第49話目次第51話

Fieldの紅い伝説

Written by B
「ふぅ……」

光は合宿所の門に戻ってきた。
時刻はもう3時を過ぎている。

「公二、怒ってるかなぁ……」

光は合宿所に入ることを躊躇していた。
公二の怒った顔が浮かんで脚がすくんでいた。

「どうしよう。なんて言い訳しよう……ってあれ?」

言い訳を考えていたところ、目の前に見知った顔があった。

「陽ノ下!」
「赤井さん……」

ほむらだった。
特に怒っている様子はない。
町中で見知った顔を見つけた、というような表情でこちらに歩いてきた。
光は恥ずかしくて顔をうつむいてしまう。

「ようやく戻ってきたか」
「ごめんなさい……」
「まずは早く主人の部屋に行け」
「えっ?どうしたの?」



「主人が倒れた」



「ええっ!」
「こ、こら!いきなりとばすな!」

光は大声を出して驚いた。
そして全力で宿舎へと走り出した。



主人の部屋。
コーチでもあり、女子部の中の唯一の男子生徒ということもあり、二人部屋を一人で使っている。

そのベッドにジャージ姿の公二が寝ていた。
シーツは掛けていない。
氷枕に頭が乗せられており、氷嚢が頭に乗っている。

「どうして……」

光はその姿をみて呆然と立ちすくんでいた。
立ったまま公二の寝顔を見つめていた。

「大声出して起こすなよ。今は寝かせる事が一番なんだから」
「ほむら!」

遅れてほむらが部屋に入ってきた。
ほむらは光の隣に立つ。

「もしかして、これって……」
「そうだ。おまえのせいだ」
「………」

想像していた答え。
それだけに心が痛む。

「半分はな」

しかし、このほむらの言葉は光の予想外だった。

「えっ?」

「半分は間違いなくおまえのせいだ。しかしもう半分は違う」
「どういうこと?」



ほむらは床にどっかりと胡座をかく。
そして光を見ず、公二の顔を見ながら話し始めた。

「おまえが飛び出してから、主人はずっとおまえを捜してたんだぞ。

 この暑くて、太陽がカンカン照りのなか。
 サッカーのできなくて、全力で走るのさえ難しい足でだぞ、
 1時間ぐらい走り回ってたはずだ。

 でも。おまえは見つからなかった。
 どうせ、合宿所の外に出たんだろ?
 主人も動揺してたんだろうな。
 合宿所の外までは考えてなかったみたいだ。

 結局、おまえは見つからなくて、合宿所にフラフラで戻ってきた。
 熱中症にかかったんだろう。

 ちょうど、主人に電話が来たんだ。
 その直後だ、主人が倒れたのは。

 顔を真っ青にして、グラウンドでぶっ倒れたときはみんな焦ったぜ。
 練習は八重に頼んで、練習試合をやらせるようにして、主人はあたしが部屋に連れて寝かせた。

 寝る前までうなされてたぞ。

 『光……望……どこに行ったんだ………』

 ってな」


ほむらから、予想外に出てきた「望」の言葉に光は驚く。

「えっ?望さん?」
「望って、あいつの事だろ?」
「うん……」
「まったく……おまえ達、好きな奴にどれだけ心配かけさせるんだ?」
「………」
「たぶん、そいつも合宿所からいなくなったんだろ」
「うん……」
「なんだ?知ってるのか?」


「さっき会った……」
「なんだって?」

ほむらが驚いたように光を見上げる。
光は小さな声で話す。

「中央公園で会って……二人で悩みをぶつけ合って……それで別れてきた……」

「それで?」

「それでって?」

「悩みは解決したのか?ってこと」

「うん、ほぼ解決した……」

「そうか。それなら主人も安心するかな」

「………」



「さて、主人はまだ起きないみたいだから、やることはやっておくかな。」

ほっとした表情のほむらは再び立ち上がった。
そして真面目な表情で光を見上げながら話す。

「陽ノ下。
 これはキャプテンとしての命令だ。

 これから全員の部屋を廻って謝ってこい。
 おまえのおかげで練習スケジュールとかかなり狂ったからな。

 主人に謝るのはそれからだ。

 たぶん、主人も同じ事を言うと思う。
 このチームはチームワークが命だって、いつも言ってるからわかるだろ?

 運がいいことに、今晩は全部自由時間だから、たっぷり謝る時間はあるぞ」

ほむらの真剣な表情。
あまりの真剣さに、光は質問も反論の余地もなかった。

「わかりました……これから謝ってきます」
「うん、わかった。行ってこい」
「はい……」

光は公二の部屋を出ていった。
廊下から聞こえる音が階段に向かって小さくなったので、間違いなく部員達の部屋に行ったのだろう。



「ふぅ……まったく人騒がせな奴だぜ……」

ほむらは主人の部屋でぽつりとつぶやいた。

「主人のこの姿をみて、これからスタンドプレーがなくなればいいけど……」

ほむらは主人の寝顔を見る。
倒れた時よりは症状が和らいでいる様子で、普通に寝ているという感じだ。

「まったく、主人も大変な奴を好きになったもんだぜ……さて、飯はまだかな……」

そうつぶやくとほむらも公二の部屋から出て行った。



その夜。

「ふぅ……」

疲れた様子で光が宿舎の廊下を歩いている。
今し方、光は部員全員に謝り終わったところだ。

「辛かった……」

光は丁寧に頭を下げて謝った。



『あっ、先輩』
『午後はごめんなさい……』

『………』
『………』

『……別に気にしてませんから、大丈夫ですよ……』
『………』

『……明日からまたよろしくお願いします……』
『うん……また明日からよろしくね……』

『……用はそれだけですか?』
『うん。だからこれで失礼するね……』



みんな「別にいいよ」とは言ってはくれた。
しかし、目は笑っていなかった。
言葉は冷たかった。
冷たい視線が何度も何度も光の心に突き刺さった。

「何て事しちゃったんだろう……」

自分がした行動はチームメイトの信頼をなくしてしまったことを肌で感じた。
しかし、すぐにどうこうできるものではない。
少なくとも今日はどうしようもない。

光の足取りは重かった。
表情は暗く、頭も自然とうつむいてしまう。



そして光は公二の部屋の前に戻ってきた。

「怒ってるだろうな……」


コンコン


「誰?」
「公二、私だけど……」
「光か?入っていいよ」

ガチャ

光はゆっくりと扉を開けて部屋に入る。

さっきはよく見ていなかったが、部屋には色々なものが置いてあった。
床にはサッカー雑誌が5冊ばかり積まれておいてある。
テーブルにはノートが広げられており、なにやら戦術らしきフォーメーションについて書いてある。
さらには、厚さ2cmぐらいの本が4冊積み上がっていた。

ここは本当の公二の部屋のようにサッカー一色になっていた。

そして、公二はベッドから起きあがって本を読んでいる

光はベッドの側に立ったまま、公二を見つめる。

「戻ってきたか……」
「ごめんなさい……」

光は頭を下げる。



「会長から聞いたよ。望と一緒だったんだって?」
「はい……」
「まったく……

 きら高の監督から電話が来たんだぞ。

 『うちの清川が昼から合宿所からいなくなったようなんだ。
  清川のことだから、ひび高さんのところに行ってるのかもしれない。
  もし、そちらに来ているようだったら連絡ください』だってさ。

 光も望も行方不明だなんてさ……
 俺、どうしたらいいかわからなくて……

 気がついたらベッドで寝ていたよ」

「………」

「望と何を話したのかはともかく。
 ほむらから聞いたぞ。
 部員全員に謝ったんだな?」

「はい……謝ってきました」

「どうだった?」

「………」

光は力が抜けたように床にすわりこむ。
その様子から公二はすべてを悟る。

「やっぱりな……光、信頼をなくしたようだな……」

「はい……私、取り返しのつかないことを……ううっ……」

「……光?」



「……うわぁぁぁぁぁん!」



光は目の前にある公二の膝に頭をつけ、泣き出してしまった。

「どうしよう……どうしよう……」
「光……」

「私のサッカーは間違ってない!
 私のスタイルは間違ってない!

 今ははっきりと言える。

 でも、みんなの信頼がなくちゃ、私はただのピエロ……

 みんなのこと考えてなかった。
 自分の事だけしか見てなかった。

 どうしよう……
 私、明日から練習に戻れない……」

「………」

「ぐすん……ううっ……」

公二は泣いている光の頭を優しくなでる。
そしてそのまま何も言わずにただ光が泣くのを見守っている。



光が泣き始めてから5分ぐらい経っているだろうか。
公二は光の頭をなでたまま優しく諭す。

「光。
 サッカーはチームプレーなんだよ。

 確かに一人の力が試合を決めることはよくある。
 でもそれは80分のなかのほんの一瞬。
 試合のほとんどはチームプレーなんだ。

 一人だけでは生きていけないように、
 サッカーは一人だけでは勝てないんだ。

 チームプレーで大切なこと。
 俺は『信頼』だと思う。
 お互いの力を信頼することで成り立つことだと思う。

 でも、光みたいに自分だけで行動したらどうなる?
 チームプレーは成り立たなくなる。
 わかったかい?」


「うん!わかった。でも……」


「信頼をなくすのは簡単だ。
 しかし、取り戻すのは難しいぞ。

 でも、光。
 光はそれをやらないかぎり、この部での居場所はないぞ。

 明日からの練習。
 俺がいいというまで、光は『For the Team』に徹しろ。
 自分で決めようと思うな。つなぎ役に徹しろ。目立とうと思うな。

 信頼を取り戻すにはそれが最初だ。

 大丈夫。
 プレーで見せれば、すぐにわかってくれるよ。
 悪気はないことはわかってるはずだから」


「うん、わかった……そうする」


ようやく光が泣きやんだようだ。



「ねぇ公二」

「なんだ?」

「もう少しこのままでいい?」

「なんで?」

「私、今日泣いてばっかり……こんな泣いた後の顔なんて恥ずかしくて公二に見せられない……」

「何を今更。
 光がぐしゃぐしゃに泣いた顔なんて昔から見ているよ」

「ひど〜い!」

「あははは、ごめんごめん。光の気が済むまでそのままでいいよ」

「ありがとう……」


光はそのまま公二の膝を枕にしていた。
光の寝息が聞こえてきたのはそれからすぐの事だった。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
合宿所に戻ってきた光のお話です。

本当に光は泣いてばっかりですね(苦笑

あれだけ大騒ぎを起こせば、チームメイトの目も変わってくるはずです。
でも、公二の言うとおり悪気はないと思っているのが救いでしょうね。

次回はこのシーンからの続きです。

これから公二と光の熱くて眠れない夜が始まる……とだけ書いておきますか(笑)