「……あれ?」
光はいつの間にか眠っていた。
「寝ちゃったんだ……」
光は寝惚け眼をこすりながら周りを見回す。
「光、起きたか?」
「あっ、公二……」
横を向くとサッカー雑誌を読んでいた公二の姿があった。
光は公二の膝を枕に眠ってしまっていた。
「疲れてたんだろ?すやすやと寝てたよ」
「今、何時?」
「9時。2時間ぐらい寝てたかな」
「そんなに……ごめんね、動けなかったでしょ?」
「いや、光の寝顔を見ていて飽きなかったよ」
「あっ……もう、公二のバカ……」
「あれ?バカって言う方がバカじゃなかったか?」
「バカ……」
公二に寝顔を見られてしまい、光は恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまう。
「なぁ、これからなにか用事はあるか?」
「別にないよ」
「わかった、それなら俺につきあえ」
「えっ?」
公二がベッドから降りる。
そして、部屋にあるビデオ付きテレビの前に座る。
「これから光に最後の個人授業を行う」
「えっ?……個人授業はもう終わりじゃあ……」
光は驚いた。
公二との個人授業は夏休み前に終了を宣言したからだ。
「望と光の技術はもう同レベルだ」という理由で。
驚いている光に気づいた公二は光に説明を始める。
「勘違いしては困る。
これは光のためじゃない。
チームのためなんだ。
チームが機能するための授業だ。
今日はこれをやるために夜は自由時間にしたほどに重要な授業だ」
「どういうこと?」
「うちのシステムは4-4-2ということになっている。
しかし、前から言っているが攻撃陣は光、会長、八重さんの3人だけだと思っている。
光以外の中盤は守備重視だ。
つまり本当は4-3-1-2なんだ。
このシステムの重要な場所は『1』つまり、光だ。
俺は光の動きを考えて他のメンバーの動きの指示をだすつもり。
光の考えを理解して、全体の動きを考えるつもりだ。
だから、俺の考えと光の考えが一致しないとチームが成り立たない可能性がある。
うちのような弱小チームなら特にだ。
だから、これから俺の考えをすべて光に教える。
だから光の考えをすべて教えて欲しい。
俺のサッカーの考えと光のサッカーの考えを同じにする。
光と心を一つにしたい」
「公二と体を一つ……」
公二の最後の言葉に光は顔を真っ赤っかにしてしまう。
それに気がついた公二は両手を振って慌ててフォローする。
「い、いや。
サッカーでの話だぞ。
か、勘違いするな。
光が好きだとか、好きでないとかそういうことじゃなくて。
だから、結論は秋の後で……いや、そうじゃなくて。
サッカーでの話だから、その、あの……」
公二も顔が真っ赤だ。
それを見て光も勘違いしていたことを知る。
「恥ずかしい……」
光はさらに顔を赤くしてしまった。
二人とも落ち着いたところで、授業が始まる。
公二はバッグから何本かのビデオテープを取り出した。
「俺の中学から試合のビデオをダビングしてもらったんだ」
「えっ!」
「俺、自分の試合のビデオ持ってないから……」
「………」
光はわかっていた。
持っていないのではない、捨ててしまったという事を。
しかし。光はなにも言わない。
「俺の中学って、試合の録画を昔からしてたみたいで、俺の出た試合は全部残ってたよ」
「そんなに、すごい!!」
「俺もびっくりしたよ。で、今日はその中から俺が厳選した場面ばかり集めた」
「私のために?」
「ま、まあそういうことだな……
これから教えるのは、場面場面での感覚だ、
さすがに、俺の感覚と光の感覚をまったく同じにするのは無理だ。
しかし、方向感だけでも合わせたいからな。
これから攻めの場面が流れる。
全部俺がボールを持ったところで止める。
そこで、光ならどういう攻めをするか教えて欲しい。
それから、俺の実際のプレーを見せるから」
「うん、わかった」
「じゃあ始めるぞ」
そういうと公二はリモコンの再生ボタンを押す。
テープの再生が始まる。
テレビの前に二人並んで座っている。
二人の間は肩が触れるか触れないかの距離。
二人はそんなことに気にせずにテレビ画面に釘付けになる。
画面には中学のころの公二が見える。
(やっぱり、公二ってすごい……)
光にとっては他の選手よりも輝いて見えた。
(あっ、後ろから受けた……)
画面の公二はDFからのボールを直接受け取った。
公二は前を振り向く。
ピッ!
そこで公二はリモコンの一時停止のボタンを押す。
「光、次の行動は?」
「えっ?えっ?」
公二にせかされ、慌てて画面を見る光。
(え〜と、FWが両サイドの深く、近くには誰もいない、目の前は空いている、距離は長い……)
すぐに状況を判断して、結論を導く。
「え〜と、ドリブルして、FWが中央に駆け上がるのを待つかな?」
「………」
ピッ!
公二が黙って再生のボタンを押す。
画面が動き出す。
「えっ!」
画面の公二は右サイドに大きく蹴り出した。
ボールは右サイドにいたFWがフリーの状態で受け取った。
その選手は悠々とサイドを駆け上がり、フリーの状態でセンタリングをした。
センタリングのボールはDFにカットされたが、決定的な場面だった。
「確かにFWがフリーでなければ、俺もそうするな。
でも、あの時はFWがフリーだった。ほら、周りに誰もいないだろ?
たぶん、俺の方を見ていたからだと思う。
そこで、FWが前に走ったら?
俺はそれを狙って右に振った」
「なるほど……」
今度は、公二がドリブルで中央を駆け上がっていくシーンから始まる。
まだゴールまでは遠い。
そんな場所だが、2人がボールを奪いに集まってきた。
FW2人は前でマークをはずしながら待ちかまえている。
目の前にはスペースがあるが、相手がコースを消していて、パスするには厳しすぎる。
そこで画面は止まった。
「ほら、光。ここでは?」
(えっ?まっすぐパスしたいけど、厳しいな、ドリブル突破も無理、周りは……あっ!)
「左にバックパス!」
「………」
ピッ!
画面が動き出す。
「あっ!」
確かに、公二のボールは左から駆け上がってきたMFにパスした。
画面の公二は光の予想以上だった。
しかし、公二はノールックでパスを出したのだ。
パスをもらったMFはそのまま駆け上がる。
相手は予想外のパスを出されたため、まったく対応できずフリーの状態でミドルシュート。
このシュートはゴールポストの遙か上を飛んでしまったが、これも決定的だった。
「考えは俺と同じだったな。
でも、自分の狙いを相手に悟らせないことが大事だな。
相手の考えてない事をやれば、相手は絶対に対応が遅れる。
そうなったらこっちのもんだ。
パスの時は周りを見てないけど、実はその前に全体を見回して把握してあったんだ。
だから常に、フィールド全体を把握しておくことが大事なんだ」
「はい……」
(公二ってすごい……)
光は公二のすごさを改めて感じていた。
こうして公二の個人授業が続く。
最初は光の考えに対して、公二が解説するスタイルだったが、
しばらくすると、光と公二が議論するようになっていた。
「なんで、ここでドリブルじゃいけないの?」
「周りがフリーだらけじゃないか。なにも自分が行かなくても」
「でも、目の前のスペースががら空きだよ?そこを狙わなきゃだめでしょ?」
「光、どうして右サイドにパス出すんだ?左ががら空きじゃないか」
「たぶん相手ならそのスペースを消しに行くでしょ?だから、反対を狙って右に……」
「逆を狙うのか……確かに、この後、右が空くんだよな……」
「ねぇ、右のFWが上手くあがっていたのに、何で左に振ったの?」
「ああ、これはそれをわかってて、あえて意外性を狙った」
「なんで?」
「普通は右を狙う、相手もそう考える。だから左を狙った」
「どうしてそんなことを?」
「次を考えた、『相手は何をやってくるかわからない』と思わせれば楽だろ?」
「そうだけど、点を狙った方がいいと思うけどな……」
「えっ?ここで右にパスって、DFが2人いるぞ!」
「でも、こっちに来ると思ってないように見えるよ」
「確かにそうだけど……」
「どうせ、前はDF2人、左は誰もいない、だったら右でしょ?」
「えっ!ループシュート?」
「いやぁ、これは見事に決まったな。GKが前に出ていたから狙ったんだけど」
「私でも狙える?」
「ああ、GKが前に出たらいつでも狙えるよ」
「そんな、簡単なものだよ」
「でも、単なる脅しぐらいの効果しかないような……」
少しずつ質問から議論になった。
そしてそれが口論になった。
「どうしてドリブルなんだよ!」
「だって前が空いているじゃない!そこを狙わなくてどうするのよ!」
「FWにパスを出せばいいだろ?」
「FWはDFに囲まれて動けないじゃない!それをどうしろっていうのよ!」
「だから何度も言ってるだろ?FWを信じろ!パスを出せば相手が動くから突破できるって!」
「なんでそんな無茶なパスをだすの?信じられない!」
「俺は囲まれて動けないだろ?」
「だからってそんな強引なスルーパスだすの?バックパスしたっていいじゃない」
「残り時間がなかったんだよ。だからやるしかなかったんだよ!」
「体勢立て直せばいいじゃない。無理矢理FWに任せなくても」
「ゴール前でガチガチに守ってるのがわかるだろ?どちらにせよ勝負するしかないだろ!」
「どうしてドリブルにこだわるんだよ!」
「なんでそんなにパスにこだわるのよ!」
「最後はFWに任せればいいだろ!」
「FWがダメなら自分が行くのは当然でしょ!」
「FWに最高の仕事をさせるのが役割だ!」
「点をとるチャンスを作るのが一番だよ!」
こんな口論がずっと続いていた。
そして、深夜。
「……終わった……」
「……終わったね……」
公二が用意したテープの再生がすべて終わった。
テープ3本分。
議論しつくして、もう日付が変わっている。
廊下からはまったく音が聞こえてこない。
「……疲れた……」
「……ほんと……」
2人とも汗びっしょりかいていた。
熱い口論で白熱していたため、クーラーで温度調節ができた部屋でも汗をかいていた。
髪の毛が汗でしっとりと濡れている。
「……今日はとてもよかったよ……」
「……うん、よかった……」
2人とも達成感で笑顔がこぼれている。
「光の前を狙う気持ち、よくわかったよ……」
「私も、公二のパスへのこだわり……わかった……」
公二と光はお互いにほほえみ合う。
そして見つめ合う。
「俺たちのチーム……いいチームになるぞ……」
「うん、勝つチームにしようね……」
お互いに視線をはずそうとしない。
2人の顔がゆっくりと近づく。
「光……」
「公二……」
光の瞳が閉じられる。
それと同時に公二の瞳も閉じられる。
「………」
「………」
2人は寄り添うようにゆっくりと床に倒れ込んだ。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
公二と光ではスタイルが少し違うと思います。
その感覚の違いがチーム作りで命取りになりそうな気がするんです。
今回はそれを取り除く作業と、いった感じでしょうか?
さて、最後は2人はどうなったんでしょうか?
っていうか、わかりますよね(笑)
次回は翌朝になります。