何本も打っていたが、タイミングが合わずいいシュートが打てなかったのだ。

そして初めて成功した。

「流星みたい………」

高速で走り抜けるサッカーボールはまるで流星のように見えた。
改めて、このシュートの威力の凄さを目の辺りにした。



「さてと………今度はこれが毎回打てるように練習しないとね………」

光はカゴからボールを取り出してセンターサークルに置いた。

「とにかく練習!………そして絶対にマスターする………そして試合に勝つ!」

光の練習はまだまだ続いていた。



夜10時。

「う〜ん、夜風は気持ちいいなぁ………」

ビデオ上映会を終えたほむらが、夜の散歩に出かけていた。
ほむらは夜、散歩に出かけるような性格ではない。
ただ、先程のビデオ上映会で熱くなりすぎたのでクールダウンがしたくて外に出たのだ。

「あたしもあの『神の手』っていうのがあれば楽なんだけどなぁ………無理か、あははは!」

ほむらの頭の仲には、世界トップクラスのプレーがまだ残っているようだ。

「しかし、夜だと誰もいないなぁ………あれ?」

ほむらがグラウンドを見る。
そこには人影が一つだけ見えた。

「陽ノ下?………えっ?こんな時間まで練習してたのか?」

ほむらが目にしたのは、グラウンドに散らばったボールを片づけている光だった。



ほむらはグラウンドに行って光に話しかける。
光は汗びっしょりになっていた。

「陽ノ下。こんな時間までなにやってるんだ?」
「あっ、ほむら?どうしたの?」
「それはこっちの台詞だ」
「いや、シュート練習をしてて………」
「練習熱心だな、でもそんなにやったら明日バテちまうぞ」
「うん、もう切り上げるところだから」
「あたしも手伝って上げるから、早くシャワーを浴びて休め」
「ありがとう………」

ほむらは光と一緒にサッカーボールを集め、用具室に運んでいった。



用具室にボールを片づけた2人は、ロビーに戻ってきた。

「じゃあ、急いでシャワーを浴びてくるね」
「ああ、早くしないと夏風邪引くぞ。あとシャワールームの鍵も閉めとけよ」
「うん、わかった。それじゃあ後でね!」

光は走って自分の部屋に戻った。



(頼もしいはずなんだけど………なんか不安なんだよな………)



光の背中をみて、ほむらはなぜか一抹の不安を感じていた。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
合宿の初日の夜、自由時間の様子です。

光はまだ必殺シュートを完全にマスターしていません。
この合宿中に完全にするつもりです。
もちろん昼間そんな時間はないので夜個人練習をすることになります。

さて、このまま順調にいくんでしょうかねぇ。

次回はきらめきサイドです。