「今晩……公ちゃんとの思い出の夜が欲しい……」
楓子は公二の胸の中で呟いた。楓子の肩が震えていた。突然とんでもないお願いをされた公二は、表向きは冷静さを見せてはいるものの心中穏やかでなかった。
「あのね、本当に親しい男の子って公ちゃんが初めてだったの……私、転校ばっかりでしょ?友達になってもすぐに別れる……後で別れて辛くなるより最初からって思ってたの……でもね、公ちゃんは言ったね『離れていても友達は友達だ、離れるのを恐れていては何もできないよ』って……あの時、嬉しかった……あの時からかな……公ちゃんに他の友達と違うように見えたのが……」
楓子の手が徐々に公二の背中に回っていく。公二はただなすがままの状態になっている。
太陽の恵み、光の恵
第4部 夏休み北海道編 その3
第19話〜同窓〜
Written by B
楓子の告白は続く。
「公ちゃんと噂になったとき、私嬉しかった……けど、公ちゃん必死に否定した。ショックだった。公ちゃんがどうして必死に否定するのかって、私のことが嫌いなのかなって……ずっと悩んでた。それから公ちゃんには別の人がいるからって思って、一緒にいる時を減らして……可笑しいよね?変だよね?勝手に思って、勝手に離れて……公ちゃんが好きなら近づく努力すべきだよね。本当は好きって感情がわからなかったの……初めての親しい異性だったから、友情と愛情の区別がわからなったの……」
公二の背中に回っている楓子の手に力が入る。公二は楓子にぎゅっと抱きしめられる。
「自分に正直になったとき、そう、公ちゃんが好きだということを自覚したのは、公ちゃんは遠くの人になった後……もう初恋は終わったと思った。公ちゃんとの関係は昔の友達。それで満足、もうそれ以上の関係はあきらめよう……そう決心したはずなのに……」
楓子の体の震えが大きくなりだした。楓子の抱きしめている腕にさらに力が入る。
「でも……でも……でも……だめだった、やっぱりだめだった!もう体が我慢できないの!」
公二の胸に埋もれていた楓子の顔が離れて上を向く。ちょうど公二と楓子が見つめ合う状態になる。
「私……初恋の証が……公ちゃんが好きだったという証が欲しいの!」
公二は確信した。最初から楓子はそのつもりだったのだと。ただ、最初の考えと違った意味であるが、公二とそうなる覚悟を決めていたことを。
「わかってる……これっていけないことだって!でも……公ちゃんに抱かれれば、けじめがつけられる。公二ちゃんへの想いを断ち切ることができる……」
「だめだ……楓子ちゃんを抱けば、俺が楓子ちゃんを忘れられなくなる……」
「公ちゃん、女の子がこんなこと言うのにどれだけ勇気がいるかわかってる?……お願い……受け取って、私のはじめての勇気……」
二人はじっと見つめ合ったまま。公二は楓子の真剣な眼差しに見つめられて視線をそらせない。
迷った。公二は迷いに迷った。自分は楓子の想いをすべて受け止められない。いや、受け止めてはいけない。しかし、彼女の想いをできるだけ受け止めるには……公二の腹は決まった。
「……ごめん……俺にはこれが限界だ……」
公二は目を閉じて、楓子の顔に近づけた。
公二の唇と楓子の唇が重なる。
(!!!)
楓子はなにがなんだかわからず、目を開いたまま。しばらくして、ゆっくりと唇が離れる。楓子は右手で唇の感触を確認する。
「公ちゃん……」
「……いまの『キス』は友達としての『キス』だからな……」
「やっぱり優しいんだね……ごめんね、ありがとう……」
楓子は公二の胸の中に飛び込んで泣いた。嬉しいのか悲しいのかそれは楓子にしかわからない。
楓子が泣きやんだ後、ふたりはまだ屋上にいて星空を見ていた。何も語らずただ星を見つめていた。そんななか、2人の耳に思いがけない声が聞こえてきた。
「公二!」
「ひ、光!ど、どうしてここに……」
「えっ?」
二人の目の前にはここにはいないはずの光の姿があった。
「家に、クラスメイトの野村君って人から電話があって、あなたが倒れたから至急来てくれって……」
「……あの野郎め……」
公二がお節介なクラスメイトを頭に描いているうちに、光は公二の隣まで近づいていた。そして光は公二の隣の女の子の存在に気づく。
「ねぇ、あなた。彼女が佐倉さん?」
「ああ、友達の佐倉 楓子だよ」
楓子は公二と女の子の自然な会話からなんとなく彼女の正体に気づく。
「公ちゃん。彼女がもしかして……」
「ああ、俺の妻だ……」
公二に紹介された光は楓子に挨拶する。
「初めまして、公二の妻の光です……」
「こちらこそ、公二の友達の佐倉です……あれ?……光さん、確かこの前……」
「うん、最初に電話にでたの、うちなんや」
「ごめんな、あのとき嘘ついていたんだ」
「うん、でもいいよ。許してあげる」
公二と楓子はいつの間にか元の親友同士に戻っていた。
「お〜い、公二。修羅場は収まったか〜?」
3人で話していると屋上の入り口からのんきな声が聞こえてきた。光を学校に呼びつけたクラスメイトだ。
「こら、謙二郎!なぜ光を呼んだ!」
「いや〜、皆で公二の奥さんを見てみたいとおもってさぁ〜、もしかして一緒に来ているのかなぁ〜って思って」
「電話したら、光がいたので呼んだってわけだ」
またもう一人クラスメイトが屋上に現れた。彼も共犯者らしい。さっそく公二をからかいだす。
「そう!公二が倒れたって嘘ついたら、すぐに来たよ。さすが旦那思いだなぁ〜」
「秀二!お前まで!」
「いいなぁ、こんな可愛い娘が奥さんで、うらやましいなぁ」
「………」
光は恥ずかしくて顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。
さっきのクラスメイトが公二に本題を話し出す。
「ところで公二、さっそく2次会に行くぞ!」
「どこでやるんだ?」
「決まってるだろ、お前の伯父さんの家」
「なにぃ〜!」
公二は驚いた。いくらなんでも人のそれも親戚の家を2次会の会場にするなんて非常識だ。そんな公二の心中を知ってか知らずかクラスメイトは平然と話を続ける。
「伯父さんの家ってと〜っても広いだろ?伯父さんは喜んで承諾してくれたぞ!」
「そういうことなの、いいでしょ?あなた」
光まで知っているということは、どうやら手はずは全て整っているようだ。こうなると拒否はできないだろう。
「しょうがないか……」
しかし公二はこう言ったものの、内心は飛び跳ねるように嬉しかった。なぜなら、まだもうしばらくこの親愛なるクラスメイト達と一緒にいられるのだから。
光はさっきから話をじっと聞いていた楓子に声を掛ける。
「佐倉さんも一緒に来ませんか?」
「えっ!私も?いいんですか?」
楓子は自分に関係のない話だと思っていたのか驚いていた。
「もちろん!一緒に楽しもうよ……それに、佐倉さんと話がしてみたかったし」
「じゃあ、お言葉に甘えて。よろしくね光さん!」
「うん、よろしくね!」
「じゃあ出発だぁ!」
こうして 2次会は公二の伯父の家で一晩中行われた。楓子は光と仲良く話をしていた。似た性格で気が合ったのだろうか。公二は食事の準備だったり、恵を寝かしつけたり、新婚生活を話す羽目になったりと大変だった。
こうして、公二にとって楽しい同窓会の夜は明けた。
翌朝。伯父の家の玄関。
結局、2次会にでた仲間は楓子も含めて全員伯父の家に泊まった。
「すまんな、泊めてもらって」
「いいよ、いい思い出になったよ。こんな事、今後ないかもしれないからな」
「そんな、悲観的になるなよ。またこんな馬鹿騒ぎやろうよ」
「ああ、約束しような。絶対にやろうな」
公二は寂しそうな表情をしている、そんな公二をクラスメイト達は慰めていた。クラスメイトの励ましに公二も明るさを取り戻す。
「もちろんそのときは、私も一緒でしょ?」
「もちろんだよ、楓子ちゃん」
「公二、お前は奥さん同伴が義務だからな」
「こ、こら!」
「ちょっと〜恥ずかしいわ〜」
「じゃあな、公二。暇なときには電話してくれよ」
「ああ、お前らも元気でな」
「それじゃあなぁ〜」
楓子やクラスメイト達は一緒に伯父の家から帰っていった。またの再会を約束して。
公二と光は友達の姿が見えなくなるまでじっと見送っていた。
みんな一緒に帰って、玄関には公二と光だけが残されていた。祭りの後の静けさというのか、一抹の寂しさを二人は感じていた。
「いっちゃったね……」
「なんか寂しいな……」
「いい友達やね……」
「ああ、あいつらが友達で本当によかった」
「楓子さん、いい人やね……すぐに友達になっちゃった」
「本当か?」
「うん。帰ったらまた電話することにしたんや」
「そうか、よかった……」
ところが光が突然怒った表情になる。
「ところで、あ〜な〜た〜」
「な、なんだ?」
「昨日、楓子さんとキスしたでしょ!しかもあなたの方から!」
「な、なんでそれを……」
「本人から聞いたわよ、『公ちゃんと不倫しちゃった♪』って」
「そ、それは……」
「私という妻がいながら……この浮気者!」
「ひぇぇぇ!ごめんなさい!」
公二に怒鳴りつける光。公二は反論できずただ謝っているしかなかった。
しかし光は急にいつもの笑顔に戻っていた。
「うふふ、冗談よ!」
「えっ?」
「楓子さんこう言っていたわ、『怒らないでね、あれが公ちゃんの優しさだから』って、事情は全部話してくれたの」
「ごめん……」
「今回は許してあげる。でも、次はどんな理由でも絶対に許さないからね!」
「は〜い、わかりました……」
公二は怒られてガックリした表情になる。そんな公二を見て思わず笑ってしまいそうな光だった。
その日の午後。
「伯父さん、伯母さん。お世話になりました」
「また、いらっしゃい。元気でね」
「冬にも来てね。待ってるから」
「はい、また来ます」
伯父と伯母に見送られて公二と光と恵は伯父の家を後にした。公二たちは、今日北海道を離れる。そして今度は光の故郷、神戸に向かう。電車で空港まで行って飛行機で関空へ行く予定だ。
公二たちは駅で電車を待っていた。
「短かったけど、楽しかったなぁ」
「うちも楽しかったわ、あなたの同級生にも会えたし」
「そうだな、高校卒業したらまた会いたいな……」
「アー、アー!」
「ん、どうした恵?」
恵の見ている方向を二人は見てみる。そこには小さな体で懸命に走っている女の子がいた。
「公ちゃん!光ちゃん!」
「楓子ちゃん!」
「てへっ!見送りに来ちゃいました!」
「わざわざありがとう!」
「どういたしまして!」
「帰ったらまた電話するからね!」
光と友達の会話をした楓子は公二を見つめる。
「うん……ねぇ、公ちゃん……あのね、私ね……」
「何?」
「ううん、なんでもない……あ、電車が来た!」
「それじゃあ元気でね!」
「公ちゃん!光ちゃんを大切にするんだぞ!」
「は〜い!」
こうして、公二と楓子はここで別れた。
空港へ向かう電車の中。公二と光はボックス席に座っていた。恵は光の腕の中で眠っている。
「ねえ、あなた」
「なんだ?」
「後悔してない?私達のこと全部話したこと」
「まさか先生が知ってるとは思わなかったし、最初はその場の勢いで話しちゃったけど、これでよかったよ」
「どうして?」
「次に会ったときに、何も後ろめたいものを感じずに付き合えるから……次にいつ会えるかわからない、もしかしたら2度と会えないかもしれない。だからこそ、本当の俺を知っておいて欲しい」
「だから、躊躇することなく全て話したってわけね」
「いきなり話す形になったけどな、でもああいう形でしか話せなかったかもしれないな……でも、不安だったんだよ……本当の俺を受け入れてくれるかどうか、今後変な目で見られるんじゃないかって」
「自分でいうのもなんだけど、高校生で結婚して子供がいるって聞くだけで、その人の印象が変わっちゃうもんね」
「でも、みんなは受け入れてくれた……俺、あのクラスの一員でよかった。あのクラスにいたことを誇りに思うよ」
「いい友達をもって幸せだね、本当に」
「俺、北海道がもっと好きになったよ、素敵な仲間達が住んでいるこの故郷北海道を……」
公二は窓に流れる北海道の景色を眺めていた。公二の眼はその景色ではなく、そのはるか向こうにいる素敵な仲間の姿を見ているのかもしれない。
「あのさ……」
「なんだ?」
「その、後ろめたいものを琴子たちに対して持っているんやね、うちら」
「あ……」
「私達、琴子たちを信用してないのかなぁ、本当の友達になれないのかなぁ……」
「そうだな、信頼しないで、友達はないよな……」
「琴子たちに知って欲しいね……本当のうちらの事……」
「いつか、話さなければいけないだろうな……本当の俺たちの姿を……」
「でも周りの影響を考えると、難しいかな……」
「そうだな……でも、夏休み中は話せないから、じっくり考えればいいよ。今は夏休みを楽しもうな」
「うん……」
「それよりも、光、今度は光が同窓会を楽しむ番だぞ!元気だせよ!」
「うん!了解了解!」
「さっそくだが、今日は何処に泊まるんだ?」
「もう!すぐに忘れるんやから!あのね……」
行き先は光の故郷、恵の生誕の地、神戸。
しかし、もうすでに嵐の予感が……
To be continued
後書き 兼 言い訳
第4部めでたく完結です。
結局、公二と楓子は最後までいきませんでしたね。よかったよかった(こら)
前回と今回、大人になっても印象に残る同窓会の1日というテーマで書いてみました。
こういうのって、自分の経験やあこがれがでてきますね。ほんとに
しかし、女心を表現するのは難しい!
具体的には冒頭の楓子の独白ですが。なかなかうまく書けず苦労しました。
普段から人の気持ちを考えていないと書けないということを痛感しました。
次回からは第5部です。
公二たちから一旦離れて、ひびきのでの合宿のお話です。
おもいっきり、御馬鹿路線です。