失点から試合再開。
センターサークルにはFWの二人。
「おい」
「なんですか、先輩」
「あたしはこれから少し下がり目にするから、おまえは1トップ気味に張ってろ」
「ええっ?」
「いいな」
「で、でもあの……怖いセンターバックが……」
「我慢しろ!」
「は、はい……」
センターサークルでこんな会話をしているが、他の人たちには聞こえていない。
光はセンターサークルの後ろで構えている。
光はじっと前を見据えている。
そして笛が鳴る。
ピピーッ!
ボールが後ろに下がり、光が受け取る。そしてさらに後ろにボールを下げて、前にすすむ。
二人のFWは前にまっすぐに走る。
1年生FWはゴール前へ一直線。
そしてほむらは望のところへ一直線。
これには望が驚いた。
「なっ、て、てめぇ!」
「今度から、おまえの相手はあたしがしてやるよ」
「なにぃ……」
望が自陣中央でほむらにがっちりマークされてしまった。
これではさすがの望も光にマークすることができない。
(ボールが来た!)
その光は望を避けるようにセンターラインの左サイドで待ちかまえており、後ろから待望のパスが回ってきた。
(このチャンスは絶対に活かす!)
中央でボールを奪いに行こうとする望とそれを必死に押さえているほむらを右にチラリと見ながらドリブルを開始する。
目の前にはさっそく、相手選手が目の前にやってきた。
(こんなのドリブルで抜いてやる!)
光はスピードを緩め、目の前の選手を横にステップを踏み、相手を横に動かして惑わせ、かわそうとする。
相手は光の動きにつられて左に動いた。
(しめた!)
光は素早く、相手の動きと逆の右方向に動き、横にかわす。
「あんたは絶対に通さない!」
しかし、相手は抜かれながらそれでも足を出してきた。
その足は、ボールではなく光の右足に。
「うわぁ!」
光はかわしきれずに前に倒れてしまう。
ピピーッ!
すぐに審判の笛が鳴る。
「ひかりん、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
少し足を押さえながらもすぐに立ち上がった光を美幸が心配する。
「でも、フリーキックがもらえたから……」
そう言いながらボールの後ろに立ち、キックの方向を見定め始めていた。
「でも、足が……」
「このぐらいで駄目だったら選手としてやってられないよ」
光は至って平気そう。
(そこは、ほむりんが『あのシュートを乱発させたら壊れるぞ』って気にしていた右足……)
美幸はそう口に出そうとしたが言えなかった。
「ごめん!おもわずやっちゃった」
「まあ、あそこを抜けられたらフリーで左サイドを一直線だからな。やむを得ん」
「そうね。この位置からならゴール前にあげるのが精一杯だから、それほど気にすることはないわ」
「ごめん。つぎはあんな無駄なファウルはしないから」
「頼むよ。カードには気をつけないと、後で痛い目に遭うよ」
「わかりました!」
ファウルを犯した神戸は前線の京、詩織、奈津江の3人に謝っていた。
しかし、ピンチになるようなファウルではなかったためそれほど怒っていない。
逆にピンチになるファウルにあると猛烈に怒るのがこの3人。
ファウル即フリースローで失点になるバスケの出身だから、ファウルに神経質になるのも頷ける。
その間もほむらは望に密着マークしている。
「……おい、おまえら『陽ノ下を潰せ』って指示がでているのかよ」
「そんな訳ないだろ……ただ、あいつが光に対して対抗意識が強いだけだ」
「そうか……」
望も避けようとするが、ほむらが想像以上にしつこい。
避けるのを半分諦めて、逆にほむらをマークするぐらいのつもりになっているようだ。
「ところで、お前こそあたしのマークばっかでいいのか?」
「なんだ?」
「あんたがここにいたら、前線はあいつだけだろ?」
望は首を振って、前線で動きまわっている1年生FWを指す。
「バカ、あいつじゃ、あんたの世話は無理だ」
「何?」
「陽ノ下がマークを外せないほどなんだ、そんな奴の対処はあたし以外ではできないよ」
「でも、あいつにゴールが期待できるか?」
「今のあいつでは無理だ。しかし、あたしが潰れても、陽ノ下は動けるからな」
「うっ……」
「そっちは守備の要が消えるんだ。戦力的にはイーブンってとこだな」
「………」
にやりとするほむら。それを聞いて少しだけ顔が青ざめた望。
「悔しいが、このチームは陽ノ下次第なんだ、あたしがいなくても勝てるんだよ……」
ほむらはこうぽつりとつぶやいたが、望には聞こえていなかったようだ。
この光がもらったフリーキックはセンターライン付近ということで、単にゴール前に落とすことが精一杯。
ボールはきらめきDFが頭で難なくはじいてしまう。
そしてしばらくして、また光にボールが回ってきた。
今度は中央の右サイド。
「こんどは絶対にゴール近くまで!」
光がドリブルで右サイドぎりぎりを一直線に進む。
なるべく相手の選手が近づくのが遅くなるように考えた策だ。
それでも相手の選手がやってきた。
真正面からこちらへ一直線へ向かっている。
周りは光のパスを受けられるようにある程度の距離に何人も待っている。
しかし、相手の来るスピードが速く、パスを出すとカットされる可能性が高い。
「まっすぐしか見てないね。これならフェイントで……うわぁ!」
光がフェイントを掛けようとしたところで、光はとばされてしまった。
スライディングでもなく、いきなりボディコンタクトを仕掛けてきたのだ。
ピピーッ!
審判がすぐに近づき、相手選手にイエローカードが掲示される。
またもや倒れた光に味方の内藤がすぐに来た。
「光ちゃん大丈夫?」
「秋菜ちゃん、大丈夫。私が油断してただけだから……」
「でも、あれは尋常じゃないよ?」
「ううん、気にしないで。ほら!フリーキックだから」
「うん……」
「ほらほら!行った行った!」
光は手で振り払う仕草を見せて、前に行くようにせかす。
内藤は不安な表情を見せながらも前へと走り出す。
「やっぱり痛いな……」
光は起きあがりながら右足のすねをさすっていた。
「変にひねちゃったのかな……でもがんばらないと……」
光はようやく立ち上がる。
「このぐらいで負けちゃいけない……負けちゃいけない……」
光は自分に言い聞かすようにつぶやいていた。
一方のきらめき側。
優美の周りは先ほどの奈津江、詩織、京の3人が囲んでいる。
3人ともおかんむり。
「こら!優美!なんだあのプレーは!」
「キャプテン、だって、ああでもしないと止められなさそうだったから!」
「いくらなんでも、ボディコンタクトはないと思ったけど……」
「パスさせるとまずいでしょ?だから間を詰めようとしたら、フェイントが見えなくて……」
「かわされるぐらいなら、ぶつかれってことか?」
「うん……」
弱々しいが弁解する優美に3人ともそれ以上は言わない。
「まあ、ぶつかり方が下手だってことだな。サチを見習うべきだ」
「京!そんなこと言っていいの?」
「なんとかして止めるという判断は正しいからな。あとはうまくするプレーをする、シオ、違うか?」
「う〜ん……そう言われると文句いえないじゃない……」
「優美ちゃん。後ろでパットがカバーしてたのが見えた?」
「えっ?」
「こら。周りを見ていれば、後ろを抜かれても大丈夫だってわかるでしょ?それなら、パスを防ぐことに集中すればいいのはわかるでしょ?」
「はい、ごめんなさい……」
「よし。今度は周りを見てから行動すること。基本だよ?」
「はい!」
怖かった3人だが、キャプテン鞠川の指導でようやく普段の3人に戻っていた。
しかし、このプレーを境にきらめきの守備が変わった。
中盤で光をつぶしにかかってきたのだ。
中盤ならパスコースを消すよりも、足を止めることが一番の手段だということで統一見解がまとまったからだ。
ゴール前での光のパスは驚異だが、センターサークル付近なら怖くはない。
それならば、光の得意はドリブルを止めることに集中できる。
誰が言ったわけではないが、先ほどの2つのプレーを見て、みんながそれに気がついたのだろう。
それまでも統制が取れていたきらめきの守備がさらに統制が取れるようになった。
どうしてよいかわからなかった光の対策が見つかったからだ。
(じょ、冗談じゃないわよ……)
これで被害に遭っているのは、間違いなく光だった。
(なんで、こんなに倒されなきゃいけないのよ……)
中盤でボールの奪い合いを挑まれ、何度も倒されてしまっていた。
(こんなところでファウルをもらっても……)
ファウルは何度ももらっているが、センターサークル付近からのフリーキックではほとんどチャンスにならない。
バックラインとの空中戦にさせるのが精一杯。
まず味方のボールにならない。
(くそっ……いらいらする……)
思い通りのプレーをまったくさせてもらえず光のストレスはたまる一方だった。
そして変わったのはここだけではない。
今までくっついていたほむらと望である。
「さてと……あたしはこれでおいとまするかな……」
「えっ?」
ほむらが突然望から離れていこうとしていたのだ。
「あれだけやればあんたが1人で相手することはないだろうな」
「ま、まあ、あれを見ていればな……」
「だったら、あたしがここにいても意味がない。ちがう行動をするだけだ」
「………」
「まっ、これで元通り。普通のサッカーに戻るだけなんだけどな!」
「………」
「それじゃあなぁ〜♪」
ほむらはそういうと後ろ手で望に手を振ると、DFラインに向かって走っていった。
「……なんか、からかわれた気分……」
残された望はなにかおもしろくない。
なぜかはわからないが、不満だけが残る。
「まあいい……このまま勝てるから……」
そうつぶやくと望は他の選手との距離を元に戻すべくポジション移動を始めた。
「………」
公二は腕組みをしてテクニカルエリアで仁王立ちになっていた。
(光……耐えろ。ここで切れたら負けだぞ。
このぐらいのしつこいマークはこれからずっと続くんだ。
そのなかで道を切り開いていくのが大事なんだ。
俺だって、相当苦労したけど、抜けきったんだ。光もできるはずだ)
公二は何も言わない。
しかし、心の中では光に向かって懸命に叫んでいた。
(でも、やっぱりきらめきはすごい。
監督がなにも言わないのに光対策を完成させてしまった。
光の怖いところと、怖くないところを選手が的確に判断してしまうんだからな。
これを他の学校が研究されたらたまらないな……
さて、ここからどうするか……
ボールと光を前に持っていかないと何もできないからな……)
相手のプレーに感心しながらも公二は次の手段を考えていた。
しかし、今回はなかなかいい案が浮かんで来ないようだ。
時間は刻々と過ぎていく。
もう残り時間も少ない。
(はぁ……さっきからこればっかり……)
そして、もう何度目かわからないフリーキック。
しかも、もう何度目かわからないセンターサークル付近でのフリーキック。
光はもううんざりしてきていた。
(いくらなんでも、これじゃあ集中が切れちゃう……)
キッカーは光1人。
他の味方は前に広く散らばっている。
サイドに振ってボールを前に進めてもよし、ゴール前を狙って一気にシュートまで持ち込んでもよし。
いろんな手段はあるが、すべて相手に読まれてしまっている。
(もう手がないよ……)
光はもう諦め掛けてしまっていた。
そんな光の目の前に人がいることさえ注意が回っていなかった。
「よぉっ!」
「えっ?」
目の前にいたのはほむらだった。
「なにぼぉ〜っとしてるんだよ」
「ほむら……どうして?」
何がなんだかわからない、と言いたげな光にほむらは呆れながらも話を続ける。
「なんでもないよ。たまにはあたしが蹴ってみたいなぁって」
「えっ?」
驚くに光にほむらが耳打ちする。
「あのな、少なくともあたしのほうがあんたよりも距離はでるぜ」
「うん、そうだけど……」
「この距離ならあたしが蹴ればゴール前にあげられる。そこでお前が勝負しろ」
「それ……本気?」
「ああ、このままだと埒があかねぇ。こうなったら一度やってみるしかないだろ?」
「うん……わかった」
「あのセンターバックには気をつけろ、セットプレーで色々言ってくるからな」
光は大きく頷くと、ゴール前へ猛ダッシュしていった。
光がゴールへと走っていくところを見守るほむら。
「さてと……いよいよあたしの出番だな……これでもロングキックの練習はしてきたからな」
FWなのにこっそりとなぜかロングキックの練習をしていたほむら。
「たぶんこんな場面が漫画で見たから練習してたけど、まさか本当になるとはな……」
光がゴール前の混雑に入り込む。
「さて、あいつの場所が落ち着いたら蹴るか……」
ほむらはゆっくりと後ずさりを始めていた。
あきらかにゴール前を狙っているとわかっているため、全員がゴール前に集結する。
「ハ〜イ!どうもぉ〜♪」
「………」
その中で、光はさっそくセンターバックにくっつかれてしまう。
近くを見ると京が光のマークにつきたかったみたいだが、センターバックが中指をおったてて近づけさせない。
「いやぁ〜、一度お話したかったのよねェ〜♪」
「……何言ってるんですか」
べたべたくっつきながら絡まれる光。
無駄にくっつかれているように見えるが、反則にならず、さらに光とボールの間に入っており、普通にプレーをさせてもらえないようにもなっているのでやっかいこの上ない。
「あのねぇ、私あの人とオトモダチなのよォ〜♪」
センターバックはベンチで呆然としたままの花桜梨を指差した。
ここで光は、花桜梨がこのセンターバックにやられてしまったのを思い出した。
(違う!知り合いに見えたけど、絶対に友達じゃない!)
「でも、あなたも幸せよねェ〜♪」
「何がですか?」
「だって、ドロボウさんと一緒のチームなんて滅多にないわよ!きゃははァ〜♪」
「!!!」
「いやぁ、ゆかいゆかい、ははァ〜♪」
ブチッ
光の頭の中に鈍い音がした。
それと同時にほむらがボールを蹴った。
力強く蹴られたボールはゴール前へと高く高く上がってくる。
それをみた光はなぜかゴールとは反対の方向に走り始めた。
Go to Next Game.
後書き 兼 言い訳
うわぁぁぁ!
半年ぶりだよ!
時間って怖い、時間って怖い、時間って怖い……
いや、実は「どうやって光をキレさせるか」という今話でいうと真ん中あたりの部分が全然思いつかなかったのです。
その後の展開は固まってるだけに、ずるずると時間が過ぎてしまいました。
もう、こっちの書き方を完全に忘れてしまっていた(汗
思い出しながら書きました。
ふぅ、ようやく話がすすみます。
次はいよいよあれですかな?
う〜ん、次というよりも、これまでのあらすじを書かないと誰もついていけなそう(汗