第34話目次第36話

Fieldの紅い伝説

Written by B
「望!無茶しすぎだって!」
「うるさい!頼むからやらせてくれよ!」

きらめき高校のグラウンド。

ここでは奈津江と望が2人きり。

実際は強引に練習を始める望を止められなかった奈津江がついてきているという格好だ。

「そんなに蹴ってもなにも変わらないわよ!」
「蹴らしてくれよ!そうしないと不安なんだよ!」

今まで奈津江と望の夜の練習はあった。
それは望のシュート恐怖症を克服するための練習。

しかし効果はまったくない。

望がゴールを意識したとたんに、金縛りに合ったかのように動けなくなるのは相変わらずだ。
単にゴールを見ても動けるようになったが、ゴールを意識するともうだめだった。
さすがの奈津江も諦めかけている状況だった。

しかし、今日は違う。

望はただ闇雲にボールを蹴っている。

センターサークルからとにかく前にボールを蹴っている。

そのボールがゴールの中に入るものもあるが、望はそんなことに気づいていない。

ただ蹴っている。

何かに怯えて、それを振り払うかのようだった。



奈津江は望の必死に蹴る姿を見てただじっと見守っていただけだった。
望はボールを何十個も蹴っていたがさすがに奈津江も限界だった。



「いい加減にしなさい!」



パチン!




奈津江は望に平手打ちを喰らわせる。
望は地面に倒れる。
ようやく望がとまった。



「うわぁぁぁぁぁぁぁ………」



突然望が叫びだしたかと思うと頭を抱えて怯えだしたのだ。

「ちょっと!望!どうしたのよ」
「怖い………」
「えっ?」
「あいつが………怖い………」
「あいつって………パットの事?」

望は黙ってうなずく。
思い当たる節がある。いや有りすぎる。
今日の昼間の練習。
今日から入部したパットに歯が立たなかった。
紅白戦で直接ぶつかっただけにその実力は望はよくわかっていた。



「あいつ凄い………歯が立たない………」
「そんなことないって!慣れてないだけよ………」
「違う!あいつの実力は本物だ。とくに攻撃はピカイチだ………」
「たしかに………」

望の言うことは奈津江もよくわかっていた。
思わず肯定してしまう。


「だろ?あいつはあたしより上なんだよ………」
「そんなこと………ないって………」


「あいつとぶつかってわかったんだよ。あれが本物なんだって………」
「望………」


「あたしもサッカーには自信あった………だから今日あたしはショックだった」
「………」


「なんか………今までのあたしを否定されたような………」
「………」


「中学から4年半積み上げてきたものが一気に崩されたような………」
「………」


「どうしよう………私もう自信ない………」
「望………」


奈津江はただ望を見つめていた。
望はいまだに怯えていた。

そんな望の姿に奈津江は気が付いた。

(望………もしかして、怯えてる?)

望は今日入部したパットにただ怯えているんじゃない。
望は単純に自信を失ってしまったんだと、本当は自信を失った自分に怯えているのだと。

もしかしたら望にとって初めて同ポジションでの強敵かもしれない。
唯でさえシュートが打てずに悩んでいるときに、突然やってきた強敵。
望の自信がビルの爆破のように一気に崩壊するのも無理はない。

(望でもあるんだ………)

いままでエリート街道まっしぐらだった望にとって始めての壁かもしれない。



(これだけは使いたくなかったんだけど………今の望の目を覚ませるにはこれしか………)

奈津江はしゃがみ込み、望の顔を上げさせる。
望の表情は今までで見たことない弱々しいものだった。

「ねぇ、望………パットだけ見てていいの?」
「えっ?」


「望には、パットよりも勝たなくてはいけない相手がいるんじゃないの?」

「!!!」


奈津江の一言で望の表情が変わった。

「チーム内で勝つのは大事、でも、望はもっと先のことがあるんでしょ?」
「ああ………」
「パットと争うのはかまわないけど、それだけに気を取られると足下をすくわれるよ」
「………」
「あと、大事なのはパットはチームメイト。決して敵じゃない。それだけは忘れないで。」
「………」
「望、もっと冷静になろう?」
「………ありがとう………落ち着いたかも………」

さっきの望の怯えた表情は無くなっていた。
完全になくなったとは言えないが落ち着いたことは確かだ。

「今日はゆっくり休んだら?明日から頑張ればいいんだから」
「そうだよな………今日はもう休む………」
「それがいいわ………」

望は立ち上がった。
そしてフラフラとした足つきだがボールを片づけ始めた。
奈津江も一緒にボールを片づけた。



そして2人は合宿所に戻った。
ロビーのソファーで少し休んでいたが、望が立ち上がった。

「それじゃあ、あたしは風呂に入るよ」
「うん、私はちょっと用事があるから」
「そうか、それじゃあ、また部屋でな」
「そうね、またね」

望と奈津江は同部屋だ。
しかし、2人はここで別行動にする。

望は自分の部屋に戻っていった。



「望………だれも望が劣ってるなんて思ってないよ」

一人の残された奈津江はぼそっとつぶやいた。

「明日もぶつけるのは危険ね………監督に頼んで同じチームにしてもらうか………」

奈津江も立ち上がった。
監督の部屋に行き、明日の練習について進言するつもりだ。

「望が立ち直らないと………このチーム………どうなるんだろう………」

奈津江は最悪の展開を想像していた。
でも恐ろしくて最後まで想像できなかった。

「でも大丈夫よね………さてと、監督に頼んだら、勝馬に電話するか………」

それでも奈津江は気分を入れ替えようとしていた。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
合宿の初日の夜、こんどはきらめきです。

今回は非常に短いです。
ただ望の混乱ぶりがわかって頂ければと思います。

次回は望を説得した、きらめきキャプテンの話です。