午後3時。
「はぁ〜あ、まだかなぁ〜」
光はきらめき駅の駅前広場のベンチに座っていた。
「望ったらどうしちゃったんだろう?」
今日の待ち合わせは公二でなく望。
これから日本代表(男子)の親善試合を観戦するために待ち合わせをしていたのだ。
「でも、望も残念だろうなぁ……公二とじゃなくて」
ちょうど約2週間前の合宿最終日のこと。
光は公二からこの試合のチケットを2枚もらっていた。
『えっ?これもらっていいの?』
『ああ。監督からもらったんだけど、この日用事で親戚の家に行かなきゃで……』
『えっ?……公二は行かないの?』
『本当は俺が行きたいんだけど……光にあげるよ』
『でも残念だなぁ……公二とじゃなくて』
『まぁまぁ。でも、友達と一緒に見にいきなよ』
『う〜ん……そうするね』
ということで、一緒に試合を見に行く友達を捜していたのだが……
ほむらは『すまん。実家の手伝いで農作業しなきゃで……』
茜は『その日はバイトなんだ。行きたいけど、収入もいいからキャンセルもちょっと……』
美幸は『その日は花桜梨お姉様とデートなの♪』
花桜梨は『いや、あの……ただ美幸ちゃんと映画に出かけるだけなんだけど……』
とまぁ、みんな都合がつかない。
部活と関係ない親友もたくさんいるのだが、次に誘ったのは何故か望だった。
やはり、サッカーに詳しい相手がよかったのだろう。
『ねぇ、私となんだけど……試合見ない?』
『うん。ちょうど予定もないし、いいわよ』
『じゃあ、1時半にきらめき駅前ね』
『それじゃあよろしくね』
望はすんなりとOKしたことで、望と行くことになった。
「でも、あのときなんか違和感があったんだけど……何かあったのかなぁ?」
電話のあと、光はそんなことを感じていた。
「まぁ、望のことだから大丈夫だよね」
そのときの光はそのぐらいのことしか考えていなかった。
「望の性格だともう来てもいい頃だよね」
時刻は3時15分。
もうすぐ来てもおかしくない頃だ。
「どんな格好でくるのかなぁ?……私はこんな格好だけど……」
光の格好は水色でヘソが見えるぐらい短いタンクトップの上に白いシャツ。
そして、ジーンズ柄の短パンといういたって軽めの格好。
自分でもお気に入りの格好だ。
そういって自分の格好を見ていたときに待っていた声が聞こえてきた。
「光、お待たせ」
「望、ひさしぶり……って……」
「ん?どうしたの?」
「の、望……その格好……」
光は絶句した。
望は白のワンピースに白のパンプスという格好で来たのだ。
しかもかなり似合っている。
「あっ?これ?このまえ買ってみてためしに着てみたんだけど……変?」
「そ、そんなことないよ!とっても似合ってるよ」
「そっかぁ……よかったぁ……」
ちょっと顔を赤くする望にびっくりする光。
(の、のぞみぃ。確かにびっくりするほど似合うけど……どうしちゃったの?)
光の頭の中にはその疑問がぐるぐる廻っていた。
そして2人は電車で会場の国立競技場へ向かう。
シートに並んで座って目的地に向かう。
当然女の子2人。
話がないわけがない。
「えっ?望、料理を習い始めたの?」
「うん。マネージャーが料理がとてもうまくてね。今度本格的に習うことにしたの」
「へぇ〜、それでどんな料理を習うの?」
「うん、肉じゃがとかブリ大根とか煮物とか……」
「うっ、すごく家庭的……」
「上手くいったら公二にも食べてほしいなって……きゃっ」
(な、なんか望の口調が変なような気がするが……)
「ところで光。合宿で公二と何かあった?」
「な、な、な、なんにもなかったよ!」
「本当?」
「ほ、ほ、本当だって!」
「怪しいなぁ……」
「ちょっとぉ〜、人を信じてよぉ〜」
(い、言えない。「混浴で誘惑しようとした」なんて……)
「ねぇ、休み明けすぐに交流戦だって?」
「うん、公二が『きらめきと試合がしたい』ってことで頼んだらしいよ」
「この時期にかぁ……公二もわかってるのかなぁ?大会前ってこと」
「わかってるはずだよ。どうして?」
「だって、他からの偵察も来るはずでしょ?その前でフルメンバーで試合できるかなぁ?って」
「あっ……」
「まぁ、試合に出たら全力でやるからよろしくね♪」
「こちらこそ♪」
(たしかに望の言うとおりだ……公二はどうするんだろう……)
会話は弾んでいる。
しかし、光は望の発言ひとつひとつに何かひっかかるものがあって、いまいち乗り切れなかった。
そして国立競技場に到着。
すでに入場が開始されていたので、さっそく席を探して座る。
席はバックスタンドの一番上。
グラウンドからは遠いが、全体が見渡しやすくかなりいい席だ。
「試合開始までまだ時間があるけど楽しみだなぁ」
「あれ?光は生で試合を見るのは初めてなの?」
「うん!だからどきどきしちゃって」
「実は私もは・じ・め・てなの」
「なぁ〜んだ。ちょっと安心しちゃった」
そうしているうちに、徐々に席が埋まっていく。
スタンドのテンションも高まっていく。
「いよいよだね……」
「うん。ドキドキしてちゃった」
「でも、これだったらユニフォームのレプリカでも買って着てくればよかったかなぁ?」
「私もそう思ったけど……」
「そういえば、スタンドの入り口で売ってたから買ってくる?」
「えっ?私のこの格好じゃあ……」
「試合の間だけ着てればいいじゃん。じゃあ買ってくるね」
「う、うん……」
そう言って、望に無理矢理了承をもらって、光はレプリカユニフォームを買いに行ってしまった。
「やっぱり似合わないわよ……」
「大丈夫、みんな気にしてないって♪」
結局望も光に押されてユニフォームの上を着て応援することとなった。
望の着ているレプリカの背番号はもちろん「7」、光のは「10」。
「そういえば、望は実際に着たことないの?」
「えっ?」
「本物……ないの?」
「う〜ん、代表で呼ばれたことがないから……今後U−18の代表だったらもしかして……」
「ふ〜ん、じゃあ楽しみだね」
「楽しみだけどね。今は目の前の大会しか考えてないよ」
「そうなんだ……」
2人とも日本代表は遠い存在のようだ。
望も将来の代表とは言われてはいるが自分自身ではピンときてないようだ。
そうしているうちに試合が始まった。
親善試合だが、相手は南米の強豪。
日本も全力で攻めてはいるが、実力差は歴然。
前半だけで2点も取られてしまった。
しかし、応援はそれでも大盛り上がり。
ペナルティエリアの前まで攻め上がってきたときなどはスタジアム全体が浮き上がるような歓声があがる。
望や光も例外ではない。
「きゃぁ〜!」
「ああ、チャンスだ!いっけぇ〜!」
「惜しかったなぁ……」
「こらぁ!なんだあの審判は!」
「ええっ〜、あれは絶対にオフサイドじゃないぞ!」
「ちくしょう……なんで、あのシュートをとめちゃうんだよぉ〜」
ちなみに最初の3つが光。後ろの3つが望だ。
そして前半が終了。
沸き上がったスタンドは一旦静かになる。
早めにスポーツドリンクを買ってきた2人は飲みながら一息つく。
「ふぅ〜、応援って楽しいけど疲れちゃうね」
「そうね。私もそう思う」
「でも、望のすごかったよ。すごい言葉遣いで……」
「えっ?そんなにすごいこと言ってた?」
「うん。『下手くそ!』とか『なんでシュートを打たねぇんだ!』とか」
「あっ……やだぁ……恥ずかしい……」
顔を真っ赤にして、両手を頬にあて、恥ずかしがる望。
(望……なんかギャップが激しすぎるんだけど……)
そんな望に光はちょっと引いていた。
そして後半。
日本代表が押されている展開は相変わらず。
早い時間帯で1点さらに取られて試合は決まってしまった。
代表はなんとか点を取ろうとサイドから駆け上がるがすぐに止められてしまう。
応援は盛り上がってはいるが、それに応えられていない。
結局そのまま試合は終了。0−3という完敗の成績だった。
「う〜ん、盛り上がったけど、なんか物足りないね」
「やっぱり点が入らないとね」
2人は試合後の余韻に浸っていたかったが、帰りが遅くなるとまずいのですぐにスタジアムをあとにした。
帰りの電車では2人も眠ってしまい、気がついたらきらめき駅。
急いで降りた2人は駅前のファミレスで夕食を取ることにした。
光はハンバーグ定食。望は鉄火丼の定食。
応援でお腹がすいたのか2人とも食の進みが早い。
「でも、楽しかったね」
「うん。私もたのしかった」
「また機会があったら一緒に行かない?」
「いいわよ。光とだったら専門的な話もできそうだしね」
「今度はユニフォームに似合う格好で行こうね♪」
「うふふふ。そうね♪」
内容はともかく、試合観戦が楽しかったので話も弾んだ。
そして再びきらめき駅前。
光はひびきの駅まで電車で帰るので、ここでお別れ。
「じゃあ、また今度は交流戦だね」
「次はこっちでやるんだよね」
「そうそう。きら高かぁ……私初めてなんだ、楽しみだなぁ」
「うふふ。でも何もないわよ」
「それじゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
光はそう言って駅舎の中に入っていった。
望は光を見えなくなるまで見送るとそのまま家に帰った。
電車の中。
光は考えていた。
(望……なんか女らしくなっちゃった……びっくり)
(夏休み前はこんな望じゃなかったんだけど……休みになにがあったんだろう……)
(でも、望……なんか綺麗になった気がするけど……)
(どうしよう……負けちゃうかも……)
光は望の変身ぶりに危機感を感じていた。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
サッカーの試合はあまり意味がなかったりします(苦笑)
問題なのは望のほう。
何か変わってしまいました。
それに光も気づいて危機感すら感じてしまったようです。
これで夏休みはおしまいです。
お話も次の段階に入ります。
まずは休み明けの様子です。