光の誕生日の次の日の朝。
「う〜ん……」
「う〜ん……」
二人は同じベッドで目が覚めた。
「おはよう、光」
「おはよう、あなた」
二人とも何も身に着けてない。 要は昨日の晩……これ以上は何も言うまい。
ちなみに二人の名誉のために言っておくが、二人の夜の営みは普通の新婚の家庭に比べて多くはない。
そりゃそうだろう。子供の時からの付き合いなので、そんな気分にはなりにくいかも知れない。さらに、この二人の場合は、あまりに情熱的な結ばれかたをしたために、そのときのことを思い出してしまい、気恥ずかしくなってしまうのだ。
これから、徐々に慣れていけば、情熱的な2人だけあって、毎晩激しく……ということになるのかもしれないが、今はそうではない。誕生日のような出来事があると、いい雰囲気になり、恵が寝た頃を見計らって……その結果が今日の朝である。
太陽の恵み、光の恵
第3部 光の誕生日編 後編
第16話〜一日〜
Written by B
家族と一緒に朝食を食べた後は、公二と光は学校に出かける。
「恵、おばあちゃんの言うことを聞くんですよ!」
「マーマ、マーマ」
「じゃあ、行ってくるよ、恵」
「パーパ、パーパ」
学校へはいつも一緒に行く。手はつながない。二人並んで話しながら登校するのだ。
「今日のバイトは遅いの?」
「ああ、今日は道路工事だからな、ちょっと遅くなるよ」
「そっか……」
何か企んでいる様子の光。
「ん?光、なに考えているんだ?」
「えへへ、内緒や!」
しかし光は何も言わずにただにっこり笑っているだけだった。
登校しているときには、よく友達とあう。今日も二人は匠と一緒になった。
「よう、公二」
「よう、匠」
「あっ、おはよう、坂城くん」
なりげない会話を交わす3人。
「今日も光ちゃんと一緒か?」
「ああ、そうだが?」
「お前たち、本当に仲がいいな……」
毎日毎日本当に仲が良さそうに登校する二人に匠は半分呆れていた。
「そりゃあ、幼馴染みだもんなぁ、光?」
「うん、そうや!仲がいいのは昔からや!」
「まあ、そうだけど……」
はっきりと「仲がいい」と言われてしまっては、さすがの匠でも何も返せない。
「じゃあ、先に行くぞ」
「じゃあね、お先に」
「ああ、また教室で」
匠は誰かを待っているようだったので、二人は先に学校に向かった。
残された匠はしばらくそこで待っていたが、どうやらその待ち人がやってきたようだ。
「おはようございます」
「あっ、美帆ちゃん、おはよう」
やってきた女の子に笑顔を振りまく匠。
「あら?私には?」
「お、おはよう水無月さん」
もう一人の女の子に匠は少し引きつったような表情を見せる。そう、 匠が待っていたのは、琴子と美帆であった。
「さっき、公二とあったよ」
「当然、光も一緒でしょ?」
「ああ、そうだったよ……」
「どうしたの?」
なにか変な様子の匠に琴子が訪ねる。
「水無月さん、このまえ、二人のくっつき方が自然すぎるって言ったよな?」
「ええ、そう言ったわ」
「その言葉……やっとわかったような気がするんだ」
「どういうことですか?」
「あの二人……何か独特のオーラみないなのを出しているんだ」
「オーラ?」
「なんと言うか、他人を寄せ付けない二人だけの世界って感じが……」
匠は一緒に仲良く登校する二人に何かを感じていた。しかしそれが具体的にどんなものなのか、どう表現していいのか匠にはよくわからなかった。その感覚は匠が今までで感じたことのないものだったからだろう。
「私もそれを感じかもしれないわね」
「水無月さんもそうですか?」
「ええ、あれが夫婦独特のオーラってことなら全て納得がいくんだけど……」
「そんなにうまくいくかなぁ……」
「そうですね……」
今日の出来事は、公二と光についてさらに謎が深めることとなった。
そして、二人は普通に授業を受ける。そしてその休み時間。
「ねぇ、こうくん」
「なんだい、茜ちゃん」
教室に茜がやってきた。茜の手には数学の教科書があった。
「この問題教えて!」
「はいはい、これはね……」
「ふむふむ……」
茜はよく公二に勉強を聞きに教室に来ているのだ。
公二も光も勉強ができる。 高校でも勉強は頑張っている。 学年でも公二は10番台、光も30番台を常にキープしている。
中学の時も学年トップを取ったことがあるのでそのぐらいは当然かもしれない。
ただしその時は、一人旅を納得させるためだけに努力したのだが。
でも、高校で頑張って勉強するには別の訳がある。
そもそも、二人とも高校に進学するつもりはなかった。しかし、両親は子持ちの自分達を高校に進学させてくれた。
その恩に報いるために、勉強は一生懸命やっているのだ。
さらに言うと、二人は大学に進学するつもりはまったくない。従って、じっくり勉強ができるのは高校で最後。だから、後で悔いが残らないように勉強してるのだ。
といわけで、公二は茜に勉強を教えている。その側で光が複雑な表情で見つめている。
「……と、いうわけ!」
「うん、わかった、ありがとう!」
「どういたしまして」
公二の教え方が良かったのか、茜はよく理解できたようだ。
「あれ?光さん、どうしたの?」
「………」
茜は光の様子がおかしいのに気づいた。そしてその理由もうすうす気づいたようだ。
「だいじょうぶ、こうくんは取らないから!」
「えっ!」
茜の発言に驚いた様子の光。
「じゃあね!」
そう言って、茜は笑顔で教室をでていった。
「公二……私そう言われるような顔をしてた?」
「ああ、おもいっきり嫉妬の表情だった」
ここで初めて光が自分がどういう表情をしていたのに気づく。
「……ごめん」
「いや、俺も無神経だった……」
「いいよ、それが公二やから……」
どちらも自分の非を謝る。そうしているうちに授業の予鈴がなりだす。
「……あっ!もうすぐ先生が来る!」
「あっ!準備しなきゃ!」
こうしていつものように授業が始まった。
そしてお昼休み。
公二は匠、純一郎といつもお弁当を食べる。 公二は売店の弁当を食べている。匠も純一郎も同じだ。
「なあ、公二」
「今度は何だ?」
「おまえ、中学のとき、野球部に入っていたんだってな?」
「ああ、でも途中で辞めたよ」
「どうして?」
「練習が地獄でさぁ……毎日死にそうだったんだよ」
この理由、実は本当である。野球部の練習は本当に地獄というものだった。あまりの猛練習ぶりに何人か辞めたらしい。
しかし、真の理由は光の夫としての責務を果たすために部活を辞めたのだ。
「へぇ〜、公二がそんなになるほど大変だったんだ」
「純でも無事に家に帰られるかどうか……」
「そ、そんなにひどいのか……」
純一郎はスポーツマンといっていいぐらい運動ができる。部活でも1年生ながらレギュラー候補と言われている。それは公二もよく知っている。その上であっさりと「家に帰れるかどうか」と言うほどの地獄の練習ぶり。純一郎も匠も想像がつかないが、それだけ恐ろしいということは十分に伝わった。
「匠なら、間違いなく死んでるな」
「こら、俺もそこまで貧弱じゃないぞ!だいたい、今は……」
珍しく声を荒げる匠。しかし公二は冷静に匠の言葉に突っ込む。
「今は?」
「いや、なんでもない……」
「?」
匠は突然口を濁してしまった。公二は何が言いたかったのかさっぱりわからなかった。
匠はそれをごまかすかのように、即座に話題を変える。
「ところで、公二。光ちゃんとはデートしたのか?」
「うっ……げほげほげほ……い、いきなりなんだよ」
自分に話題を振られて、公二は思わずジュースでむせてしまった。一気に形勢が逆転している。
「だから〜、デートはしたのか?」
「してないよ」
昨日は一緒に出かけたのだが娘と一緒なのでデートとは言わない。 実際は二人で出かけたことはあるのだが、買い物程度なのでデートというわけでもない。
「ふ〜ん、じゃあ俺が光ちゃんとデートしようかな〜」
「やめろ!それだけは許さん!」
「おい、いきなりどうしたんだ?」
今度は公二が声を荒げた。突然の変化に純一郎が驚く。一方匠はそんなことはわかっているかのように話を続ける。
「ふ〜ん、そこまで光ちゃんのこと考えているんだ〜」
「うっ……」
完全にからかわれたことに気づいた公二は思わず黙ってしまう。
「もしかして、デートの仕方がわからないのかなぁ〜?」
「じ、じゃあ、お前のデートってどういうデートだよ!」
「で、でーと……」
このままからかわれては面白くない公二は匠に問いつめる。一方「デート」という単語を耳にした純一郎は顔が真っ赤になっている。
「そうだな……」
そして、匠は自分のデート術を話し始めた。
「いつもしているのは、リードしてもらうデートかな?」
「リ、リード?」
「ああ、さりげなく、相手に甘えるんだ〜『おねえさん、つぎはどこ〜』な〜んて」
「そ、そういえばお前の相手って、年上ばっかりだよな……」
確かに匠の周りに寄ってくる女の子は上級生だったり、大人っぽい女の子だったりする。公二もそんな女の子に囲まれてデレデレしている匠を何度も目撃している。
「まあね〜、俺、甘えるのの得意だから……」
「………」
まるでデートの達人かのように自慢げに語る匠。この間、純一郎は黙ったまま、いや硬直しているともいってもいいかもしれない。
「クリームソーダなんか奢ってもらうと幸せだなぁ〜」
匠の好きな飲み物はクリームソーダである。 話だと、女の子の情報を提供する代償としてクリームソーダを奢ってもらうらしい。
「………」
「どうした、純?」
ここでやっと純一郎の異変に気づいた公二。もはや純一郎の顔は爆発寸前。
そして、
「う、うぉぉぉぉぉ……」
純一郎はいきなり教室を走り去ってしまった。もう耐えられなくなってしまったようだ。
「またか……」
「本当に純だな……」
こんなことは日常茶飯事である。
純一郎が去ったあと、匠と公二で話は続いていた。
「ところで昨日は光ちゃんの誕生日だろ?何かプレゼントしたよな?」
「ああ、もちろんだ」
匠の質問に「当然だ」と言わんばかりにはっきりと答える公二。
「婚約指輪か?」
「違う!光の好きなガラスの置物だ!」
これは完全に誘導尋問である。しかし、そんなものに引っかかる公二ではない。でも下手な嘘は付けないので正直に答えた。
「な〜んだ、つまんないの〜」
「つまらんもこうも、俺達はそういう関係じゃないの!」
誘導尋問に引っかからなくて残念そうな匠。そしてあからさまな誘導尋問に呆れる公二。
(頼むから、指輪指輪言わないでくれ。俺が一番気にしているんだから……)
しかし、指輪を否定する公二の心はちくちく痛んでいた。
一方、光はいつも琴子とお弁当を食べる。 光も売店の弁当である。琴子は家から持参している。
「ところで光」
「なんや、琴子?」
「あんた、なんで部活に入らないの?」
「えっ?」
「小学校のとき、走るの大好きだったよね?」
「そ、そうやけど……」
子供の頃の光はとにかく走るのが大好きだった。琴子と遊んでいるときもとにかく走っていた。小学校の運動会では毎年リレーの選手になっていたほど速かったりした。
「わたし、てっきり陸上部に入るとおもったんだけど……」
「そ、そうかな……」
「なんで帰宅部なわけ?高校で部活に入らないなんてもったいないわよ」
琴子の疑問はもっともである。あれだけ走るのが大好きな光が高校では走ろうとはしない。別に怪我をしているわけではない。かといって、学校の外で何かしているわけでもない。
琴子にはまったく理由が思い浮かばなかった。
光は琴子の質問になにか想いがあるかのように返事をした。
「でも、うちは部活やる気がないから……」
「走らなくていいの?」
「うん、もうええの……」
(走らなくても、公二はずっとうちの側にいるから……もうええんや)
光が走り出した理由。
それは公二が北海道に引っ越したときにさかのぼる。
光は公二の乗っている車を追いかけた。しかし全く追いつけなかった。
もっと速く走りたい。あの車に追いつきたい。そして公二と一緒にいたい。
そんな想いが光を走らせるようになった。しかし、現実は公二とは文通をするようになったので、わざわざ走る必要もなかった。でも光は走った。走っているうちに走ることの爽快感を知った。小学校の間ずっと走っていたのはそんな訳がある。
しかし、琴子はそんな事情はまったく知らなかった。琴子は昔からただ走るのが大好きだと思っていたので、光に理由など聞かなかったからだ。
そこで琴子は光が帰宅部な理由を自分なりの推理をする。
「あっ、そういえば主人君も帰宅部よね」
「そ、そうだね」
「もしかして、それが関係するのかな?」
「そ、そんなわけあるわけないやろ……」
かなり核心に近いところを突かれて焦り出す光。
「もしかして、主人君の帰りを家で待っているのかしら」
「そ、そんなアホな……」
本当にそうなのだ。
光は公二と違って軽い部活ならやってもよかった。 少しの時間なら両親が恵の面倒をみてくれる。公二も両親も部活を勧めてくれた。
しかし、光は断った。 自分の娘の世話はできるだけ長い時間自分でしたい。 それに公二がしてないのに、自分だけ部活をするのは嫌だった。
そのことに光は後悔していない。
たしかに、部活という青春の1ページを放棄してしまっている。 しかし、その代わりに家庭という素晴らしいものがあるのだから、それでプラスマイナスゼロ。光はそう思っている。
(ど、どうして、琴子はそこまで感がいいの……)
そんなことまでわかっているとは思えないが、ズバリ当てられてしまった光は冷や汗をタラタラ流していた。
「ところで光、昨日誕生日だったよね」
「ああ、先週くれたプレゼント、ほんまにありがとう」
光の誕生日が日曜日だったので、琴子からはその前日にプレゼントをもらっていた。プレゼントは琴子らしく有名な織物で作られた巾着袋だった。
「どういたしまして。それで、愛しい主人君からプレゼントはもらったの?」
「うん!もらったよ!」
昨日は素敵なプレゼントをもらっている光は思わず笑みがこぼれる。そんな光を見て、琴子はすかさず光に質問してみる。
「婚約指輪なの?」
「そ、そんなアホな。大好きなガラスの置物やったわ」
これも完全に誘導尋問である。しかし、そんなものに簡単に引っかかる光ではない。でも下手な嘘は付けないので正直に答えた。
「な〜んだ、つまんないの〜」
「琴子〜、うちらはそんな関係じゃないの!」
誘導尋問に引っかからなくて残念そうな琴子。そしてあからさまな誘導尋問に呆れる光。
(婚約指輪か……。うちには無理やろな……)
しかしそんな光の顔にわずかに寂しさが表れていた。
そんな感じで早くも放課後。
キーンコーンカーンコーン
「もう、終わりか、じゃあ帰ろう!」
「ほな、うちも帰ろう!」
公二と光はチャイムが鳴り終わると、たいていさっさと帰ってしまう。さすがに一緒だと目立つので時間差で出て行くのだが、そのときに二人の間で目で会話をする。
(じゃあ、行ってくるよ、光)
(気をつけてね、あなた)
目でこんな会話をする二人だった。
公二と光が教室から出て5分後。1年A組の教室に琴子がやってきた。誰かを捜している様子だったが、しばらくして匠に声を掛けた。
「あら、坂城くん、光は?」
「あれ?もう帰っちゃったみたいだよ」
「主人君もいないみたいね」
「あの二人いつもさっさと帰っちゃうからな」
公二と光はさっさと家に帰ってしまうので、さすがの琴子でも放課後二人を捕まえるのは一苦労だ。
「そっけないわね、放課後ぐらい教室で遊べばいいのに」
「俺もそう思う」
「あんたは遊びすぎよ」
「余計なお世話だ」
「あれで友達いるのかしら?」
「心配しなくても、あの二人ならクラスの中心だよ」
「ふ〜ん」
「明るくて、積極的だからね、人気があるんだよ、だからすぐ帰ってもひんしゅくを買わないんだ」
「なるほどね」
匠の説明に納得する琴子だった。
公二は学校が終わるとそのままバイト先に向かう。
公二は平日は毎日夜遅くまでバイトをしている。土日はさすがにバイトはやってない、しかし単発のバイトを時々入れている。
「こんにちは、今日もよろしくお願いします!」
「おっ、兄ちゃん!今日も張り切ってるね!」
「ええ、もちろんです!」
「じゃあ、怪我をしないようにな」
「はい!」
今日は道路工事のアルバイト、かなりの力仕事である。本来は高校生は雇わないところを無理矢理にお願いしたバイトである。
最初は一日だけの条件で雇ったのだが、今では週2回来ている。
そうなったのはひとえに公二の努力のおかげである。その働きぶりは大人顔負けで、休むことをしなかった。管理者が「頼むから休んでくれ」というぐらいだから相当な働きぶりなのだろう。
「兄ちゃん、なんでそんなに頑張ってるんだ?」
「ええ、家に俺の大切な人が待ってますから」
「えっ、兄ちゃん結婚してるのか!」
「いいえ、婚約者ですよ」
「な〜んだ、そうか。それなら、張り切るのは無理ないな」
「ええ、彼女のためなら、どんなことでも頑張れる、そういう気がするんです」
(それに、恵のためにも……)
家で待っている人がいるから頑張れる。今の公二はまさしくそんな感じだろう。
「さて、その彼女のためにまた頑張りますか!」
「はい!」
一方、光は家に帰って恵の世話と家事の手伝いをしている。いわゆる花嫁修業といったところか。公二の母と光の母、二人の教師がいるので光にとってはとても勉強になる。
そして今日は光が一人で夕食の食材を買いに出かけた。
いつもは近くのスーパーで済ますのだが、今日に限って「せっかくだからいい食材を」ということでわざわざきらめき市にある高級スーパーに出かけた。
なぜそこまでするのか。
実は光は公二のための夕食を、初めて自分の力だけで作ろうとしていたのだ。
昨日の誕生日プレゼントでエプロンをもらった光は公二のために料理を作りたくなったのだ。思い立ったが吉日。さっそく今日トライすることにしたのだ。
「うわぁ〜、ひろいなぁ〜、でも、どれがいいのか迷うわ〜」
スーパーにやってきたのはいいものの、どれがいい食材だかわからない光は困ってしまった。
いいものを買わないとここまで来た意味がない。でも光にはいい物を見分けることまではまだ勉強していない。
ふと見ると野菜売り場に制服の女の子がいた。あの制服はきらめき高校の制服だろう。地元の子ならここのスーパーの食品配置の癖もわかっているのかもしれない。光はその女の子に声を掛けてみることにした。
「やっぱり、スタミナにはにんにくよね!」
「あの〜」
女の子は一人ニンニクに向かって語っていた。
「それに、怪我をしないように野菜で栄養をつけなきゃ!」
「あの〜」
こんどは大根に向かって熱く語っている。
「明日のお弁当、みんな喜んでくれるかな……とくに公人くんには……」
「あの〜」
さらにニンジンをつかんで遠い目でどこかを見つめている女の子。
「だめよ!公人くんは藤崎さんしか見ていないから」
「あの〜」
何度声を掛けても全く聞いていない様子。
「あきらめちゃだめよ、沙希!根性で公人くんをゲットするのよ!」
「あの〜」
ニンニクを握りしめ、一人で熱く語る女の子に光は何度も声を掛けた。
すると、
「ひゃぁぁぁぁぁ!」
「うわぁ!」
声を掛けられ驚いた少女と、その声に驚いた光。しばらくお互いを見つめたままだった。
「ご、ごめんなさい!」
「い、いや、うちのほうこそ……」
「と、ところで何の用でしょうか?」
「あのな、うち、ここの店初めてやねん、だから、どこにいい食材があるかわからないねん」
「それだったらまかせて!私が教えてあげる!」
「おおきに!」
ということで一緒に買い物をすることになった。これは光にはとてもありがたかった。
「ところで名前は?」
「うち、ひびきの高校1年の陽ノ下 光っていうんよ」
「私は、きらめき高校1年の虹野 沙希。よろしくね!」
「うん!よろしく!」
どうやら性格のいい女の子のようだ。光も少し安心していた。
「ところで、こんなに食べ物買ってどうするん?」
「あっ、これ?明日のサッカー部の試合のためにお弁当を作ろうと思って」
それを聞いた光が沙希の持っているカートを見てみると、そこには山ほどの野菜やら肉や魚やらがたくさん詰まっていた。
「これの量って……ま、まさか部員全員?」
「そうよ!私のお弁当でイレブンが大活躍する。これがマネージャーの誇りよ!青春よ!」
「はぁ……」
牛乳を持ってまた一人で熱く語る沙希に光も呆れて見ているしかなかった。
「ところで陽ノ下さんはなんでわざわざここまで来たの?」
「実はな……彼に夕御飯つくって上げようと思って……」
折角あんなにしてくれるのに適当は嘘を付くわけにはいかないので、光はある程度正直に話すことにした。
「ゆ、ゆうごはん?」
「そ、そうや……」
沙希は驚いた表情を見せる。
「夕御飯ということは、二人で夕食を食べて、一緒にお片づけをするんでしょ……」
「あ、あの〜……」
「それで夜も遅くなって、恋人の二人がいい雰囲気になって……やだ!沙希のエッチ!」
「あの〜」
光は沙希の妄想状態に呆れながらも現実に戻そうと何度も声を掛けた。そしてやっと気が付いたようだ。
「あっ!……ご、ごめんなさい!」
「い、いや、別にええよ……」
光は沙希の単なる妄想だということはわかっているのだが、あながち間違っていないため、文句を言うことはできなかった。
「虹野さん」
「何?」
「料理で大切なことって何かなぁ〜?」
「それはね、愛情と根性よ!」
「えっ!こ、根性?」
「作りたい人への愛情と、いい料理を作るための根性!やっぱりこれよ!」
「な、なるほどね……」
これが正しいかどうかは良くわからないが、熱弁を振るう沙希の勢いに飲まれて、ほとんど信用してしまった光だった。
こんな料理に関する会話をしながら、光は沙希に食材の選び方や、新鮮な魚の見分け方などいろいろ教わった。
スーパーの前。お互いに買いたい物を買い終えたので、ここでお別れにする。
「今日は、ほんまにありがと!」
「ええ、こちらこそ!」
「お互いにいい料理ができるといいね!」
「うん!」
「ほな、またあったときはよろしゅう頼むわ!」
「うん!それじゃあね!」
光はいい食材と料理の心構えをもって家に帰った。
そして光は母親から手順を教わりながら、初めての料理を愛情と根性で作り上げた。
そして、夜9時。
公二が家に帰ってきた。
「ただいま〜」
「おかえり〜、あなた」
「おっ……それは」
光が身に着けているのは昨日公二がプレゼントしたエプロンだった。緑地にひまわりの柄が光には良く似合う。
「えへへ、似合うでしょう!」
「ああ、とっても似合ってる、可愛いよ」
「えへへ、うれしいな……」
「プレゼントしてよかったよ……」
自分のプレゼントを喜んで着てくれるのは、贈った方としてもとても嬉しいものだ。
その言葉を聞いた光はとっても上機嫌。
「ねぇあなた、御飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」
両親が恥ずかしくなるような台詞をいつも光はいう。公二だって滅茶苦茶恥ずかしい。いつもは返事はあいまいになってしまう。しかし、エプロン姿の光に見とれてしまった公二は、いつもと違っていた。
「そうだな〜、さっそく光だな♪」
「えっ?」
公二は玄関で光を強く抱きしめる。
「ちょ、ちょっと!ここで?」
「うん、ここで♪すぐに光が欲しいな♪」
「ま、待ってよ!親も恵も起きてるし、それに心の準備が……」
そう言った光の顔や首筋までが真っ赤になっているのを確認した公二は光の体を離す。
「あほ!冗談だよ、冗談!」
「えっ!」
「俺は親がいる家の玄関で光を抱くような変態じゃない!」
「………」
「光がいつも俺を困らせるから、からかったんだよ!」
「ぶ〜!もう意地悪!」
「ご、ごめん……ちょっとやりすぎたかな?」
「ううん……ちょっと嬉しかった……」
玄関でこんな会話をしてもしょうがない。
公二はとにかくお腹が空いていた。
「なあ、俺、御飯にしたいんだけど……」
「あっ……うん!いま準備するね!」
(あれ?光えらく嬉しそうだな?なんでだろう?)
公二は光がいつもよりも張り切っている様子なのを不思議がっていた。。
そして、公二と光が夕食を食べようとしていた。
光は公二と一緒に夕食を食べる。どんなに公二の帰りが遅くなってもだ。公二は「夜遅くの夕食は体に悪いからやめろ」というのだが、光は「あなた一人の夕食は寂しいでしょ?妻の私が一緒にいてあげる♪」と言い張るので、公二が説得をあきらめた経緯がある。
今日のメニューはとんかつにサラダ、肉じゃが、煮物にみそ汁。なぜか特別に豪華だ。
「では、いただきま〜す」
「いただきま〜す」
さっそく夕食を食べ始める二人。
「さ〜て、今日は特別にうまそうだな」
「♪」
「さっそくいただくか……モグモグモグ……ん?」
「おいしい?」
「美味しい!」
公二はいつもより美味しく感じる御飯に感嘆の声を上げる。
「ほんまか?」
「ああ、本当に……あれ?……モグモグモグ……ん?」
公二は何か変なような感じをしながら御飯を食べる。
「どうしたん?」
「おいしいけど……モグモグモグ……ん!」
「?」
公二はなにかに気が付いたようだ。
「光、ひとつ、聞いていいか?」
「ええよ」
「この料理……全部、光が作っただろ?」
「えっ……」
「確かに味はいつもと変わらずおいしい……でも何か違うんだよ」
「違う?」
「ああ……なんと言うか……料理に暖かさみたいなのを感じたんだ」
「あなた……ううっ……」
公二の言葉を聞いた光は突然泣き出してしまった。
「ううっ……あなた……ううっ……」
「ど、どうしたんだ、光!」
「ごめん……うち、めっちゃ嬉しいんや」
「えっ……」
「うち、家庭科では作ったことがあるけど、家での料理は初めてなんよ……」
「そうか……」
「おかんに教わったけど、味付けはうちが全部やった……だからうまいか不安だった……だからな、あなたが美味しいって言ったとき、ほんまに嬉しかった……」
「光……」
「何よりも、作ったのがうちやて気づいてくれたのが本当に嬉しかった……」
初めての手料理。光にとってはかなり不安だったのだろう。だから公二が料理を褒めてくれたのはとても嬉しかった。それ以上に、公二が自分の手料理だと気づいてくれたときは、何とも言いようのない感動を覚えた。
公二はそんな光がさらに愛おしく感じた。
「光、これからも夕御飯たのんでもいいかな?」
「うん、毎日はしんどいから無理やけど……」
「そうか……でも幸せだなぁ、光の手料理が食べられるなんて……」
「うちも幸せや……うちの手料理をあなたが食べてくれるなんて……」
今日もまた、夫婦として一歩前進した公二と光であった。
片づけを終えた二人は、恵の世話を一緒にする。そして夜10時ごろ、恵が寝静まった頃から、宿題を始める。
「しかし、今日の宿題は難しいな」
「あなたが難しいゆうたら、みんな不可能や」
「それはないだろ」
「そうだけどね。でも夫婦の力で終わらせるんや」
「そうだな、頑張るか!」
別に学年トップクラスの二人なら夫婦の力などなくても難なく終わらせるのだが。
そして夜12時。
今、二人が着ているのは昨日買ったお揃いのパジャマ。光が選んだチェック柄の青のパジャマである。二人ともかなり似合っていて、とても気に入った。
「さて、寝るぞ、光」
「うん……」
さっそく寝ようとした公二だったが見ると光がなにか不満そうだった。なにか物欲しそうな顔をしている。何故かわからない公二は光に聞いてみることにする。
「どうした?」
「あのな……今日は?」
「えっ?」
「帰ってきたとき『光が欲しい』っていわなかった?」
「そ、それは……」
「うち……ちょっと期待したんやけどな……」
ボコッ
公二は黙って光の頭をこづいた。
「いたっ、なにすんの!」
「あほ、せっかくのお揃いの服をすぐに脱がすほど俺は無神経じゃない」
「あなた……」
「光が着たかったお揃いのパジャマだろ?今日ぐらい着たまま寝かせてくれ」
「そ、そうだよね……ごめん……」
「じゃあ寝るか、光」
「うん、おやすみなさい……」
「おやすみ……」
そして今日も、ふたりは一緒のベッドで寝る。一緒に寝るときが一番心が安らぐとは二人の共通した意見だ。別に体を重ねなくたって十分に心は伝わっている。
こうして、公二と光の一日は終わるのである。
To be continued
後書き 兼 言い訳
第3部後半は書下ろしです。
光と恵の誕生日の次の日の様子を書きました。
次の日が書きたかったわけではなく、公二と光の普通の一日を書きたかったのです。
まあ、そもそも二人が普通ではないのですが。
結局、アツアツ夫婦の一日になってしまいました。
今回も1キャラのゲストで沙希嬢が登場。 沙希嬢の登場イメージは以前からあったものです。
ちなみに、藤崎 詩織の幼馴染みの名前は高見 公人です。
さすがに主人姓は二人同時には使えませんでした。
次回から第4部がはじまります。
第4部から第6部までは夏休みが舞台になってます。