ちょうど今はお客は匠達しかいない。料理がでてくるまでの間、公二は匠達の雑談につきあう。
「ところで公二」
「なんだ?」
「なんで部活に入らずにバイトしているんだ?」
話の途中。不意に公二は匠から質問を受ける。。
「匠こそ入ってないだろ」
「僕は女の子と遊んでいたほうが楽しいから」
「さすが助平男ね」
「言うな!助平男って」
妙な掛け合いに思わず笑ってしまいそうになる公二。しかしそんなことで話題が逸れる訳はなく、すぐに美帆によって話は元に戻ってしまう。
「で、公二さんは何故働いているんですか?」
「ああ、部活に興味がないし……ちょっと買いたいものがあるし……」
部活に興味がないというのは嘘と言えば嘘になる。しかし、公二にとっては部活以上に大切なものがあるし、それにどうしても自分の力で買いたい物がある。それを正直に言うわけはなく、すこし曖昧に答えた。
もちろんこれで納得するような3人ではなかった。
「買いたいものって何なの?あ、そういえば、もうすぐ光の誕生日ねぇ」
「なるほど、光さんへの誕生日プレゼントなんですね」
「ま、まあそんなところだ……」
婚約指輪が光の誕生日に間に合わせるのはかなり難しい。その場合は光の誕生日にプレゼントをする予定がある。だから間違ってはいない。
「本当かなぁ、指輪なんかプレゼントして『光、俺と結婚しよう……』とか言ったりして」
「そ、そんなことないよ……」
匠に半分正解を言われて公二は少し動揺している。実は匠の台詞は誘導尋問だったのだが、公二はそれに少し引っかかった様子だ。
餌に引っかかった魚を逃すわけにはいかない。引きつった顔を見て、3人はさらに追求を開始する。
「そうですか?怪しいって妖精さんもいっていますよ。白状したらどうですか?」
「嘘吐きは泥棒の始まりよ!本当のことをいいなさい!」
「そ、それは……」
3人の気迫に押されてしまっている公二。このままでは本当に白状されてしまいそうだった。
そんなピンチも店の中からの声が救ってくれた。
「ねぇ〜こうくん。こっち手伝って〜」
「あ、呼んでるから、じゃあ……」
公二は話を遮り、足早に店の中に入っていった。そんな公二を見て、残念そうな表情を浮かべている3人。
「ちぇっ、もう少しだったのに……」
「しかし、だいぶ動揺していたわね。指輪は本当かもしれないわよ」
「でも、結婚しているんだったら、指輪はあるんじゃないですか?」
「中学生に指輪を買うお金なんてないよ。婚約の後で指輪を買ってもおかしくないだろ?」
「そういえば、そうですよね」
「それにしても、今日はいい収穫だったわね……じゃあ、さっそく飲むわよ!」
この直後から3人の酒盛りが始まりだした。ちなみに言っておくが3人にとって今回が2回目のお酒である。
茜は裏の調理場で働いていた。ちょうど煮物を作っている最中だった。
「あっ、こうくん」
「茜ちゃん。いやあ助かったよ」
呼ばれた公二は茜の隣に立つ。公二は茜の隣で野菜の皮むきを始める。お互いそれぞれの仕事をしながら話を始める。
「助かった?どうして?」
「匠達にバイトをする理由を追及されて困っていたんだ」
公二はさっきの様子を詳しく話した。ただし、光の名前は出さなかった。
「へえ〜。で、本当はどうなの?」
茜は3人とはまったく関係がなさそうだ、それに茜は秘密を言いふらすような人ではない。公二は茜を信頼して正直に話すことにした。
「……茜ちゃんならいいか……実は指輪は本当なんだ……」
「えっ!こうくん、プロポーズするの!」
「プ、プロポーズはしないよ……でも、そのぐらい大切な人に贈るつもりなんだ……」
「そうなんだ……」
慌ててプロポーズを否定する公二。もちろん嘘なのだが、さすがに恥ずかしいし、それを否定しないと秘密がバレそうだったからだ。
(こうくん……やっぱり、好きな人がいるんだ……)
公二の言葉を聞いて茜は少し寂しそうな表情をした。
公二の話はまだ続く。
「でも、アルバイトはプレゼントのためだけじゃないんだ」
「えっ?」
公二にとってアルバイトはただお金を稼ぐための手段だけではなかった。
「俺はまだまだ子供だと思うんだ。もっと大人にならないといけない……」
「………」
「だから、アルバイトをして大人になるための何かを掴みたいと思ったんだ……」
「そうなんだ……」
「それが俺のためでもあるし、彼女のためにもなると思うんだ……」
アルバイトを通して、光の夫として、恵の父として、もっと自分を磨きたい。
これもまた公二の本心だった。これは中学の頃から変わっていない。
茜は、公二がそこまで考えるほどの彼女についてちょっと聞いてみたくなった。
「こうくん……その彼女ってどんな人?」
「そうだなぁ……太陽みたいな人かな……」
公二の頭の中には小さい頃から変わってない光の笑顔があった。そう言っている公二の表情は真剣ながらも優しい表情をしている。
(こうくん……そんなに彼女が好きなんだ……ボクなんか興味ないだろうな……でも……こうくんの目って真剣でかっこいいなぁ……)
そんな公二を見ているうちに、さらに公二に惹かれていく茜だった。
今日は何故かお客の入りが少ない。いつもなら休む暇もない調理場も今日は余裕がある。
もう少し雑談ができそうだ。話はまだまだ続く。
「ねえ、ボクがこうくんに初めて声を掛けた理由知ってる?」
「ああ、俺が教室で勉強しているときだろ?」
「実はね……こうくん、ボクの初恋の人に雰囲気が似ていたんだ……」
「えっ!」
いきなり初恋の話をされて驚く公二。それも自分がらみであることに驚きも倍増されている。
「それはね、ボクが子供のとき初めてのお使いの帰りにあったんだ……」
「へぇ〜」
「荷物が重くて大変だったんだ、そのときに……」
『うんしょ、うんしょ……』
『重そうだね。ぼくがもってあげるよ』
『あ、ありがとう』
『こんなの、らくちんらくちん……』
『へー、キミ、力、つよいんだね。お兄ちゃんみたい!』
話によるとその子は茜の抱えていた荷物を家まで運んでくれたらしい。
「その子、とっても格好よかったんだよ!それがボクの初恋……」
「ふ〜ん、そんな子がいたんだ」
話の様子だとかなり昔の話らしい。そんな話を昨日のことのように話す茜の純粋さを公二は感じていた。
「それだけじゃないんだ、キミって、なんかほかの人とは違う大人の雰囲気がしたんだ……」
「そうかなぁ?」
公二は自分では大人だとは感じていなかった。公二が他人に大人っぽいと言われたのは初めてだった。
「気がついたら、近くまで行って、勉強をみていて……」
「そうだったんだ……」
そんなにその初恋の子に自分が似ていたのは何かの縁なのだろう。公二はそんなことを少しだけ考えていた。
公二はせっかくの機会なので、もう少し茜のことについて聞いてみることにする。
「そういえば茜ちゃん。なんで食堂で働いているの?」
「えっ!……ボクは料理が好きだから……」
「じゃあ、なんで料理が好きなの?」
「それは……また初恋の話だけどいい?」
「いいよ」
また初恋の話だとは思わなかったが、顔を真っ赤にして話す茜がちょっと可愛かったので素直に聞くことにする。
「小学校2年生のころかなぁ……ボク、公園で遊んでいたんだ」
(まだ、俺もこっちにいたな)
小2はまだ北海道に引っ越す直前だ。公二も小さい頃の自分を思い出しながら話を聞く。
「そのとき、男の子に声を掛けたんだ」
「へえ〜」
「その男の子がさっきの子で……思わず声掛けちゃったんだ」
『ねーねー、キミ、キミ、いっしょにあそばない?』
『うん、いいけど、何をしてあそぶの?』
『えーとねー……、おままごと!』
『は、はずかしいよぉー』
『はずかしくなんかないよー!ボクとおままごとするの!』
『はい!たくさん食べてね、あなた』
『うん。うぐ、うぐ』
『いい食べっぷりね。男の人はそうでなくっちゃ!』
『お母さん、そんなこと言わないよ?』
『言うよ、いつも。いいから、返事するの。うむって』
『う、うむ』
『そう、そう、その調子、その調子』
『これから、どうするの?』
『お風呂がわいてますよーって、ボクが言うの』
(あれ?)
茜の話を聞いていて、公二の頭にある光景が浮かんできた。
「で、その子と一緒におままごとやったんだ……そのときの楽しそうな顔が印象に残っているんだ……」
(俺にもそんな記憶が……)
自分の頭の中には茜が言っていたままごとの光景が浮かんできたのだ。その場で作った想像ではない。強烈なイメージを持って浮かんできたのだ。
「でも、その男の子、すぐに引っ越しちゃったみたいなんだ……それを知った夜、ボクずっと泣いたんだ……」
(ひょっとして……)
公二には茜の話がほとんど耳に入っていなかった。公二の頭にはさっきの小さい頃の茜の荷物を運んでいる自分の姿がはっきりとしたイメージで浮かんできていたのだ。そして少し聞こえた引っ越しの話。
たぶん間違いない。
「今思えば、ボクの初恋だったのなぁ……だから、料理に興味を持ったのかなぁ……」
そして思わず声に出してしまった。
「茜ちゃん……その男の子って、俺かも……」
「えっ……うそ……」
「俺、小2のとき北海道に引っ越したんだ、その少し前に女の子に誘われておままごとした覚えがある……」
別に言わなくてもいいがついしゃべってしまった。あまりの出来事に気が回っていなかった。それを言うことが、どういう事を意味しているのかを。
「そうだったんだ……ボクの初恋の人って……」
「………」
その日は公二も茜も話しにくくなってしまって、話らしい話はしなかった。
ところで、あの3人組はというと、
「うぃ〜……男は黙って飲むわけで……だから一人酒が似合うわけで……うぃ〜……」
「やだ〜!居酒屋って超楽しいって感じ〜!妖精さんもそうだよね〜……ひっく……」
「ほ〜ほほほほ。私の美貌を見れば、男なんてイチコロですのよ。うぃ〜」
完全に酔っぱらってしまっていた。さらに性格まで変わってしまっている。
(おまえら……キャラが変わってないか……)
ここまで酔っぱらうと公二も呆れて見ているしかなかった。次の日3人は登校したが、酔いが残っていたのか、別人のように性格で少し変だったのはいうまでもない。
仕事が終わって、公二は家に帰ってきた。 光が玄関に走ってくる。 公二がバイトを初めてから、玄関で公二を迎えるのは光の日課になっていた。
「ただいま〜」
「おかえり〜。あ・な・た♪」
仕事から帰ってきた公二を嬉しそうに見つめる光。
「遅れてごめんね、光」
「なぁ、お風呂にする?ご飯にする?それとも……」
光がいつもの質問を言おうとしたとき、居間から恵の声がきこえてきた。
「マー!マー!」
「あれ?光、恵をほったらかしじゃないのか?」
「あっ!いけない!恵〜!」
「まったく……この時期は母親の側にいたがるのに、しょうがないなあ……」
光の失敗ぶりをほほえましく思っていたが、突然奥から光の叫び声が聞こえてきた。
「あなた!早く!こっちへきて!」
「どうした!」
「恵が!恵が立ったんや!」
「本当か!」
公二が急いで居間に行ってみると。恵がどこにも捕まらずに立っていた。
まだ、体のバランスがとれないのか、歩くことはできないが、しばらくすれば歩けるようになるだろう。
「この前、立ち上がったと思ったら、もう一人で立てるようになったのか……」
「子供の成長って、早いね……」
「俺たちはまだまだだけどな……」
二人は感動してしばらくは声もでなかった。二人の頬には暖かいものが流れていた。
「でも、うちらもやっと、一人で立てるぐらいにはなったんかなぁ?」
「そうだな……俺が働いて、光が家で待ってくれて……それなりに家族の形にはなっているよな……」
「うん。ほんで最近、夫婦であり、親である実感が沸いてきて……嬉しいんや……」
「でも、あまりはしゃいでも疲れちゃうぞ……少しずつ、進んでいけばいいよ」
「そうやな……」
しばらくは恵が立ったり座ってしまったりするのをじっと見つめていた二人だった。
一方その頃、茜は自分の部屋で悩んでいた。
「どうして……どうしてなの?どうして、ボク、こうくんのこと好きになってしまったの?」
茜は布団のなかに頭ごと被ってしまっていた。
「こうくんには、好きな人がいる……大切な人がいる……だから……こうくんはあきらめようと思っていたのに……告白しないで黙っていようと思っていたのに……」
茜の声は震えていた。体もわずかに震えているのかもしれない。
「それなのに……なんで、ボクの初恋の人がこうくんだったの?ボクがずっと忘れられなかった、あの男の子がこうくんだったの?」
あのとき茜がときめいていた男の子が目の前にさらに立派に現れていた。 あのとき感じていたときめきと、今、茜が感じているときめきとはまったく変わっていなかった。
しかし、その男の子は今は別の人を向いている。自分に向いてくれることはたぶんないだろう。
「もうだめ……押さえきれない……だめだとわかっているけど……このままでは、あきらめられない……」
その晩、茜はあることを決断した。
自分の想いにけじめをつけるために……