「もうすぐ、光ちゃんに逢える」
「もうすぐ、公二ちゃんに逢える」
中2の春。
想いをこめた短い手紙は確かに届いた。
そして、5年半ぶりの再会。
気持ちが高ぶる、そして想いも募る。
二人にとって一生の思い出となる一日がもうすぐ近づいてきている。
太陽の恵み、光の恵
第0部 プロローグ その4
第4話〜再会〜
Written by B
「逢いたい」
「逢いたい」
その思いは伝わった。途絶えてた手紙も半年振りに再開した。しかし、内容はまったく味気ないものだった。
「いつ逢おう」
「どこで逢おう」
「逢って何をしよう」
もっぱら、久しぶりの再会の計画のための手紙だった。
確かに、手紙が途絶える直前も味気ないものだった。しかし、昔と今では違った。
昔はお互いが離れてしまって、それをさらに知ってしまうことへの恐れ。
今は、お互いへの気持ちを知って、それが抑えられなくなることへの恐れ。
今の手紙は何か心地よい気持ちで書けた。
そして、夏休み直前。
公二は母親にある頼み事をしていた。
「なあ、母さん」
「なに、公二?」
「夏休み、久しぶりにひびきのに旅行したいんだけど、いいかな?」
ひびきのに旅行。
もちろん目的は幼馴染みとの再会なのだが、それはさすがに言えなかった。まだ照れがあるのだろう。
「一人で?」
「そうだけど。母さん、俺はもう子供じゃないよ」
「そうだけど……」
いくら人のいい親だって、簡単に中学生の一人旅を認める人はそうはいない。公二の母もさすがに考えてしまう。
「テストも学年1位とったし……いいだろ?」
「しょうがないわね……ご褒美よ」
「ありがとう!母さん」
こうして公二は意外とすんなりと一人旅の許可をもらった。これも公二の日頃の行いのおかげだろう。
そして光もまた母親に同じ頼み事をしていた。
「なあ、おかん」
「どうしたの、光?」
「夏休み、久々にひびきのに行ってみたいんやけど、ええか?」
ひびきのに旅行。
もちろん幼馴染みと会うのが唯一であり最大の目的である。もちろん公二と同様に照れがあってそんな理由は言えるわけがなかった。
「まさか、一人でか?」
「そうや、うちはもう14や。立派な大人や」
「そうか?」
女の子。それも中学生の一人旅。普通の親なら認めるわけがない。
しかし、滅多にしない娘のたってのお願い。光の母は考えてしまう。
「ええやんか!テスト一番とったし、ええやろ?」
「う〜ん……よっしゃ!ご褒美に認めたろ!」
「おおきに!」
光の熱意に押されて、光の母も旅行を認めた。しかし、光のこれまでの行いがあったからこそ認めてくれたのだろう
二人とも期末テストはなんと学年トップだった。
それは、夏休みに一人旅を認めてもらうための説得材料を増やすためだけに勉強したのだ。今まで、学年20番以内に入ったことのない二人がこれだけ努力したのは、ひとえに幼馴染みに逢いたい一心だった。恋する者は強いとはよく言ったものだ。
二人ともこうして一人旅の許可をもらった。あとはもう実際に会うだけである。
そして8月。公二と光が再会する日の前日になった。
今晩はひびきの駅の近くのホテルに泊まる。そして、明日の朝ひびきの駅で待ち合わせ。その日は思い出話に花を咲かせながら思いっきり遊ぶ。そして、次の日の午前中に家路に向かう。これが、二人の計画だった。
二人に与えられた時間はたった一日。さすがに中学生なのでそれ以上の時間は親が認めてくれなかった。
でも二人にとって、それで十分だった。
公二はひびきのに向かう電車の中で思いをはせていた。
「もう、5年半ぶりかぁ……あっという間だったよな」
「いよいよかぁ……光ちゃん、どんな子になっているのかなぁ」
「どきどきして、今晩眠れそうにないなぁ……」
公二の頭の中には一緒に遊んでいた光の満面の笑顔が浮かんでいた。
光はその夜ホテルの部屋でまた思いをはせていた。
「公二ちゃん……いよいよ逢えるんやね……」
「5年半ぶりかぁ……どんなになってるやろな……」
「どきどきして、今晩眠れそうにないわ……」
そして光は壁に貼り付けてある鏡に自分の姿を見つめた。
「公二ちゃんに逢えるから……おもいきって髪形変えてみたんやけど……」
光は、この日のために髪をショートカットにした。
ロングヘアしか知らない公二に、自分を大人っぽく見せるためであり、この日をきっかけに自分を変えるためだった。
「似合ってるかなぁ……公二ちゃん、なんて言ってくれるやろ……」
二人はそれぞれの想いを秘めながら、夜は更けていく。
そして、翌朝。ついに運命の日が訪れた。
ひびきの駅前で公二と光が5年半ぶりに再会を果たした。幼馴染みのカンでお互いの姿を探すことができた。
「……光ちゃん?」
「えっ、君が……公二ちゃん?」
その姿は二人の想像を遥かに超えていた。
公二が久しぶりに見た光の姿はとてもまぶしかった。
髪の毛はショートカットになっていたのに驚いた。しかし、光にはとても似合っていてドキドキした。
かわいかった顔は、今では綺麗といった言葉も使えるだろうか。そして、子供の頃一番惹かれていた、とびっきりの笑顔がさらに魅力的に感じた。
そして、華奢ながらも丸みのある体つきは、光が女であることを十分に感じさせた。
(光ちゃん……こんなに綺麗だったんだ……)
光が久しぶりに見た公二の姿はとてもまぶしかった。
同じぐらいだった背丈も、いまではかなり差がついていた。自分を包み込むような大きさにドキドキした。
幼かった顔は、今ではとても凛々しい顔になっていた。しかし、瞳は子供の頃と変わらず、とても純粋の目をしていた。
そして、たくましい体つきは、公二が男であることを十分に感じさせた。
(公二ちゃん……こんなに格好よかったんや……)
久しぶりのお互いの姿に二人はドキドキしていた。顔を赤くして、うつむき加減で話をし始めた。
「ひ、久しぶり、光ちゃん……」
「公二ちゃん、久しぶり……」
「逢いたかったよ……光ちゃん」
「うちもや……公二ちゃん」
お互いの呼び名は5年半前と同じ事に気づく二人。昔と変わらなくていいと思っていたが、さすがに恥ずかしかった。
「『公二ちゃん』か……恥ずかしいなぁ……『公二』でいいよ」
「そ、そやな……『光ちゃん』は恥ずかしいわ……うちも『光』でええよ」
「光……なんか、恥ずかしいな」
「公二……うちもや、でも慣れるやろ」
公二は初めて光の関西弁を直に聞いた。手紙ではあれだけ違和感があったのに、光が実際に話しているとまったく気にならない。それどころか、似合っていて可愛いような気もしていた。
「光……関西弁なんだね」
「う、うん……」
「なんでだろう……とっても、似合ってるね……」
「そ、そうか……おおきに、公二……」
気にしていた言葉もすんなり受け入れてくれて安心した光。今度は思い切って、自分の髪型について聞いてみる。
「なあ、うち、今日のために髪型変えてみたんやけど……」
「………」
「似合ってへんの?」
公二が黙ってしまったので、心配になってしまう光。それを見た公二は誤解しないように正直に感想を言う。
「違う……似合いすぎてて……ドキドキしてる……」
「ほ、ほんまか?」
「ああ、すごく似合ってて、とっても可愛いよ……」
「おおきに……そういわれると、しばらく変えられそうにないわ……」
光は自分の髪型を褒めてもらって気分が良くなっていた。
「なあ、光……」
「なんや、公二……」
「そろそろ、遊園地行かないか?」
「そ、そうだね!」
「思いっきり遊ぼうな!」
「うん!了解了解!」
こうして二人の一日が始まった。
公二と光は昔と変わらない入場門を見上げていた。
「久しぶりやね……」
「ああ……」
「なんか、変わってへんね……」
「そうだな……」
二人が選んだ場所は、遊園地。離れ離れになる日の前日に遊んだ、あの遊園地である。
二人一緒の思い出はここで終わっている、またここから始めよう。そういう意味も込めて選んだ場所である。
さっそく乗り物に乗ろうとする二人。
「よし!なにから乗ろうか?」
「ジェットコースター!」
「大丈夫か?怖くて泣いても知らないぞ!」
「ぶ〜!うちはもう泣き虫やないで!」
「はいはい……そういうことにしましょうか」
「ぶ〜!」
光をちょっとからかう公二。それに頬をふくらませて起こった表情をする光。
(しかたないな……公二の前では泣き虫のままなんやから……)
(でも、怒った顔も結構可愛いな……)
確かに光は泣き虫ではなくなった。しかし、それは他人の前だけであった。公二への手紙の中では、泣き虫のままだった。手紙を書きながら何度泣いたことか。その涙の後が残った手紙を何度送ったことか。
しかし、それが公二以外知らない本当の光だった。光は、公二がそんな本当の自分に気づいていることが嬉しかった。
ジェットコースターのあとも色々と乗り回す二人。
「つぎは何乗るか?」
「公二、ちょっと休もうや」
「えっ?光、いいのか?」
「公二、無理しちゃあかん。公二はいつも無理するから」
「そうか……ありがとう」
無理をしないように止める光。その気遣いを素直に受け止める。
(やっぱりわかるか……光は何でもお見通しだな……)
(公二、いつもうちにやさしいから嬉しいんやけど……)
確かに公二はクラスでは中心で頑張っていた、弱音などはかなかった。しかし、光への手紙には、正直な気持ちが出てしまっていた。確かに時々無理していたのだ。その気持ちを書こうとして消したことが何度あったか。
光はそんな公二の本心を知っていた。公二も人の子である、辛いことも苦しいこともある。
公二は光がそんな本当の自分に気づいていることが嬉しかった。
そうしているうちに、ちょっとした事件が起こる。
「さて、次はどこへ……って、あれ?光は?」
いつの間にか光がいなくなってしまった。
「お〜い、光〜!……どこへ行ったんだ?光〜!?おかしいな。一度戻ろうかなぁ」
辺りを探してみるが見つからない。それでも探していると、ようやく見つかった。
「あっ、やっと見つけたぁ!」
「光!」
公二を見失ってうろうろしていた光がそこにいた。
「あ〜、良かったあ!ほんまにどこへ行ってたんや!」
「それはこっちの台詞だよ」
「ひど〜い!勝手に先に行って、消えちゃうのは誰や!」
「あのなぁ、俺はいつもどおり歩いていただけだよ」
公二と光は昔同じような出来事があったのを思い出していた。
「まったく、変わってないんやから……」
「光だって……」
「ぶ〜!」
(あれ?そういえば昔似たようなことがあったときは……よ〜し)
そこで公二は昔同様のことをやってみることにする。
「わかったよ……じゃあ、はぐれないように手をつなごう!」
「えっ?」
「いいから、いいから、昔みたいにさ!」
「あっ……」
そういって、公二は光の手を握った。
光は昔同様に公二が守ってくれることが嬉しかった。
公二は昔同様に光を守れることが嬉しかった。
しかし手を握った感触は昔と同じではなかった。
(光の手って、柔らかい……)
(公二の手って、暖かい……)
(なんで手を握るだけでこんなにドキドキするんだろう……)
(信じられへん、こんなにドキドキするなんて……)
昔同様に無邪気に手が握れなくなってしまっていた。
それから少しの間、二人は顔を真っ赤にしてうつむきながら、黙ったまま遊園地を歩いていた。恥ずかしさとは裏腹に、つないでいる手には力が入っていた。
遊んでいるうちに二人は感じていた。
(やっぱり昔の光のままだ……)
(うん、あれは昔の公二や……)
あんなに遠くの存在だったと思っていたのが実は昔のままだったこと。
(光、とっても可愛いよ……)
(公二、ほんまにかっこええ……)
成長したお互いの姿、ちょっと大人になったお互いの姿、仕草、言葉。昔とは違うお互いの姿に惹かれていた。
(やっぱり、俺は光のことが好きなんだ……)
(まちがいあらへん、うちは公二のことが好き……)
公二と光は、自分の想いをさらに強めていった。
時間のたつのは早いもの。そろそろ、帰る時間になった。そこで、二人は最後の乗り物に観覧車を選んだ。
『あっ、もうおしまい……』
『ほんとだ……』
『また、いっしょに乗ろうね!』
『うん、いっしょに乗ろう!』
昔交わした約束を果たすために、あえてこの場所を最後の場所に決めていたのだ。
「うわぁ、きれいやわ……」
「ほんとだ、きれいだな……」
「変わってへん……」
「うん、そうだね……」
夕焼けが映えわたる町並みが観覧車から見えていた。
「今日は光に逢えて本当に楽しかった……」
「うちもや、ほんまに楽しかった……」
「………」
「………」
そう言うと、二人は黙ってしまった。もう終わりだという寂しさがゴンドラの中を満たしていた。
沈黙を破ったのは光だった。
「……嫌や、もう、いっちゃ嫌や」
「光……」
「うち、もう、いややねん……離れ離れになるの」
「………」
光はぽつりぽつりと今までの思いを打ち明け始める。。
「あの時、公二が引っ越して、うちも引っ越してしまった時、ずっと泣いてたんや。友達もできずに落ち込んでいたときに、公二からの手紙……めっちゃ、感動した。あの感動が忘れられずにずっと手紙を書いてた……公二が側にいるようで、嬉しかったんや」
自分の素直な気持ちを公二に直接伝えるのはもうここしかない。
そう思った光は自分の嬉しい思い、辛い思い、悲しい思いを包み隠さず打ち明けた。
「でもな……同じ話題がなくなって、嫌でも公二が離れてしまう……苦しかった。手紙を書かないと、おしまい。でも書くと公二が離れてしまう……せつなかった。なんか、公二が引っ越してしまった日のような思いを毎日していたんよ!」
光の口からあふれ出る想い。そしていよいよ、光が本当に言いたかったことを言う。
「そいでね、手紙が来なくなって……公二が別の世界の人になってしもうたとき気づいたんよ」
「何が?」
「うちの本当の気持ちや……ずっとずっと思ってきた、本当の気持ち」
「………」
「いまから、勇気を出して言うから、聞いといてや……」
「………」
光は真剣な眼差しで公二を見つめる。そして、ゆっくりと言葉を伝える。
「公二が好きです。子供のときから、ずっと、ずっと……」
光はついに公二に告白した。
それを聞いた公二はだまったまま。その表情は悲しい表情だった。
「……ごめん……」
「えっ……」
「俺、今すごく後悔している……」
「そんなぁ……うちのこと嫌いなの?」
思いがけない事を言われて悲しくなってしまった光。
「ま、待て、勘違いするな!」
「えっ……」
それを見て公二が慌てて誤解を解こうとする。
「俺が後悔しているのは……光に先に告白させてしまったことだ」
「えっ!」
正直な気持ちだった。
本当は自分のほうから先に告白したかった。しかし先に光が告白してしまった。公二は男として情けない気持ちでいっぱいだった。
しかしそのまま黙っているわけにはいかない。公二も自分の心の内をさらけだす。
「引越しの日、俺だってずっと泣いてた……光と離れ離れになったことが悲しかった」
「そうなんや……」
「引っ越しても友達がすぐにできなかったのは……光のことを引きずってたかもしれない」
「えっ……」
ここで言わなければ一生光に本当の気持ちが言えなくなってしまう。
公二はそんな気持ちで光に語りかける。
「そんなときに光の話を聞いた、なんとかしてあげたかった。そんな思いで手紙を書いた。返事が来たとき、嬉しかった。遠くにいる光の笑顔が見えたような気がしたんだ。遠くにいる光の笑顔が見たくて、手紙を書いていた。光が喜んでくれれば、俺も嬉しかった」
公二もまた、自分の心の中の全てを隠さずに光に見せる。
嬉しいと思ったこと、辛いと思ったこと、悲しいと思ったこと。そう、なにもかも。
「でも……やっぱり、離れ離れなんだよな。書くことがなくなってきたんだ。あのとき、俺に見えていたのは、光の泣いている姿……辛かった。手紙を書くのが怖かった……でも、手紙しかなかった……苦しかった。光を泣かせていると思うと、いつも心が痛んだよ……」
そして公二も今日一番言いたかった言葉を伝える。
「そして、手紙が来なくなって……光が遠くの人になって初めて気がついた」
「それって……」
「ああ、俺の本当の気持ちだ……ずっとずっと思っていた、本当の気持ち」
「公二……」
「光、今度は俺が勇気を出して言うから、しっかり聞いてくれよな……」
「………」
公二は真剣な眼差しで光を見つめる。そしてゆっくりと言葉を伝える。
「光が好きです。小さい頃から、今でも、ずっと……」
ついに公二も光に告白した。
「公二……」
「光……」
公二の告白を聞いた光が立ち上がって公二に近づく。お互いに想いが通じ合ったことで胸が熱くなっていた。自分たちが両想いであることを知り喜びでいっぱいだった。
「好きや!好きやねん!」
光は公二の胸の中に飛び込む。公二はしっかりと光を抱きしめる。
「好きだよ、光」
「公二……」
光は瞳を閉じた。
公二も瞳を閉じて光の顔に近づく。
そして、光の唇と公二の唇が重なり合う。
「………」
「………」
それは二人にとってファーストキス。
二人は自分の想いを伝えるように長い間唇のぬくもりを伝え続けた。
二つの唇が名残惜しそうに離れる。そして、二人は再び抱きしめあう。
「……ファーストキス、なんやね……」
「ああ……」
「嬉しいよ、公二と両想いやなんて……」
「俺もだよ……」
「恋人……なんだな、うちら……」
「そうだよ、恋人……なんだよ」
感慨にふけっているうちにゴンドラは一番下に戻ってきた。そして二人寄り添って遊園地を出た。二人の手はしっかりと握られていた。
遊園地を出た二人は、再びひびきの駅に戻ってきた。
公二と光はここでお別れ、それぞれのホテルに帰るつもりだった。
そう、ここに戻ってくるまでは……
「また……逢えるよな……」
「もちろんや……また、逢おうな……」
「………」
「………」
別れの言葉を言おうにも言葉が出ない。
駅へ歩こうにも足が動かない。
顔を向けようにもお互いの視線からはずせない。
「北海道……なんやね……」
「神戸……なんだよな……」
二人が動けなくなってしまった訳。それは、自分たちの本当の距離を知ってしまったから。
今までは、ずっと北海道と神戸にいた。それが普通だった。だから何も気にはしてなかった。
苦しみながら文通していたときも距離自体は変わっていない。変わっていたのは心の距離だけ。
そして、今日、今までとは違う距離を知ってしまった。キスという行為によって、ゼロという距離を知ったのだ。
距離は、一つの距離だとよくわからない。しかし、一つ基準があれば、その距離はよくわかる。
「遠いね……」
「遠いな……」
北海道と神戸、その距離は遥かに遠いことがわかってしまったのだ。たぶん、朝感じていた感覚にくらべて、今は遥かに遠い感覚をもっているだろう。
もし、ここで離れたら、想い人は遥か遠くに行ってしまう。それが、もう2度と逢えないような恐怖につながっていた。
想い人を見れば見るほど恐怖感は募るばかり、
そしてそれが最高潮に達する。
「光!」
「公二!」
二人はどちらともなく、きつく抱きしめあった。
「俺……光と離れたくない……」
「うちもや……どこにも行かんといて……ずっと側にいて……」
「でも……ダメなんだよな……行かないといけないんだよな」
「うん……」
もう離れたくない。その気持ちが抑えきれなくなった。さらにきつく抱きしめ合う二人。
「でも……いやだ!このまま離れ離れなんて嫌だ!」
「嫌や!もっと側にいたい!ずっと側にいたい!」
「光……」
「公二……」
見詰め合う二人。
再び唇を重ねあう。
離れたくない想いを唇越しに伝える。
駅前だろうが、人前だろうが気にならなかった。
そこには二人だけの世界しかなかった。
今日、二人の恋は成就した。
しかし、二人はまだ不安だった。
想いは通じ合ったのに、それでも満たされない心の中。
それは、遠距離恋愛への限りなき不安、恐怖。
そして思い出される、あの辛い日々。
もう、あんな思いはしたくない。
公二と光は唇を重ねあわせながらそう感じていた。
あの日々の辛さ、せつなさに打ち勝つものが欲しい……
距離にも時間にも不安にも恐怖にも負けない、強い強い絆が欲しい……
そう思ったとき、二人の頭の中で何かがふっ切れた。
迷いはなかった。
「……光を抱きたい……光の全てが欲しい……」
「……抱いて……うちの全部を公二にあげたい……」
記憶がある前から側にいて、子供のときまでずっと側にいた。
幼いながらも恋をして、離れ離れになった後、手紙の相手にまた恋をした。
そして、ちょっぴり大人になった姿にさらに恋をして、そこに昔から変わらない姿を見つけて、また恋をする。
長い長い時間を掛けて、少しずつ、少しずつ、積み重ねていった恋。
確かに二人はまだ若すぎるかもしれない。
しかしそれは辛く苦しみながらも遂に成就した恋の更なる一歩を踏み出す決断。
それを誰が非難できようか。誰が止める資格があろうか。
いや、もはや公二も光も止められなかっただろう。
今この瞬間、小さい頃から想い続けていた感情が大爆発していた。
公二も光も多感な思春期真っ只中。
もはや激しく燃えだした感情を押さえ込むことは不可能だった。
そして、その夜。
昨日公二が泊まっていたホテル。そこには光もいた。自分のホテルから荷物は全て持ってきた。
そして今、二人は生まれたままの姿で見つめ合っていた。
「……初めてやから……優しくしてな……」
「俺も初めてだけど……大切にするから……」
二人は緊張しながらも真剣な表情で見つめ合う。
「公二、好き……」
「光、好きだよ……」
二人はゆっくりと唇を重ねる。
「んっ……」
「んっ……」
二人は、遂に肌を重ね合わせ愛し始めた。
その晩、二人はずっと愛し合った。
「ひかり……すきだよ……ひかり……」
「こうじ……すき……だいすき……」
二人はお互いの名前を呼び続けた。
行為の仕方なんて、二人には良くわからない。せいぜい友達とこっそり見たビデオぐらいの知識しかない。
しかし、細かいことはどうでもよかった。全身で自分の想いを伝え、全身で相手の想いを感じる。それで十分だった。それで幸せだった。
そして、翌朝。
「……う〜ん……」
「……う〜ん……」
公二は光を抱きしめながら、光は公二の腕の中で目が覚める。
「お、おはよう、光……」
「お、おはよう、公二……」
二人はふと我に返り自分たちの格好を見つめる。
なにも身につけていない、生まれたままの姿。お互いの体には昨晩激しく愛し合った跡が残っていた。その姿を見て、改めて昨日の夜の出来事を思い出す。
「そうか、俺たち……」
「そうや、うちら深い関係になったんや……」
「………」
「後悔してないよ……」
「俺もだよ……」
お互いに見つめ合う。二人の表情はなにか心が喜びで充満しているような表情だ。
「光」
「なんや、公二?」
「俺……今まで生きていた中で、今、最高に幸せだよ」
「えっ……」
「朝、目が覚めると、大切な人が側にいる……こんな幸せ今までなかったよ」
「そうやな……うちも今最高に幸せなんよ……」
「昨日の夜、光と結ばれているときも幸せだったが……今はもっと幸せだ」
「うん……こんな幸せ初めて……」
二人は改めて抱きしめあう。そして、今手にしている幸せを体全体で感じる。
「なあ、公二」
「どうした?」
「うち……もう寂しくないよ」
「えっ?」
「どんなに離れていても、どんなに話が合わなくても……もう寂しくない」
「ああ……」
「だって、うちらの心はずっと側にいるから……」
「俺も、もう怖くない……どんなに逢えなくても平気だ」
今、自分たちはどんな状況になっても平気だ。そんな強い絆が二人の間に生まれていた。それが二人が望んでいた絆だった。
しかし、ひとつやっかいな事があった。
「公二……」
「ん?」
「避妊……しなかったね」
「あっ……」
「赤ちゃん……できちゃうかもしれんね」
「ごめん……」
「子供ができてもかまわないから、すぐにひとつになりたい」
それは二人が昨晩愛し合っていたときに考えていたことだ。まったく後先考えてなかった、とにかく目の前にある状況しか考えてなかった。
若気の至りという奴なのだろう。
「ええよ……公二なら」
「えっ?」
「公二の子供なら……産んでもええなぁ……」
「光の子供か……可愛いだろうなぁ……」
「なあ……もし赤ちゃんできたら……産んでもええか?」
「ああ、もちろんだよ……」
「おおきに……」
こういう会話ができるのも、そこまで強い絆が二人にあったからだろう。
「光、また手紙書いていいかな?」
「うん。ええよ!」
「話合わないかもしれないけど……」
「関係あらへん!うちらもう、そんなで壊れる関係やないんよ」
「そうか、そうだな……じゃあ、遠慮なく書くよ」
「うちも、どんどん書くから覚悟しとき!」
「おお!」
もう二人には怖いものはなかった。
「おっ!もうこんな時間か」
「ほなそろそろ帰り支度でもするか?」
「そうだなそろそろ帰るか!」
「うん!」
こうして、幸せという最高のものを手に入れた二人はそれぞれの家に帰っていった。
その日を境に、公二も光も明らかに変わった。今までよりさらに明るく、元気で、活発に変わったのだ。今までの悩みが消え、その代わりに強い絆と幸福を手に入れたのだからそれも当然だろう。
その変化はクラスメートも即座に感じとっていた。
それは、2学期の始業式の日にさっそく起った。
「ひ、光!」
「なんや?」
光は親友に驚いたような顔をされた。それは光が急に髪型を変えたことの反応だった。
「ど、どうしたんや!その髪型」
「えっ、思い切って変えてみたんやけど、似合うやろ?」
「まあ、似合うけど……」
「しばらくはこの髪型……変えられそうにないんよ」
「ど、どうして?」
「それはね……ヒ・ミ・ツ♪」
「光……なんか、変わったわ……」
一方公二も友達に何があったか聞かれた。たぶん、公二の表情に変化があったからだろう。
「公ちゃん?」
「ん?」
「公ちゃん、なんか明るくなったね。夏休みにいいことあったの?」
「ああ、もちろんだよ。最高の出来事がね」
「へぇ、どんな事?」
「それは秘密。誰にも教えられないな」
「つまんないの〜……でもいいモン♪公ちゃんが明るくなったお祝いにノックしてあげるね♪」
「あ、いつの間にバットを……あはははは……こ、殺される……」
これからはもっと楽しい学校生活になりそう。公二も光もそう感じていた。
そして二人の手紙は再開した。
「今日、久しぶりにプロ野球が来たので見に行った。
俺、今野球部で頑張ってるけど練習がそりゃもう大変で……」
(野球……ちょっとわからへんけど、頑張ってるんだね)
「昨日友達とまた新喜劇見たんよ!
やっぱ、笑いはええよ!今度神戸に来たら一緒に見ような!」
(関西のお笑い、ちょっと苦手だけど……光とだったらいいかな……)
「こっちは、今とうもろこしの収穫の季節です。
光、とうもろこしはお好み焼きの具じゃなくて、焼いて食べるほうがおいしいよ!」
(そうかなぁ?……とうもろこしはやっぱりお好み焼きやと思うけど……)
「少し前から、恋愛小説に凝ってたんよ。でもな、どうも物足りないねん。
やっぱり、自分が恋してるからかなぁ……」
(小説はさっぱりだな……でも、光の言うこと、わかるような気がする)
手紙の内容は、お互いが苦手な分野ばっかりだった。昔の二人だったら、泣いて苦しんでいただろう。
しかし、以前のような辛さはそこにはない。なぜなら、二人の心はずっと側にあるから。どんな手紙でも、どんな内容でも、心は離れることはないから。
かえって、そんな手紙のほうが微笑ましかったりした。
そんな手紙のやり取りが続いていくうちに、季節はもう秋。
そして11月のある日。あれから、もう3ヶ月が経っていた。
突然公二に電話があった。光からだった。実は電話はこれが初めてだった。
「公二……」
「光、どうした?」
「あのな……」
To be continued
後書き 兼 言い訳
第4話、とうとう公二と光は心も体も結ばれました。これ、大丈夫か?XやRにはなってないか?中学生のベッドシーンだぞ(-_-;)
プロローグを長くした訳、その理由の一つはここにあります。
自分でこれを書いているうちに湧き上がった、素朴な疑問。
「なんで公二と光は一度逢っただけでこんなに深い関係になったのだろう?」
その自分なりの答えが第1話〜第3話とこの第4話です。さまざまな想いの積み重ねがあったから、あそこまでなった。そんな感じでしょうか?
光はこの時点からショートカットです。「勇気の神様」で光の髪型を褒めたのは、この話では実は公二という解釈で書いてみました。
公二のクラスメート。前に読んだことがある人は、もうわかってますね?
このお話はすこ〜し後で語られますので、しばらくのご辛抱を。
次回は、光が語る衝撃の事実。(前読んだ方はわかってるよね?)
それに対して、二人がどう思ったか、どう行動したか、それが話の中心です。