第78話目次第80話

Fieldの紅い伝説

Written by B
「いいか!ボールを光に集めろ!
 光から攻撃を作るんだ!
 サイドからでも中央からでも、まずは光に集めろ!
 それから攻撃だ!
 
 絶対に他の攻め方をするなよ!」


公二の指示は望に徹底マークされている光にパスを出し続けろというもの。
味方どころか相手をも混乱させている中、試合は再開する。

再開はGKの茜のゴールキックから。


「う〜ん、監督の指示があるから、ここは思い切っていくかな」


茜はいつもよりも助走の距離を伸ばした、そしていつもよりも少しだけスピードを上げた。
そして右足を思い切り振り上げる。


バシッ!


茜のロングキックはいつもよりも距離を伸ばしてきた。
センターラインを越え、相手陣中央の光のところへと向かっている。

(来た!)
(絶対に負けない!)

二人がボールの落下地点を見定め、タイミングを合わせてジャンプする。
狙いは1点。その点は二人とも一致していた。
その結果。


ゴツン!


「痛っ!」
「痛っ!」

ボールが頭に当たるのと同時に二人の頭も激突した。
そのため、ボールは真横に飛んでしまう。
そして二人は、頭を押さえながら落下する。

「………」
「………」

二人は黙ってにらみ合う。
そしてまた走り始める。



サイドからきらめきが早めにクロスボールを挙げるがひびきのDFが難なくカットする。
再びひびきののバックラインからの攻撃になる。


バシン!


右サイドから中央の光へ向かってロングボールがくる。

ボールの真下には光と望。
2人とも落下地点を見極めており、すでにヘディングの準備をしている。

そして2人同時にジャンプする。
ここで望が光の右肩を少しだけ右手で抑える。

(しまった!)

光が望の右手に気づいた時にはすでに遅い。
望は右手の肩を押さえる力を使って光より高くジャンプする。
逆に光は望に押さえつけられるような格好でうまくジャンプできない。

ボールは望がうまく合わせ、味方にボールを回すことに成功した。

再び2人が顔を合わせる。

「ふっ……」
「………」

望が光を見て鼻で笑う。
光は何も言い返せない。

光のほうから先に顔を逸らしてしまった。

(このまま、あたしが勝つんだ!)
(だめだ、このままじゃ、だめなんだ……けど……)

望は強気、光は弱気のままであった。



それからもバックラインから光にボールが集まるが、望にことごとくはじかれてしまう。
こぼれ球はどちらも半々に拾っているがそこから先が両チームで違っていた。

ひびきのは両サイドから攻めようとするが、攻撃パターンを予測できているのか、すでに守りが固められており、フィニッシュまでには行かない。
逆にきらめきは両サイドからの速攻で、ゴール前までボールを挙げることまでは出来るがそこからは懸命の守りではじき返している。

あきらかにきらめきの時間帯になっている。


「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」」


DF陣が肩で息を吐いている。
懸命に守っているが、連続で守っているために、肉体的にも精神的にも疲労がピークに達している。
それでも集中を切らさずにプレーしているが、いつ切れるかわからない状況。

「ほら!がんばって!ここが踏ん張りどころだよ!」

そんなDF陣を茜が懸命に声をかけているが、聞こえているかどうかわからない。

「もうだめかも〜」
「美幸ちゃん!もうちょっとだから!」
「でも、これだけ連続してでは……」
「そ、そこは集中して!」
「前がもう少しキープしてくれれば……」
「………」

DFの言葉に茜の言葉も段々言葉少なになっていく。



「………」

少し離れた場所で、光はその会話を聞いていた。
疲労しきっているDF陣の姿をみて胸が痛んだ。


(このままじゃ、DFのみんなを見殺しにしちゃう!絶対にだめだ!)


原因は現状を打破できない自分であることはよくわかっていた。


(でもどうすれば……)


光はちらりと後ろを見る。
今の光には望がぴったりとマークしている。
望のマークをはずしてフリーになる手段が今は思いつかない。

(こうなったらやってみるしか……)


光はセンターサークルよりも自陣に移動を始める。
望もゆっくりと光について行く。



茜のGKからまたもや試合が始める。

茜がボールを蹴ろうと走り始めたそのとき。

(!!!)

茜の目には光が猛ダッシュでこっちに向かって来ているのが見えた。
光の後ろに望が追ってきているが、光の前には行くことはできなさそうだ。


(みんなは疲れているから直接行く!)


茜は瞬時の判断で、力加減を変え、光の目の前に届くように蹴る。


ボカン!


ボールは低い弾道で光に向かっている。
光もボールを受けるべく走る。
望も追うが光の前に回ってカットすることは難しい。

(今度こそいける!)
(くそっ、追いつけない!)

光にとっては久しぶりのチャンスが目の前。



しかし、その光の遙か前に横切る黒い影が。


「待ってたぜ!」


ペナルティエリアの手前でFWの京が横から飛び込んでパスカットしたのだ。
胸でトラップするようにパスカットすると、ゴール正面でボールが落ちるところを見ながら周りを見渡す。


(チャンス!)


ひびきののDF陣はてっきり光のところまでボールが行くと思っていたため、集中力が切れていた。
慌ててポジション取りをするがもう遅い。
マークも甘く、前線で待っている詩織がフリーで動ける場所がいくつも見える。


「シオ!」

バシン!



ボールが落ちる直前に京が右足でグラウンダーのパスを左前にだす。
ボールはひびきのDF陣の間を抜ける。
そしてそのタイミングに合わせるように詩織がオフサイドラインを突破する。
オフサイドはない。

(ナイスタイミング!)

詩織がフリーで飛び出した。ボールは詩織の足下、場所はゴールポストからさらに左。
茜が詩織の前に立ちふさがる。



詩織と茜の直線上の先には右のゴールポスト。
まっすぐ蹴ってもゴールに入れるのは難しい。

(それだったら……)

しかし、詩織は冷静だった。


ポンッ!


右足で蹴るように見せかけて、左足でちょこんと転がすように蹴った。
狙いは茜の右足。


「!!!」
「うふふ……」


右のゴールポストをめがけて打つと思いこんでいた茜は自分の右下には意識が回っていなかった。
慌てて右手でボールをかきだそうとするが、すでにボールは足下を抜け、ゴールの中に入っていた。


ピピーッ!


パスカットからの速攻。
あっさりと決まっているように見えるが、実は2人の技術の高さとコンビネーションの良さから生まれた得点。

これで2−1。
きらめきが再び勝ち越した。


「くそぉ!絶対に防げたのに!」

茜が地面をたたいて悔しがるがこれが経験の差だというものだろう。



「……さて、もうそろそろ目を覚まさせないと負けるからな……」

公二は腕時計で時間を確認すると、コーチングエリアに進む。
そして光を手招きで呼ぶ。

元気のない光が戻ってくる。
自分へのパスがカットされてからの失点だけあって、うなだれたままとぼとぼと戻ってくる。

そして、戻ってきた光に対して、何か言う前に公二の右手が動いた。



パチン!!



グラウンド中に響くかというぐらい強い音がした。
それだけ公二が光の頬を強く打ったのだ。



光は右頬をさすったまま、泣きそうな顔で公二を見上げる。
そんな光に公二は冷たく言い放つ。


「決まり事を破ったな……」
「………」

「あれだけ、ハーフラインから越えるなと言っただろ。
 あの失点は光が原因だぞ。
 光が必要以上にゴール手前まで来たから、ボールがグラウンダーになる。そこを相手に狙われた。
 相手陣にいれば、たとえ光のところに来るとわかっても、ボールを奪われてからゴールまではまだ遠い。
 だが、今回は速攻を許してしまった。
 最後は相手のテクニックを褒めるしかないが、そのきっかけを作ったのは光のせいだ」

「………」
「違うか?」
「ご、ご、ご、ごめんなさい……ぐすっ……」

光は文句が言えない。
頷いて、すべてを認めるしかなかった。
もう光は泣く寸前になっている、声も涙声だ。



それをみた公二はふぅっと一息ため息をつくと、今度は優しい声に変わる。

「光、今の状況でいいと思ってるか?」
「思ってない!思ってないけど……」

公二はすこししゃがみ込み、光と顔を真正面に向かい合う。

「わかっただろ?

 このチームは光のチームなんだ。

 みんな光を信頼してプレーしてるんだ。
 その証拠にさっきの俺の無茶な指示を文句を言わずに聞いてくれただろ?
 無理だとわかっていても『光ならなんとかしてくれる』って信頼があるからできることだ。

 だから、光は自分がピンチになったときは誰かを頼りにせず、自分の力で切り抜けなければいけない。
 辛いだろうけど、それが光に課せられた宿命だ」

「………」

「それに望の壁を乗り越えなければ、試合にも絶対に勝てないぞ。
 最初はどんな手段を使ってもいい。望に勝てることを示せばいい。
 1対1で勝つにはそこから始めるしかない」

「………」

「できるな?」

「はい……やります!……絶対に、絶対に勝ちます!」

光はもう泣き顔ではなくなった。
力強く鋭い光が目に戻ってきた。

「よし!これからは光の好きなようにやってみろ!」
「はい!」

力強い光の返事。
公二は光が元に戻ったことを確信すると光の耳元に唇を近づけ、そっとささやいた。

「あと、もうさっきの指示は取り消しだとみんなに伝えておけよ、それと……」

光は黙って頷くと、すぐにグラウンドの中に戻っていった。



公二は光がチームメイトに指示を伝えているのを見届けると、ベンチに戻った。


「ふぅ……
 さっきのは、光が自分でなんとかしなくちゃいけない、って事がわかってのプレーだと思うけどな。
 しっかし、こんな事を光に気づかせるだけの指示で失点したのは大きな代償だよな。

 光、さっきまでの時間、光のためにチームメイト全員が犠牲になったんだぞ。
 そこをわかってプレーしろよ。
 さて、反撃開始だな」


公二は再び戦況を見極めるべく沈黙に入った。
視線は光へと一直線に向かっていた。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
再び、きらめきが勝ち越し。
弱気一辺倒だった光もようやく気づいたようです。

いよいよ次話で反撃かな?