第72話目次第74話

Fieldの紅い伝説

Written by B
「花桜梨ちゃ〜ん!お久しぶりぃ〜♪」
「あ、あなたは……」
「いやぁ、ここで遇えるとはうれしいねぇ〜♪」
「やっぱり……」

きらめきゴール前。
そこの一部は異様な雰囲気を醸し出していた。
ケラケラと笑うきらめきDFと顔が引きつっている花桜梨。


「いやぁ、ますます楽しみになってきたねぇ……ククッ」
「………」

「しかし、あ〜んなことしちゃた花桜梨ちゃんが、こんなところでサッカーやっているとはねぇ〜」
「な、なにが言いたいのよ……」



「折角だから仲間に花桜梨ちゃんの昔のこと教えてあげようかなぁ〜♪」
「!!!」



この一言で、花桜梨はさらに顔を青くしてしまう。

「どうしようかなぁ〜?」
「や、やめて……それだけは……」

「いやぁ〜、冗談、冗談♪」
「………」

「じゃあ、またヨロシク〜♪」
「………」

相手DFはケラケラ笑いながら手を振って立ち去る。
花桜梨には豹柄のミサンガが妙に目についた。

「………」

花桜梨はその場で立ちすくんでいた。



その様子はベンチからもはっきりと見えていた。

「監督!やっぱり八重先輩がおかしいです!」
「確かに……なんか、豹に狙われた小動物みたいな……」
「それってやばくないですか?」
「う〜ん、しかしとにかく様子を……八重にセンター、光がレフトに張るように指示しよう」

公二は立って腕を組んだまま、グラウンドを見つめていた。

すでに前半も半分が過ぎ、25分が経過しようとしている。



(ボールは来る……でも、パスが回せない……)

ゴール真正面。
ペナルティエリアのラインの手前で待っている花桜梨は焦っていた。

自分の今の役目は後ろから回ってくるボールを左右に散らすポストプレー。
右にはほむら、左には光が張っている。

しかし、ボールが回ってきてパスをしても、いい状態で2人が受けられない。

ちなみに、花桜梨のパスは決して下手ではない。
MFの水準では合格点の技術は持っている。

しかし、待っている2人がDFにきついマークを受けている。
さらに、ハイボールで空中戦を仕掛けたり、下手にグラウンダーのパスを送ろうものなら、
また2人が汚いプレーの犠牲になってしまう。
それを考え、花桜梨は相手の胸めがけてパスを送るが上手くいかない。

(やっぱり、実力は確かね……それなのに、あの汚いの……この前の交流戦はこんなじゃなかったのに……)

花桜梨は戸惑いながらも前線の後ろでまっている。



(来た!)

後ろからロングパスが花桜梨に向かって放たれた。
しかし、かなり強すぎる。

(これはパスではだめ!私が勝負しないと!)

花桜梨はパスを受けてからトラップしてシュートするイメージを浮かべながら走り込む。
しかし、それでも届かない。

(まずい!あいつのところに……)

目の前には両手を腰に当てたセンターバックがゆっくりと前に走り出す。
このままいけば、ボールは彼女の足元に落ちることは間違いない。

(追いつかれる!それなら足止めしないと)

花桜梨は無理にボールを追わず、パスコースを消すために、相手と少し距離を開ける。
そして、相手の動きを待つ。



そこで相手は花桜梨の予想外の行動をしてきた。


(えっ?)


ボールが落ちるタイミングに合わせて右足を思いきり後ろに振り上げてきた。
そして、彼女は花桜梨に向かってニヤリと笑った。


ボンッ!



次の瞬間、花桜梨の目の前は真っ白になっていた。



ボカン!



ボールはコート中央へ。

花桜梨はその場で人形のように真後ろへまっすぐ倒れた。



「担架だ!」



公二の指示は素早かった。



試合は中断され、花桜梨はひびきのの1年生達が担架でピッチの外へ運ぶ。
心配そうに見つめるほむらと光。
それを見た公二は大声をあげる。

「こっちは心配するな!人数が少ないから守備に重点をおけ!」

2人ははっとした表情をしたあと、お互い顔を見合わせる。
そしてゆっくりうなずくと、急いでハーフラインから自陣のところに戻り、守備につく。



試合再開の笛が鳴る。
それを聞くと公二は後ろを振り向く。

「先輩!聞こえますか!」
「八重先輩!」

公二のすぐ後ろではベンチ入りしていない1年生が花桜梨の様子をみていた。
やかんで水を花桜梨の頭に掛けてみているが、意識はまだ戻っていない。
1年生が揺すってみようとしたので、公二は慌てて止める。

「こら、たぶん脳震盪だから、頭を揺らすなよ。なにがあるかわからないからな」
「脳?先輩が当たったのは顔面じゃなくて」

「違う、当たったのは頭だ」
「えっ」

「しかも間違いなく狙ってた……ボールクリアと見せつけて完全に頭を狙ってた」
「ええっ!」

「あの距離で突然だったのだろう。八重さんはたぶん防ぎようはなかった」
「ひどい……」

「あのプレーは反則でもない、たぶん『避けなかった方が悪い』というのが結論だろう」
「………」

「避けるのも技術のうちなのは確かだけど……」

公二はその後の言葉を噛みしめた。
なんともやりきれない思いを噛みしめた表情。
1年生は何も言えなかった。



「……う……ん?」

ようやく花桜梨の意識が戻ってきた。
目を開き、右左をキョロキョロ見ようとゆっくりと頭を回している。

「監督!八重先輩が!」
「わかった、俺が様子をみる……」

公二が花桜梨の横にかがんで花桜梨の顔を見る。
そして、花桜梨に向かって今の状況の確認をする。
脳震盪のときに絶対に必要な事だ。これができないと脳に障害がある可能性があるからだ。

「あっ……」
「八重さん。僕がわかるかい?」
「コーチ……」
「今、どういう状況かわかるかい?」
「パスコースを……消そうとして……田村さんが……笑って……」
「うん、わかってるみたいだね」

公二も後ろで心配そうに見ている1年生もほっとした表情を浮かべる。
公二は花桜梨の腕を掴んで立たせる。

「ちょっと、ここで片足ケンケンできる?」
「え〜と……」
「できるみたいだね。じゃあ、目をつぶってまっすぐ立ってみて?」
「は、はい……」
「ひとまず、大丈夫か……」

脳のチェックが終わったところで、1年生に指示を出す。

「つぎにプレーが切れたところで、入れるからもう戻っていいよ。
 念のために、サブのメンバーは全員急いでアップするように言って。
 あと、担架は片づけておいてね」

指示を聞いた1年生はすぐにベンチに担架を抱えて戻っていった。



そして花桜梨は再びピッチに戻った。

「八重、大丈夫か?」
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫。心配かけてごめんね」

すぐにほむらと光が声を掛けるが、花桜梨は普通に答える。

「ところで、八重とあいつ……何かあったのか?」
「えっ?」
「うん、私も気になったんだけど……」

しかし、ほむらがこう聞いたとたん、花桜梨の顔が青くなる。

「なにか悪口言われたのか?」
「い、いや、あの……」
「昔から知り合いなの?」
「え、その、あれは、それで……」

花桜梨の返事がおぼつかない。
ほむらがそれをみて何かに気がついた。

「もしかして……あいつに弱みを握られてるのか?」
「!!!」

「……図星みたいだな……」
「………」
「本当なの?」
「………」

花桜梨の表情が完全に青くなっている。

「わかった……八重、しばらくセンターに張るな」
「えっ?でも、コーチの……」
「主人も状況はわかってるだろう」
「でも……」

ほむらの指示に戸惑う花桜梨。
ここで光がようやくまともに口をはさむ。

「花桜梨さん。公二の指示は指示だけど、絶対に守らなくては、って言うことはないんだよ」
「えっ?」
「公二も言ってたでしょ?
 『選手は監督の指示に絶対に従わなくてはいけない。
  しかし、例外がある。
  それは、突然の状況変化があった場合。
  指示とは違うけど、チャンスだったら狙うのは当然だし。ピンチなら応急の対処が必要だ。
  そこは臨機応変にね』
 って感じのことを言ってたはずだよ」
「………」
「大丈夫。元々私が中央なんだし」
「わかった……」

3人は簡単な打ち合わせを終えると、それぞれのポジションに移動した。



そして左からペナルティエリアに突入の機会を狙うことになった花桜梨。

中盤の攻防とDFのラインを見ながら、ポジションを前後させていく。

(ここなら、大丈夫……あの、嫌な思いから逃れられる……)

花桜梨はようやく落ち着いてプレーに集中している。

後ろから来たボールをセンタリングしたり、サイドチェンジしたり。
何プレーかボールに触ってプレーでも落ち着いてきた。



そして、ボールが花桜梨の足元に来たところで事件が起こる。

花桜梨はボールを受け取ると、ドリブルを狙って左から中央へと走り込もうとした瞬間。


(後ろから来る!)


花桜梨は背後からの殺気を感じた。


(スライディングだ!)


その殺気が下から来ているのを感じた花桜梨はそう判断した。


(卑怯な手には乗らない!)


花桜梨はボールを強く蹴り、中央にセンタリングする。
そして、スライディングのタイミングを見計らってジャンプする。

後ろからの影は花桜梨の真下を通り過ぎる。



しかし、それだけですまなかった。

「えっ?」

花桜梨は空中でバランスを崩す。
花桜梨は突然のことで混乱してしまう。

「な、なに?……きゃぁ!」



ドスン!



花桜梨はそのまま倒れてしまい、顔面を地面に思いきりぶつけてしまう。



(あ、足を捕まれた……)


顔面の痛みに耐えながらようやく状況を把握した。



「ボールがないから「ファウルじゃないよねぇ〜♪」」



花桜梨のつぶやきに重なった声。


「はっ!……なんで!」
「ハ〜イ♪」


花桜梨の目の前にはケラケラした笑いのきらめきセンターバックが立っていた。


「なんで、左サイドに!」
「アタシ、今から右サイドになったの〜♪」
「………」
「逃がさないよ〜……ククッ」



(もうだめ……終わったかもしれない……)



花桜梨は全身に鳥肌が立つような恐怖心でいっぱいになってしまった。



そして、2分後。
花桜梨は選手交代を告げられることになる。


前半残り5分もないのにである。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳

花桜梨さんがボロボロです。
肉体的、というよりも精神的な問題が大きいようです。

なんでこうなっているのかは、今後の話ですので気長にお待ちください。

次回はこれまで書いていないきらめきのプレーぶりについてでも。