第61話目次第63話

Fieldの紅い伝説

Written by B
夜9時頃。

「は〜あ、早く風呂に入らないとなぁ。資料の整理もまだだしなぁ……」

公二が洗面道具を持ちながら廊下を歩いている。
目的地は風呂場。
打ち上げにつき合いすぎて風呂に入るのが遅れてしまっていた。

「え〜と、男湯はこっちだな……」

公二は表札を確認すると男湯に入っていった。



それから10分後。

「もう!こっちはお風呂に入らなきゃなのに、美幸ちゃんったら何で今頃聞いてきたんだろう?」

こちらもお風呂に入りそびれている光だった。
シュート名を決めてから風呂場に向かったのだが、その途中でなぜか美幸にドリブルに関する質問をされた。
親切に教えているうちに時間がさらに過ぎてしまっていた。

「女湯はこっちだよね……すぐに入らないと!」

光も表札を確認すると風呂場に入った。
光はお風呂に入ることに夢中だった。
周りをよく見ずに手早く服を脱ぐと湯船に向かって走っていった。



一方、公二はというと。

「はぁ〜、やっぱりここのお風呂はいいなぁ……はぁ〜、これが独り占めなんてたまんないなぁ……」

湯煙が溢れる湯船にゆっくりと入っていた。
男は自分と総監督の2人きり。だから男湯をほぼ独り占め状態で使っていた。

そんなとき。


ざぶん!


「えっ?なんで音が?……誰だ?」

一人きりのはずの湯船に湯に入る水音がした。
湯煙の中を探してみると、小さな人影が見える。
徐々に湯煙が薄くなる。

するとそこには。



「ひ、光!」
「こ、公二……きゃぁぁぁぁ!」



公二の瞳孔の裏にはタオルを首に掛けて立っている光の姿がはっきりとインプットされた。



公二は慌てて体を反転させ、光に背中を向ける。
光はタオルで急いで胸を隠して湯船に入る。
そして公二に背中を向ける。



お互いに背中を向けあったまま罵倒しあう。

「公二!なんで女湯にいるのよ!」
「光こそなんで男湯に来るんだよ!」
「えっ?私は女湯って確認して入ったわよ」
「俺だって男湯って確認して入ったぞ!」
「???」
「???」

わけがわからない2人。
どうやら2人とも嘘はついてないようだ。



そのころ、問題の風呂場の前では。

「いやぁ、見事に成功したな」
「うんうん!美幸の足止め演技が上手かったからかなぁ〜?」

ほむらと美幸が廊下から中の様子を見てニヤニヤしていた。

「これで主人と陽ノ下が混浴状態だな」
「これで『既定事実』が起こればいいんだけどねぇ〜」
「馬鹿、こういうのは『既成事実』って言うんだぞ」
「あっ、そうだった。う〜ん、美幸も勉強不足だなぁ〜」
「しかし、陽ノ下もずっと主人の側にいるんだから、誘惑しちまえば、あたしたちがこんなことしなくてもいいのに……」

すべてはほむらと美幸がしくんだ罠だったのだ。

公二が風呂場に入った直後に、男湯と女湯の表札を入れ替える。
ほむらが表札を入れ替えるのがばれないように、美幸が適当な理由で足止めをさせる。
うまく光が風呂場に入れれば混浴状態。
すでにみんな風呂に入っており、確実に二人っきりの状態。
そこで高校生の若い性が暴走して『既成事実』が起これば恋のレースは終わったも同然。

主人と陽ノ下のことを心配しているほむらに美幸が悪知恵?を入れたのだ。

「しかし、寿。そちもワルよのぉ」
「いえいえ、お代官様。そちらこそワルではこざいませんか」
「あはははは!」
「あはははは!」

してやったりの2人。
そのまま中の様子を見守ることにする。



「………」
「………」

色々言い合ったが、しばらくして黙ってしまう2人。

(うわぁ、こんな状態で出ていけないよ……)
(うぇ〜ん、恥ずかしくてお風呂からでられないよぉ……)

どちらかがお風呂から出ればいいのだが、どちらも上がることができない。

(しょうがない。このままお風呂に入ろう……見なきゃいいんだ……)
(せっかくだから、このまま一緒に入ろうかな……だって……)

「ねぇ、公二」
「な、なんだ?」
「久しぶりだよね……一緒にお風呂にはいるの」
「あっ……そ、そうだな……7年ぶりぐらいかな?」
「うん、懐かしいよね……」

光が突然昔話を初めてびっくりした公二だったが、すぐに冷静に返事をする。

「しかし、またこんなことになるとは想像してなかったな……」
「ほんと、誰のせいなんだろうね……」
「会長とかが仕組んだんじゃないのか?」
「たぶん……そうだろうね……」

2人とも仕組まれたことだということは感づいたようだ。



2人は混浴、しかも二人っきりという状況を振り払うかのように話し出す。

「光、今回の合宿……どうだった?」
「う、うん……とってもよかった」
「どんなところが?」
「チームとしてはまとまってきたし、それにチームプレイがうまくなった気がする」
「そうか……俺の目的はかなったわけだな」
「そうだね……でも、私個人にとってもよかった」
「えっ?」
「公二のおかげでいろんなことを考えることが出来た。サッカーってなにか、司令塔ってなにか、自分って何か……」
「………」


お互い背中を向けたまま。
湯船にどっぷりと浸かりながら話は続く。


「公二はどうだった?」
「う〜ん、光のおかげで俺も色々考えたよ」
「えっ?」
「チームってなにか。チームワークって?司令塔って?サッカー感が違う場合はどうすれば?」
「………」
「俺、監督としてまだまだ、甘かったかもしれない。だから光にも迷惑掛けた……」
「ううん……迷惑掛けたのは私だよ、公二は何も悪くない……」
「そんなことないよ。チームの責任は俺だから……」


少しずつ2人の顔が赤くなる。
お風呂で体が温まったからだろうか。


「ところで、きら高に外国人選手が来たって望から聞いたんだって?」
「うん、アルゼンチンからきたボランチだって」
「望の他にもう一人軸のボランチか……」
「ん?どうしたの?」
「いや、望を後ろに下げたとなると、きら高はどういう戦術なのかちょっとイメージしづらくて……」
「確かに望は攻撃力があるからね……」
「そのボランチを一度見てみたいしな……試合組むか……」
「えっ?きら高と試合?」
「きら高との交流試合を前借りして、都大会前に試合を組むように頼むか……」
「きら高の情報収集ってこと?」
「それもあるし、練習の成果を試すいい機会だからな」



「ねぇ、公二が持ってきた昔のW杯のビデオ、借りていいかなぁ?」
「いいよ。部室に置いておくから、勝手に見るといいよ」
「えっ?でも部室にテレビなんか……」
「今度部費で中古で買うことにしたよ。映像資料は何度見ても勉強になるからね」
「へぇ〜、太っ腹なんだね」
「実は会長が裏でやってるって噂もあるけど……」
「………」

サッカーの話をするが、しばらくしてネタも尽きてくる。
そうなると今の状況を痛烈に感じることになる。


(光と混浴。光と混浴、後ろに光の裸が……)
(公二と混浴、後ろには公二が裸で……)
(だめだ!後ろは見ちゃいけない!)
(でも、さっき公二に……)


頭もあったまり、思考能力が少しずつ落ちてくる。
そして理性の限界に近づいてくる。



先に限界を越えたのは光だった。

「ねぇ、公二」
「なんだ?」
「さっき見た?」
「何を?」


「私の……は・だ・か……」
「うっ……」


光の大胆な発言に公二が言葉を飲み込んでしまう。

「………」
「どうだったの?」
「………」
「正直に言って?怒らないから」
「……ちょっとだけ……」


「ふ〜ん……ねぇ、綺麗だった?私の裸」
「ぶっ……な、なにを……」


光はストッパーが外れている。
公二はなんとか理性を保っている。


「………」
「見たんでしょ?私の上も下も……」
「………」
「胸も公二の好みの掌サイズだしぃ……それにお肌の手入れも欠かしてないし……」
「………」
「どうなの?」
「綺麗だった……」
「嬉しいなぁ……」

アブナイ会話が続く。



(光、やめろ!これ以上続いたら、俺、もう抑えが効かない……襲っちまう……)
(もうどうでもいいや……このまま公二を誘惑しちゃおう……)

公二は冷や汗、光は興奮の汗が顔びっしょりになっている。


ばしゃ!


ばしゃばしゃ……


公二の背中から水音が聞こえてきた。
その音は自分のところに近づいてくる。

(光!来るな!もう俺は限界だ!)
(ねぇ公二……見て……望はみないで私だけを見て……)

公二は光が近づいてくるのはわかっているが、ドキドキしていて動けない。
光はゆっくりと後ろから公二に近づく。



そして光が公二をうしろから抱きしめようとした瞬間。



ばちっ!



「あれ?」
「うわぁ!」
「……停電だ」
「……停電だ」

突然の停電。
そとの天気はいいので、たぶんブレーカーが落ちたのかもしれない。

「………」
「………」

まっくらな風呂場。
上側のガラス窓から、月の光がかすかに照らされる。



2人は意外と冷静にその場にいる。
そして公二はその機会を逃さなかった。


ばしゃぁ!


「きゃっ!」

公二が突然立ち上がった。
後ろにいた光は驚いて少し後ろに下がる。

公二はそのまま湯船から上がり、脱衣所に走っていく。


「光!俺が着替え終わって、いいと言うまでそこで待ってろ!」
「う、うん……」


公二は光が暴走して脱衣所に来る前に急いでタオルで体を洗って、服を着た。
一方の光は、突然の公二の行動に呆然としてそこまで頭が回っていなかった。


「おい!もういいぞ!」
「う、うん……」


公二はガラス戸越しに光に叫んだ。
公二は光が湯船から上がってこちらに向かうのを確認すると、大あわてで脱衣所から飛び出した。



そして公二が脱衣所から飛び出したとたん。


ぱちっ!


停電が治ったらしく、建物の明かりが一気についた。
そこで公二があるものに気がついた

「あっ……」
「あっ……」

そこでは脱衣所の様子をまだ見ていたほむらと美幸の姿があった。
それをみて公二はすべてを理解した。

「おまえらぁ!」
「うわぁ!寿!逃げるぞ!」
「がってんだぁ!」

慌てて逃げるほむらと美幸。追いかける公二。
廊下は3人の追いかける音が騒がしく響いていた。



そして光はというと。

「……私、こんなにHな女の子だったのかなぁ……」
「どうしよう……公二に嫌われちゃったなぁ……」

ようやく冷静になった光が風呂場でしでかしたことについてしばし悩んでいた。



こうしてひびきの高校女子サッカー部の夏合宿はほむら曰く『95点』という、非常に有意義な合宿だった。
ただ、ほむら曰く『残りの5点は主人と陽ノ下がくっつかなかったこと』と言うように、公二と光の関係がチーム内で懸案事項になってきている。
しかし、サッカー自体は100点満点の出来で秋の選手権では初の全国大会への手応えが見てた合宿でもあった。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
う〜ん、青春ですなぁ(どこがじゃ!)

もう少し停電が遅かったら18禁でしたね(笑)
しかし、ここで停電するのがラブコメ(苦笑)

こんな終わり方ですが夏合宿はようやく終わりました。
ここから夏休みがあって、いよいよ選手権へ向けて話が進みます。

そういうわけで、夏休みの話がいくつか入ります。
で、次回はなんだろう?「望の逆襲」かなぁ?(笑)