第59話目次第61話

Fieldの紅い伝説

Written by B
きらめき高校サッカー部の最終日の夜はどんちゃん騒ぎだ。
合宿所は女子だけでなく男子も来ている。
男女合同の打ち上げが終わったあとは、それぞれ親しいグループで集まっての2次会。

監督は見て見ぬふりのまさに無礼講。
それぞれの合宿の話を肴に大いに盛り上がる。
銀色の缶がちらほらと見受けられるがそこはご愛敬。

高校生らしい?合宿の夜をすごしている。



「ふ〜ん、大変だったんだ」
「そうよ。最悪チーム分裂の危機だったのよ」
「詩織はなにかしたのか?」
「何もできなかった。それが悔しくて……」
「まあ、またチームに協力できることもあるさ」

そんな喧噪から離れてロビーのソファーで二人っきりで話している男女2人。
高見公人と藤崎詩織の両11番カップルである。
2人は幼馴染みでもあり、成績優秀の文武両道でもあり、学校でもベストカップルの一つに数えられるほど。
2人は2年の春過ぎに正式に恋人となった。
男子女子の両サッカー部内では、2人の恋人になるまでの長い道のりと、そのあとのアツアツぶりは有名である。

今はソファーに並んで座っている。
2人の腕や肩がぴったりくっつくぐらいの並びである。

2人は騒ぎからこっそりと抜け出して甘い語らいをしているところであった。



しかし、そんな甘い時間は15分あれば長いほうだ。
こういう場面はすぐに見つかってしまう。

「お〜い!公人!そんなところにおらずにこっちにこい!」
「詩織!な〜にそこでベタベタしてるのよ!」
「げっ、もう見つかったのか」
「な、奈津江ちゃん!顔が赤いわよ!」

男女の両キャプテンがなぜか肩を組んでロビーにやってきた。
大声で叫んでいるので周りに聞こえまくっている。

そして到着した両キャプテンが2人を無理矢理立ち上がらせる。
話を無理矢理遮られた詩織は不機嫌だ。

「し〜お〜り〜。こういう話は彼のベッドでしなさ〜い!」
「奈津江ちゃん……男と肩組んでたって、芹沢君に言ってあげようかしら……」
「な、な、なっ、こ、こら!し、詩織!」

詩織の反撃に慌てる奈津江。
その慌てようが妙に異様だと男子2人は気がついた。
今までの奈津江と比べてどうも変。
なにかあると思うのは当然のこと。

「えっ?鞠川、芹沢となにかあったのか?」
「なっ、なっ、何もないわよ!」

「怪しいなぁ。詩織、何かあったのか?」
「う〜ん、ご本人に聞いたら?」
「詩織!」

「決まり!そうと決まったら事情徴収だ!」
「あれ?久遠寺とかもそっちにいるんだろ?」
「ああ、一応な」
「じゃあ、証人もいるわけだな」
「あわわわわわ……」

「じゃあ、がんばってねぇ〜」
「詩織のうらぎりもの〜」
「いいじゃない。どうせ直にバレるわよ」

「じゃあ、先に連れて行くからすぐ来いよ」
「わかった、でも私はもう少し涼んでから行くわ」

こうして男子2人は奈津江の両腕を抱えて2次会会場に連行してしまう。

詩織は3人の背中をじっと見送っていた。



ロビーには詩織が一人きり。
詩織はまだ飲みかけのお茶の缶を飲みながらロビーにある、扇風機で涼んでいる。


あ〜あ、奈津江ちゃんも災難ね。
でも自業自得よ。

私が公人とシちゃったの、男子にばれた原因は奈津江が言いふらしたからよ!
女の子のロストバージンを他の男子に知られるってどれだけ恥ずかしいか思い知るがいいわ!

でも、合宿中、奈津江ちゃん、幸せそうな顔してたわね。
やっぱりあのころの私もそうだったのかな?


でも、さっきの公人の背中……大きかったなぁ……


……


私、いつの頃から公人の背中を追いかけていたんだろう……



公人とは家も隣だったこともあり小さい頃から一緒だった。

小学校に行くのも一緒。
外で遊ぶのも一緒。
おやつ食べるときも一緒。
お風呂もよく一緒に入っていた。
そして、よく一つのお布団で一緒に寝ていた。

あのころは、公人は私の隣にいた。
私の側にずっといた。

手をつないで一緒に並んで歩いていた。
お互いの家の中でも手をつないでいた。
そして一緒に寝るときも手をつないでいた。

お母さんもおばさんも「この子達は双子以上にくっついてるわ」って笑ってたわ。

本当に無邪気だったのね。



でも、小学校も高学年になったころかな?
私たちは少しずつ離れていった。

今思えば思春期に入ろうとしてた時期だし、お互いに異性が隣にいるのが恥ずかしかったと思う。

でも不思議ね。
あれだけ一緒にいたのに簡単にそうならなくなるなんて。

さすがにお風呂やお布団は私も恥ずかしかったけど、
一緒に学校にも行ってくれないようになっていた。

私が誘っても、公人は何も言わずに先をてくてく歩いてしまう。
私は懸命に追いかけていく、それも公人に迷惑がかからないように少し距離を保ったまま。
これが私たちの日課になっていた。


……このころだ。私が公人の背中を追いかけるようになったのは。



いつも一緒だった公人が離れていく。
学校とかでは一緒の時はあったけど、昔に比べれば一緒の時間はまったくなくなっていた。

こんなに悲しいことはなかった。


そして中学に入ったとき。
私はこの悲しい気持ちの正体に気がついた。


それは私は公人が好きだということ。



「なんで、ナオトのコトが好きなんだ?」
って京によく聞かれる。

でも、私は京にうまい答えがまだ返せない。

だって、公人が好きな理由で「公人が……だから好き」というのなんてないから。
確かに、公人はやさしいし、頭もいいし、かっこいいし、男らしいし……
でも、それが一番の理由じゃない。


私は公人だから好きになったの。


昔から自分の側にいてくれた公人。
もう公人は私の体の一部になっていた。

本当の私を知ってくれている公人。
私の心を知り尽くしている公人。
そんな公人に私は子供の頃から惹かれていたのだとおもう。


このことを奈津江に話したらものすごく納得してくれた。
「私も同じ」だって。

でも、公人に話したら、
「あのころの詩織の気持ちなんて分かんないよ。わかればあのころの俺は悩んでないよ」
だって。うふふふ。



中学になってからも私たちの関係はまったく変わらない。
毎朝、私は公人の背中を見ながら登校する毎日。

そして公人はサッカー部に入り、私はバスケ部に入る。
学校の中でも接触がなかった。

せいぜい回覧板を回すときに顔を合わせる程度。

もう、1日中、公人の背中を見ているだけになった。

その間も公人はサッカー部でめきめき実力をつけて、学校でも人気がでてくる。
勉強も徐々に上がってきている。


これでは駄目だ。

私はあの背中に追いつきたい。

その一心で部活も勉強も頑張った。

公人に私を見て欲しい。

また公人と一緒に並んで歩きたい。

公人にとって私が一番の女の子だって思ってほしい。
自分が輝けばきっと公人は私を見てくれるはず。



頑張ったせいもあって、バスケでは県大会で優勝したし、勉強も常に学年一位になった。
友達も増えたし、それなりにおしゃれにも気を遣うようになった。
でも、私と公人の距離は全然縮まらなかった。
確かに一番になった。
でも公人にとって一番になったどうかはわからないまま。



そしてそのままきらめき高校に入学。
入学した時も私は公人の背中を見続けていた。

私は悩んだ。

このままでは私と公人は何も変わらない。

何かを変えなければだめだ。
悩みに悩んだ末、私はふと気がついた。


確かに私は頑張っている。
しかし、それからは公人が近づいて来るのを待っているだけではないか。
それでは変わるわけがない。


だから、決めた。
今度は私から公人に近づく。
あの背中に近づくって。


そう思って、まったく未知の世界だった女子サッカー部に入った。
バスケを捨てて、公人と同じサッカーの世界に飛び込むのを決意するのに一週間もかかった。



私は本当にラッキーだった。
私の周りには本当に素敵な友達がたくさんいたから。
今、思い返せばそう思う。

私のわがままに京が黙ってつき合ってくれた。
京がいたから、私はがんばれたと思う。
本当に京には感謝している。
本人を前にしてはいえないけどね。

奈津江の存在も大きかった。
幼馴染みとの恋って同じ悩みを抱えてて、お互いに励ましあいながら頑張ってきた。

望や沙希ちゃんにも助けられた。
慣れないサッカーの世界で戸惑っているときに、何度も教えてくれ、助けてくれた。



サッカーで実力をつけていくに従って、公人との距離も縮まってきた。

中学の時にはまったくなかった会話をするようになった。
デートもするようになった。
何年かぶりに一緒に学校に行くようになった。

そして……

夏休み直前。

とうとう公人の背中を捕らえられた。



場所は公人の部屋。

公人と私は公人のベッドの上。

お互いに何も着ていない。
何も隠さない、体だけではない、心も隠さず見せ合った。

初めてだったのに不思議と怖くなかった。
だって、こうなることを望んでいたのだから。

そんな私を公人が大切に扱ってくれた。
痛みも思ったよりもなかった。
痛みよりも幸せでいっぱいだった。

そして、私がずっと追いかけていた背中は私の手のひらとくっついている。
愛し合ったあと、抱き合いながら思ったことは「ようやく追いつけた」ってこと。



そのとき、私の心を読んでいたのか、公人が予想外のコトを言った。


「ようやく詩織に追いつけた」


えっ?って私が驚いた。
だって、追いかけてたのは私よ?どうして公人が?

すぐに公人が私に教えてくれた。

「小学校の高学年頃から、詩織が急に綺麗になって……
 いつの間にか俺では近づけない存在になっていて……

 一方の俺は勉強もスポーツも中途半端……

 これでは詩織の横には並べない。
 そう思って、中学に入ってからサッカーも部活も頑張るようになった

 でも詩織はもっと輝いていて……
 ならば、詩織に追いつけるように頑張ろう、
 詩織に振り向いてもらえるように頑張ろう。

 輝いている詩織の背中に少しでも追いつけるようにって毎日考えていた。

 ……時間がかかったけど、ようやく追いつけた。
 ずっと追いかけていた詩織の背中が今ここにある。

 俺……今、ものすごく感動してるんだ……

 俺にとって一番の女の子は小さい頃からずっと詩織だよ……」

照れながら私に教えてくれた。



なんのことはない。
私たち2人がお互いに勘違いしていただけ。

お互いの気持ちに気づかないまま、お互いに追いかけっこしていただけだった。


そういえば昔読んだ童話で似たような話があったわね。

たしか、黒人の子供が虎に追いかけられてて、
いつの間にか、4匹の虎が木の周りを追いかけ続けるって話。


子供のころ読んだときおかしくて笑っていたけど、今の私たちもそんな滑稽な恋愛してたのよね。

確か童話だと、その虎はバターになっちゃったんだよね。


今の私たちもこうしてベッドの上で一つになって溶け合っている。

最後まで私たちはこの童話の虎と同じだったのね。



確かに滑稽な恋愛だったのかもしれない。
でも、この間恋愛以外でたくさんのものを手に入れた。

お互いに影響し合える大切な友達。
勝つことが楽しくなってきた部活。
知れば知るほど興味が増す勉強。

だから、後悔していない。むしろ堂々としていたい。



でも、どうしよう?
最大の目標だった公人に追いつくことができた。
でもこれから何を目標にしようかな?

だって、たくさんあるんだもん♪



サッカーで優勝すること。

受験で一流大学に入ること。

京の彼氏を作ること。

そして公人のお・よ・め・さ・ん♪



今度はどれも頑張りたい。

公人を追いかけることで「頑張る」ということのすばらしさを知った。
それをこれからも続けていきたい。

「頑張る」ことで公人も私もここまで成長することができた。
これからはお互いに刺激し合っていきたい。
2人並んで一緒にね♪




「こらぁ!詩織!いつまでそこにいるのよ!」

詩織の回顧は大きな声で終わりを告げた。
奈津江が詩織の首もとをわしづかみして持ち上げた。
奈津江の顔がさっきよりも赤くなっている。

「奈津江!」
「詩織のおかげで、私は散々な目にあったわよ!」

「そ、それで?」
「今度は詩織の番よ!」

「わ、私!」
「私も沙希もしゃべっちゃったわよ!」
「ええっ!沙希ちゃんも!」
「それに詩織の旦那も!」
「だ、旦那って……ええっ!公人も!」
「そう!だから来なさい!」
「そ、そんなぁ〜……」

二次会の会場では、恋愛大告白大会になっているとは思ってもいなかった詩織は戸惑いしきり。
詩織は奈津江に連れられてしまった。

こうして夜は更けていく。

しかしサッカー部の夜はまだまだ続く。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
きらめきの合宿はこれで終了です。

最後は詩織ちゃんの一人称のお話でした。
ここでの詩織の恋愛がぜ〜んぶ書かれています(笑)

詩織の恋愛っていろいろな形があるのですが、こういう形もあるのかな?と

次回はひびきのに戻ります。