第35話目次第37話

Fieldの紅い伝説

Written by B
夏合宿ではキャプテンの役割は非常に重要だ。

練習でのチームの取りまとめは当然のこと。
合宿スケジュールの確認、部員への周知。
夜の部員達の行動の監視。

常に部員達のことを考えなくては行けない。

しかし、キャプテンとて普通の女の子であり、普通の高校生。
せっかくの合宿生活を満喫したいもの。

従って、夜の自由時間の監視は自ずと緩やかになる。

そして夜も更けていく。



夜9時。

「そう、片づけも洗濯も大丈夫ね………」
「うん………ありがと………」
「ば、馬鹿!いきなり言わないでよ!こ、こっちも心の準備が………」

きらめき高校女子サッカー部MFでキャプテンの鞠川奈津江は合宿所のロビーに設置している公衆電話でなにやら話をしている。

「それじゃあね………」


「よっ!ナツ、あいつとの愛の会話は終わったか?」


「きょ、京!聞いてたの?」

会話が終わり、電話を切ったところで京が満を持してツッコミを入れる

「聞いてたもなにも、大声で顔を真っ赤にして話してたら聞こえるし、聞きたくなるよ」
「えっ………」

奈津江は顔を真っ赤にして抗議をしようとしているみたいだが、口をパクパクさせるだけで言葉にならない。

「まあまあ、とりあえず今晩はシオのところで寝るか?」
「えっ?」

ちなみに、京は詩織と同室。奈津江は望と同室だ。

「折角だからシオと女の話でもしたら?」
「京、もしかして………」
「なんとなく。練習でも動きがおかしかったし。今の会話を聞いて確信したよ」
「………」
「まあ、よかったじゃないか」
「うん、ありがと………」

顔を真っ赤にしてうつむいている奈津江。

「じゃあ、アタシは奈津江のベッドで寝るから」
「うん、じゃあそうするね」
「それじゃあ、ごゆっくり〜」

京はそう言うと背中越しに手を振りながらロビーから宿泊棟に行ってしまう。



一人の残された奈津江はロビーのソファーにどっかりと座る。

そしてロビーから玄関のガラス越しに夜景を見る。



バレてたか………
まあバレるよな。
だ、だって、今日の練習中ずっと………い、痛かったから………

わ、私も無謀だとは思ってたけど………甘かったわ。


でも、こうなるとはね………高校に入ったときは想像してなかったなぁ………



奈津江の表情はどこか遠くを見つめるような表情になっている。

奈津江のつぶやきは続く。



しかし、京とも長いつき合いね、もう4年か………
中学1年のとき、バスケ部で一緒に用具の片づけを一緒にやったときからだよね。

最初はとっつきにくい相手だったけど、意外とすんなり仲良くなれたんだよね。

それからは2人で一緒に練習をする仲になった。
とにかく京と一緒にいると楽しかった。
京のおかげでバスケが上達した。

2年のときはクラスも一緒だったし。
大抵のイベントはほとんど京と一緒だった。

中学校の生活が充実したのは本当に京がいたからだと思っている。
本人には言ってないけどね。



そして、中学3年での最後の大会。
京と私のいるチームはここ数年で最強と言われるようになった。
絶対に負ける気がしなかったけど、地区大会の決勝で接戦の末負けた。

本当に悔しかった。
試合後、京と控え室で思いっきり泣いたっけ。
お互い泣かないタチだったんだけど、人目もはばからずワンワン泣いたよね。
しかし、泣いた京ってあのときしか見たことないな。

あのときは「高校では地区大会の借りを返そう!」なって誓い合ったけど、
京は高校に入るとあっさりとサッカー部に入るんだもん、びっくりしちゃった。

そりゃあ、折角だから新しいことをやってみたいと思ったけど、バスケの悔しさもあったし。
京から誘われたときは何日も悩んだわよ。



そんな私がサッカー部に入る決めてとなったのはやっぱり京の一言。


「あいつもサッカー部にいるぜ」


あいつとは藤崎詩織。
中学のときは彼女のおかげで、京と私が何度も苦杯をなめた。
あの中3の最後の地区大会で負けたのも詩織の学校だった。
高校でどうしても借りを返したいと一番思っていた相手だ。

あのとき京は「終生のライバル」とか言ってたっけ。

同性のあたしが見ても美人。
噂だと、勉強でも中学で学年トップだとか。
なによりもバスケのプレーがあたしよりうまかった。

見た目は完璧な人だった。
それだけに同じ高校と知ったときも「藤崎がなによ!」なんて感じで、いい印象をもっていなかった。

でもあの京をサッカー部に飛び込ませた彼女がどんな人なのか興味があったのも事実。

最終的には新しいことをやってみたくてサッカー部にしたんだけど、京や詩織のことも当然あった。

今考えると2人に感謝しなくてはいけないな。



その藤崎詩織。
遠くから見ていたら、完璧でつんとした性格だと思っていたんだけど、そうではなかった。
おしとやかで優しいし、それでいて明るいし。
別の意味で完璧だった。

そうだよな。
性格がよくなければあの京が友達としてつきあうはずがないからな。

あたしもすぐに友達になれた。
親しくなるほど、ああ、かなわないなぁってつくづく思う。
確かに、男子の人気を集めるのがよくわかる。

高見とつきあいだしたのを知ったクラスの男子が落胆するのもよくわかる。


勉強だけでない、サッカーも凄かった。
詩織のプレーはとにかく綺麗だ。
とにかく動きに無駄がない。
それでいて動きが鋭い。
どのプレーも教科書に出てきそうな綺麗な動きだ。

勝負所に強いのも詩織の特長かな。
総ゴール数では京と大して変わらないけど。
競った試合で決勝点をあげるのは必ず詩織だった。
去年のスーパーサブの詩織は特に凄かった。
後半の出場すると必ずと言っていいほど点を取っていた。

普通の笑顔で点を決める詩織をあたしはスタンドから何度も見ていた。



そして京。
中学の頃からそうだけど、とにかく負けず嫌い。
それに詩織という最高のライバルが京を成長させているような気がする。
今でも詩織にライバル心むき出しのプレーをすることがたまにある。

京のプレーは力強さがある。
もちろん技術も詩織と同じぐらいあるんだけど、パワーの方が目立っている。
ドリブル突破の場合、詩織はうまく横を抜けていくのに対して、
京の場合は横をくぐり抜けることができるのに、あえて相手を突き飛ばす感じで突き抜けていく。
そういうところでも詩織への対抗心があるのかな。


京は詩織と違って、劣勢の試合に強い。
それは、とにかく絶対に諦めないから。
審判が試合終了の笛を吹く直前までボールを追いかけている。

この前の試合もそうだった。

1−2で負けていて、さらにロスタイムで終了直前。
詩織の放ったシュートがカットされてボールがゴールラインに向かって転がってしまった。
あのときはさすがの詩織も望も全員諦めてた。

でも京だけは諦めていなかった。

全力で走ってラインを割る寸前のボールをスライディングで拾った。
そしてそのまま角度ゼロのところからシュート。
相手のDFもGKも対処しきれずにゴールが決まった。

思わぬ得点に喜んだあたし達だが、京はそれで満足していなかった。
ゴールしたボールを拾ってセンターサークルに向かって走り出したのだ。
「これから逆転だ!」と言って。
結局そのままタイムアップしたんだけどね。

勝利への執着心。

京はこれが凄い。
ドローで十分だと思っているあたし達の目を何度も覚ませてくれた。


そんな京は口調は男っぽいし、態度もぶっきらぼうなところもある。
でもいざというときは本当に色々と動いてくれて助けてくれる。実は、意外と面倒見がいい。
手段が強引だったり、裏でなにかやったりしてたりとかしてるけど、絶対にしくじらない。
その時の行動力に私も何度も助けられた。
勝馬とのことも何度も励まされたっけ。

そんな京の行動力には何度も驚かされる。
そのたびに、京にはかなわないと思った。



そして高校で初めてであったのが清川望。

入部したときは望のことはよく知らなかった。
中学時代から日本の期待の星と呼ばれてたことも知らなかったから当たり前か。

望のプレーは一見地味だけど、正確かつ力強い。
パスは面白いように決まるし、守備も的確にこなす。
シンプルなプレーをするから、かえって華麗に見える。

望の場合はどの試合も確実に自分のプレーをする。
どんなに体調が悪くても、要所要所は確実に守るし、ピンチの芽は的確に潰している。

こういう人がいると私たち攻撃陣は安心してプレーができる。


望は女の子にかなり人気がある。
ショートカットだし、口調も男の子っぽいし、それに美人だから当然だよね。
本人は迷惑しているみたいだし、かわいそうなところもあるけどね。

本当の望は普通の女の子だ。
明るいし、優しいし、誰とも仲がよい。
料理なんかもしかしたらあたしよりも上手なのかもしれない。

スポーツもできて性格もいい。
もっと男子に人気がでてもいいのにと思う。



プレーも最高。
フィールドの外でも最高。
そんな「天才達」に囲まれているあたし。

ねぇ、京、詩織、望。

知らないよね。
あたしがあなたたちにどれだけ嫉妬しているか。

あたしはあなたたちとは違って何もない。

詩織と違って文武両道ではない。
京と違って行動力はない。
望と違って女の子っぽくない。

詩織みたいなプレーの綺麗さはない。
京みたいな勝利への執着心もない。
望みたいなシンプルなプレーもできない。

みんなはあたしがなれないことを普通にしてしまう。
みんなはあたしができないプレーをさらっとしてしまう。


みんなをうらましく思ったことは何度もあるんだよ。
みんなに勝てなくて夜ベッドで泣いたことも何度もあるんだよ。

赤の他人だったら憎めばそれですんでいただろう。
でも、みんなあたしの大切な大切な友達。
だから余計にはがゆい。



そんなあたしをみんなはキャプテンに推薦してくれた。
嬉しいけど、すんなりと喜べない。

それは推薦の理由があたしのリーダーシップだから。
どうせなら、プレーで推薦されたかった。

あたしをここまで成長させてくれたもの。
それは3人へのライバル心。

たしかに技術では勝てない。
バスケを辞められたのも、詩織や京のプレーを見て自分の限界を感じたのもある。
ポジションでオフェンシブハーフを志望したのも3人と同じポジションでは勝てないと思ったから。

それでも、どうしてもあの3人になにか勝てるものが欲しい。
その一心で頑張った。
練習だって負けていない、部活の後の自主トレも3人よりしっかりとやった。

おかげでレギュラーになれたし、10番もつけさせてもらっている。



そうしているうちにあたしはあることに気が付いた。

高校入学したときよりも、自分が積極的になっていることに。

あのころのあたしは肝心なところで消極的になっていた。
勝馬との仲も幼馴染みからまったく進まなかったのもそのせいかもしれない。

でも、3人を目標に頑張っているうちに、自分が変わっていった。
自分で行動しないとなにも変わらないことをサッカーで学んだからかな?



勝馬との関係も変わった。


秋には、一人暮らしの勝馬を朝、起こしていただけなのが、朝食をつくってあげるようになった。


冬には、朝食だけだったのが夕食もつくるようになった。


春には、伝説の樹の下で勝馬に告白した。勝馬は黙って受け入れてくれた。


そしてこの夏………それも昨日………勝馬にバージンを捧げた。


全部あたしからの行動というのが気にくわないけど、入学したときのあたしではとてもできないことだ。

正直言うと、昨日バージンを捧げたのも、あれだけ進展しなかったのに、あっさりと一線を越えてしまった詩織と高見のカップルに刺激されて対抗心が湧きあがったのもある。

でも、最後に決断したのはあたし。
自分の力で幸せになりたくて、自分から勝馬に飛び込んでいった。
これははっきりと言える。



今のあたしはとても幸せ。
大切な友達に囲まれ。
一緒に頑張りたい仲間がいて。
そして、愛する人がいる。

これも京、詩織、望がいてくれたおかげ。

本当に感謝したい。

これからは、3人に恩返ししないとね。
まずはプレーで3人の足を引っ張らないこと。
詩織には今度手料理をご馳走してあげようかな。でも、詩織のほうが上手かな。
京には………そうねえ、いい男でも紹介しようかな。といってもあたしも知らないけど。

そして望………なんとしてでもシュートを打たせてみせる。

恋愛のこともあるけど、あたしはそれよりもこっち。

望の辛い気持ちが痛いほど伝わってくる。
おまけにパットが現れて望はいま絶不調だとおもう。

それでも、望の辛そうにしている姿はあたしは見たくない。

練習を始めてあまり進展がないけど………絶対になんとかなる。絶対になんとかしてみせる。

だって、望はあたしの大切な仲間だから。
だって、望はあたしの大切な友達だから。
だって、望はあたしの大切なライバルだから。

パットの方は大丈夫だと思う。
だって望の実力はみんなわかってる。
冷静になれば自分だってわかるし、自信を取り戻してくれると思う。

………たぶんね。



あれ?もうこんな時間!

一人でずいぶんと考え事しちゃってたのね。
そういえば一人でゆっくり考える時間があったのも久しぶりね。

いままで突っ走ってきたところもあったからねぇ。
常にわたしは前へ前へ。
そうすることで今の私がいる。これからの私もそうでありたい。

こうしちゃいられない!急いで詩織のところに行かなきゃ!

Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
一人称シリーズの奈津江編です。

私はCDドラマで彼女の声を聞いたことがありません。
ストーリーも大まかしか知りません。
そう言うわけで、私の奈津江感は全部他人のSSからのイメージになってます。

それでも奈津江らしさを感じ取ってくれれば嬉しいです。

次回からは何回かひびきのの2日目を書くことになりそうです。
ああ、はやく光を活躍させたい(汗