第44話目次第46話

Fieldの紅い伝説

Written by B
『自分を取り戻してこい』

公二にそういわれ、光はグラウンドから追放された。
突然の追放宣告に光はシャワー室で泣きまくった。

そしていま、グラウンド脇のスタンドで光はじっとグラウンドを見つめていた。
ユニフォームは濡れたまま。
着替えることも乾かすこともしなかった。
半ば呆然としたまま、シャワールームからフラフラと出た光は、スタンドの片隅に座り込んだ。

両膝を抱えながら、じっとグラウンドを見つめていた。



「私ってなんだろう………」

「そんなこと言われても、私は私だよ………」

「私に何が欠けてるの?」

「私は一所懸命やってきたんだよ。それのどこが………」

「わからないよぉ………」

光は自問自答してみる。
しかし結論がでない。

まあ、そうだろう。これで簡単に結論が出ていたら、こんな事態にはなっていないのだから。



「みんなはいいなぁ………」

光はグラウンドを見てみる。

グラウンドでは紅白戦が始まっていた。



「よおし。これから紅白戦を始めるぞ」

今から少し前、公二は部員全員を集めて説明を始めていた。

「主人、今回のテーマはなんだ?」

一番前にいるほむらが訪ねる。

「今回は………特にないんだ」
「えっ?」
「まあ、あえて言えば、『サッカーを楽しむ』ってことかな?」
「サッカーを楽しむ?」

「そう。
 みんな部活でサッカーやってるだろ?

 ではなぜ部活動でサッカーするの?

 『勝ちたい』『全国大会に行きたい』『なんでもチャレンジしたい』と言うのはあると思う。

 でも一番の理由って、
 『サッカーがやりたい』ってことなんじゃないの?

 サッカーが好き。サッカーを始めてみたい。サッカーが上手くなりたい。

 全部に共通しているのは『サッカーがやりたい』って事だろ?

 だったら、もっとサッカーを楽しまないと。
 もっとサッカーを好きにならないと。
 もっとサッカーボールと友達にならないと。

 あれ?最後はどこかの漫画にあったな?

 まあ。ともかく。
 勝つことにこだわりすぎて、サッカーを楽しむ事を忘れちゃいけないと思う。
 どんなに辛くても、どんなに劣勢でも、何点差つけられても。

 サッカーを楽しむ心があれば、乗り越えられると思う。

 もちろん『勝ちたい』と思うことはとても大事な事だ。
 でもそればかりにこだわると何も見えなくなってしまう。

 ここはもういちど原点に帰ってみたいと思うんだ」

公二の説明に一同納得した。



納得したところで、公二が説明を続けようとしたところで公二が口を挟む。

「でもさぁ、普通に紅白戦してもさっきとかわんねぇぞ」
「そうだなぁ………わかったよ」
「なにがわかったんだ?」
「勝った方にはジュースをおごるよ」

そのとたん、一斉に歓声が上がる。

「しかし、現金な奴らだなぁ」
「まあ、誰だってそうだろ。会長だった」
「まあな」
「じゃあ、みんな準備お願い。2面使うから、ゴールを運んでくれない?」

その言葉で部員達がきびきびと準備を始めた。



部員達がゴールを運び始めた。
公二はそれをじっと見つめている。
ほむらが公二の横に立っている。

「えらく、遠回しな陽ノ下への説教だな」
「………わかってたか?」
「わかるって。主人の本当の目的は」
「でも、他の部員だって同じことになりかねないことは確かだろ?」
「まあな、陽ノ下だけが例外だとは思えないけど………」


「なぁ、なんで直接言わないんだ」
「俺は監督だから、光ただ一人のためには言えない。だから………」
「………頑固だな………」
「どうとでも言ってくれ。これが俺のやり方だから………」
「………」
「俺だって辛いんだ………」
「………」

これ以上は二人は何も言わなかった。



そんな事情があるとはいざ知らず、光はじっとグラウンドを眺めていた。

「なんか楽しそうだな………」

遠くからだがみんなの表情が明るいのが光にはわかった。

「私もあんな風にできたらな………」

みんな楽しそうにプレーしている。
真剣勝負のはずの紅白戦でだ。

「私、あんな顔でプレー出来るのかなぁ………」

じっと試合を眺めていた光はすっと立ち上がった。

「だめ、わからない………」

光はスタンドから立ち去った。



光は合宿所の周りをフラフラと歩き始めた。

合宿所にいるのは女子サッカー部だけではない。
合宿所は大きいのでいくつかの部活も一緒に合宿を行っている。

「みんな楽しそうだな………」

どこに言っても笑顔笑顔。
猛練習でぜいぜい息を吐いたり、真剣に練習しているのはある。

しかし、その間には笑顔がこぼれている。

「どうしてみんな笑えるの?私にはわからない………」

みんなの笑顔が光の心に突き刺さっていく。
光はそれが耐えきれずに絶えず場所を変えていく。



「だめだった………」

結局、何も得られずにもとのスタンドに戻ってきた。
藁にもすがる思いで、他の部活を見てみたのだが、余計に光を悩ます結果となった。

「私はどうしたら………あら?」

もともと光がいた場所に、1個のサッカーボールがおいてあった。
光はそれを手に取る。

「飛んできたのかな?」

光はグラウンドを見てみる。
グラウンドでは紅白戦がまだ続いていた。

「一個ぐらいいいよね………」

光はボールを持ったまま、スタンドから再び立ち去った。



「主人」
「会長。どうした?」
「主人の言うとおりだ。陽ノ下、ボール持ってどっかいっちまったよ」
「そうか。それで何かつかんでくれればいいが………」
「本当に主人は頑固だな」
「………どうとでも言ってくれ………」



光はスタンドから少し離れた中庭に立っていた。

ボールは光の足元においてある。



「このボールが教えてくれるのかな………」



光は右足をボールの上に置く。

その足を後ろに下げる。

ボールは右足の甲に乗る。

光はボールを高くあげる。

ボールはゆっくりとあがり、落ちていく。

ボールは光の左の股の上に乗る。

光はそれをまた天高く跳ね上げる。

再びボールが宙を舞う。

今度はボールは光の頭の上に落ちてくる。

光は頭でボールを跳ね上げる。



光はリフティングを一人でやり続けた。
5回、10回、20回………
光は黙々とボールを天高く蹴り上げていた。



30回、40回………
公二から一から教わったテクニックでボールを蹴り上げていく。

「30,31,32,33………」

光の回数を数える声が大きくなってきた。



60回、70回と回数は増える。

「87,88,89,よしっ90回!」

回数が区切りの回数になるごとに、光の喜びの声があがる。
光に笑顔が見え始めてきた。



回数は3桁を超えた。

「147、148,149、やったー!」

光はもう笑顔になっていた。
増える回数を純粋に喜んでいた。



しかし、さすがに疲れてくる。

「174,175、176、あっ!………やっちゃった………」

ようやくリフティングも終わった。



「はぁ、はぁ、はぁ………」

光はその場にへたり込んだ。
さすがに疲れてしまったようだ。

ボールは光が抱きかかえている。

「ああ、疲れた………でも、楽しかった………」

光の顔にはさわやかな汗が流れていた。

「こんなに楽しかったの久しぶりだな………」

久しぶりに感じる快感。
光はそれを以前に感じたのを思い出していた。



「あっ………」



光は、思いだしていた。
今までの思い出が走馬燈に一気に光の中を駆けめぐっていた。



初めてボールを上手に蹴られたときのこと。

ドリブルで初めて相手をかわしたときのこと。

初めてユニフォームを着たときのこと。

試合で初めてシュートを決めたときのこと。

練習試合で途中出場して、がむしゃらに走ったときのこと。



あのころは純粋にサッカーができることを喜んでいた。



「………」



そして今。

技術は格段に向上した。
体力も同じ。
持久力は比べものにならない。

でも………



「ねぇ公二。私が足りないものって………」


「………」


「そんな………」


光はフラフラと立ち上がった。




場所は変わってグラウンド。

紅白戦も終わり、お昼休みに入っていた。

ほむらは勝利チームへのご褒美のジュースをがぶ飲みしている。
(ちなみに、負けたチームはいつものスポーツドリンクを飲んでいる)
公二もほむらの隣でスポーツドリンクを飲んでいた。

「おい。主人。陽ノ下じゃないか?」
「本当だ。光は見つけたのか?」
「でも、様子がおかしいぞ?」
「本当だ………光………どうしたんだ………」

グラウンドに光がやってきた。
その光の足取りが重い。
顔もうつむき加減だ。

ほむらと公二はその様子に不安を感じた。



光と公二は向かい合った。

「公二………」
「どうした………」

公二は先ほどの不安な顔から、監督の顔に戻っていた。

「わかりました。公二が求めたもの………」
「そうか、わかったか………」

「でも………」
「でも?」





「無理です!私にはできません!」





「光!」





「ごめんなさい!」





光は体を反転させると、グラウンドから走っていく。

光は泣いていた。


「光!」


公二が呼び止めようとするが、光は聞こうとしない。
そして光の背中が見えなくなってしまった。



「………」

公二はその場で立ちすくんでいた。

「おい、主人。どうするんだ?」
「………」

「もう、『監督と選手』じゃだめだと思うぞ」
「………」

「まあ、主人の信念を曲げることになるけど、それであたし達が主人を軽蔑するわけないだろ?」
「本当か?」
「ああ。それに監督は常に最善手を取るんだろ?ここでの最善手は陽ノ下を立ち直らせる。そうだろ?」
「………」
「午後までに戻ってこなかったら、あたしが何とかする………行けよ」
「ごめん………埋め合わせは必ずするから………」

公二はグラウンドから走り去っていった。


「監督の都合でミーティングはなし!これからお昼休み!早く合宿所に戻って日射病になるなよ!」


グラウンドにはほむらの声が響いていた。



「はぁ、はぁ、はぁ………」

光は無我夢中で走っていた。

なにも考えずに、いや、何も考えたくなかった。

光は自分に絶望してしまっていた。



「ここは………」

気がついたら、そこは中央公園だった。


「なんでここに………」

光の足は自然にここへと向いていた。


「あっ!」

そこで光はいるはずのない人が立っているを見つけた。




「望さん………」
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後書き 兼 言い訳
さて、3日目。
光が遂に暴走してしまいました。

光は公二の意図がわかりました。
でもそれに光が応えられないことを悟ってしまったようです。

そして、なぜかいる望。

どうなっちゃうんでしょうか?

次回はひびきのサイド。
なぜ望があそこにいるのかが明かされるんじゃないかと思ってます。