試合再開。
同点に追いつかれたきらめき側に大きな動きがないように思われた。
しかし、一カ所だけ大きく違っていた。
「これはどういうこと?」
「もう絶対に何もさせないからな」
望が光に密着マークをしていることだ。
光がボールを受けに、センターサークル付近に走る。
すると、望もそれと並ぶように一緒に走る。
光が右に動けば望も右に。
光が止まれば望も動かない。
望は光から30cmも離れない。
さらに望は光とボールの間に体を入れ、光がパスをもらえないようにしている。
光が「なんで?」と言いたげに望の顔をみると、望はキッとにらんで何も言わない。
(どうしよう……望にくっつかれてなにもできないよぉ)
(絶対に何もさせない……このまま潰してやる!)
強気な望に対して弱気な光。
望がマークについてから光は何もしていない。
そんな状況が5分続いていた。
この状況に両チームとも意外と冷静だった。
「あ〜あ、あれだけ派手にやりゃあ、こうなるとは思った」
きらめきサイドの中央で、こう言ったのはほむら。
そのほむらに途中出場の1年生FWが駆け寄る。
「キャプテン。こういうときはどうすればいいんですか?」
「え?合宿でやらなかったか?」
「いえ、私は控え組でやってたので……」
「ああ、そうか。すまんすまん。な〜に、心配することはねぇ」
「そうですか?」
不安そうな1年生に対し、ほむらはいたって普通の表情。
不安な表情に気づいたほむらはもうすこし詳しく説明する。
「ああ、攻撃のルートに陽ノ下がいなくなっただけだ。
あいつが何もできなくなるのはこっちの想定範囲。
そうなったら、単にあいつの存在を無視してプレーすればいいだけ」
「じゃあ、ロングボール待ちですか?」
「そういうことだ。後ろの連中はミドルシュートも狙ってくるから、そのこぼれ球にも注意しろよ」
「私にできますか?だって、あの守備の人たち……」
「大丈夫!怖がらずにチャレンジしてみろ!主人は失敗してもチャレンジすることが大事だって言ったろ?」
「ええ、確かに言いましたが……」
「そう不安がるなって!お前にとって、ここはチャンスだぞ。ここで頑張れば次の試合でも使ってくれるぞ。あれに負けなければ、あとどんな相手でも怖くないから!」
「そうですね……頑張ってみます……」
不安な表情は変わらないが、それでも頑張ってみようとはなった様子。
1年生は左サイドにポジション取りのために走っていった。
「ふぅ、どうやらあたしが見本を見せないと納得しねぇみたいだな……」
ほむらもゴール前に走り、ボールが来るのを待つことにした。
一方のきらめき側。
「なぁシオ。ノゾミのあれ、どう思う?」
「う〜ん、もう執念としか言いようがないけど……」
「やっぱりな……アタシも同じだ」
ゴール前で詩織と京の両FWがゴール前でこそこそと話していた。
2人とも望のプレーに少し呆れている様子。
「シオ、アタシわかんないけど……恋敵にあそこまでしたくなるってことあるのか?」
「私もないけど……望の気持ちもなんとなくわかるかも……」
「そうか……じゃあ、仕方ないな……」
どうやら2人とも自分を納得させた様子。
すぐに周りを見渡し、自分の取るべきポジションを定める。
「望がああだと、中央からというのは少なくなるな」
「たぶん、サイドからのクロスボールが多くなると思う」
「じゃあ、左右に大きく別れよう。それでボールの場所で、それぞれが中央に動こう」
「OK」
そういうと京は左に、詩織は右サイドにそれぞれ移動した。
クロスを上げる人と、そのこぼれ球を狙う人との分担について話がまとまり、これからの作戦への準備万端と言ったところだ。
日頃の練習の成果か、両チームとも冷静に対応しようとしていた。
どちらもサイドからの攻撃の仕掛け合いとなってきている。
しかし、ベンチのほうは逆に冷静でいられない様子。
「ああっ、望も光も何やってるんだ……」
公二は思わず頭を抱えてしまっていた。
「望はいったい何を考えているんだ……
ポジション的に光をマークするのはいいけど、あれはやりすぎだ!
中盤の底の守備というチームのことを全く考えてないぞ。
相手の監督も慌ててたから、絶対に望のスタンドプレーだな。
レギュラーから外されたら元も子もないぞ!
それに光も光だ。
望を突き放す足は持ってるんだから、とにかく走って振り切ることは考えないのか!
相手のディフェンスラインやこっちのディフェンスラインまで動いて、相手のバランスを崩す方法だってあるんだぞ!
望に突き当てたんじゃ、相手の思うつぼだぞ……
指導してもいいけど、光のためにならない。
でもこのままだと、光のためにも望のためにもよくない。
う〜ん……」
光はともかく、相手である望の心配までもしてしまっていた。
一方のきらめきの監督。
フィールドの近くまで行って、指導しているが望が言うことを聞かない。
逆にキャプテンの鞠川が監督のところにやってきて「あのまま、マークさせてください」と頼むから、公二より先に見切りをつけてしまっていた。
「ふぅ……清川も困ったものだ。
まあ、鞠川がああいうから、周りとの連携はできているのだろう。
現に、バランスが崩れてはいないからな。
しかし、どちらもエースが共倒れの状態か。
ひびきのさんは相当困っているでしょうな。
こっちは清川がつぶれてもパトリシアがいるから守備はなんとかなる。
しかし、向こうは陽ノ下がつぶれているから、攻撃が単調になってる。
アーリークロスが多くなっているから、こっちも対処が楽だ。
向こうは陽ノ下のチームだということは明白だし、自覚もしてるみたいだけどな。
さて、ひびきのの青年監督さんはどうするかな?
あっはっはっはっはっ……」
やはり名門チームの監督は冷静に受け止めていた。
こういうところが公二とは格が違う。
腕を組み、頭を抱える公二を見て笑う余裕がある。
「これで、このまま決まっちゃうかな?」
そこまで言うのだから、ひびきのをかなり格下としか見ていないのも確かだ。
そこまで見られているが、公二もこのままですむ男ではない。
「しょうがない……
こんな貴重な試合でこんなことはしたくなかったが……
光にはさらにステップアップが必要だ。
それに、このチームは光のチームだ。
誰がなんと言われようが光で勝つしかない……」
公二は抱えていた手を頭からふりほどいた。
そして苦悩の表情から真剣な表情に戻った。
そしてゆっくりとフィールドの近くまで歩き出す。
そして、その後の公二の指示は味方どころか相手まで驚かせた。
「いいか!ボールを光に集めろ!
光から攻撃を作るんだ!
サイドからでも中央からでも、まずは光に集めろ!
それから攻撃だ!
絶対に他の攻め方をするなよ!」
ひびきのの守備陣はともかく攻撃陣は困ってしまった。
1年生FWはほむらに頼るしかない。
「キャプテン。どうしましょう?」
「待て、アタシも考えてる」
「何をですか?」
「主人の今の指示の意図だ」
「はぁ?」
1年生が不思議そうな顔をしているときにほむらは腕を組んでじっと考えていた。
(絶対にうまくいくはずのない攻め方を指示してどういうつもりだ?
陽ノ下へ「状況を打破しろ」という意味なのか?
それとも、暗に「監督の指示が間違っている場合は独自に動け」という指示なのか?
単に主人が血迷ってただけなのか?
う〜ん……
わからん!
まあ、いいや。あたしは点取り屋だ!
どういう状況であれ、ボールが来たらゴールを決めるだけなんだ!
もう考えるのはやめ!)
ほむらの考えがまとまったようだ。
「おい」
「なんですか?」
「とりあえず、主人の指示に忠実に動こう」
「はい」
「まあ、最初はボールは来ないけど、しばらくしたらボールは来るだろう」
「本当ですか?」
「ああ、陽ノ下がしびれをきらすか、中盤が公二の指示を無視するに決まってるから」
「は、はぁ……」
「あたしたちはFWの基本の動きに忠実に動こう。普通の試合と同じだ」
「は、はぁ……わかりました……」
1年生は少しだけ納得した様子で、自分のポジションに戻っていった。
「ボールがここに来るまで、また我慢しなくちゃか……」
やれやれといった表情でほむらも自分のポジションに戻った。
(あれ?)
ペナルティエリアの外の右側の自分のポジションに戻ってほむらは気がついた。
(なんだ?こいつら何で戸惑ってるんだ?)
相手選手が全員困った表情をしている。
何人かで話をしているが、話は解決していない様子。
(監督はなにやってるんだって……あれ?監督も困ってる……)
きらめきの監督も不思議そうな顔をしてなにやら考えている。
(ん?……まさか、主人の指示を聞いて困ってるのか!)
さっきまで普通の表情だったのに、公二の指示が飛んだとたんにこの様子。
(絶対に攻撃を防がれる指示を出した意図を考えているわけだな。
たしかに、私たちにもわからないのを向こうがわかるわけないよな。
主人がここまで考えているとは思えないが、いい効果を出しているかもな。
こりゃぁ、今がチャンスかもしれないな)
ほむらはニヤリと笑った。
(あっ、ボールがこなければ相手が迷ってても意味ないか……はぁ)
しかし考えが浅はかであり、すぐにため息をついた。
しかし、この公二の謎の指示により試合は膠着状態から解放されることになる。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
ようやく話の続きが書けました。こっちも1ヶ月以上空いちゃいました。
試合は膠着状態。
そんな状況を書いてみました。
各人が戸惑っている様子がわかるでしょうか?
次回は膠着状態が崩れます。
どう崩すかはこれから考えます(またかい!)