第36話目次第38話

Fieldの紅い伝説

Written by B
2日目。

午前の練習からチーム戦術の指導を行っている。
場面場面を設定し、自由にプレーをさせてから公二の指導がある。

さっそく花桜梨にポジションについて指導がはいる。

「八重さん。会長が前に出ているから、もう少し後に下がらないと、間があくよ」
「後なの?」
「そう、会長と八重さんで横に並んでいるとオフサイドもかけ易いし、守りやすいんだよ。逆に距離が違うとマークの受け渡しで隙ができやすいんだよ」



次に指導が入ったのは左サイドのMF向井とDF美幸だ
美幸が相手から奪ったボールを向井が取りに近づいたところを公二に止められた。

「向井さん!美幸ちゃんにあまり近づかない!」
「はい!すいません」
「美幸ちゃんもそうだけど、お互いの場所をチェックして。守備でも攻撃でも大事だから」
「攻撃も?」
「そうそう。2人とも攻撃したら左サイドががら空きでしょ?だから一人が前に出たら、もう一人はその場所をカバーしなくちゃ」
「わかりました!気を付けます!」
「は〜い!」



今度は守備側の指導に行く。
さっそく茜に指導が行く。

「一文字さん。前に出るのはいいけど、周りをよく見てね」
「えっ?」
「前に出すぎるとループシュートを狙われるし、パスでかわされる可能性もあるからね」
「う〜ん、そっかぁ………難しいね」
「味方がいれば彼女たちに任せて、ゴールを守ることに集中して。誰もいなければ思いっきりでてもいいから」
「うん!わかったよ」



しばらくして、公二はレギュラーサブ関係なくDFを全員集める。


「このチームはラインディフェンスが中心だ。でもそれだけに頼っちゃいけない。
 オフサイドトラップは決まれば効果が大きいけど、逆に失敗すると大ピンチになるんだ。
 もしラインを上げている途中で、破られる!と思ったら、おもいきって戻ることも大事だ。
 これって判断が難しいと思う。でも失敗を恐れないでやってみて」


公二の言葉を全員集中して聞いている。
表情も真剣だ。


「じゃあ、これからラインの押し上げの練習をやるから準備して」


DFの選手は準備に取りかかる。
その間に公二は攻撃陣を集めて、ライン突破のコツについて講義を開くことを忘れない。



お昼休み。

各自食堂で用意された定食を食べている。
量は普通。運動部の合宿だからといって多いわけではない。
また午後から運動をすることを考えると、食べ過ぎないほうがいいのは確か。

これは公二の指摘で改善されたものだ。


「量は去年より少なくなったけど、ちょうどいいぐらいだよね」
「あたしでもこれ以上はちょっと遠慮するな。さすが主人だな」
「結構勉強してるみたいだよ」
「へぇ〜。主人も大変だよな」


そんな定食をほむらと光が食べている。
そこに美幸がトレイを持ったままやってくる。
どうやら花桜梨を捜しているようだ。


「ねぇ、ほむりん。花桜梨おねぇさまは見なかった?」
「えっ?八重なら、今日は主人と一緒に食べてるぞ」
「ええっ〜!コーチは花桜梨おねぇさまを取ろうと………」
「そんなわけないだろ。戦術について打ち合わせも兼ねてるんだって」
「なぁ〜んだ。ほっとした。じゃあ美幸はここで食べるね」


美幸は安心した表情で、ほむらの前の席に座って食事を取り始めた。


「なぁに。陽ノ下だって『花桜梨さんが公二を誘ってる!』なんて誤解してたんだぞ」
「ほ、ほむら!そんなこといわないでよ!」
「へぇ〜、ひかりんも気にしてたんだ」
「………」
「主人がそんなことするわけないだろ?まったく、陽ノ下も心配性なんだから」
「………」


光は顔を真っ赤にして黙って御飯をもぐもぐと食べていた。



花桜梨は公二に呼ばれて別室でお昼御飯。
とはいっても、食堂の定食を別室で食べているだけだが。


「八重さん。ごめんね。ちょっと八重さんには特別に話があるんで、時間が欲しかったんだ」
「私は大丈夫です。私もゆっくりと食べられますから」
「それって?」
「わかるでしょ?」
「………納得」


食堂で美幸がくしゃみをしたかどうかは定かではない。



2人きりの食事。
公二が花桜梨に言いたいことをどんどんと話す。
花桜梨はそれをしっかりと聞いている。


「裏司令塔?」
「そういうこと。うちのチームの攻撃の戦術で重要なのは光でも会長でもなく、八重さんなんだ」
「私?」
「戦術という意味でね。戦術で一番動いてもらうのは八重さんだから」
「どういうこと?」
「前にも話したけど、光も会長も戦術プレーはあまり向いていないんだ」
「詳しく聞かせて下さい」


公二は早食いで定食を食べ終わると、箸を置き。じっくりと話す体勢に入る。
それほど早く食べられない花桜梨は、食べながらもじっくりと耳を傾ける。


「まず会長はそもそも考えてプレーするタイプじゃない。
 ゴールへの臭覚っていうのかな?感覚でプレーするタイプだ。
 ある程度まではOKだが、いろいろ決めごとを決めると下手に動けなくなって会長の良さが生きない。
 その代わり、会長にはどんな状況でも積極的にシュートを狙うように指示している。

 次に光だが、光には自由にプレーするように言った。
 MFとして大切なことは個人的に全部教えているから大丈夫だ。
 こう言うと光は怒るかもしれないが、光も感覚でプレーするタイプだ。
 あと、光は基本的にパサーだが、ドリブラーとしても一流だからそれを生かしたいのもあるんだ」


「それで私の役目は?」


「2人の間でバランスを取って欲しい。
 2人は自由に動くと思う。もちろんパスとかシュートとか考えたポジションにはいるけど。
 ただ、自由に動くと2人とも前に走ったり、後に下がりすぎたりする可能性が高い。
 そこで八重さんにはバランスを取って欲しいんだ。

 基本は会長と光と三角形になるようにポジションをとってもらう。
 2人が下がったときは前に出て、パスの受け手となってシュートを打ってもらう。
 逆に2人が前に出たときは後に下がって、パスをだしたりポストプレーをしたり。
 片方のサイドに寄ったときも同様だ。

 はっきり言って損な役回りだと思う。
 おいしいところは2人に持っていかれるからね。でも大切な役目なんだ。

 会長と光のラインはマークされるはずだから、そう簡単には通らない。
 それに会長と光へのマークは厳しくなるのが目に見えている。

 そこで八重さんだ。
 2人とは別の攻撃ラインができれば、攻撃の幅ができるし、
 なにより、マークが八重さんにも向くから、2人へのマークも緩くなるはずだ。
 まあ、会長と八重さんの2つのメインラインができれば、うちの攻撃は楽になると思うよ」


「なるほど………」


公二が一方的に説明したが、頭のよい花桜梨はその趣旨を一発で理解した。


「じゃあ、午後からお願いね」
「わかりました」



そして午後の練習。

攻撃陣と守備陣に別れて、フィールドの半分を使った実戦練習。
全体打ち合わせ一切無し。
まずはこれまでに学んだことを実際にやってみる。

センターライン付近。左サイドからのスローインから始まる。

スローインのボールをもらったのは光。
中央左をドリブルであがりながらパスの方向を探している。

ほむらと一緒に花桜梨は前線、ほむらよりも少し右サイド側でボールを待つ。


(赤井さんは待つつもりね。それなら私が………)

ほむらのポジションを見た花桜梨は後に下がり、ペナルティエリアから出て、光のパスをもらう体勢にする。

花桜梨のマンマークなのか一人のDFがついてくる。


(マンマークね、私のところにはパスは出しにくいけど光さんはどうするのかしら?)

花桜梨はDFのマークを外そうとしながら光を見る。




ボンッ!


(あっ、サイドチェンジ!)


光はサイドチェンジで右サイドにボールを回す。
右サイドにはMFの葛西が待っていた。
そのままドリブルで右サイドをあがっていく。
すかさずDFもボールを取りに行く。


(赤井さんが取りに行った!光さんもこっちに向かってくる!)

ほむらが右サイドへ横に走りボールを受け取る態勢に入る。
光はペナルティエリアに入ってセンタリングを受け取る準備に入っている。


(全員が前に寄りすぎね………DFももうボールに集まってる………それなら!)

花桜梨は後に下がった。
そしてペナルティエリアから右後方にダッシュしてドリブルであがった葛西の少し下につく。



(もぅ!なんでこんなに早く集まってくるのよ!)

ボールを持ったMF葛西は2人のDFに囲まれてしまった。
目の前にいるほむらにパスをしようとしても前は遮られている。


(ここからセンタリングしようと思ってたのに!)

自分でドリブル突破しようにもゴールまで距離がある。もし、抜けてもセンタリングがうまくいくか微妙。
DFにぶつけてコーナーキックを狙うにもゴールラインからは少し遠い。


(いったいどうしたら………あっ!後だ!)


ボンッ!


周りを見た葛西は一瞬の判断でバックパスをした。

ボールの転がる先には花桜梨が待っていた。



(ボールが来た!………ここから、ドリブルかパスか………)

ボールが届くまでの間、花桜梨は前を見る。

(赤井さんはエリア内に戻ってきてる。光さんもエリア内で待ってる………なら!)



バシュン!



花桜梨は葛西からのパスをダイレクトでゴール前にあげた。
攻撃陣も守備陣もボールをとろうとボールの落下点に集まる。


ボンッ!


ボールは光の頭に当たってゴールの左を飛んでいった。



(ゴールしなかったが、いい感じだったな………やっぱり、これでよかった………)

公二は審判をしながら戦況を見ていた。

(合宿前はセンタリングできずにそのまま終わったんだよな)

今までならば、攻撃陣が前に集まってセンタリングできずにボールを取られるのがパターンだった。
前に出るのはいいが、それだけしか攻撃方法が無くなってしまうので、守る方としてはやりやすい。

ところが、今度は花桜梨が動いて別の攻撃方法ができるようにした。
花桜梨のパスは光にはとうてい及ばないが、攻撃の起点としてはそこそこ機能できる。

攻撃の選択肢が増えた分、守備も乱れやすくなる。
そうなれば元々チームの武器である個人技が生きてくる。

(次はサイドから攻撃を組織的にすればいいかな………)

公二はチームをステップアップするために必要な戦術について頭を巡らせていた。



仕切直しで、センターラインからのスローインからスタートする。


(光さんがボールをもらったわね………)

花桜梨はDFのラインギリギリに張り付いている。
半分マンマークのDFもついている。
DFのラインは少し前になっていて、DFとGKの間にスペースができている。


(赤井さんがボールももらいに下がった!ならば私はギリギリまでパスを待つ………)

ほむらが下がったのを見た花桜梨はそのまま陣取り、オフサイドラインからの飛び出しのタイミングを計る。


(まだ、ラインは上げてこない………まだ辛抱………)

花桜梨の目にはドリブルで駆け上がりながらパスの方向を探る光と、
マンマークのボランチにピッタリにつかれてしまい、身動きが取りにくそうなほむらの姿があった。


(パスを出そうとしてる!………今だ!)


ボンッ!


花桜梨がラインの裏に飛び出した。
それと同時に花桜梨の後から光がボールを蹴る音が聞こえてきた。

オフサイドはない。
完全にDFの裏を突いた。



花桜梨はチラリと振り向く。

(ボールが来てる!)

強めに蹴られたボールが花桜梨の前に落ちる。
光からのパスがちょうどいい強さ、コースで落ちていたのだが。


(ちょっと前!)

しかし、ボールは花桜梨の少し前に落ちてしまっていた。
花桜梨はなんとか足を出してけり込もうとしたが。


(あっ!)

花桜梨の足よりも先に、GKの茜が来ていた。
横方向にスライディングするように、ボールをキャッチする。
こうなると花桜梨は走りながらジャンプして、茜を飛び越えるしかなかった。


「ごめん!強過ぎちゃった!」

花桜梨の背中越しに光の声が聞こえてきた。


(う〜ん、飛び出しのタイミングも、光さんのパスコースもよかったのに惜しいな………)

花桜梨はいいよいいよとゼスチャーで返しながらも非常に残念がっていた。



(光と八重さんのコンビネーションも意外と簡単にうまくいきそうだな)

公二は今のプレーをみてそう感じていた。


(こうなると、会長にも囮の動きを少し教えたほうがいいかもしれないな)

公二は会長に教える最小限の指導項目を考えながら、ボールを拾いに歩いていた。



こうして、公二の考える戦術が徐々に形作られていく。

基本は光−ほむらのゴールデンライン。

そこに八重が絡むことにより、攻撃の幅を増やし、さらに攻撃時のポジションのバランスを保つ。

そして、サイドバックを含む、両サイド4人によるサイドからの攻撃を3人への起点にする。

戦術と言うにはお粗末なものだが、このチームでできる最良の手段だと公二は考えていた。


(このままいけば、それなりの戦術を持ったチームが完成できるな………)

公二の期待は膨らむ一方だった。
もちろん期待だけではなく、指導の手応えからの自信もある。

(でも油断しちゃいけないな………このまま最後まで行けばいいのだが………)

公二はそれでも気を引き締めていた。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
今回からひびきのの2日目です。

今回から書き方をちょっと変えてみました。
簡単に言うと一番普通の形式にしました。

この形式でよければ前のもこれに直そうかな?と思っています。

さて、今回は戦術面で上達していくチームを書いてみました。
まだ、光はでてきません(泣
だって、どうかんがえても戦術で機能しやすそうなのは花桜梨さんだと思ったから(爆)

次回以降からじわりじわりと出していきたいと(汗