第45話目次第47話

Fieldの紅い伝説

Written by B
3日目の朝。

食堂で奈津江と京が一緒に朝食を取っていた。

「ナツ。望の様子は?」
「だめ、すっかり自信を失ってる」
「そうか………」
「望、合宿中の練習は全部上手くいってないでしょ。このままだとレギュラーも………」
「ありえないとは言えないな………」
「………」

二人が心配している視線の先には食堂の隅で一人静かに朝食を摂っている望がいた。



そして練習が始まった。
今日も個人技の練習。

「………」
「………」

果たして奈津江と京の恐れていた通りとなった。

望の動きはまったくもって悪かった。


動きが遅い。
キレがわるい。
ボールの離れが悪い。
パスの勢いがない。


どうみてもレベルが格段に落ちてしまっている。
素人が見ても動きが悪いことがわかるぐらいだ。

ドリブルの練習。
パスの練習。
セットプレイの練習。

何をやってもだめだった。


「やばいよ………」
「アタシが監督ならもう限界だな………」

練習後、奈津江と京は状況が最低の局面に突入してしまったのを感じとっていた。



昼食後
午後の練習前にはまだ時間がある。

奈津江と京は部屋にもどって話し合っていた。

「もう、我慢できない!私が望に言わないとダメになっちゃうよ」
「………」
「京!あの状態でも放っておくつもりなの?」
「………」
「これ以上放っておいたら、望が自信を取り戻しても取り返しのつかない状況になっちゃうよ!」
「わかってるよ………でも、どうしたらいいんだ?」
「………」

沈黙が部屋を支配する。
何もよい方法が思いつかない。

「自信って、他人がなんと言っても自分が納得しなきゃ回復しないもんだろ」
「確かに………」
「他人が事実を言っても、最後は本人次第なんだよ」
「う〜ん、望が信頼している人から言われて、どうなるかって感じか………」
「そんな今の望でも信頼出来る人なんているか?」
「う〜ん………あっ………」

望が信頼できる人。

奈津江も京も一人の人物が思い浮かんだ。

「あいつか?」
「うん………」
「アタシはあいつは嫌いだ」
「どうして?」
「望に二股かけてるヤツなんて………」
「………でも」
「でも?」
「望は心底好きなんだよね」
「………」
「望だったら彼に頼りたいのかなぁ?」
「………」

望を何とかして欲しいけど、して欲しくない。
二人ともそう感じていた。



トントン

「ねぇ、京、奈津江ちゃん。いる?」

ドアをノックする音と、聞き慣れた声が聞こえてきた。
詩織だった。

「シオ、どうした?」
「望ちゃん知らない?」
「望?望がどうかしたの?」
「うん、どこにも見あたらないの」
「えっ?」
「どういうことだ?」



「1年生が監督室から顔を真っ青にして出てきたのを見たんだけど、それっきり」



「!!!」
「!!!」


詩織の言葉に奈津江と京は驚く。
そしてお互いに顔を見合わせる。

「もしかして………」
「間違いない………」

ベッドから二人は立ち上がった。

「とにかく探さないとまずいかも」
「ああ、アタシも胸騒ぎがする………」

二人はドアに向かって歩き出す。
ドアを開けると詩織が驚いたように立っていた。

「シオ、望を探すぞ」
「えっ?」
「とにかく探してここにつれてくるの。望が暴走するまえに」
「アタシは外を探しみるから、シオは学校を探してくれるな?」

奈津江と京は廊下を走って探しに行こうとする。
突然の行動に驚いた詩織が二人を止めようとする。

「えっ?望ちゃんがどうかしたの?」



「たぶん、レギュラー落ちを通告されたんだよ!」



「ええっ!」

「望の事だ、ショックで呆然としているに違いない」
「………そうかもしれない」
「だろ?だから急がないと」
「………わかった。探してみる」

詩織も状況を理解したようだ。
騒ぎが大事になるとまずいので、奈津江、京、詩織の3人だけで探すことにした。



「………」

そして、その望はグラウンドをさまよっていた。

「………」

昼食後。監督から呼ばれた。
その会話が望の頭の中を猛スピードで駆けめぐる。



『清川』
『はい………』
『この合宿での清川のプレー。とてもレギュラーとして使えるプレーではない』
『………』
『原因はわかってる』
『えっ?』
『突然のポジションチェンジで戸惑いもあるし、パトリシアとのコンビネーションの問題もあるだろう』
『………』
『でも、もう限界だ』
『………』
『今日の午後で、すべて修正しろ。そうしなければ清川をレギュラーから外す』
『レギュラー………落ち………』
『わかったな』
『はい………』



しかし、今の望には午後までに修正する自信はまったくなかった。


(もうだめだ………あたし、レギュラー落ちなんだ………)


望はすでに諦めていた。


(もう、あたしは終わったんだ………)


望は絶望しか残っていなかった。



(どうしよう………)


何も考えられない。
そのときに一人の人物が望の頭の中に浮かんできた。


「公二………」


それは望が本当に頼りたい人だった。


(公二、助けて………)
(あたし、もうどうしたらわからない………)
(ねぇ、公二、助けて………)


望はもう公二のことしか考えられなくなっていた。



「あれ?」

そしてグラウンドの隅にあるものを見つける。

「これは………」

そこはフェンスの金網が破れていた。
ちょうど、一人がもぐって抜けられるほどの大きさ。
金網を抜けると学校の外に出られる。

「ここを抜ければ………」

望は金網の穴の前にしゃがみこむ。

「公二にあえる………」

そして頭を穴に入れようとしたとき。


「望!」
「あっ………」
「なにやってるんだ………」

京がそこには立っていた。
ちょうど上手い具合に望を見つけたようだ。



しかし、望は京を一瞥すると、頭をまた穴のほうに向ける。

「おい!どうするんだよ!」
「放っておいて………あたしの事なんて………」
「放っておけるわけないだろ!」
「レギュラー落ちの落ちぶれたあたしなんて………」
「そんなことないだろ!」

望の顔は弱々しかった。
あの輝いていた望の笑顔はどこにもない。

(ノゾミ!そこまでショックを受けているなんて………)

京はそのノゾミの真っ青な顔に驚いていた。

「もうダメ………もう公二にしか頼れない………」
「えっ?公二?」
「うん………」

(それに、公二?もしかしてノゾミ、あいつに逢いに………)

(………)



「望、一言だけ言うぞ」
「えっ?」
「夜までに帰ってこい。それだけだ」

京は望に背中を向けた。
そして少しずつ歩き出す。
望は京を呼び止める。

「京」
「なんだ」

「ありがとう」
「………」

京の後ろはゴソゴソと音がしたかと思うとすぐに音はしなくなった。



(ちくしょう!………なんであんなヤツに………ちくしょう!)

望の行動の意図は京にもわかった。
それは京は望まない選択肢だった。
しかし、今の京には他の選択肢が思いつかなかった。

だからこそ、京は歯がゆくてしょうがなかった。

(もうしょうがない。夜まで待つか………)



望は走った。


公二に逢いたい、その一心だった。


藁にもすがる思いで走った。


走って走って走って。


気がつくと、ひびきの市の中央公園までたどり着いていた。



「はぁ、はぁ、はぁ………」

必死に走ったので、息が荒い。
呼吸を何とか整える。

しばらくして、ようやく呼吸が落ち着く。

すると、視線の先に見慣れた姿があった。

それはここにはいないはずの人物だった。



「光さん………どうして………」
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
さて、3日目。
望が合宿を脱走しました。

流れが悪い方向悪い方向に進んでいき、もはや自分一人ではどうにもできない。
望には絶望しか残っていないのでしょうか?

脱走した先にはなぜかそこには光が。

どうなっちゃうんでしょうか?

次回は久々の光と望のぶつかりあい。
しかしサッカーのぶつかり合いではなく、気持ちのぶつけあいです。