放課後の茶道部室。
匠がある人を探しにここにやってきた。
「1年B組の水無月さんいますか〜?」
「私ですけど、あなたは?」
部室から出てきたのは琴子だった。琴子は初対面の背の小さな男の子に呼ばれて少し驚いてる様子。
「1年A組の坂城 匠ですけど」
「あら、女性の情報ばかり集めている助平男ってあなたのこと?」
「助平男は余計です!」
匠の情報収集癖は早くも学校中に知れ渡っているようだ。それだけ匠が積極的に動いているからだろう。
「あら、失礼。ところで用件は何?入部希望?」
「ちがいますよ!陽ノ下さんのことで……」
スパーン!
「うぎゃぁぁっ!」
匠が言い終わる前に、琴子の必殺平手打ちが匠の頬に炸裂した。あまりの痛さに思わず悲鳴を上げる匠。琴子の表情は明らかに怒りの表情だった。
「この助平男!友達のプライベート情報なんて売らないわよ!」
「そ、そんなことは聞かないよ!別の事だよ」
「あ、あら、ごめんなさい!」
自分の誤解を素直に謝る琴子。ぶたれ損の匠はすこしふくれっ面になっていた。
「もう……陽ノ下さんと公二の事だよ!」
太陽の恵み、光の恵
第1部 入学編 その4
第10話〜占術〜
Written by B
思わぬところで出てきた、親友とその幼馴染み。意外だった、というような表情を浮かべる琴子。
「え?光と主人君?」
「ああ、このまえの放課後の出来事知っているだろ?」
「このまえの出来事」とは、光が不良3人に囲まれたところを公二が助けに入ったものの袋だたきにされてしまったが、公二は何度も立ち上がって、ついには不良はその気迫に負けて逃げ出したあの事件である。
校門は校舎から良く見えるので、その様子を見た人はたくさんいるのである。ただ、校門まで遠いので会話までは聞こえなかったのだが。
「ええ、噂ではよく聞いているわ」
琴子も噂でその話は聞いていた。その時の琴子は「へぇ、あの男も結構やるわね」ぐらいの簡単な感想しか持っていなかった。
「その話がどうしたの?」とでも言いたそうな琴子の表情を見た匠は話を続けた。
「なあ、あいつら7年ぶりに出会った幼馴染みだよな?」
「ええ、2人ともそう言っているわ。学校も別々だったし」
「そうなんだけど、おかしいと思わない?」
「え?どういうことかしら?」
「再会して約1カ月の幼馴染みのために、あそこまでできるか?」
「そうね、一度3人で下校した事があるけど。あの2人、くっつき方が妙に自然なのを覚えているわ」
「だろう?絶対ふたりに何かあると思うんだ。で、何か知っているのか水無月さんに聞きに来たのだけど」
確かに匠の言うとおりである。二人は7年ぶりに再会したはず、でも1ヶ月であのくっつきよう。
琴子も最初は「幼馴染みだから」だと思っていたが、最近はそうではないのでは?と思うようにはなっていた。しかし、琴子は二人の関係について「7年ぶりに再会した幼馴染み」以外は何も知らなかった。
「ごめんなさい。わたしもそれ以上は知らないわ」
「そうか……手がかり無しか……」
情報が入らず落胆の表情を浮かべる匠。匠の表情から推測するに、なかなか二人の情報が集まらない様子だ。
「実は、私も坂城君と同じ疑問を感じていたのよ」
「水無月さんもそうだったのかぁ」
実は琴子は二人の身辺調査を始めようとしていたのだ。偶然にも今日はその調査始めの日だったのだ。
「あの2人に聞いても、絶対に何も答えないから、今日ある人に相談することにしたの。今からここに来るわ」
「へえ、ちょうどいいや。で、誰が来るの?」
有力な情報が手にはいると思い期待がふくらむ匠。しかしそれは琴子の相談相手の名前を聞くまでの間だけ。
「1年C組の白雪さんよ。彼女に占ってもらようと思って……あれ?坂城君?」
「……ぼ、ぼくは、ちょっと用事が……」
身の危険を感じた匠は、こっそりと茶道部室から逃げようとする。それを見た琴子はすかさず匠の首根っこをつかんで逃がさない。
「こら!逃げる気!乗りかかった船よ!一緒に付き合いなさい!」
「……い、いや、僕は結構です……」
そうこうしているうちに美帆が茶道部室にやってきた。
「こんにちは、水無月さん」
「あら、白雪さんいらっしゃい」
「あら、坂城さんもいたのですか?」
「……はい……」
観念した匠は、このままつきあうことにした。しかし身の危険はまだ感じている。
「こちらのお願いを聞いて感謝しているわ」
「いいえ、私もあの2人に興味があったものですから」
「それはどうして?」
「ええ、このまえの騒動で気になっていましたから」
あの不良達は、実は美帆の妖精さんが送り込んだ刺客だとは全く知らない匠と琴子であった。しかし、前日の美帆の暴走ぶりを目の当たりにしている匠は何か嫌な予感がしていた。
「いやあ、白雪さんが公二に興味があるとも言っていたし、ハハハハ」
「そうなの、白雪さん」
「はい、主人さんに興味があったのですが、主人さんにはいつもあの女性がいて余計に気になっていたのです」
(無理矢理公二を奪おうとしたのはどこのどいつだ……)
明るい口調の裏の恐ろしさをはっきり感じ取っていた匠。美帆の言葉がわざとらしく聞こえる。
「妖精さんも、2人の絆は深いって言っていましたから、どうしてかなって思っていたんです」
「………」
(もしかして、あの不良は……まさかな……)
相変わらずの美帆の口調に匠の頭にはある仮説が思い浮かんだ。
「あれぇ、坂城さん、何か言いましたぁ?」
「い、いや何も、ハハハハ」
(……や、やばい……こ、殺されるかも……)
しかし身の危険を感じ取った匠はこれ以上この話題について今考えることをやめることにする。
そんな二人の心中とはお構いなしに琴子は話を進める。
「まあ、雑談はいいとして、主人君を占ってくれない?」
「はい、わかりました。では水晶玉占いで見てみましょう」
美帆は鞄からか水晶玉をとりだして、手をかざし始めた。小さな声でなにやら呪文らしきものを唱えながら。
「だんだん主人さんの姿が見えてきました……」
美帆の表情が真剣なものになっていく。どうやら水晶玉に公二の姿が見えたらしい。
しかし、琴子と匠からみればなにがなんだかよくわからない。二人から見ればただの水晶玉のまま。
仕方がないので美帆に状況を説明してもらうことにする。
「どこにいるんだい?まわりに何があるの?」
「机があって、椅子があって、黒板もありますね……」
「それってここの教室じゃないの?」
「そうかもしれません……」
畳と襖の茶道部室で水晶玉占い。誰がどう見ても違和感がある光景である。しかし3人はそんなことは全く考えようとせず、ただ水晶玉に集中する。
「公二はどんな様子だ?」
「なんかを見て微笑んでますね……とても幸せそうですね……」
「学校で幸せになる出来事なんてあるかしら?」
「そんな行事聞いたことないぞ」
教室で幸せそうな表情を見せる公二。特段の出来事ではない。もしかしたらよく見られる光景なのかもしれない。
琴子と匠にはこれが何を意味しているのかさっぱりわからない。そして美帆は変わらない表情で水晶球を見つめ続けている。
「主人さん、何かを見ていますね、何でしょう……えっ!」
琴子と匠がすっかり悩んでいるときに、突然美帆の表情が変わった。
「何なの?白雪さん」
「子供です!赤ちゃんなのでしょうか?」
「あ、赤ちゃん?」
「う〜ん、1才から2才ぐらいなのでしょうか?よくわかりません……」
「学校になんで子供がいるんだ?」
「知らないわよ!」
突然でてきた全く予想外の単語にとまどう3人。さらに美帆の表情が驚きの表情に変わる。
「あれ?子供を抱きかかえましたよ!」
「公二が?」
「いいえ。女性みたいです。でもここの制服を着ていますね」
「どんな女性なの?」
「赤毛のショートカットなのはわかるのですが……どこかで見たことがあるような……」
「赤毛のショートカット!」
「赤毛のショートカットってもしかして……」
赤毛のショートカット。
二人の知っている人のなかで、そのような髪型をしている人は一人しかいない。
「……集中力が切れてしまいました……これでおしまいです……」
ここで美帆の水晶玉占いはここで終わってしまった。
美帆の記憶が曖昧にならないうちに琴子は占いの結果の詳細を聞き出す。
「ねえ、白雪さん。さっきの女性のもう少し詳しいことわかる?」
「え〜と、う〜んと……あっ!今、そこにいる人にそっくりでした!」
「そこ?」
琴子と匠は美帆が指差している方向を向いてみる。
そこには赤毛のショートカットの女の子がいた。
「ねえ〜、琴子〜、一緒に帰らへんか〜?」
その女の子は光だった。あまりのナイスタイミングに焦る琴子と匠。
「ひ、光ちゃん!」
「あれ、坂城くんもいるんや。どうしたん?」
茶道部室のなかの出来事を全く知らない光は琴子や匠がなぜ焦っているのかわからず不思議そうな顔をしている。
「な、なんでもないよ」
「ご、ごめん、ひ、光。ち、ちょっと、い、今忙しいから」
「ふ〜ん。ほな一人で帰るわ。バイバ〜イ!」
納得した様子の光は颯爽と走り去ってしまった。それを見送る匠と琴子は冷や汗たらたらだった。
光が去った茶道部室は安堵の雰囲気が漂っていた。
「あ、あぶなかった……」
「光が来るとは思わなかったわ……」
「彼女が陽ノ下 光さんですね……」
思わぬ邪魔が入ったが、さっそく話を本題に戻すことにする3人。
「では、白雪さんの占い結果をまとめるか……」
「最後は教室で、陽ノ下さんですか……彼女が抱きかかえた子供を、主人さんが幸せそうに見つめていましたね」
美帆の占いの結果を思い出してみる。
「主人 公二」「幸せそうな顔」「赤ちゃん」「赤ちゃんを抱える赤毛のショートカットの女の子」
もし赤毛のショートカットの女の子が光だとすれば、思い浮かぶ仮説は、
「単純に考えるとその子供は光と主人君の子供ね」
と琴子が言うことになる。
「ちょっと待てよ!占いでは高校の制服を着ていたぞ!そうすると光ちゃんが子供をいつ産むんだ?」
「そういえばそうねえ……」
しかしそんな仮説は普通に考えて納得できるものではない。匠の言い分ももっともである。匠の反論に琴子も言葉がない。
そんな二人に美帆が助け船を出す。
「では、2人の結婚運でも占って見ましょうか?」
「それがいいわね、ぜひお願いするわ」
こういうときに役立つのが美帆の占いである。琴子と匠は水晶玉占い同様のわかりやすい結果を期待する。
「では、トランプ占いでやってみましょう」
「じゃあ、2人が何年後に結婚するか占ってよ」
「はい、わかりました」
美帆は古めかしいトランプを取り出し、並べ出した。なにやら儀式めいた並べ方をし、またカードをまとめて並び直す。水晶玉同様意味のわからない琴子と匠はただ見つめて結果が出るのを待つ。
しかし美帆の様子がおかしい。なにやら困っている様子、考え込んで首をかしげる仕草を見せる。
「……おかしいですねえ?」
「どうしたの?」
「2人とも将来結婚しないって結果がでているんです」
この年齢で将来結婚しないという結果。
「なに?じゃあ、あの子供はどうなるんだ?」
「さあ、わかりません……」
しかも二人揃って将来結婚しない。普通ではあり得そうにない結果だ。さらなる謎に美帆と匠は困惑してしまう。
今度は琴子が助け船を出す。
「ちょっと待って…………ねえ、白雪さん。2人がいつ結婚したか、占える?」
「一応占えますが……やってみますね……」
再びトランプを並べ出す美帆。それを見ながら匠は琴子の言った事の意味を考え出す。
「水無月さん。『結婚したか』って過去形じゃないか……ええっ!まさか!」
匠も意味がわかったようだ。その意味におもいっきりおどろく匠。
「そう、そのまさかかもしれないのよ……」
「そんなばかな……」
信じられないという表情を浮かべたままの匠。
「……結果がでました……ええっ!」
そうこうしているうちに美帆の占いの結果が出たようだ。しかし、その美帆がさっきの匠と同じような驚きの表情をしている。
「えっ?結果はどうなの?」
「……2人とも中2の秋……」
「ということは……」
「2人が中2の秋に結婚して、子供を作れば、今現在で生後約1年。確かにぴったりだけど……」
「そ、そんなの信じられるか?」
あまりにぶっ飛んだ仮説に匠はつい本音が出てしまう。それを聞いた美帆は明らかに不機嫌そうな顔を見せる。
「私の占いが当たらないというのですか!ねえ、妖精さん、この人を処刑して……」
「ち、ちょっと待て、疑うつもりはないけど……でも、そんなの信じられるか、普通に考えて?」
またもや身の危険を感じた匠は納得できるように反論する。
「確かに、中2で子供を作るような2人には見えませんね」
「そもそも、2人は7年ぶりに再会したはずだぞ?どうやって結婚する?どうやって子供つくる?」
「確かに……」
いくらなんでも遠距離で子供はつくることはできない。二人は7年ぶりに再会している。普通に考えると子供などつくることができるわけがない。美帆も匠の言っていることを理解したようだ。
「でも、その水晶玉占いででた光景が実現する可能性は高いと思うわ」
「中2で結婚は……わからん」
「わたしにもさっぱりわかりません」
最初は単に二人の関係を知りたかっただけなのだが、話がふくらんでしまった。謎が謎を呼ぶ二人。こうなると二人にはなにか秘密があるのではないかと考えてしまう。
「やっぱり証拠を掴かまないと駄目ね」
「こうなったら徹底的にあいつらを調べるか」
「おもしろそうですね。わたしも参加させてください」
「では作戦でも考えますか」
こうして、3人によって「主人 公二・陽ノ下 光、結婚&子持ち疑惑徹底究明隊」が勝手に結成された。この後早速作戦会議を茶道部室で開かれ話し合いが行われた。
しかし、このとき琴子も匠もそして美帆でさえも思わなかった
実は美帆の占いが大正解であること。
そして、近いうちに水晶玉占いの結果通りの光景が実現することも。
To be continued
後書き 兼 言い訳
第1部の最後です。
これでお話の土台は全てそろいました。
次から、いよいよ話が大きく動き出します。
ついに、徹底究明隊が結成されました。 今後、3人が動き出します。
このことが公二と光にどう影響するのか?それは今後のお楽しみです。
しかし、これだけ主役が出ていないお話も珍しいですな。 光がたった3行。まあ、これもよしとしましょう。
次回から第2部、公二のバイトから始まるお話です。