第57話目次第59話

Fieldの紅い伝説

Written by B
合宿もいよいよ最終日。

部員全員を前に公二が練習の説明をする。

「よし、じゃあ、最後は紅白戦だ
 合宿で学んだことを復習するつもりでやってみろ。
 あと選手はどんどん入れ替えて、コンビネーションの確認も行う。
 だから、試合をやってない人もウォームアップはしておくように。
 本番の試合でサブになった場合をイメージしてやるように」

公二の言葉に真剣に耳を傾ける部員達。

合宿前とくらべて、部員達は公二の言葉を真剣に聞くようになっている。
それだけ公二も部員達の信頼を得ることができている。

(俺の指導がこのチームにはよかったんだ、って言っていいんだよな……)

公二はこんなところでも合宿の成果をかみしめていた。



そして始まった紅白戦。

いつものように、レギュラーの攻撃陣(つまり、光とほむらと花桜梨の3人)と守備陣は別チームに分かれる形式。

ひびきの高校の戦術は合宿での公二の熱血指導で身に付いている。
守備陣もよくはわかっている。
しかし、まったく油断ができない。

3人の攻撃は合宿を通じて2段も3段もレベルアップしている。
その一番の原因は、見違えるようにパスセンスがよくなった光である。



光がパスを受ける。
−−合宿中は信頼がなく、パスさえくれなかったが今では全面的な信頼を得ている。


ボールを持っていないときでも、常に周囲の選手の位置を確認しているので状況はすでに把握している。
−−合宿前では見渡しても状況が把握できていなかった。
−−公二の指導で位置確認のポイントを習得できている。


光はすぐにパスの体勢に入る。
−−以前はパスミスが多かった。しかもパスも普通のパスばかりだった。
−−しかし、今の光は違う。
−−本能的にキラーパスのコースを探しだしていた。


そしてパスを前線に送る。
−−以前はパスに迷いがあった。だからパスも弱かった。
−−しかし、今は迷いがない。だからコースも強さもよくなっている。



FW2人も負けてはいない。

ほむらがペナルティエリアの右端でボールを受ける。
まるっきりフリーの状態でボールをもらった。
胸でトラップして、ボールを足元に置く。
−−合宿前と比べると、トラップとかリフティングとかが格段に上達していた。
−−なんだかんだいって、ほむらも全体練習の合間に練習していたのだ。


そして、相手を十分に引きつけてから、中央へ高めのパスを送る。
−−以前は無理矢理にでもシュートしていたが、今は無理ならパスをすることを覚えた。



ゴール前に高く上がるボール。
DFがボールを取りに行くが、誰よりも早く花桜梨がそこに高く飛んでいた。
−−合宿中。花桜梨はポジショニングを課題に取り組んでいた。
−−相手のマークを外す動き、DFの連携を崩す動きに磨きを掛けていた。


花桜梨はヘディングでボールを地面にたたきつける。
−−さらに自慢のジャンプ力を生かしたヘディングは正確さを増した。
−−花桜梨も光やほむらに負けない武器を合宿中に手に入れることができた。



ボールはゴール手前でバウンドしてゴールネットを揺らす。


ピピーッ!


花桜梨のところに光とほむらがゴールを祝福しにやってくる。

「ナイスヘディング!」
「ありがと」
「いやぁ、八重のヘディングは迫力があるなぁ」
「そんな……照れちゃうじゃない……」
「でも、ほむらのパスも機転が利いてよかったよ」
「う〜ん、シュートを狙ってもよかったけど、ちと無茶かなって思ったから……」


3人の連携はバッチリ。
コンビネーションも格段によくなっていた。



一方の守備陣。
点をとられた直後、DFとGKが集まって即席反省会。

「ごめん……美幸がマークを外しちゃったばっかりに……」
「しょうがないよ。サイドからも上がってきたから、そっちの対処も必要だったから」
「でも、マークの受け渡しが……美幸が声を上げなかったから……」
「ううん、受ける私も声を出さなかったから。今度からもっと声を出し合おう?」
「うん、そうだね」
「ボクも状況見て声を出さないといけなかったね。次から気をつけよう?」
「そうだね、さっきラインも崩れてたから、ラインも気をつけてやろうよ」

−−個人のレベルアップの成果か、公二の指示がなくても、ポジションの微修正ができるようになった。
−−まずくなったら、すぐに話し合って、修正する。その習慣が身に付いてきていた。



そして、試合再開。

相手GKが放ったロングボールが飛びすぎて、FWを飛び越えてしまっていた。
ボールは左サイドの美幸のところに。

「え〜と、今攻めても相手がみんな向こうだから無理だよね〜、もっと引きつけないと……」
−−美幸も試合で経験を積むに従い、冷静な状況判断ができるようになっていた。
−−その証拠にポジショニングミスで左サイドが破られることはなくなっていた。


「ん?右ががら空きだ。じゃあそっちに回そうっと」
美幸はボールを右サイドに大きくサイドチェンジして自分は前線へと駆け上がる。
−−合宿ではパスやクロスの精度の向上を課題に取り組んでいた。
−−自主練習や公二の指導もあり、みるみる技術は上達していた。


しかし、ボールは中央で奪われ、美幸は急いで戻る。
見ると、目の前には花桜梨がボールをもってパスコースを探しているところ。
美幸は迷わずタックルに行く。
「てりゃぁ!」
「きゃっ!」
美幸のスライディングした右足はボールを的確にとらえた。
花桜梨は思わず倒れてしまう。
美幸はボールを奪うと素早く立ち上がる。
「あ〜、美幸。お姉様からボール奪うなんてなんて罪作りなんでしょう〜」
「あ、あの……」
「でも、ボールよりもお姉様のハートや唇のほうが……」
「……ボール奪おうかしら……」
−−合宿前は美幸の守備はお世辞でも上手とは言えなかったが、合宿中に急成長していた。
−−合宿で特に何かしたわけではなく、他の面の成長に合わせて練習の成果がでてきたのだろう。



こうして紅白戦が続く。
レギュラーの攻撃陣と守備陣が別チームなので、自然と攻撃陣のチームの攻めの機会が多くなり、
守備陣のチームの守りの機会が多くなる。

「ふぅ〜、あの3人って、突然シュートを打ってくるからたまんないよ」
茜は額の汗をぬぐって、相手の動きを目で追っている。
−−入部してから日も浅い茜だが試合経験を積むことで、生きたボールをたくさん受けることができた。

「でも、この位置だともう少し前に出てもいいかな」
茜はDFを前にゴールから5mほど前にでる。
−−何よりも試合勘を身につけたのが大きい。
−−経験のあるなしは試合で大きく影響するからだ。


「ん!」
中央から光がミドルシュートを放ってきた。


シューーーーン!


「速い!」
ボールはまっすく茜のところに一直線にむかってくる。

「来るなら来い!」

がしっ!

茜はボールを両手と胸でがっちりと押さえる。
−−茜の長所、それはシュートにまったく恐怖心がないこと。
−−どんな強いシュートにも全く恐れず果敢にキャッチしにいく。
−−思い切ったキャッチングは合宿中に磨きがかかった。




しかし……




「えっ……うわぁ!」




ぼふっ




気がつくと、ゴールの中にはころころと転がるボールと、
ゴールネットに倒れ込んで目を回している茜の姿があった。



「………」
「………」

グラウンドが一瞬にして沈黙した。

視線はシュートを放った光に集まっていた。

「な、なぁ……今、ビームが走らなかったか……」
「目に太陽の光が入っただけだと思ってたけど……そうじゃないみたい……」
「しかも、キャッチした茜が吹っ飛んだ……」
「5mぐらいあったでしょ?……すごすぎる……」

横をボールが通り過ぎるのを見た、ほむらと花桜梨が驚いている。
他の人もざわざわとしだした。
夢かと思ってお互いのほっぺをつねっている2人組もいる。
シュートの様子を擬音を駆使して表現する1年生もいる。

それだけ、あまりに衝撃的なシュート。

「よし、じゃあ午前はこれで終わりだな、じゃあみんな集まって」

公二がこう言うまで、グラウンドは騒然としていた。



「じゃあ、午後は軽くランニングとストレッチで……ん?」
「主人。聞きたいことがある」

今の紅白戦の総括のあと、午後の練習のスケジュールを言う公二。
そして一通り言い終わったところで最前列にいたほむらが口を挟む。

「なぁ、さっきの陽ノ下のシュート……説明はなしか?」
「えっ?」
「あのシュート……おまえに関係があるんだろ?」
「………」

公二は口をつぐむ。
顔もきょろきょろしだして、どうも言いたくない雰囲気。

「陽ノ下が独自であんなシュートを開発できるわけがない。陽ノ下、そうだろ?」
「う、うん……」

光は照れくさそうな表情をほむらに見せながら返事をする。
ほむらはそれをみて何か納得したような表情になる。

「やっぱりな……じゃあ、主人。説明してもらうか」
「………」
「チームとしてあのシュートを生かさない訳にはいかないからな……」
「わかった……」

公二は観念して事実を言うことにした。


さっきのシュートは元々公二が中学時代に開発したもの。
ただ、このシュートのうちすぎで公二は右足を怪我してしまった。
光のシュートは茜を吹っ飛ばすほどの破壊力があるが、足にかなりの負担を掛ける。
練習ではあまり打たせたくない。
本番の試合でも1試合で1回が限度、それ以上は保証が持てない。


詳細は言わずに簡単にこんなことを言った。



その公二の話を聞いて、腕組みをし、うんうんと自分で納得して頷くほむら。

「な〜るほどね。つまり、後半の終盤の大事な場面でしか使えないってことか?」
「そういうことになるな……」


「ふ〜ん、じゃあ試合でお目見えするのはめったにないな」


「えっ?何で?」


「決まってるだろ。あたしと八重がそれまでに試合決めちまうからさ」


「えっ?」


「八重。そうだろ?」


「そ、そうね……」


ほむらの押しにただ肯定するしかない花桜梨。


「そういうわけだ。主人、安心しろ」
「そう言ってくれるとありがたいけどな……」
「なぁに。合宿であたし達全員が上手くなったんだ。もう明日から本番でも大丈夫だぜ」
「そ、それは言い過ぎじゃないか……」
「あ、確かに言い過ぎだな、にゃはは!」

ほむらの笑い声がグラウンドに響く。



(でも、会長がそう言ってくれると嬉しいな……)

ほむらの言うとおり今年の合宿は大成功に終わった。
全員の技術の向上と、チーム全体の戦術のマスターがその成果だ。

他の部員達も合宿での達成感で笑顔が並んでいる。

(初めての合宿での指導……自分でも100点……つけていいのかな……)

公二もさっきの紅白戦でそれを感じ取っており大満足だった。



こうしてひびきの高校女子サッカー部の夏合宿の練習は大成功で終わった。

あとは、夜、大騒ぎするだけだ。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
夏合宿も大成功に終わりました。
それぞれがそれぞれに成長したようで、全員が大満足のようです。

ひびきのの合宿の模様はまだこれで終わりません。
最後に書いてあるように、夜にまた何かが起こります(笑)

それは置いておいて、次回はきらめきの合宿の成果です。