3日目。
実践練習が続いている。
全員を集めて、練習の内容とその意図を説明する。
「さて、今日は攻撃組と守備組にわかれて、コートの半分を使った紅白戦を行う。
昨日まで教えたテーマを自分なりに実践してみるのを目標にしろ。
昨日までにできなかったことの再挑戦。昨日までに行ったプレイの再確認。
それぞれに考えたプレーをするように」
「「はい!」」
部員達ははきはきとした返事をする。
「さて………あれ?………忘れたのか………」
公二が突然、身体をまさぐっている。
顔も少々焦っている。
公二はなにかを合宿所においてきてしまったようだ、周りを見回しているところからそう読みとれる。
「光」
「えっ?公二。どうしたの?」
急に呼ばれた光は少しだけ驚く。
「俺の部屋にノートを忘れちゃったんだ。俺は走れないから、ひとっ走り取りに行ってくれないか?」
「了解、了解!じゃあ行ってくるね!」
公二の頼みを聞くな否やすぐに、合宿所に向かって走っていった。
公二は光の背中をじっと見送る。
「………もうだいじょうぶだな………」
公二は光がかなり離れたことを確認して、攻撃組を集めて話を始める。
「これからいうのは、俺からの指示でもあり頼みだ………」
公二は指示を出し始める。
部員達は驚きざわざわ騒がしくなる。
「これは光のためだけじゃない………チームのためなんだ………それは………」
公二は話を続ける。
部員達のざわめきは収まる。
公二の話に納得がいったようだ。
「このことは絶対に光に言うなよ。光が泣こうがわめこうが、絶対にな………」
公二の真剣な表情に部員達はただ頷くしかなかった。
そうしているうちに、光がノートを持って来たようなので、紅白戦の準備に入る。
(今日は頑張ってゴールを決めるんだ!)
光は張り切っていた。
紅白戦自体大好きなのだが、夜の必殺シュート練習でシュートに自信が持てるようになってきた。
必殺シュートとまではいかないが、シュートが打ちたくてしょうがない。
とにかく光は張り切っていた。
そして紅白戦が始まる。
コートを半分に使った紅白戦。
攻撃組はゴールを決めるかボールを取られてセンターラインを超されるまでずっと攻め続ける。
守備組はゴールを決められるか、ボールを奪って、ロングキックでセンターライン向こうまでボールを蹴るまで守り続ける。
あえていえば、バスケの3on3に近いかもしれない。
それ以外は普通の試合と同じ。
公二は審判としてコート内にいるが、何も指示しない。
常に自分たちだけで考えてプレーしなくてはいけない。
常に緊張感が持てる方法として、公二が結構好んで使っている練習内容だ。
(さて、がんばるぞ!)
光は張り切って走り始めた。
しかし、周りが光に対して昨日と違った視線で見ていることに気がついていなかった。
開始10分。
(おかしい………)
ようやく光が異変に気がついた。
(ボールが来ない………)
自分のところにボールがまったく来ない。
まったくどころか、まだ1回もパスを受けた事がない。
こぼれ球をひろうとか、他の人が奪われたボールを奪い返す等してボールにはさわってはいるのだが、
パスは誰からももらっていなかった。
(これじゃあ、シュートが打てない………)
自分から奪ったボールはすぐにシュート体勢に入りシュートを打っていた。
しかし、光には常に1人、時には2人がマークしているので、思うように打たせてくれず、枠の中には1本も入っていなかった。
(それよりも、何もできないなんて………)
しかし、ボールが来ないことには何もできない。
常にマンマークが付いている状況とはいえ、自分があまりに何もできない状況にいらだっていた。
(それに、私たちの戦術ってこうじゃなかったはず!)
光の言うとおり。
確かに今、攻撃陣が取っている戦術は明らかに違っている。
サイドから攻撃を行う。
このとき、自分がゴールラインの近くまで駆け上がるか、中央の光にパスをするかの2つの選択肢がある。
しかし、今の両サイドが行っている行動は少し違う。
自分がゴールラインの近くまで駆け上がるか、逆サイドに大きくサイドチェンジしているかだ。
そして、サイドが前線まであがってからも違っている。
本来はセンタリングの他に、中央の光のところまで下げて態勢を立て直すという選択肢があるのだが、今はそのパターンがない。
(私の上をボールが通り過ぎていく………)
とにかく、攻撃の過程に光が全然入っていないのだ。
それでも、光にマークがついている分、守備の人数は減っているため、ゴールは結構入っている。
(どうして………)
なんとかパスを受けようとポジションは動かしているのだが、パスは全然廻ってこない。
マークはぴったりついてくるし、こぼれ球を拾っても何もできない。
(いったいどうなってるの?)
光がどうにかしようにも時間は刻々と過ぎていく。
(はぁ………)
結局そのまま30分間が終わってしまった。
(何もできなかった………)
光は疲れ切っていた。
それもそのはず。本当に何もできなかったからだ。
ボールが来ない。
こぼれ球を拾ってもマークがきつくて何もできない。
今までで最低の出来だった。
「光………ちょっとこい」
公二の冷たい声が光の耳に響く。
「はい………」
光も小さな返事で公二のところに走っていく。
公二は怒っていた。
「光………どういうことだ」
「………」
冷徹な声で光をしかりつける。
「今、光は何かしたか?何もしてないじゃないか」
「………」
「ボールが全然集まってないじゃないか」
「だって………」
「だってもこうもない!その証拠にボールを拾ってもろくなプレーをしてないじゃないか!」
「………」
ものすごい剣幕でどなりつける公二。
それを顔をうつむいて黙って聞く光。
まわりは黙って二人の様子を聞き耳立てている。
「光、何か勘違いしてないか?」
「えっ?」
「自分がどういう選手なのか、まったくわかってないだろ?」
「………」
「自分の長所、自分の短所、自分の役目、自分のプレーで大切なこと。全然わかってないんじゃないか?」
「………」
「一人で冷静になって考え直せ。そうしないと、いつまで経っても今日のままだぞ」
「はい………」
「じゃあ今から考え直せ」
「えっ………」
「光、自分を取り戻すまで、グラウンドに絶対に来るな」
「ええっ………」
「これは命令だ」
「………」
「………わかったな………」
「………はい………」
「じゃあ、とっとと出て行け」
「………」
光はうつむいたまま。
しかし、公二からみて、光は泣くのをこらえているように見えた。
光は黙って公二に背中を向ける。
光はそのまま、グラウンドから立ち去る。
一歩一歩、だらだらと歩いていく。
背中は丸くなり、顔はうつむいたまま。
光は一人寂しくグラウンドから立ち去ってしまった。
その背中を公二はじっと見つめ続けていた。
「………これで、いいの?」
「わからん。でも、何かしなければ、よくならないことは確かなんだけど」
公二の場所からすこし離れたところで、花桜梨とほむらが小声で話していた。
スポーツドリンクを飲みながらゴールの陰で立ち話をしている。
「ずいぶん残酷過ぎない?グラウンドから追い出すなんて」
「う〜ん。プレーしながらでは無理だと主人が判断したんだろうな」
「コーチは何か言えばいいのに」
「主人も頑固なんだよな。陽ノ下のこと好きなのに、グラウンドでは『監督と選手』に固持してるんだよな」
「頑固ね………」
「だから、主人も辛いと思うぜ。まあ、こうなった以上、陽ノ下が自分で気づかないといけないんだよな」
「大丈夫かしら」
「大丈夫………だと思うけど………もし万が一のときはあたしがなんとかするよ」
「………」
ほむらが飲み干したスポーツドリンクの入った水筒を地面に置く。
ほむらはグラウンドの外へと歩き出す。
花桜梨もドリンクを飲んだまま、一緒に歩く。
「まぁ、今の練習自体は今後の事を考えれば有意義な練習だったと思うぜ」
「そう?」
「そうだろ?本番だと陽ノ下へのマークは絶対にきつくなる。そうなった時の攻撃方法って必要だとおもうぜ」
「でも………」
「あいつに何も言わなかったことだろ?それは、う〜ん、まあ本番ではそんなことわからないからな」
「………」
いつもと変わらない表情に見えるほむらに対して、花桜梨はまだ不安そうな表情をしている。
「それにしても、主人もすごい指示を出すもんだぜ『光に絶対にパスを出すな』ってな」
「………」
「まあ、とにかく。あたし達は普段通りの練習をして陽ノ下が帰ってくるのを待つ。それが大切だろ?」
「そうね………」
「おっ?主人が呼んでるぞ。次の練習だな」
ほむらと花桜梨は気持ちを入れ替えて練習に取りかかることにした。
「どうして!………どうしてなの!………」
シャワールーム。
光はユニフォーム姿のままシャワーを浴びていた。
いや、浴びていたというよりも、水を頭からかぶっているという感じだ。
「ぐすっ………ぐすっ………」
頭を壁に付けたまま、光は泣いていた
「私はなんなの?私はどういうプレーをすればいいの?………」
泣いたまま光は自問自答していた。
「ねぇ、公二。どうしたらいいの?どうすればいいの?教えて………」
公二に問いかけるが返事をしてくれる訳はない。
「うわぁ〜〜〜〜〜ん!」
光は自分を見失っていた。
光の泣き声は誰の耳にも届いていなかった。
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後書き 兼 言い訳
さて、3日目。
ひびきのがいきなり波乱です。
公二の意図はなんでしょうか?
なんとなくわかってる方も多いとは思いますけど、それは今後明かされると思います。
次回もひびきのサイド。
グラウンドを追い出された光の行動でも書こうかと。