第48話目次第50話

Fieldの紅い伝説

Written by B
「はぁ……」
「はぁ……」
「はぁ……」

きらめき女子サッカー部の午後の練習が終わった。
練習は基礎技術の練習で、それほど疲れるものでもない。

しかし、奈津江、京、詩織の3人は疲労しきっていた。
肉体的にではない、精神的にだ。

お昼前に合宿所を飛び出した望のことが気になってしょうがなかったのだ。
いつ戻ってくるか、いつ戻ってくるか。それだけが心配だったのだ。


監督には熱中症気味で部屋で休んでいると、3人で嘘をついた。
しかし、監督に通用したかどうかは不明。

それだけに余計に心配でならない。

おかげで3人とも練習はボロボロだった。

特に脱走現場を見てしまった京は最悪の出来だった。



宿舎に戻る3人の足取りは重い。
3人並んでとぼとぼと歩いている。

「ノゾミ……帰ってきてよぉ……」
「京、なにもそこまで心配しなくても……」
「シオ、あのノゾミの顔をみたら心配になるんだよ……」

「京、大丈夫だって。戻ってくるって」
「ああ、胃薬が欲しい……ナツ、持ってない?」
「あるわけないでしょ……だいたい、合宿に胃薬持参なんて……あっ!」

奈津江が突然大声を出した。
京と詩織は驚く。

「どうしたの?」
「望だ……望が帰ってきた!」
「「ええっ!」」

奈津江が合宿所の門を指さす。
その方向にはゆっくりと、しかし顔を上げ、まっすぐ前を見つめ、確かな足取りで歩く望の姿があった。

「「「望!」」」

3人は急いで望のほうに駆け寄る。



望も3人の姿に気がついたようだ。
気がついた時には望は3人に囲まれていた。

「大丈夫?怪我とかしてない?」
「奈津江、ごめん……大丈夫だよ」

「みんな心配したんだよ?」
「詩織、ごめん、でももう大丈夫……」

「望!こんな時間まで何やってたんだよ!」
「京……」

心配そうに見つめる3人に丁寧に頭を下げる。



「本当にみんな心配してたんだから、特に京は……」
「シオ!馬鹿!言うな!」

「10分に1回はため息ついて『ノゾミ……大丈夫かなぁ……』って」
「うわわわぁ〜、ナツ!何て事を言うんだ!」

詩織と奈津江の言葉に京が普段にはない慌て方をしている。
どうやら本当らしい。

「京、あのときはありがとう……本当にごめん……」
「な、なに……アタシはなにもやってない!」
「ありがとう……」

恥ずかしいのか背中を向けた京に望はお礼をいう。
後ろからだからよくわからないが、顔が紅いぐらいことはわかった。



京と望の間に奈津江が入り込む。
そして望の両肩に両手を乗せる。

「望、午後いなかったことは監督は知ってるわ」
「やっぱりそうだよね……」
「今は監督室にいると思うからすぐに行って」
「わかった、謝ってくる」
「謝るだけで済めばいいんだけど……」
「大丈夫だって。ち〜ゃんと話せばいいんだ」

心配そうな奈津江に対して、望は平然と答える。

「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ!じゃあ、行ってくるな」
「あ……いってらっしゃい……」

心配する3人を尻目に望は悠々と監督室に向かっていった。



3人は望の背中を見送るのみ。

「ねぇ、いつもの望に戻ってなかった?」
「詩織、私もそう思った」

「ノゾミは奴に会ったのか?」
「それはわからない。望に聞いてみないと」

「でも、望が元に戻ったならいいんだけどね、京」
「シオ、そうだといいんだが……」

心配なのだが、望の表情がいつもの表情に戻っていることが安心材料だった。



それから3分後。
監督室の前に望は立っていた。


コンコン


「誰だ?」
「清川です……」
「……入れ」
「失礼します……」

望はゆっくりと扉を開けて部屋に入った。
部屋では監督がなにやらサッカー雑誌を読んでいるところだった。

「病気は大丈夫かね?」
「えっ?……」
「やっぱり……あの3人、苦し紛れだったな……」
「監督?」
「清川。そこに立っていないで、ここにきたまえ」

監督は雑誌をおき、望を目の前に立たせる。
監督の表情は固い。


「さて……清川、自分がしたことはわかってるな」
「はい……わかってます……」
「当然、覚悟決めてやったことなんだろうな?」
「はい……」

監督はゆっくりと重い口調で話し出す。
望も緊張して短い言葉しかでない。

「本来は、規律違反で長期の部活動停止、最悪なら退部も避けられない……」
「………」


「でもな……今回はお昼の約束通り、レギュラー落ちだけで勘弁してやる」


「えっ……」

望は驚いた。
ある程度の厳罰は覚悟して来ていたのだから。



「午後の練習前、鞠川と藤崎と久遠寺が来たんだよ」
「えっ?」
「『清川さんが熱中症気味で部屋で休んでます』って」
「………」
「直前におまえと会っているから、嘘だってことはすぐにわかったよ」
「………」
「ちょっと、探りを入れたら、あの3人、大慌てで必死にフォローしてたよ」
「………」
「あげくに鞠川なんて『望はなにも悪くありません!』とか言い出してな」
「………」


「清川。これってどういうことかわかるか?

 おまえの事をかばってくれてたんだぞ。
 あの3人はおまえを本当の友達だと思ってるからできることだと思うぞ。

 もし、おまえが退部したらどうなる?
 たぶん、あの3人も自主的に退部するかもしれないぞ」


「そんな……」

突発的にとった身勝手な行動。
それなのに、3人は自分の事を必死にフォローしてくれたのだ。
規律違反に手を貸す行為だとわかっていながら。

3人の行動に望は思わず涙ぐんでしまう。



「あくまで想像の範囲だがな。
 でも、確かなのはおまえはそれほど頼りにされているし、
 それだけやってもかまわない友達だと思っているのは確かだな。

 清川。
 おまえは、あの3人に本当に迷惑を掛けたのは一番わかっているはずだ。

 じゃあ、お礼をする方法はわかるよな?

 そう。
 一刻も早く、レギュラーの座を取り戻すことだ。

 早く、元のおまえの姿を見せることだ」


「はい!わかりました!」


望は力強く返事をした。
しかし、監督はその返事に対して、表情も変えず、特に何も返さずに話を続ける。


「ただし!
 おまえのポジションは変えるつもりはない。
 今の構想ではおまえのポジションは中盤の底だ。

 理由を知りたければ早くレギュラーの地位を取り戻すことだ。
 それまでは中盤の底でできることを自分で考えてプレーしろ」



「わかりました……レギュラーの座は1日で取り返します……」



望はゆっくりとかつ力強く宣言した。
監督はそれをみて、ゆっくりと頷く。
表情もほぐれ、普段の表情に戻る。

「わかった。もう私から言うことはない。
 もうすぐ夕方のミーティングだ。
 急いで会議室に行くんだ」

「はい!では失礼します!」

望は深々と一礼すると監督室から出て行った。



「ふぅ……これなら明日のレギュラー復帰は確定だな……」

一人になった監督室でぽつりとつぶやいた。



夕方のミーティングが終わり、夕方の自由時間。

外に出た望がぶらぶらとグラウンドのスタンドに足を運ぶ。
そこには沙希がスタンドからグラウンドを見えていた。
沙希の視線の先には何人か自主練習をしていた。

その中で特に気合いが入っている人がいた。
沙希に訪ねてみる。

「あれ?あそこで練習しているのは?」
「ああ、神戸さんよ」
「神戸?」
「タックルの練習だって」
「タックル?あいつサイドMFだろ?ドリブルじゃなくて?」
「うん、『陽ノ下光め!あなたに絶対に仕事はさせないわ』とか言ってね」
「そ、そうなんだ、あ、あははは……」
「どうしたの?望ちゃん」
「い、いやなんでもない……」

(言えない……『光さんは覚えてない』って言ったら絶対にキレる……)

望は冷や汗をたらたら流して、苦笑していた。
それを見ている沙希はなんで望がそんなになっているのかさっぱりわかっていなかった。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
合宿所に戻ってきた望のお話です。

普通、名門校の部活の合宿を脱走なんかしたら、かなりの厳罰が来そうな気がします。
でも、ここは青春話(笑)
望には厳罰は来ませんでした。

それでもレギュラー落ちは宣告された望。
明日一日で取り戻すつもりですが、さて、どうなるやら……

次回は合宿所に戻った光のお話です。