第21話目次第23話
夜もふけてきた頃。合宿所に向かうひとつの影があった。


「大丈夫だっていっていたけど、心配だなぁ」


茜である。バイトも終わって家にいたのだが、琴子達がどうしても心配になったのである。明日はバイトは休みだし。兄の薫にも承諾をもらっている。
ただし、


「茜。頼むから酒だけは飲まないでくれぇ……」


と泣いて頼んだのが気になっているが。


「お兄ちゃん。あんな事言っていたけど、何でだろう?飲んだことないから心配しているのかなぁ?」

太陽の恵み、光の恵

第5部 合宿大騒動編 後編

Written by B
そうしているうちに、茜は茶道部室の前についた。茶道部室からは物音があまり聞こえない。


「ここだね。出前をしたのは。でもなんか静かだなぁ?お邪魔しまぁす、あれ?」


入ってみると、そこには黙々と飲んでいる琴子がいた。空の一升瓶が転がっていて、机にはコップに日本酒が入っていた。茜のことに、気づいていないようだ。


「あれ、他の人はどうしたんだろう?」


そう言いながら茜はお酒の入ったコップを持った。


「みんな酔ってどっか行ったのかなぁ?だいじょうぶかなぁ?」


茜はコップを見つめる。 そうしているうちに、ちょっと飲んでみたくなっていた。


「お兄ちゃんから止められているけど、ちょっとならいいよね……」


そう自分に言い訳して、お酒を飲んだ。 これがいけなかった。茜は瞬時に酔ってしまった。 茜はまったくお酒が駄目だったのだ。






しばらくして遂に悪魔が目を覚ます。


「ほよ?」


目を覚ました茜はなにか様子がおかしい。なんか子供っぽい表情に変わっている。そんな茜に琴子がやっと気が付いた。


「あれ?一文字さんではないの?その手に持っているのはお酒じゃないの?」

「あれ?ことこちゃんどうしたの?みんなはどうしたの?」

「みんなは外に出かけたんですのよ。このわたくしを置いてって」

「じゃあ、あかねもあそびにいく〜!」

「ちょっと!どこ行くの?きゃっ!」


茜は扉を突き破って走り去った。






「きぃぃぃぃぃぃん!」


茜は飛行機ポーズを取りながら全速力で走っている。限度を知らないその走りは神の領域に入っていた。


どかん!ぼかん!ばかん!どたん!


茜は木や建物、看板関係なく壊していく。茜の暴走は止まらない。しかも、無傷である。


「うほほ〜〜〜〜〜い!」


茜はとても楽しそうだ。






そのころ、総合格闘技練習場前の広場では。


「……とても苦しい……」

「うるさぁぁぁい!腕立てあと44回だ!」

「……これを耐えるのが男なわけで……」

「なぜ遅い!」

「……不器用ですから……」


匠は純一郎に特訓を受けていた。ランニング10km、腹筋200回、スクワット200回、背筋200回、腕立て200回。これだけのメニューを休憩無しでやらそうとしていた。


「漢はしごかれて強くなるのじゃぁぁぁ!」

「純は……酔うと……超体育系になり……厳しいわけで……」


匠はしごかれても、寡黙だった。しかも、これだけやってまだ普通の状態ではない。いや、あまりの疲労に酔っているのかわからなくなっていた。






しかし純一郎は酔ったままだ。夜なのに大声で威勢がいい。


「何をやってる!早くやれ!」

「……あれは?……なんだろう?……」


二人の目の前には一人の少女が暴走していた。


「きぃぃぃぃぃぃん!……ほよ?」


女の子はあれだけ暴走しているのにもかかわらず急停止して、匠と純一郎の前に止まった。


「……茜さんではないか……」

「てめえ、漢の特訓になに邪魔をする!」

「ねえねえ、どうしたの?」

「今は、この軟弱男を真の漢にするために特訓しておる!」


邪魔をされた純一郎は怒っているようだ。しかし茜はそんな純一郎の様子に全く気づこうとしてない。


「ねえ、ほかりくんって、つおい?」

「俺は最強だ!女なんかには負けない!」


茜の質問に純一郎は仁王立ちして答える。


「じゃあ、あかねとあそぼう!」

「何?」

「わ〜い!じゃあやきゅうしよ!」

「お、おい……うわぁぁぁぁ!」


茜は純一郎をかつぎあげて、10m先の建物に向かっておもいっきり投げつけた。 純一郎は野球のボールよろしく飛ばされて壁に激突した。


「お、女に負けるとは……無念じゃぁ……」


純一郎は気絶してしまった。






茜の暴走を酔った匠は冷静に見ていた。


「茜さんは……能天気怪力爆弾娘になるわけで……」

「あれ?ねむっちゃったの?つまんないのぉ……ねぇ?」

「はい?」

「あかねといっしょにあそぼ?」


子供のようにニコニコしている茜。その笑顔がかえって匠に恐怖感を与える。


「……ふたりよりももっと友達がいたほうが……」

「わ〜い!ともだちともだち〜!じゃあともだちさがそ!」

「な、なにを……」


匠はその場を切り抜けようとしたらしいが、逆効果だったようだ。


「きぃぃぃぃぃぃん!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」


茜は匠の手を掴んで神の領域に突入した。


どかん!ぼかん!どかん!ぼっかーん!


「わ〜い!ともだちだ〜!」
「……」


またもや、器物破損を繰り返す茜。あまりの事態に匠は泡を吹いて気絶している。






合宿所内の公園のベンチにて。ここにも酔った2人が。


「僕はお酒に酔ってなんかいないさ。美帆、君に酔っているんだ」

「え〜!そんな〜!だって女同士なんだよ〜」

「愛に性別は関係ないさ。そうだろ?」


さっきからずっと、こんな調子である。 酔った美幸はなぜかプレイボーイになってしまっていた。口説かれている美帆も酔っているので完全拒否ということを考えてない。それどころか、美幸の口説きに陥落寸前だ。


「ほら、君の妖精さんも僕達を祝福しているよ」

「でも……」

「もう僕の目には君しか写らないよ……」

「美幸さん……」

「美帆……」


雰囲気に完全に飲まれてしまった美帆は瞳を閉じてしまった。美幸はそれを見てニヤリとしてから、瞳を閉じた。






美幸の唇が美帆の唇に近づく。そして、 あわや!というそのとき。


「きぃぃぃぃぃぃん!………ほよ?」

「あ、君は確か茜さんだったね?」

「そうだよ〜!ボクあかねだよ!」


脳天気に美幸に挨拶する茜。そういう美幸は何かご馳走を目の前でお預けされたような顔をしていた。


「はっ!あぶなかった〜!もう少しで変態になるとこだった〜」


酔った美帆はやっと今の状況に気が付いてほっと一安心といった様子だ。


「君はデートの途中かね?」

「でーと?でーとって、つおい?」

「……」


茜の手にはボロ雑巾状態の気絶した匠の手がしっかりと握られていた。






「ねぇ?それよりもあそぼうよ!」

「えっ?」

「えっ、これがじゃま?じゃあすてるね!ぽ〜い!」


何を思ったのか茜は匠をおもいっきり投げ飛ばした。


どっか〜ん!


匠は大木にぶつかったが動く気配はまったくなかった。


「じゃまはいないね!じゃあかけっこしてあそぼ!」

「ちょ、ちょっと君!何をする!」


茜は美幸と美帆の手を掴んで、また暴走しだした。


「きぃぃぃぃぃぃぃん!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」


辺りには美幸と美帆の悲鳴の残響だけが残っていた。






どかん!ぼかん!どっかん!ぼっかん!


「何なの?この音は!」


真夜中の茶道和室。琴子は半分酔いが覚めてしまっていた。


「きぃぃぃぃぃん!あれ?ことこちゃん!」

「い、一文字さん!その両手にあるのは!」


茜が持っているのは、ボロ雑巾状態で気絶している美幸と美帆だった。


「え、いらないって?じゃあすてるね!ぽ〜いっと!」


まったく返事になってない返事をした茜は2人を投げ飛ばした。 勢いよく投げたのでどこか遠くに飛んでしまった。






さすがの琴子も茜の変貌ぶりに恐怖感を抱いていた。


「こ、こわい……」

「えっ?あかねがつよいって?うほほ〜い!うれし〜い!」


なぜか大喜びする茜。それにさらに恐怖心を募らせる琴子。


「もうだめね……こうなったら」

「わ〜いわ〜い!……あれ?ことこちゃん?ねちゃったの?」

「……」


琴子は死んだ振り、もとい寝た振りをしていた。しかしそれは酔った茜には無駄。


「ねちゃったんだ……まあいいや、いっしょにあそぼ!」

「!!!」

「あそぼ〜あそぼ〜!わ〜い!」


何も躊躇もなく琴子を掴むと茜は外へ暴走しだした。


「きゃぁぁぁぁ!」
「きぃぃぃぃぃぃん!」


茶道部室の周辺は琴子の悲鳴が消えると全くの静寂の世界に戻っていた。






翌朝。ひびきの合宿所では野外でボロボロの状態で倒れている、純一郎、匠、美帆、美幸、琴子の姿が発見された。全員「酒を飲んで酔った」とはとても言えるわけがなく「何者かに襲われた」と言い張った。
それよりも関係者を騒然とさせたのは、合宿所のあらゆるところが破壊されていたのだ。しかも常人ではとても壊すことが出来ない看板、大木、電柱、施設等々……結局犯人はわからずじまいで、事件は迷宮入りになってしまった。
5人はすぐに通常の合宿に参加したが、これに懲りて夜に酒を飲むのはやめたそうだ。






この騒動の張本人である茜はその日の深夜、何事もなかったかのように家に帰った。そして翌朝。


「あのね、お兄ちゃん……」

「どうした茜?」

「実は昨日ボクね……」


この様子を覚えていた茜は薫にそれを話した。話を聞いていた薫はみるみるうちに真っ青になっていく。 


「………」

「どうしたの?」

「やっちまったか……」

「?」


顔面蒼白の薫は、茜に衝撃の事実を話し始めた。
子供のとき、ジュースと間違って酒を飲んだ茜は茜の父親をKOさせてしまったのだ。茜の両親が武者修業の旅にでた理由のひとつはそのことで父がショックを受けたことだという。


「………」

「だから、あれほど酒を飲むのはやめろっていったんだ……」

「ごめん、お兄ちゃん……」

「まあしょうがない、おまえだってお酒ぐらい興味があるだろうからな……」

「………」

「今回は許すが、今後絶対に酒を飲むなよ」

「は〜い……」

さすがの茜も今回はなにも反論できなかった。
こうして今年の合宿最大の事件「ひびきのの破壊神事件」は幕を閉じたのだった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
第5部は完結です。
めでたしめでたし、のわけではありませんね

酔いどれ悪魔、茜ちゃんが覚醒してしまいました。モデルはおわかりだと思いますが、そうです。アレです。モデル同様の暴走ぶりにしてみました。

酔いどれは今後たまに出てきます。

次回からは第6部、光の同窓会でのお話です。
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