第2話目次第4話
公二と光が文通を始めてもう2年が経った。
相変わらず文通のペースは落ちない。

しかし、二人は感じ取っていた。
「なにかおかしい」
それは次第に二人に現実を突きつけることになる。

太陽の恵み、光の恵

第0部 プロローグ その3

Written by B
小学校5年生になってから、手紙に明らかな変化が見られた。

「今日、お父さんとプロ野球を見に行ったんだ。とってもかっこよかった!僕もあんなふうになってみたいなぁよし!僕も練習しようかな!」
(うふふ、公二ちゃん、がんばりやさんやさかいに、きっと大丈夫や。でも、すまん……野球のこと詳しくわからへん……)


「あのな、このまえ近所でアイドルのコンサートがあったんよ。めっちゃ楽しかった!私もあんなアイドルなってみたいわぁ」
(光ちゃん、学校でも人気がありそうから、きっとアイドルになっても人気でそうだなぁ。でも、ごめん……そのアイドルのことよくわからない……)


「今日は、お父さんと、Jリーグの試合を見に行ったよ!すごかった!Jリーガーになりたいなぁ。でも野球もいいし……う〜ん、どうしよう」
(公二ちゃん、なんでもできるから、どっちでもええはずや!でも、すまん……サッカーもよくわからへんのや……)


「この前、図書館でおもろい小説見つけたんよ。めっちゃ感動した!主人公がとってもかわいくて憧れるんよ!」
(そうか……確かに光ちゃんそっくりだとおもうよ。でも、ごめん……その小説、全然わからない)


確かに手紙の相手は昔から知っているあの子である。しかし、お互いの話題についていけなくなってしまったのだ。
自分としては、今まで話してきた話題と同じつもりで話している。しかし、相手にとってはまったくわからない分野だったのだ。
それだけ、年月が経っていたのだ。男の子が興味を持つことと、女の子が興味を持つことが違ってくるのだ。それは仕方のないこと、思春期ならなおさらそうだ。
自分が興味があることが、他人が興味があるとは限らない。それが個性というもの。思春期なら男女の思考の差が興味の差に表れたといってもいい。
しかし、公二と光はそうは思わなかった。


「もう、引っ越してから2年半か……」
「2年半もたってしもうたんか……」


自分たちの環境が理由だと感じたのだ。






小学校2年まではずっと側にいた。引越しで離れ離れになっても、手紙を通じて側にいる感覚でいた。
しかし、現実は違っていた。北海道と神戸。二人の距離はあまりに離れていた。その現実を公二と光に突きつける出来事が起こった。
公二があることにとうとう気がついてしまったのだ。


「どうしよう……こんなこと光ちゃんに聞いていいのかな……だめだ……やっぱり聞けない……消そう」


そうして、ある質問を消した手紙が光の下に届いた。そして、光は今までの癖で消したその内容まで読んでいた。

「えっ!……『その言葉、意味がわからない』……そんなぁ……うちの言葉が公二ちゃんがわからないって……!!!」


そして、光も気がついてしまった。自分が変わってしまったことに。


「そうか……光ちゃん、関西だから……」
「うち、ほんまに関西弁になってしもうたんや……」


光は完全に関西弁が地になってしまった。






言葉の違い、とくに方言の違いは、住んでいるところの差を感じさせる。関西弁はそれが強い方言の一つである。子供が聞いてもわかるぐらいである。公二と光も例外ではない。


「やっぱり、光ちゃん……神戸なんだなぁ」
「公二ちゃん……やっぱ、北海道なんや」


現実の距離は実感できない。しかし言葉は二人に現実の距離を教えてしまう。


「遠いなぁ……」
「遠いわぁ……」


公二と光は二人の間があまりに離れていることを知ってしまった。






興味も違い、地域も違う。いつしか、公二と光には共通点がなくなってしまっていた。共通するのは小2までの思い出だけ。
それでも、2人は手紙は書き続けた。それが、今の公二と光を結びつける唯一の方法だったから。






こうして、二人が小学校6年生になっても文通が続いた。しかし事態はまったく好転しない、むしろ悪くなるばかり。
もはや、手紙を読むのは苦痛以外の何でもなくなってしまったのだ。


「北海道はまだ雪が積もっています。今日も雪が降ったんだ。
 朝からがんばって雪かきをやったんだ。
 隣のおじいさんが雪かきが大変だから手伝ってあげたよ」
(なあ、公二ちゃん……こっちは桜満開や……雪の話はせんといてや……)


「今日、大阪で新喜劇見にいったんや
 もう、そらおもろかった!何度もずっこけたわぁ!
 やっぱり明るく笑うのが一番や!」
(頼む、光ちゃん……関西の笑いは、僕にはついていけないよ……)


「今日はジャガイモ畑でジャガイモの収穫があったよ。
 おいしいジャガイモがたくさん!給食で食べたけどおいしかった
 光ちゃんにも分けてあげたかったけど……」
(なあ、公二ちゃん……たこ焼きの話しようや……)


「うちは夏が大好きや!海や太陽が大好きなんや!
 今日は友達と海でめっちゃ遊んだんよ
 やっぱ、体動かすのは最高や!」
(お願いだよ、光ちゃん……こっちの夏は涼しいんだよ……)


手紙を読めば読むほど、二人の間の現実を知らしめる結果となり、二人を苦しめた。






それでは、書くことを変えればいいと思うが、二人にはそれすらできなかった。
書くのは読むより苦痛だったのだ。


「どうして……どうしてこんなことしか書けないんだ!」
「もう書くことあらへん……うち、なに書けばいいんや!」


書けば、自分が感じたことを相手も感じるはず。それはわかっていた。しかし、どの話題を書いてもダメだった。そこまで二人の間は離れてしまっていた。
それでも、この辛さを知られてはいけない。そんな思いで手紙の中身は明るい言葉で書かれていた。それが、さらに辛い思いをさせるとわかってはいたのだが。






そして、二人とも手紙をポストに入れた晩、布団でおもいっきり泣いた。


「どうして、あんなこと書いたんだろう?」
「どうして、あんな手紙送ってしもうたんや?」


あんな文章を送ってしまったこと、あんな文章しか書けなくなったことに。そんな自分に腹を立てて泣いた。


「俺、もう光ちゃんと楽しく文通できないのか?」
「うち、公二ちゃんと楽しく文通したいんや!……でももうあかんのか?」


悪循環の繰り返し、わかっているけど止めることはできなかった。それでも手紙を送るのをやめることはできなかった。


「俺には手紙しかない……手紙がなくなると終わってしまう……」
「うちにはもう手紙しかないんや……これ止めたら、公二ちゃんが消えてしまう……」


公二と光を結びつけるものは手紙しかない。それだけは手放すことはできなかった。






そしてお互いに苦しんだまま、二人は中学校に進学した。
手紙はかろうじて続いていた。しかし、手紙の出す間隔が開いてきた。さすがにあの辛さにはもう耐えられなくなっていた。
内容も、味気ないものになった。最近の近況が手紙の大部分を占めている。
それでも時々、こんな内容の手紙が交わされるようになった。


「うちの一番の友達が3月に引っ越してしもうた。
 その引越し先が……ひびきの。あれからもう4年たったんやな」
(もう4年か……)


「部屋を掃除していたら、昔の写真が出てきた。
 遊園地での光ちゃんと華澄おねえちゃんの写真がでてきた
 あのときの観覧車の風景が目に浮かんできたよ」
(うちも思い出してしもうたわ……)


そう、昔を懐かしむ内容の手紙が増えていた。読んでいる二人も、書いている二人も不思議だった。


「どうしてこんな手紙書いたんだろう?」
「なんでこんな手紙書いたんやろ?」


その理由がわからぬまま、時は過ぎ去っていく。






そして、中1の夏、どちらからともなく、手紙が途絶えてしまった。






文通が途絶えて一月経った頃、公二と光に異変が起きた。


「なんだ?……この胸が締め付けられるような感覚は?」
「なんでや?……なんや、この切ない気持ちは?」


確かに手紙を読んでいるとき書いているときの苦痛はなくなっていた。しかし何か別の苦しさが時々二人を襲ってきた。


「あっ、また、見ちゃったよ……もう、終わったのに」
「あかん、また探してしもうた……もう、来ないはずやのに」


気が付けば、郵便受けの中を見ている自分がいた。くるはずのない手紙を待っている自分がいた。


「ふぅっ、また光ちゃんの夢だった……どうしてなんだ?」
「また公二ちゃんの夢や……なんでやろ?」


子供のときの出来事の夢を頻繁に見るようになったのもこの頃からである。


「俺……なんで手紙なんて読んでいるんだろう?」
「わからへん……なんで手紙読みたくなるんやろ?」


いつしか、昔の手紙を読むようになった。そこには前のような、辛い思いはない。浮かんでくるのは、昔のお互いの姿だけ……


「光ちゃん……」
「公二ちゃん……」


いつの間にか、朝から晩までお互いのことを考えるようになっていた。






「失って初めてその大切さがわかる」
どんなものに対してもいえる言葉である。ずっと側にあると、それが普通に思えてくる。
しかし、いざなくなってみると、それに頼っていた自分に気がつく。
それが人間だって例外ではない。






「光ちゃん……」

公二は手紙を読みながら光のことを考えていた。
子供のときは、泣き虫でガンコでわがままだった。でも、笑顔がとっても可愛かった。その笑顔が見たくて、毎日がんばってきたようなものだ。
離ればなれになっても、公二にとって光は魅力的だった。学校では元気で、明るい女の子で人気もある。でも、その裏では変わらない泣き虫を隠していた。友達を本当に大切にする。時には自分が我慢してまで友達を大切にする。自分が心配したくなるほど優しいところを公二は知っていた。
確かに言葉は関西弁になった。しかし、光はやっぱり光だと確信を持つようになった。






「公二ちゃん……」

光も手紙を読みながら公二のことを考えていた。
子供のときは、公二に泣かされたこともあった、ケンカもした。しかし、公二は光を守ってくれた。そんな公二が頼もしくて、いつでもどこでも側にいた。
離ればなれになっても、光にとって公二は魅力的だった。学校ではクラスの中心で、どんなことにでもチャレンジしている。純粋なところがあり、信念を曲げないのは昔のままのような気がしている。本当に友達想いで、友達のことを考えるあまり、自分に負担がかかってしまう。優しすぎる面があるのを光は知っていた。
確かに彼は北海道にいる。しかし、公二はやっぱり公二だと確信を持つようになった。






そうして、自分の隠された、いや隠してきた想いに徐々に気がついていくようになる。
そして、中1の冬、クリスマスの頃。二人は、自分たちの心の中に潜んでいた本心に気がつく。


「俺……光ちゃんが好きなんだ……」
「うち……公二ちゃんが好きなんや……」


いままでの苦悩、いままでのせつなさ、いままでの辛さ。苦しんでも手紙を止めなかった理由。
それは昔から、引っ越す前からお互いのことが好きだったからということに気がついたのだ。






恋というのは、気がつく前は切なく苦しいもの。
恋というのは、気がつくともっと切なく苦しいもの。


「光ちゃん……辛いよ……」
「公二ちゃん……苦しいよぉ……」


お互いへの恋心に気がついてから、お互いへの想いは積もるばかり。
しかし、現実は北海道と神戸。どうしようもできない距離。


「だめだ……怖いよ……」
「あかん……怖くてだせへん……」


手紙を出したくても、あの辛さがよみがえってくる。それに、相手が今どう思っているのかまったくわからない。もし、期待を裏切る反応だったら?そうしたら本当に終わってしまう。それが怖くて手紙を出せなかった。


「どうしたらいいんだ……」
「どうしたらええんや……」


中1の冬、公二と光は自問自答の繰り返し。自分の想いをどうしたらいいのがずっと悩んでいた。






そして、二人が中学2年に進学しようとする春。
二人はついに覚悟を決めた。手紙を書く決心をしたのだ。それは同じ時期だった。


「頼む……この想い届いてくれ……」
「神様、頼むわ……この想い伝えてほしいんや……」


悩みに悩みぬいて決心した手紙。
勇気を振り絞って書いた手紙。
自分の想いを最大限に表現した手紙
自分の今までの人生のすべてを賭けた手紙。
祈るような想いでポストに投函した手紙。
これがダメなら、すべてを諦める。そんな悲壮な想いを秘めた手紙。
その手紙は……まったく同じだった。


「逢いたい。  主人 公二」
「逢いたい。  陽ノ下 光」


たった、これだけだったが、想いは伝わった。あとはこの想いを直接伝えるだけだった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
第3話、小5から中2の春までの二人のお話です。

二人の苦悩ぶり、わかっていただけたでしょうか?
心の中では小2のまま、でも現実は違っている。そのギャップで苦悩する二人を書きたかったのですが、どうでしょう?
そして、お互い恋していたことに気がつく様子はわかっていただけたでしょうか?

話の中で、中学入学と同時に光の親友がひびきのに引っ越します。
親友とはもちろん彼女です。なぜそうしたかの理由はあとで書きます。

光ちゃんの関西弁。私の想像での関西弁なので本当は違っているかもしれませんが、ご勘弁を。

次回は二人が6年ぶりに再会します。そして……
以前読んだ方はわかっていると思いますが、そうです、あの場面です。
できるだけ抑えて書くつもりですが、大丈夫か俺?不安だぁ。
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