第58話目次第60話

Fieldの紅い伝説

Written by B
きらめき高校での合宿も最終日。

最終日のお昼にお客様がやってきた。
そのお客様はバスで学校にやってきた。
奈津江、詩織、望の3人が出迎える。

「皆さ〜ん!お疲れさま〜!」
「あっ、鞠川キャプテン。出迎えありがとう」

やってきたのは、自分たちと同じジャージ姿の男子生徒。
そう、男子サッカー部が合宿先から戻ってきた。
男子は隣の県にあるサッカー専用の合宿所で合宿を行ってきた。
そこには他の高校も合宿をしており、練習試合も何回も行ったそうだ。

男子も充実した合宿だったようで、バスから降りてくる部員達は全員さわやかな表情だ。
……ただ、バスの中でぐっすり寝ていて、寝起きが気持ちいいだけかもしれないが。

「じゃあ、さっそく男子宿泊棟に荷物置いてからグラウンドに行くから、準備よろしく」
「「「お待ちしてま〜す!」」」

3人が元気よく返事をして、男子が宿泊棟に入るのを見送る。



見送ったあと、3人はグラウンドにむかう。
時間はあるので、急がずゆっくりと3人並んで歩いている。

「奈津江、男子も結構たくましくなってるのかな?」
「望、私もそんな感じがした。いい合宿だったんだろうね」
「そうみたいだな……あれ?詩織?」
「………」
「なに、ぼ〜っとしてるのよ!」


バシッ!


奈津江は返事もしない詩織の頭を思いっきり叩いた。

「痛い!奈津江ちゃん!何するのよ」
「どうせ、公人君と感動的な再会をしたかったけど衆人の目があるから、見送るしかなかった……ってとこ?」
「………」
「なんだよ。そんなに顔真っ赤にしちゃって……」
「図星みたいね……呆れた……」

顔を真っ赤にする詩織に望と奈津江は呆れてしまっていた。



午後は毎年恒例で男女合同の練習となる。
お互い別々に合宿をしているが、最後にその成果を披露しあうことになっている。

それが紅白戦である。

男女の実力差からいって、毎年3点から5点ぐらいの点差がつく。
そこで、ハンデ点を決めて、それより点差がつけば男子の勝ち、それより少なければ女子の勝ちとなる。
このハンデは毎年それぞれの監督が競技して案を出し、それを最終的にキャプテンが決める。
それぞれが合宿での成長具合を把握しながら話し合う。

紅白戦と言ってもただ勝ち負けを決めていたのでは真剣味が沸かない。
そこで、毎年負けた方が夜の打ち上げ会の準備をする罰ゲーム?が恒例になっている。
しかも、罰ゲームは試合に出た人とベンチ入りメンバーだけでやることになっている。

嫌が上でも真剣になる。



試合前、センターサークルで両キャプテンがハンデの打ち合わせを行っている。
両監督が提示したハンデ点は「2」。
3〜4点ぐらいが平均の最近ではもっとも小さいハンデ点だ。
男子の実力というよりも、女子の実力を反映させたものだ。

両キャプテンもこれに納得して試合開始……とはいかなかった。

これに口を挟んだ人がいた。

京である。


「なんだよ。あたしはハンデなしで十分だ」
「き、き、京!な、何てことを!」


後ろから口を挟んだ京に、奈津江は目を見開いて驚く。
そんな奈津江を無視して、奈津江の肩越しに男子のキャプテンに尋ねる。

「どうだい?ハンデなしでやらないか?」
「………」

男子のキャプテンも考え込んでしまう。
当たり前だ。

ハンデを下げることはこっちにとってはありがたい。
しかし、ハンデを下げるのを認めるということは、それだけ自分たちは点が取れないと言っているようなものだ。
明らかに自分たちのプライドを傷つける行為だ。

しかし、女子の急成長と実力は男子もよくわかっている。
「2」というハンデは監督がそれを認めている証拠だ。

色々なことをキャプテンは考える。

そして30秒ほどで出した結論。

「わかった。「1.5」だったら、手を打とう」
「ほう、後悔するんじゃないよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと!」

もはやキャプテンと京の会話になっている。
奈津江は2人の顔をみておろおろするばかり。
結局、ハンデ点「1.5」で交渉成立した。



もちろん、女子が組んだ円陣内では大ひんしゅく。

「ごめん、みんな……あたしが止められなかったばかりに……」
「京!なんでそんな取引したのよ!」
「シオ、大丈夫だって。あたし達なら絶対に勝てるって」
「ま、まあ、確かにこのチームなら勝てるかもしれないけど……」
「そうだろ、ノゾミ?」
「まあな……」
「う〜ん、燃えてきたわ!この不利な状況に立ち向かうのが青春よね!」
「サキさん。目がアブナイです……」

不安な人大半。多少なりとも自信がある人少し。なぜか燃えている人1人。

今の女子の心境はこんな感じになっている。



そういうわけで紅白戦が始まった。

女子のキックオフで始まる。


ピピーッ!


笛の音で詩織が、センターサークルの後ろにいる奈津江にパスする。
パスした詩織と隣にいた京はまっすぐ前に走り出す。

パスを受けた奈津江も後ろにいる望にパスして自分も前に走る。
両サイドや望の隣にいたパットも前に走る。

センターラインの少し後ろでボールを持った望の前には味方が6人いる。

望が軽く前を見渡すと、すぐに大きく右足を振りかぶる。


ボンッ!


望は右サイドの奥に大きくボールを蹴り上げた。

ボールはちょうど右サイドの神戸の足元に落ちた。



「ナイスパス!……うりゃぁぁぁ!」

神戸はバンドしたボールを左足で押さえると、ドリブルで突破を計る。
サイドラインすれすれのところを巧みにボールコントロールし素早いドリブルを展開する。

しかし、すぐにサイドのMFがもうダッシュで横から迫ってくる。
前からはDFがドリブルのコースを消しながら迫ってくる。
このままでは追いつかれる。
神戸はすぐに周りを見る。

神戸の視界の端から動く影が見えた。
神戸はぎりぎりまで相手を引きつける。

「頼むよ!」


ポン


「!!!」
「しまった!」

ボールは2人の間をすり抜ける。

そしてボールは後ろから猛ダッシュで通り過ぎたパットの足元に。

パットはフリーの状態で右サイドのゴールラインまで走り込む。



右のサイドラインから10mほど。
ゴールラインから5mほどの場所でパットは止まる。

(ここからではシュートはムリですね……)

すでにゴール前ではDF2人がシュートコースを消している。
さっき抜いた2人も後ろから来ているため、バックパスも無理。

(ここはセンタリングですね!……あっ、あそこデス!)


ボンッ!


パットは素早くボールはゴール前に上げる。



ゴール前に高くあがるボール。

攻撃も守備側もボールに狙いを定める。
守備側はDF2人とGK。
攻撃側は詩織と京の2人。

そしてそのために予想する落下点の下の位置を奪い合う。
腕を伸ばし、足を出し、ファールにならないように強引に場所を奪う。

徐々に近づくボール。

近くの選手が一斉にジャンプする。

ボールが近づいてきたが……



「「えっ!」」



ボールが突然左にカーブする。
ボールはゴールから離れていく。

驚いたのは男子だけ。
詩織と京はニヤリとほほえむ。


そこに後ろから飛び込んでくる影。


「いただき!」


奈津江が後ろから飛び込むようにジャンプしてきた。
ボールは奈津江の頭にどんぴしゃり。

そのままボールはゴール左隅に。


ピピーッ!


なんと女子がファーストアタックで先制点を上げてしまった。



呆然とする男子をよそに、女子が奈津江の周りに集まって先制点を祝福する。
奈津江にハイタッチをして祝福する。
バスケ流のハイタッチが女子のスタイルだ。

「ナイスヘディングよ、奈津江」
「ありがとう。しかし、京。作戦成功ね」
「当然だ。どうせ男子は余裕ぶってるから、ゴールなんて簡単だって言っただろ?」
「するどいな。後ろから見ていたけど、これからエンジンを掛けるって感じだったもんな」
「そうだろ、ノゾミ?あたしの予想どおりだったな」


「しかし、パット。あのセンタリングはすごい曲がりだったよね」
「シオリさん。実はちょっと曲げすぎちゃいました……」
「やっぱり、タイミングバッチリだと思ってたのに、おでこに当たって痛いのなんのって……」
「スイマセン……」
「パット、いいっていいって」
「そうそう。奈津江ちゃんなんて芹沢君に傷を舐めてもらえばなんでもすぐに治るから」
「こらぁ、詩織!」


試合前の緊張感はどこへやら。
すっかり緊張感はほぐれてエンジン全開のようだ。

そんな女子達に神戸の高い声が響く。

「みんな!男子がもうキックオフしようとしてるよ!」
「あっ、本当だ。留美ちゃんありがとう」
「キャプテン。右サイドにどんどん回してくださいね。私がどんどん突破しますから!」
「OK!」



試合再開された。

今度は男子の攻撃。
女子が2人3人でプレスをかけるが、そこは男子対処はできている。
プレスをかける前にパスを回してしまう。
自分たちを動かず、パスを回すことで相手を動かす。

今年は女子のプレスのかけ方は早くなっているが、やはり男子のほうが動きが上だ。

危なげなくパスを回し、少しずつ前に進みながら、最前線へボールをだす隙をさぐる。



そしてボールは中央へ。
場所はセンターサークルから15mほど前。

ボールは最前線から後ろに下がってきてボールを受けた1年生FWの沢渡。

(ここから高見先輩に……)

沢渡は最前線でDFのマークを必死に外しながらボールを待つもう1人のFWの高見に渡そうと考える。

(がら空きだ!)

そこで前がぽっかり空いたスペースにパスを出そうとする。
沢渡は迷わず前にパスを出す。

「えい!」


ボンッ!


しかし、そのパスコースが突然遮られた。


「えっ!」


「ヒッカカリましたね♪」


「あっ……」


パットがパスをインターセプトしていたのだ。
わざとパスコースをあけ、そこにパスするのを狙っていたらしい。



呆然と立っている沢渡。
余裕の表情のパット。
そのパットが突然前に倒れる。

「きゃっ!」

「まったく……取られたらすぐに動け!」

「は……はい!」

パットの後ろから高見がパットのボールを奪ったのだ。
高見は沢渡を一喝するとすぐにゴールに向き直りドリブルで前にすすむ。



そしてあっという間にペナルティエリア前。

シュートを狙う高見の前に望が立ちふさがる。
高見はドリブルで望を抜こうとするが抜かせられない。
1対1で争いながら、話をする2人。


「あたしは男子相手でも抜かせないよ」

「ほう、やれるならやってみなよ」

「抜かれて詩織に馬鹿にされても知らないよ」

「なっ……」


高見の動きが一瞬止まった。
高見は詩織の幼馴染みでもあり今は恋人なのだ。
望はその隙を逃さなかった。


「隙あり!」


高見の足元で止まったボールを望は外に大きく蹴り出す。


「清川!詩織の名前使うなんて卑怯だぞ!」
「へへ〜んだ。勝てばいいんだよ」
「ちくしょ〜」


高見が文句を言うがもう遅い。
高見は悔しがりながらボールを奪いに走っていく。



こうして紅白戦の前半が進んでいく。

スコアは1−1

男子の得点は、前半終了直前、女子のファールで得たフリーキック。
ゴール前の競り合いのこぼれ球を高見がけり込んだ点だ。
最初は女子の勢いに押されていた男子だったが、徐々に実力の差を見せ始めて、終了直前は男子が攻めっぱなしだった。
しかし、中盤でパットと望にことごとくボールを奪われてなかなか点に結びつかない。



そして後半が始まる。

男子、女子とも何人か選手を入れ替えて始まる。

ここで流れが一気に変わった。

変わった原因は後半から入ってきたGKの沙希だ。

後半開始から沙希の指示がDFに行き渡る。


「逆サイドにいるよ!サイドチェンジに気をつけて!」

「真ん中の人数が足りないわよ!カバーお願い!」

「マークの受け渡しに注意して!」

「ロングボールを狙ってるわ!飛び出しに注意して!」


沙希の的確な指示で男子の動きが止まってしまった。
沙希のGK技術はまだまだ発展途上だが、このDFへの指示は最高だ。
マネージャー稼業で身につけた注意力と視野の広さが沙希の一番の武器だ。

中盤は既に男子が支配している。
しかし、最終ラインは沙希の指示で男子の付け入る隙がなかなか見つからない。

組織力ではなく個人技で突破しないと難しい情勢になっていた。



このまま行けば、後半はどちらも点が入らずに終わりそうだがそうは行かなかった。


ピッピッピーッ!


試合が終わった。

スコアは1−3。
後半10分頃に男子が2点立て続けに点を入れた。
ハンデは1.5なので男子の勝ちとなった。



試合終了後。

「あ、あぶなかったぁ〜」
「下手したらサシでも勝てなかった……ああ、恐ろしい……」
「ちょっとやばかった、中盤で勝てなかったらやばかった……」
「いや、序盤で相手を走らせて疲れさせなかったらどうなってるやら……」
「油断大敵だな……」

喜ぶというよりも、勝ててほっとした様子の男子。
集まって喜びを分かち合うというよりも反省会の雰囲気が混じっている。



一方、勝てた試合を落としてがっくりしている女子。

「ああっ……勝てたのに……ノゾミ、そう思うだろ?」
「京の言うとおり、勝てたのに……すごく悔しい……」

「公人の馬鹿……手を抜いてもいいのに……」
「こらこら、それを言っちゃあいけないわよ」
「でも奈津江ちゃん。あのゴールの喜び方は大人げないわよ」
「はいはい、それは家に帰ってから言ってちょうだい」

「ごめんなさい!ごめんなさい!みんな私が悪いんです!」
「虹野先輩!そこまで謝らなくても……」
「でも、でも……」


鉄壁の守備が崩れた原因は実は沙希だった。
その理由とは……


「でも、先輩らしくないれすね。彼に見とれて高見先輩を見失うなんて……」
「うわぁ〜、優美ちゃんそれは言わないでぇ〜」

「でも、優美の言うとおりね。沙希なら公私混同しないと思ってたのに……」
「ごめんなさいキャプテン!私の精神修行が足りませんでした!」

「でも、虹野先輩の指示に頼り切っていた私たちも問題なわけで……」
「みのりちゃん。かばってくれなくていいから……」

後半10分頃に沙希の指示がとぎれた瞬間があったのだ。
沙希が1人の選手に見とれてしまい、止まってしまったのだ。

その相手は後半から入ってきた控えの司令塔。
実は沙希の彼氏。
(このことは男子では極秘、女子では公然の秘密になっている)

初めて真正面から見る彼の雄志に見とれてしまい、裏で動いていた高見の動きを見落としていたのだ。
DFも沙希の指示がないことで油断していたために、簡単に最終ラインの裏を取られてゴールされた。

さらにゴールされて沙希が動揺しているうちに、コーナーキックから点を入れられてしまった。
そのゴールも動揺したままの沙希のポジションミスが原因だった。

これ以外は男子をほぼ完璧に抑えていただけに沙希は責任を重く感じてしまっていた。


「打ち上げの準備は一生懸命ご奉仕させていただきますので、どうかお許しを……」
「サキ、もういいから……点を入れなかったアタシも悪かったから」


必死に頭を下げて謝る沙希に、京が止めるまでにかなり時間がかかってしまった。

こうしてきらめき女子サッカー部の合宿の練習はすべて終了した。



そして夕方。
女子のレギュラーとベンチ入りメンバーが罰ゲームとして打ち上げの準備をしていた。

お菓子やジュースの買い出し。
簡単なおつまみの料理。
スイカを冷やして切る作業。

自分たちだけならいいが、男子の分も用意しなくてはならない。
しかもどちらも食欲旺盛な高校生。量は半端ではない。
罰ゲームになるくらいだから、その量は想像に絶する。

そんな中、奈津江と望がおつまみの枝豆を作る作業を一緒にやっていた。
ちゃんと鍋で塩ゆでする本格的な作業。
量的は大変だが会話はするぐらいの余裕がある。

「ねえ、望」
「奈津江、なんなんだ?」
「あたし達、男子と互角の勝負ができたんだよね……これってすごいことなんだよね」
「まあ、男子がすこし手を抜いていたっぽい感じもあったけどな」
「でも、後半は必死だったよね」
「男子をマジにさせただけでもあたし達の勝ちって言っていいかもな」

「望……全国優勝できるよね」
「ああ、あたしもこのメンバーで優勝できると思ってる」
「でも、まずは県予選……頑張ろうね……」
「うん……」

紅白戦には負けたが、大きな自信を得た女子サッカー部。
いよいよ創部以来の悲願である全国制覇が見えてた。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
きらめきも大成功に終わりました。
近年では最高の出来のチームで自信も深めたようです。

次回はきらめき合宿の最後(の予定)。
あの方のつぶやきのお話です。