第41話目次第43話

Fieldの紅い伝説

Written by B
午後の練習。
午後は技術練習、特にコンビネーションプレーが中心となる。

ぱっと見ただけでは普通の練習前の風景。

しかし、どうもおかしい。

一部の人間がピリピリしているのだ。
さらにいうとその一部とはチームの主力だから問題なのだ。



奈津江はなにかピリピリして声が掛けにくい。

京は下級生をまとめようとするが、どうもぎこちない。

詩織は二人から意識して離れているように見える。

そして望はその3人から離れて一人で集中しているように見える。



下級生は何もすることができず、ただ見守るしかない。

じゃあ、2年生はどうかというと。

「ねぇねぇ、ロングキックのコツってわかる?」
「イキオイが大事です。コントロールを気にしたら飛びません」
「やっぱりそうだよね!思い切りが大事なのよね!」
「そうです!」

肝心の沙希はパットと話が弾んでいて珍しく4人の異変に気がついていない。
だからよけいに事態がおかしくなりかけている。



そしていよいよ練習が始まる。

最初はパスの練習。

二人が離れて走りながらノートラップでワンツーのパスを100m繰り返す。
二人の間の距離が5m以上離れているので、正確性とスピードが要求される。

前半はポジションが近くの人がペアを組んでパスを行う。
後半はポジション関係なくペアを組む。



最初は詩織と京が組む。

「お〜い、たのむぞ!」
「う、うん………」

京が声を掛けるが、詩織の返事がつれない。

(ちょっと詩織、しっかりしてよ………)

詩織の後ろにいる奈津江は不安になる。
そしてその不安は的中する。

京からのパスはうまく詩織に届くが、それを返す詩織のパスがうまくいかない。
弱かったり、方向がずれたり。いつもの詩織のパスではない。
しかし、京がうまくフォローして切れないようにしている。



(………)

それをみた後ろの奈津江は当然ながら不安になる。

「キャプテ〜ン!行きますよ!」
「………あっ、ごめん!すぐ行くよ!」

隣の列の優美が声を掛けられて、あわてて返事する奈津江。
次の組は奈津江と優美だ。



「いきますよ!」

ポンッ!

優美が軽く横に蹴ってから前に走り出す。


「はい!」

ボンッ!

奈津江は足下にきたボールを左足でダイレクトに返す。


「あ、あれ?………ご、ごめん!」

ところが、ボールは優美の後ろに流れてしまう。
優美はあわてて後ろに下がって後ろ向きでパスを送る。

「ドンマイですよ!」

ボンッ!


(こんどは失敗しないように………)

優美が冷静に返したボールを奈津江は普段と同じようにダイレクトパス。

ポンッ!

「えっ?」

今度は高すぎる。
方向はちょうどいいのだが、高すぎて優美は胸でワントラップせざる終えない状況になってしまった。


(えっ、ど、どうしよう………)

奈津江は連続ミスでパニックになっていた。
おかげで結局この組はミスしっぱなしになってしまった。

(キャプテンどうしたんだろう?まっ、こういう練習だと思えばいいか?)

一方の優美は状況をポジティブに考えていたので、奈津江には幸いした。
そのおかげでこのプレーでいさかいがおこるという心配はまったくない。



「ヨロシクね!」
「あ、ああ………」

そして、パットと望の組がスタートする。

明るく声を掛けるパットに対して、望の表情は硬い。
そして望の視線はどことなく鋭かった。

(望、頼むから変なことだけはしないで………)

先に走り終えた奈津江はゴール時点から望の様子を心配そうに見ていた。

(ちっ、ノゾミの奴、ろくなこと考えてないんじゃないか………)

その隣で京が別の意味で望を心配そうに見ていた。



最初にボールを蹴るのは望。

「いくよ!」

ボンッ!

(あっ!)
(馬鹿っ!)

奈津江と京は驚いた。
望は思い切り強くボールを蹴り出したのだ。



ボンッ!

(えっ?)
(おおっ?)

しかし、パットは何食わぬ顔して、そのボールに追いつき、普通にパスを返す。



「なに!」

ボンッ!

望は走ってそのボールに追いつき、すぐに普通のボールを返す。



ボンッ!

パットはそのボールに追いつき、その場で望の場所を推測し、ボールのスピードと方向を感覚で判断し、すぐにボールを返す。



ポンッ!

望もボールに追いつこうと走りながら、ちらっと左を見る。
パットの走りをみて、次のパスの地点を判断し、パスを送る。




(ふうっ、いい感じじゃない、よかった………)
(しかし、このままいけばいいんだけど………)

ゴール時点の奈津江と京はすこしだけ安心した。

ゴールまであと、パットのパス1一つ。


ところが。


「あっ!」

ボンッ!


「うわぁ!」

パットがミスキックで、ちょうど望の顔面に向けて一直線。


ボンッ!

望はなんとかヘディングで返して、パスの練習は終わった。



ゴールに着いた望は顔を真っ赤にしてパットの方に向かって歩き出した。

「おい!最後のはけんかモゴモゴ………モゴモゴ………」

「はいはい、次の人が来るからどいたどいた」

「モゴモゴ………モゴモゴ………」

しかし、望の口は京の両手でふさがれてしまい、言いたいことは言えずじまいだった。
京はそのまま望をスタート地点に連行してしまった。

「キャプテン、ノゾミさんはどうしたんですか?」
「い、いや、なんでもないの………」
「最後は、気が抜けてミスしてしまいました」
「そ、そうなんだ………」

普段の表情で声を掛けるパットに奈津江はつれない返事しかできなかった。



「モゴモゴモゴ………」

一方望は相変わらず京に連行されていた。

「あのなぁ、わざとあんなパスするわけないだろ」
「モゴモゴモゴ………」

「それに、最初のパスはなんだ?喧嘩ふっかけたのはどう考えても望の方だろ?」
「モゴモゴ………」

「なんで喧嘩をふっかける?こんなところでふっかけてもいいことなんかあるわけないだろ?」
「モゴモゴ………」

「パットは仲間だぞ?外敵じゃないぞ。味方なんだぞ」
「モゴ………」

「冷静になって考えろ」
「モゴ………」

「監督の望の評価が下がった訳じゃない、それだけは確かだからな」
「はぁ、はぁ、はぁ………」

ようやく口を解放された望は大きく息を吐く以外返事のしようがなかった。



次の練習はコーナーキックの練習。
攻撃組と守備組に分かれての練習。
メンバーを少しずつ替えて、チームプレーの向上を図る。

パットは攻撃組、望は守備組についている。

「………」
「………」

望はパットをマンマークしている。


パットが望の前に出ようとする。

望はそれを阻止すべく、手を広げで阻止する。

パットが望から離れようと走る。

望は離れまいと走る。

ボールはまだ蹴られていないのに白熱した戦いがあった。



ピピーッ!

突然監督の笛が鳴り、プレーを止める。

「こらっ!清川!」
「はい!」
「くっつきすぎだ!下手すると無駄なファールをとられかねないぞ!」
「す、すいません!」
「それと、一人に集中しすぎだ!周りの選手の動きをよく見ろ!」
「わかりました!」

望は監督に思い切りしかられた。



その後、スライディングタックルの練習。ドリブルの練習をこなして、最後は軽いランニングで午後の練習は終わった。

「なんとか終わったわね………」
「ああ、なんか疲れた………」

奈津江と望は道具を片づけながら今日の午後の練習を振り返っていた。


結論から言うと、望の空回り。


望はパットに対抗心をむき出しにプレーをしたが、結局空回りしてしまっていた。
相手のパットは望の対抗心に反応しなかったのもある。
そもそも、パット自身望が対抗心を持っていないのだからしょうがない。

結局、練習が終わるたびに、望は監督に怒られていた。
今日の練習で監督の印象は悪くなったのは確かだ。



「それよりも、ナツこそ大丈夫か?」
「それは聞かないで………」

奈津江も午後の練習はボロボロだった。
望のことが気になってしょうがなかったからだ。
京との約束でなにも言えなかったので、よけいに心配してしまっていた。

「まあ、今日は無事にすんだ、って感じか。問題は明日だな」
「そうね、紅白戦でどうなるか………」
「望は結局好転せずか………いい加減明日にはなんとかしないと………」
「そうだね………」
「しかし、今日はいろいろありすぎた………」
「まったく、夜のミーティングが終わったら寝たい………」
「はぁ………」
「はぁ………」

さすがの二人も精神的に疲れてしまったようだ。
しかし、事態はいまだ好転せず。
この問題は明日に持ち越しになりそうだ。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
どうやら、チームの崩壊ということにはならなさそうです。
しかし、望が自滅の方向に走っている気配。

どうやら、1日では解決しなかったようです。
問題は翌日に持ち越しですが、さて、どうなるやら。

次回はひびきのの3日目になりそうです。