第63話目次第65話

Fieldの紅い伝説

Written by B
夏休みのとある熱帯夜。

「はぁ……いるかなぁ……」

公二は自分の部屋でパソコンと向かい合っていた。
画面には青色のごく一般的なブラウザのウィンドウがいくつか立ち上がっている。
画面にはチャットのログが淡々と流れている。

「あの人、いきなり現れるからなぁ……」

そのチャットには現在入室しているのは公二ひとりきり。
無理もない。
高校生のスポーツ障害についてのホームページのチャットだから。

「しかし、ここのチャットには助かってるからなぁ……今回もかなぁ……」

ここは大学病院の若い専門医が作っているサイトで、高校生のスポーツ障害についての症例や対策、現代の高校スポーツの問題まで医師の目から見た発言を行っ ている、その筋では有名なホームページ。
ここにはチャットが置かれているが、管理人はめったに顔を出していない。
だが、スポーツ障害について悩む高校生や部活のマネージャーなどがここの場で体験談を話したり相談をしたりしている。
しかし、このホームページ自体がマイナーなのでたくさん人が来るわけではない。
ましてや夏休みならなおさら。

「もう少しして来なかったら諦めるか……」

ここで公二はある人が来るのを待っていた。



公二は自分が傷害持ちの事もあり、スポーツ障害には興味があり、インターネットであちこち廻っているうちに見つけ出している。
ここのチャットでは常連客になっている。
その人は普段でもめったに来なかったが、今日は運がよかった。

「来た!ラッキーッ!」

公二は急いでキーボードに向かいだした。



     Emperorさん が入室されました

カントク:こんばんは!> Emperorさん
 Emperor:あら、今日も来てるの?暇ね
カントク:いやあ来るのを待ってましたよ>Emperorさん
 Emperor:あら?デートならお断りよ
カントク:い、いや、そういうことではないんだけど(汗>Emperor さん
 Emperor:じゃあなに?私は無駄な時間はないのよ。
カントク:あっ、そうでしたね。いや、この前は水泳のことでありがとうご ざいました。
 Emperor:礼なんていらないわ。でも、効果はあったで しょ?
カントク:ええ、久しぶりだったのにこんな足で結構泳げました。
 Emperor:神経の使われ方がわかれば問題ないのよ
カントク:とても参考になりました。で、すいませんが、相談したいことが ありまして…
 Emperor:あら?また珍しいわね。なんなの?



今、チャットしているあいてはここのチャットで知り合った相手。
2ヶ月前ぐらいに、怪我について議論していたときにふらっと現れて、それまで1時間かかっていた問題を一発で解決してしまった。
それ以降何度か突然に現れては的確なアドバイスをして帰っていく。
語られる知識や言葉からして、総合病院に勤めている女医と思われる。



カントク:ところで心理学は詳しいんですか?
 Emperor:失礼ね。私に知らないものはないわ。
カントク:これは失礼しました。じつは個人的な事なんですが…
 Emperor:いいわよ。忙しいから手短にね。
カントク:すいません。怒らないで聞いてくれますか?
 Emperor:ネットで「聞く」の表現はおかしいわね。 「見る」や「読む」が正しいと思うわ。
カントク:あっ、すいません。では…



公二はこれまでのいきさつを簡単にまとめてチャットに打ち込んだ。

とある事情で、両想いの人が2人いる。
一人は高校入学時に再会した幼馴染み。
もう一人は高校は違うが中学では一緒だった女の子。
顔、性格、スタイル。どれをとっても比較できないぐらい。
さらにいうと、この女の子同士は同じ部活に入っていてライバル。
さらにお互い恋のライバルであることも知っており、それを承知で自分とつき合ってくれている。

そして問題は合宿中に起こった幼馴染みの一件と、海で起こったもう一人の女の子との事件。
2人の行動・事件に自分はどうしていいかわからなくなって夜も眠れなくて悩んでいること。



 Emperor:なるほどね
カントク:わかりました?
 Emperor:要は片方のヘアヌードともう片方の女体の感 触が忘れられず悶々と過ごしているというわけね
カントク:ちょ、ちょっと違うんですけど…
 Emperor:でも間違ってないでしょ?



ここで20秒、間が空く



 Emperor:正直に言いなさい!重要な問題よ!
カントク:はい…あれから頭や体から離れないんです…
 Emperor:で、毎晩それを思い出しながら自淫にふけっ ているのね?



ここでまた10秒、間が空く。



 Emperor:どうなの!
カントク:…はい、1日何度も…
 Emperor:最低ね。
カントク:ちょっと、その言い方はないですよ!
 Emperor:あら?言い過ぎかしら?
カントク:そうですよ。男がこんなこと女性に話するのにかなり勇気がいる んですよ!
 Emperor:なるほどね。参考になったわ。しかしあなた は最低よ。
カントク:そんなのわかってますよ。俺が2人に負担を掛けてるのは。
 Emperor:わかっているのに、どうして放っておいた の?この状況はかなり問題よ。
カントク:えっ?どういうことですか?
 Emperor:2人とも自分のすべてをなげうってあなたを 射止めようとしてるのよ。



「………」

公二の顔に緊張が走る。
公二の視線が画面にさらに集中する。
現れる文字を見逃さないように目をこらす。



 Emperor:女が体を使うなんてたいてい最終手段よ。私 はそこまでする理由がわからないけどね。
カントク:最終手段ですか
 Emperor:そうよ。普段の行動でも、自分の言葉でも、 プレゼントでもだめ。そうなると自分しか残ってないわよ。
カントク:自分しか残っていないって、どういうことでしょうか
 Emperor:馬鹿ね。あなたがいつまでたっても自分たち の優劣をつけてくれないから、もう自分自身を比較してもらうしかないってことじゃないの?
カントク:あっ…
 Emperor:追いつめられた人間は通常の思考パターンで はたどり着かない結論を導き出す事がよくあるわ。ましてや女性のほうがその結論の普段との離れ具合は大きいわね。
カントク:なるほど
 Emperor;このままあなたが結論を遅らせれば、2人は ますます行動がエスカレートするのは目に見えているわ。
カントク:やっぱりそうですよね…
 Emperor:そして、あなたが選ばなかった方の心理的損 傷はかなり大きくなるわよ。そうなったら、さらにどうなるか想像つかないわね。



「ふぅ……やっぱりそうだよな……」

公二は大きくため息をついた。
そしてまたキーボードに向かう。



カントク:では、相手の傷を小さくするにはどうしたら…俺、まだ結論をつ けてないんです
 Emperor:駄目。いつまでに結論づけるかはっきりさせ なさい。
カントク:やっぱり、そうですよね…
 Emperor:期限を決めれば相手も安心して行動のエスカ レートは止まるわ。人間はなにか安心すれば異常な行動は起こさないものよ。
カントク:はい……わかりました。ありがとうございました。
 Emperor:途中経過があればまた報告しなさい。
カントク:はい、でも、どうやって?
 Emperor:今度メールを送るからそれに返事をしなさ い。
カントク:すいません。これから今晩じっくり考えますので落ちます。
 Emperor:とてもいい研究材料だったわ。
カントク:それでは失礼します。

     カン トクさんが退室されました。
     Emperorさん が退室されました。



「はぁ……聞くまでもなく男としてけじめをつけないといけないってことか……」

公二は誰もいないチャット画面をじっと見つめながらつぶやいていた。

公二はマウスを動かしてWindowsを終了させる。
画面が暗くなるのを確認すると部屋の電気を消してベッドに寝転がる。

「2人の事を考えると……大会のあとだろうな……」

公二の意識はだんだんと薄れていく。

「ちゃんと言わないとな……2人のためだもんな……」

自分の気持ちをはっきりさせよう。
そう決めながら公二は眠りについていった。



「ふぅ……清川さんもやっかいな男を好きになったものね……」

一方、先ほどのチャット相手はチャットの画面があるディスプレイとは別のディスプレイを見ていた。

そこにはどこをどうやって知り得たのか、先ほどのチャット相手のIP、メールアドレス、はたまた公二の名前をはじめとしたプロフィールが事細かに表示され ていた。

その女性は白衣を身にまとい、右目を前髪で隠している。

そしてここはきらめき高校の地下にある科学部室。

「これは興味ある研究材料ね……人間心理と行動への影響を調べるには最適だわ……」

公二が女医だと思っていた人は、きらめき高校2年生、一部ではマッドサイエンストと呼ばれている紐緒結奈と呼ばれている女性だった。

結奈は望とは顔見知りで望の事情についてはわかっていたが、詳細なところは知らなかった。
それが偶然全貌を知ることとなった。
結奈が興味を示さない訳はない。

「私が下手に介入すると実験に誤差がでる可能性があるわね……調査は慎重にやりましょう……」

結奈はこの騒動を最後まで『傍観』しようと決めたのであった。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
あんな体験をして、なにも変わらないほうがおかしいよね?(苦笑)

でも、公二クンは変なところで硬派なので悩むのではと思いまして書きました。

いや、公二くんが悩みを相談する相手で迷いましたが、こういう形にしてみました。
紐緒さんはたぶん、最後まで「傍観」する予定です。
関わりだしたらとんでもない方向になりそうなので(汗

さて、次回はどうしようかな?
すくなくともまだ夏休みは終わりません。