夏休みということもあって、クラス全員が出席した。実は公二以外は地元の高校に通っているので集まり易いのもある。普段であっているケースもよくある。
そうなると、自然に話題は卒業後ひびきのに引っ越して音信不通だった公二に集中する。公二の周りには元クラスメイトが続々と集まってくる。
「よっ、公二、久しぶり!」
「おお!拓也に輝裕か!」
「もう、すっかり都会人だな~」
「半年も立ってないのにそんなわけないだろ」
「いやいや、数年たてば田舎者の俺たちなんて無視しちゃうんじゃないのか?」
「そんなことないだろ。何年たっても、どう変わっても、俺は北海道の人間だ」
「この~!かっこいいこといいやがって!」
「こら!首しめるなバカ!」
明るい人、真面目な人。公二の周りには色々な人が集まる。
「北海道はいいだろ、公二」
「おお、智徳じゃないか!やっぱり北海道はいいよ」
「都会じゃ勉強も大変じゃないか?」
「まあ、ぼちぼちやっているよ」
「そうか、みんなお前に期待しているからな、頑張れよ」
「ああ、ありがとう」
公二の周りに人が集まっているということは、それだけ期待されているということの証である。
そして公二のところに一人の女の子がやってくる。おかっぱ頭の小柄の女の子。
「公ちゃん!」
「楓子ちゃん!」
「久しぶり!」
「元気そうだね!」
「うん!」
彼女が昨日の電話の相手、佐倉 楓子である。電話では話してはいたものの、やっぱり実際に会えたのはお互いとても嬉しい。
そんな二人に別の元クラスメイトが茶々を入れる。
「おっ、感動の再会ってやつか?」
「こら!知憲、なに言っているんだ!」
「あれ、一時期噂になっていただろ?」
「だ~か~ら、楓子ちゃんに俺は似合わないって」
「そんなことない!」
「えっ!」
少し大きな声をあげる楓子。公二は少し驚く。
「そんなことない……公ちゃんは優しくて、勉強できて、ちょっと格好良くて……」
「楓子ちゃん……」
「なのに、公ちゃんったら、必死になって……」
「それは……」
切ない表情で訴えかける楓子。そんな楓子に公二は何もいえない。同窓会では場違いな雰囲気にさっきの元クラスメイトがフォローを入れる。
「おいおい、2人の世界に入るなよ。同窓会だからみんなで楽しもうぜ!」
「あ、そうだな、楓子ちゃん、他の人のところに行こうよ……」
「あ、そうだね……」
公二と楓子は一旦別れて、個別に行動することにした。
しばらくすると公二のところに担任の先生が現れた。担任の先生は公二が以前所属していた野球部の顧問もしていた。
「主人。ひさしぶりだな!」
「先生!お元気でなによりです」
「そうか、お前だけ卒業して遠くに引っ越したから心配していたんだ」
「ご心配なく。頑張っていますよ」
公二の言葉にほっとする先生。それから先生はしばらく公二の近況をじっくり聞いていたのだが、不意に神妙な面持ちで話を変えた。
「ところで主人」
「なんですか先生?」
「今なら時効だから聞くけど……お前、中2の秋から学校に内緒でバイトしていただろ?」
ブーッ!
公二は思わずジュースを吹いてしまった。
「せ、先生!」
「毎晩ファミレスで働いて、冬休みはスキー場、夏休みは牧場でバイトしていただろ」
「な、なんでそれを……」
驚いた。本当に驚いた。中学の時はバレないようにバイトをやっていた。現に学校からは注意はなかった。だからバレていなかったと思ったのに……公二はそんなことを思っていた。
「公二!それ本当か!」
周りが公二に問いかける。先生に見つかってしまったのではもはや隠しようができない。そもそもジュースを吹いた時点で白状したも同然。公二は決心した。
「……時効だからいうけど、全部本当だよ……」
公二は否定しなかった。
「まさか、お前が……」
「校則違反なのは承知の上だったよ……」
「信じられない……」
周りはざわめき出した。それはそうだ。学校でも優等生だった公二が校則違反のバイトをしていたのだから。
「先生。なぜそれを知っていたんですか?なぜ学校に報告しなかったのですか?」
「実はスキー場でバイトしているお前を見つけたんだ」
「そうですか……先生らしい人を見つけて焦りましたが、やっぱり……」
「私は当然、バイト管理の責任者に問い詰めたよ……」
『君、彼は中学生だというのは知っているのか?』
『知っているわよん♪』
『バイトは校則違反だというのは知っているのかね?』
『もちろん、公二君からもそう聞いているのねん♪』
『そこまで知っていて、なぜ雇った!』
『そうねぇ、「神戸に行く」って言っていたわ』
『そんな理由でOKしたのか?』
『するわけないわよ。他に理由があるのよん♪』
『それはなんだ?それを聞かないと私は納得しないぞ』
『ふぅ……公二君から口止めされているけど、この際、しかたないわね……彼、「……」って言ったのよ』
『本当かそれ?主人がそんなこと言ったのか!』
『うたぐり深いわね~。わたしは嘘とうつぼは嫌いよ』
『あの主人が……信じられない』
『お願いだからこれは秘密にして欲しいのよ。公二君、真剣に働いているから……』
「迷ったが、結局報告するのをやめたよ……お前の真剣さがわかったから……野球部を辞めてまでやりたかったこと……よくわかったよ……まさかお前がな……」
先生はビールを一気に喉に流し込む。公二はなにも言えなかった。先生は実は事情を全部知っていたのだ。公二は初めて知る事実をただ聞くしかなかった。公二と先生の話を聞いていた楓子が話に割り込む。
「先生、公二くんはなんて言ったの?」
「………」
「野球部を辞めてまでやりたかったこと……何ですか?」
「そうか、佐倉はマネージャーだったな……」
「ねえ、教えて?公ちゃん!」
楓子は必死の表情をしていた。公二は何も言わない。ただ、公二は先生の方を見つめる。
「主人、言ってもいいのか?」
「ここまで知られたら、もう隠しはしません。言ってください」
「そうか……主人はこう言ったそうだ……」
周りが固唾を呑んで先生の次の言葉を待つ。緊張感が漂う。そして、次の先生の言葉が周りに響くように伝わる。
「『俺は神戸に行きたい……男として、夫として、父として』とな」
「「えっ~~~~!」」
予想外の言葉に周りは一斉に驚きの声をあげる。信じられない、というような顔をしながら公二に問いつめる。
「おまえ、まさか……」
「ああ、そのとおりだ……俺は、中2で結婚して、今は1才の娘がいる」
「「えっ~~~~!」」
衝撃の事実がクラスメイトに明かされた。公二の周りは一気に大騒ぎになる。
「嘘……」
一同呆然とした表情のなかで、絞り出すような声でクラスメイトが公二に確認する。
「じゃあ、神戸って」
「俺の妻がいたところだ」
「なんで、そんなところにいる奴と……」
「妻は小学校の幼馴染みだ。中2の夏に再会して……」
「子供ができたってわけだ……しかし凄いなあ、普通堕ろしちゃうけどなぁ」
「結婚までしちゃうなんて、責任感あるなぁ」
「責任じゃないよ、彼女が好きなだけだ……」
「………」
公二は淡々と質問に答える。うつむいたまま、真剣ながらもどことなく不安な表情をしている。全体が重い雰囲気になってしまった。
そんななか声を上げたのがクラスのリーダー格の男だった。
「あ~あ、うらやましいな~。じゃあ新婚生活について、取り調べだな~」
そういうと座っている公二の腕をつかんで持ち上げた。公二は無理矢理立ち上がらせた格好になる。そしてそのクラスメイトは公二にヘッドロックを決める格好で公二を教室の外に連れて行こうとする。
「こら、謙二郎!どこにつれていくんだ~」
「な~に、あ~んなことや、こ~んなことを聞くだけだ!」
「あんなことって……だ、誰か~、た、助けて~
公二は首を決められたまま教室の外に連れ出されてしまった。
「「あはははは!」」
情けない声を上げて追い出される公二にどっと笑い声がおきた。そのおかげで、雰囲気はまた元に戻った。
(ありがとう。気を使ってくれたんだな……あれ?)
ふと気がつくと楓子の姿がいない事に気がついた。
「………」
楓子は屋上にいた。公二の告白を聞いて、思わず飛び出してしまったのだ。夕焼けが空いっぱいに広がっている。
「楓子ちゃん!」
校庭を眺める楓子の背中から声が聞こえる。
「……公ちゃん」
「やっぱりここか……楓子ちゃん、何かあるといつもここか部室にいたからな……」
楓子の目の前には公二が立っていた。楓子の表情は怯えているような、戸惑っているような複雑な表情を見せる。
「公ちゃん……さっきの話は本当なの?」
「ああ……嘘じゃない……本当のことだ」
「私、信じられない……公ちゃんがそんなことをする人だなんて……」
楓子は公二の事がまだ信じられないみたいだ。公二は自分の気持ちを正直に伝える。
「楓子ちゃん、俺はこの年で子供ができて結婚したことに何も後悔していない……」
「えっ!」
「確かに子供ができたのは予想外だった、でも、できたら結婚してもいいと思っていた」
「本当なの?」
「ああ、その覚悟はできていたから、あのとき彼女を抱いた。それだけ彼女が好きだった」
「そこまで考えていたなんて……」
「大人から見れば、かなり甘い考えかもしれない……でも、俺は自分の思う道を突き進んでいくつもりだ」
「………」
「彼女と一緒ならどんな辛い道でも平気だよ……」
公二の表情は自信に満ちていた。真剣な眼差しをしていた。
公二の真剣な表情を見て楓子の表情も和らぐ。
「そっか……公ちゃん変わってないね……優しくて、純粋で、一直線で……」
「えっ?……」
楓子の表情に笑顔が戻ってくる。
「公ちゃん……」
「何だい?」
しかしそれも一瞬だけ。突然楓子の表情が真剣なものに変わる。
「私……私、今日、言いたかったことがあるの!たとえ駄目でも!」
「!!!」
訴えかけるような楓子の声。公二は次に出てくる言葉を悟った。その言葉は公二にとって一番聞きたくない言葉だった。
「私、ずっと、ずっと公ちゃんのことが好「言うな!」 」
公二は楓子の言葉を遮った。
「えっ!」
楓子は急に遮られて驚く。
「頼むから……それだけは言わないでくれ……」
公二は辛そうな表情を楓子に見せる。
「どうして……」
「楓子ちゃんの気持ちはわかってる……もう、断るはいやなんだ」
「………」
「また、楓子ちゃんを傷つけたくない……楓子ちゃんとはずっと友達でいたいから……」
公二は苦しい胸の内を打ち明ける。それを聞いた楓子はまた元の明るい笑顔に戻っていた。
「優しいんだね……私、そんな公ちゃんが好き」
「えっ!」
「てへっ!言っちゃった!」
楓子は公二に満面の笑みを見せる。
「………」
一方、言わせたくない言葉を言わせてしまった公二は罪悪感でいっぱいになってしまう。そして公二は膝からガックリと崩れ落ちる。手を床につき、体を支えている状態になる。楓子は動かない公二のところに駆け寄る。
「ごめんね、でも私もはっきり言わないと区切りがつかないから……」
「………」
「気にしなくいいよ、この『好き』は友達としての『好き』だから……」
公二はゆっくりと立ち上がる。
「ごめんね、ありがとう……楓子ちゃん。教室に戻ろうか」
「うん!」
こうして、公二と楓子は同窓会会場である教室に戻っていった。
同窓会が終わり、片づけをしているころ、公二と楓子は再び屋上にいた。楓子が誘ったのだ。屋上の金網を背に二人寄り添って空を見つめている。
「星が綺麗……」
「そうだな……」
もう、空は暗くなって星が綺麗に輝いている。
「今日はありがとう、とても楽しかった……」
「ああ、とても楽しかった……」
「公ちゃんにも会えたし……」
二人の表情はさっきとは違ってとても爽やかだった。
「ごめんな、楓子ちゃんの気持ちを知っていながら……」
「いいよ……ねぇ、この前渡した手紙、覚えている?」
「ああ、覚えてるよ……もしかして、大切な話ってことか?」
「うん……半分はもう済ませちゃったけどね、駄目だったけど」
公二は楓子の願いを半分だけしか聞いていなかった。他になにがあるというのか?
「……じゃあ、もう半分って?」
公二は楓子に聞いてみる。
楓子は答える。
「もう半分は……それは私のわがまま」
楓子はそう言いながら公二の胸の中に飛びこんできた。
「わがままって……か、楓子ちゃん!」
楓子は驚く公二の胸に埋もれながら呟いた。
「今晩……公ちゃんとの思い出の夜が欲しい……」