第52話目次第54話

Fieldの紅い伝説

Written by B
きらめき高校の合宿4日目の午前中は紅白戦。
合宿という集中して練習する期間は、日ごとに雰囲気が変わることもあるが、今日はなにかおかしい。
グラウンドにいる全員が違和感を感じている。

それもそのはず。
レギュラー組にいるはずの望がサブ組にいるのだから。

望自身は「あはは、レギュラーから落ちちゃってね。久しぶりにサブだよ」と明るく話している。
とにかく明るい、それも『どうせ、今日限りだから』という自信がありありと見える。

昨日までの様子からレギュラー落ちはわかるが、その明るさと自信はどこから来ているのか?
一部を除いては不思議でしょうがなかった。



そんな望はサブ組が組んでいる円陣の中央で熱弁をふるっていた。

「今日はボールを奪ったら、全員前に走れ。
 ボールを操る自信がなかったら、あたしにパスしろ。
 あたしが前にパスをだすから、そこから時間を掛けずにシュートをしろ。

 とにかく最後はシュートだ。
 シュートで終わらせることが大事だ。いつも言われているだろ?

 いいか。
 相手はレギュラーだからって、弱気になるなよ。
 弱気になっていたら、いつまでたっても勝てないぞ。
 どんな相手でも全力で立ち向かわないといけないんだ。

 そうすれば、絶対に勝てる。わかったな」

望の気合いが入った言葉に他のサブ組の選手はただ頷くことしかできなかった。



そして、試合開始。
レギュラー組のキックオフで始まる。

中盤でボールを回しながら攻める隙をうかがう。
サブ組がボールを奪おうと囲もうとするが、そうなるまえにパスを回してしまう。

しかし、レギュラー組がどうもおかしい。
中央にボールを持ちたがらない。
サイドでボールを持ちたがる。
ドリブルで駆け上がろうとするが、あくまでサイド。
パスをするにも反対側に大きくパスするのが目立つ。

原因ははっきりしている。

(ダメ……怖くて近づけない……)←奈津江
(今日の望ちゃん。気合いが入ってる……)←詩織
(これは苦戦しそうだな……ちっ、サブの連中も気合い入ってるよ)←京

原因は中央にいる望だ。
中盤の底でデンと身構えている望はボールを持っていなくても存在感があった。
それは今まで以上の存在感。
近づいたら危険なのは気がついているからこそ、ボールを近くに回せない。



しかし、サイドばかりに偏っていてはいくらレギュラーでも、いつかはとられる。

「しまった!」

奈津江がサイドチェンジしようとしたパスを望がパスカットした。

「やっときたか……ほら!みんな走れ!」

望の指示でサブ組の中盤が一斉に前に走り出した。
あまりの素早さにレギュラー組の戻りが少し遅い。

望は前を見渡し、パスの出しどころを探る。

(どこにパスを送れば……あっ、あそこだ!)

望はにやりと笑った。
そして右足を大きく振り上げる。


ボンッ!


ボールは大きく右サイドの奥深く。

そこには誰もいなかった。

「追いつけるぞ!」

望の声にサブ組の右サイドの選手が懸命に走る。
レギュラー組も前からDFが一人、後ろから左サイドの早乙女が懸命に走っている。
完全なスピード勝負。

ボールはちょうどスペースが空いたところで減速する。

「やった!」

ボールはサブ組が奪った。
すぐにドリブルで駆け上がろうとしたが、

「うわぁ!」

サブの選手が倒れる。
レギュラー組の2人がスライディングでボールを奪いにきて、奪われたからだ。
ボールは一番先に起きあがった早乙女が取り、前線にパスをだして、逃げる。

「もう少しだったのに……」

サブの選手はくやしがりながらも、急いで守備につくべく起きあがって走り始めた。



今日のサブ組はいつも以上に前線していた。
やはり望がいることが大きい。

DFが奪ったボールはすべて望に集まる。
望はフィールド全体をみて、空いたスペースを探す。
そして、大きくロングパス。
主に両サイドの奥深くに正確なロングパスをだす。
他の選手は望の指示どおりに前に走っているので、ボールに追いつくことが出来る。

追いつけば、一気にチャンスになる。
駆け上がり、センタリングしてゴールを狙う。

しかし、最後はサブとレギュラーの差。
DFに阻まれてゴールが決まらない。

しかし、望のロングパスが冴えまくっていた。
昨日までは決定的場面がなく終わっていたサブ組の攻撃でなんでもチャンスを作っている。
レギュラー組の守備陣は明らかに焦っていた。



焦っているのはレギュラー組の攻撃陣も同様。

「ノゾミを敵に回すとこんなに手強いとはな……」
「京もそう思うんだ……」
「恐ろしいぐらいだ……ああ、なさけない……」
「京や詩織が抜けないのを私が抜けるわけないじゃない……私こそ情けないわよ」

ボールがゴールラインを割って、ボールが戻ってくるまでの間の時間を使って、奈津江、詩織、京が話し合っていた。

「久しぶりだよ。ノゾミのタックル食らったの」
「私も。ドリブルは自信あったのにな……」
「望、完全に立ち直ってる。しかもレベルアップして」

3人とも望から1対1でボールを奪われていた。
なんとか強引に中央突破しようとドリブルを試みたが、望が立ちふさがり奪われてしまった。
3人とも1対1が苦手ではない。
望が強すぎるのだ。

「しょうがない。望の上を越すパスで何とかするから……」
「ああ、お願い。でも、それで上手くいくかわからないけどな」
「そうね。最後は実力でなんとかするしかないわね……」
「そうだな。なんといってもな……」
「………」

3人は相手のゴール前を見つめる。

「望、ナイスタックルよ!」
「サンキュー。沙希の指示のおかけだよ」
「後半もこのままいきましょ!」
「そうだな!レギュラー組にギャフンと言わせないとな」

そこでは沙希と望が声を掛け合っていた。

「……沙希の技術ならシュートさえ打てればなんとかなるんだけど……」
「……DFがすぐに張り付いて、シュートさえ打たせてくれない……」
「……本当に沙希の指示は怖いわ、ましてや望がいるから……」

3人は思うようにいかない攻撃に頭を痛めていた。



そして試合再開。

ゴールキックからのボールが直接、京に渡る。

(ちくしょう……このままノゾミにいいようにさせてたまるか!)

熱くなった京は中央を駆け上がる。
京の視線の先には望がむかってきていた。

「あっ、京の馬鹿!詩織、サポート!」
「わかってるわ!」

詩織が慌てて京からパスを受けるコースに走る。
しかし、京はそれを見ていない。
望にむかって一直線。
それを望が余裕で構える。

「ほう、あたしを抜ける人は誰もいないよ」
「こざかしいわ!」
「じゃあ、これはどうかな……」



「……えっ……」



「……消えた……」



すぐ目の前にいた望が突然消えた。
京は慌てて周りを見る。



「ど、どこに……」


「いただき!」


「あっ……」

気がつくとボールは望が奪いドリブルで駆け上がっていた。
奪われた京は呆然と立ちつくす。



そんな京に詩織が駆け寄る。

「京!何やってるのよ!」
「あっ、シオ……」
「京、前にあれに引っかかったの覚えてないの?」
「えっ?」


「望ちゃんはしゃがんだだけよ!」


「えっ?」


「望ちゃんはしゃがんで、京が慌てて探していて足元のボールがおろそかになってるのを奪ったのよ」


「あっ……ああああああっ!」


状況をようやく把握した京はおもわず頭を抱え込む。

「ああ、そんな子供だましに引っかかるとは……不覚……」
「京が熱くなり過ぎよ。望ちゃんはそれをわかっててやったのよ」
「ううっ……やられた……」
「あれほど熱くなるなって言ってる京がなにやってるのよ……」
「……情けない……」
「ほら!またボールをこっちが奪ったから攻めてくるわよ。早くポジションに戻るわよ!」

詩織の声でようやく2人は両サイドに別れた。



結局試合は4−1でレギュラー組の勝利。
サブ組の1点は望から前線へのロングパスを受けたFWの思い切ったミドルシュートが決まったもの。
レギュラー組の4点はいずれもサブ組の疲れが見え始めた後半の終盤に立て続けに上げたもの。
それも望の頭越しにパスしたものを、詩織、京の両FWが強引にDFを振り切ってゴールしたもの。

実力差を考えればこのスコア差でも実質サブ組の勝ちと言ってもいいかもしれない。



そして午前の練習終了後。

グラウンドで望は監督に呼ばれた。

「清川」
「なんですか、監督」
「もういいから、午後からレギュラー組に戻れ」
「……はい!」

望は笑顔でこたえた。
その顔は当然とでも言いたげな自信がみなぎっていた。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
まずは、望の復活のお話です。
望は自信さえ取り戻せば、最高の技術は持っているのですから、こうなるのではと思います。

弱いチームでも強力な人が一人はいると大きく変わるってことがあるのかな?
という感じで書いてみました。

次回は光の復活の話ですね。