第22話目次第24話
「暑い〜!」
「あついよ〜!」
「アツイー」

「げっ、恵、俺たちのまねしているぞ」

「ははは、いややわぁ」

ここは神戸。光の故郷であり、恵の生誕の地でもある。ここに来たのは2日後に控えた光の同窓会のためである。3人は光の祖父母の家に泊まることにしている。そして今はその祖父母の家の前までやってきた。


「はぁ〜、やっとついた。久しぶりやね」

「ああ、久しぶりだな」


光は北海道は2度目だったが、公二は中2、中3のとき月に最低1度神戸に通っていたので慣れている。祖父母にも何度も会っていた。さっそく玄関の扉を開ける。光の祖父母が笑顔で迎えてくれた。


「おじいちゃ〜ん!おばあちゃ〜ん!こんちわ〜!」

「おおっ!光ちゃんに公二君!久しぶりだね」

「はい、しばらくお世話になります」

「ゆっくりしていってね」

「は〜い!」

太陽の恵み、光の恵

第6部 夏休み神戸編 その1

Written by B
その日の夜。みんなで食事をとっていた。


「イタダキマース」

「恵。ちゃんとあいさつできたね〜♪」

「恵ちゃんもこんなに大きくなったんだねぇ〜」

「最近成長がすごいから、僕たちもびっくりですよ」

「本当、毎日少しずつ成長しとるのがわかって楽しいんよ」

「そうか、そうか」


恵の笑顔を中心に食事も楽しく進む。


「しかし、私達も曾孫の姿が見られるとは思わなかったね、あなた」

「そうじゃのう」


その日の夕食はみんなで和気藹々なものになった。






夕食後。光は恵と一緒にお風呂に入っている。その時間を見て、公二はずっと思っていた疑問を光の祖父にこっそりとぶつけてみた。それは光の祖父母の話を光から聞いて、ずっと気になっていたことだった


「……おじいさん。質問があるんですが」

「なんだい、公二君」


公二は真剣な表情を祖父に見せる。それにつられて祖父も少し真剣な表情を見せる。


「光が妊娠したのを聞いて、おじいさん達は全然驚かなかったって聞いてます」

「うん、そうじゃが」

「おまけに真っ先に出産に賛成したそうじゃないですか?なぜですか?」

「そのことだが……光の同窓会の次の日に話したいことがあるから、それまで待ってくれ」

「……わかりました」


公二はとりあえず、その言葉を信じることにしたので、その話題はそれ以上聞かなかった。






次の日の夕方、同窓会を明日に控えた光に女性のお客さんが訪れた。


「こんにちは」

「せ、先生!久しぶりです!」


玄関に来た光は驚いた。やってきたのは光の中学時代の担任の先生だった。


「陽ノ下さん。元気ですか?」

「めっちゃ元気や!」


久しぶりの再開に大喜びの光。それを見ていた先生は光の隣にいる青年の存在に気づく。


「そう、よかった。で、彼が……」

「はい、初めまして、光の夫の主人 公二です。中学のときはいろいろご迷惑をおかけしました……」

「そんなことはないわ。おじゃましてよいかしら?陽ノ下さんには話したい事が沢山あるから」

「はい!喜んで!」






「そんでな、先生。恵がね……」

「そうなの。陽ノ下さん……」


夜。光と先生がずっと話している。光は話したいことが山ほどあるようで、ほとんど光が話している。


「むか〜し、むか〜し。あるところにおじいさんとおばあさんが……」

「………」


公二は絵本を読んで恵を寝かしつけていた。そして、夜も深くなり、恵が寝静まった頃。公二が光のところにやってきた。


「光、明日もあるから寝たらどうだ?」

「え〜!もうすこしええやろ?」


まだ話したりないという表情の光。そんな光をなだめる公二。


「明日が本番なんだから。今疲れたら意味ないだろ?先生は俺が相手するから」

「陽ノ下さん。旦那様の言うことは聞いたほうがいいわよ」

「もう〜先生ったら……じゃあすんませんお先に失礼しますわ」

「じゃあ、また明日ね」

「ほなまた明日……」


光は寝室に戻っていった。






そして、部屋には公二と先生の二人っきり。今まで光が座っていた場所に公二が座った。二人は真正面に向かい合っている。


「主人さん。本当は私と1対1で話したかったんでしょ?」

「やっぱりわかりましたか」


すこし緊張気味だった、公二の顔が少し緩んだ。それをみた先生はほっとした様子だ。


「で、私に何が聞きたいの?」

「光の中学校の様子です。光、妊娠してからの学校の様子をなかなか話してくれないんです」

「そうだったの……やっぱりね」

「先生、よかったら話していただけませんか?」

「わかったわ。妊娠してからの陽ノ下さんの事を話すわ」


そういって先生は光の事について話しだした。






「陽ノ下さんから直接妊娠の事実を聞いた時はびっくりしたわ。彼女、優等生で明るくてクラスで人気者だったから余計びっくりだったの。それに何のためらいもなく、大きな声で言ったのよ『頑張って産むんや!』って。」

「光らしいな」

「職員室中に聞こえちゃって大騒ぎになったのよ」

「はあ……」


先生は昔を懐かしむような表情で話している。公二はそれに相づちを打つだけ。


「先生達、みんな驚いていたわ。妊娠・出産をあんなにはっきりと言った生徒は初めてだって。普通は後ろめたくて大きな声ではいえないのよ」

「そうでしょうね……」

「彼女、もう母親の自覚があったのかしら。職員会議でもそこまで自覚があるならって問題にしなかったの」






先生は微笑んだり遠くを見つめる表情をしたりしている。光の事は先生にとってとても印象に残る出来事だったのだろう。


「でも次の日の朝には噂が広まってね『2年で妊娠して出産する女の子がいる』って」

「やっぱりそうですよね……」

「で、それを知った彼女どうしたと思う?」

「え?」

「彼女、その日のホームルームで自分から言うって、私に頼んだのよ」


公二の表情がすぐに険しくなる。先生の表情もすこし厳しくなっている。


「………」

「時期早々と思って、止めたんだけどね……」






職員室。先生が座っている席のとなりで光が真剣な表情をしている。先生も驚きながらも光を説得しようとしている。


『陽ノ下さん、もうちょっと待ったら?』

『いいえ……どうせいつかバレるやろし』

『まあ、そうだけど……』


困った表情の先生。光はそんな先生に決意を語る。


『先生……この子はうしろめたい子やない!』

『陽ノ下さん……』

『うちと公二が求め合ってできた子なんや!』

『………』

『この子は堂々と誇れる、うちと公二の子供なんや!』


先生は諦めた表情を見せる。


『……わかったわ、好きにしなさい』

『おおきに!』


大喜びの光。それを複雑な表情でじっと見つめる先生。






二人の会話の様子を聞いた公二がゆっくりと口を開く。


「光はガンコだからな……」

「そう、それにあのときの表情は母親そのものだったわ」

「母親か……」

「けど、安心したわ。彼女がそれだけ産む決意が堅いってことがわかって」

「決意か……」

「そして、ホームルームで彼女はカミングアウトしたのよ」


先生はまた昔を懐かしむ表情になる。






光のクラスの教室。これから起こることに教室全体にただならぬ雰囲気が漂っている。。


『皆さん。今から陽ノ下さんから皆に言いたい事があるそうです』


ざわざわざわ


光がゆっくりと壇上に登る。そして真面目な表情でクラス全員に語り始める。


『皆さん、学校中で『2年で妊娠して出産する女の子がいる』って噂が流れていますが……うちのことなんや』

『『!!!』』


クラスメイト全員に驚きの表情が浮かぶ。


『その噂、嘘やない。うち、妊娠3ヶ月なんや』

『『え〜〜〜!』』


クラス全体から一斉に驚きの声が挙がる。


『もちろん、産むつもりや』

『うそ……』
『ほんまか……』
『信じられへん……』

『うちはこの決断に後悔してへん。これから迷惑をかけるかもしれへんけど、宜しくお願いします……』

『………』
『………』

光の言葉にクラス全体が沈黙してしまう。誰も何も言えない状況が続く。






しばらくして一人の生徒が立ち上がった。


『みんな!光ちゃんがここまで言うたなら、皆で応援しようや!』

『リーダー……』


また別の席の生徒が立ち上がる。


『そうや!産みたくて産むんやろ?だったら協力するのが仲間って奴やろ?』

『忍ちゃん……』

『何ができるかようわからへんけど、困ったら相談してや!』

『『そうや!そうや!』』

『みんな……おおきに!』


クラス全員が立ち上がり光に声援を送る。光は感激で涙を流している。






「おかげで皆、光の出産に協力してくれるようになったの」

「そんなことがあったんですか……」

「彼女の決意にみんな動かされたのよ。彼女の人徳よ」

「いいクラスですね……」

「そう、うちのクラス、義理人情に厚くて変なクラスで有名だったんだけどね」

「はあ……」


先生の表情はとても明るい。光のクラスは先生にとって特別なクラスだったのかもしれない。公二はそう思った。






ここで先生はあることに気づいた。いままで自分の話を聞いていた公二が何か聞きたいような顔をしているのに。


「主人君。あなたが聞きたいのは、そんなことじゃないようね」

「えっ………」


聞きたいことがどんな事なのか先生もある程度気づいていた。それは光がたぶん話したがらない事だと先生も思っていたから。


「あなたの目を見ればわかるわ。なるほど、陽ノ下さんがいないほうがいいわけね」

「わかりましたか、それなら単刀直入にいいます」

「ええ、どうぞ……」


公二はいつしか真剣な表情に変わっていた。そしてずっと知りたかったことをはっきりと告げる。


「先生、光は学校でどんなイジメにあっていたんですか?」

「………」

「イジメ」過去の事とはいえ、暗い影がつきまとう。先生もさすがに口が重くなる。


「妊娠してから初めて神戸に来たとき、光、明らかに辛いのを我慢していたんです」

「そうなの……」

「光は、他人を心配させないように、自分だけで抱え込んでしまうから……」

「やっぱりね……」

「だから俺、言ってやったんです」



『光、いったい何があったんだ?教えてくれよ……』
『………』

『光は本当に人に気をつかうんだな、悪くないけど……俺に対しては別だぞ』
『えっ……』

『辛いことがあったら、俺にぶつけてくれよ。悲しいことがあったら、俺に分けてくれよ』
『公二……』

『だって、俺たち……夫婦だろ……』
『夫婦……こ、こうじ……う、うわぁぁぁぁん!』

「そんなことが……」

「そのとき、光が『何も聞かないで』って言うから訳は聞きませんでしたよ……結局、恵を出産したときに初めて白状しましたよ『いじめられてた』って」


先生も初めて知る事実に黙ってしまう。


「実は俺達の関係、高校では秘密にしているんです」

「えっ?」

「いろいろ理由はあるけど、一番の理由は光が『もう、あんな思いはしとうない』って言うからなんです」

「………」

「そこまで光を追い詰めたイジメって何ですか?わかる範囲で教えてください」

「………」

「俺、光の辛いことを分かち合いたいんです」


先生も生徒のイジメの様子を話すのは躊躇した。担任として教え子がイジメにあっていたという事実は辛いものがある。しかし公二の真剣なお願いに黙る訳にはいかなかった。


「……これだけ妻思いの夫なら、陽ノ下さんも幸せね」

「えっ?」

「わかったわ……話してあげる」






先生はさっきとはうってかわって真剣な表情になる。


「確かにクラスは皆協力してくれたわ、けど……」

「他のクラスの人にそうでない人がいる……」

「そのとおり。教師がいうのも何だけど、他とは違う人っていじめやすいのかもね」

「そうですね……」

「特に妊娠していた陽ノ下さんなんか、格好の餌食よ。例えば……」





『ねぇ、2年のあの子、妊娠したんやて……きっと不倫の子や』
『違うよわ、援助交際やってたんよ……』
『変な男に無理矢理に……で、堕ろすに堕ろせなくなったってやつよ……』
『あの娘、手当たりしだいに男と寝ているわしいわよ……』






「当然作り話……しかも、陽ノ下さんに聞こえるように話すのよ、ひどい話よね」

「そんなことが……」

「こんなのはまだ序の口よ」

「えっ……」

「彼女の嘘の男性遍歴を書いた張り紙や、でたらめな情報が書いたビラが出回ってたわ」

「ひどい……」


公二の表情が徐々に変わっていく。最初は驚きだったのが、怒りの表情に変わっていく。


「これも可愛いほうよ、クラスメートが回収すればそれまでだから」

「………」

「机や下駄箱に避妊具の山が入ってたり、悪口だけの手紙もあったわ」

「ひどすぎる……」

「ひどいときには妊婦の裸が載ってたエロ本なんてあったわ」

「………」

「今から思えば、よく彼女が耐えていたと思うわ……」


次々に耳に入る衝撃の事実に公二は何も言えなかった。






公二は拳をつよく握り締め、体が怒りに震えていた。その仕草は先生にもよくわかっていた。そしてその仕草から公二が今どういう気持ちなのかを。それをわかった上で先生は公二に問いかける。


「主人さん。いま犯人がいたら殴りたいと思ってる?」

「ええ、もちろんです!」

「でも、陽ノ下さんの立場だったら殴れないとおもうわ」

「えっ?」

「犯人の一人に、彼女の部活の友達がいたのよ」

「ええっ!」


公二も思わず驚きの声をあげる。


「それも仲の良かった友達よ。たぶん他の友達に誘われてそれっきりだと思うわ。さすがにそのときは彼女もショックだったみたい」


公二もショックだった。光がそこまでひどい仕打ちを受けていたのかと思うと、やりきれない気持ちだった。そして、その辛さを知らなかった自分を恥じた。






「光はイジメにあったときどうしたんですか?」

「反抗することなく笑っていたわよ、それがさらに相手を怒らせたのだけどね」

「どうして……」

「私も聞いたわよ、そしたら『私が怒ると子供が怒りんぼになるから』とか言って笑ってたわ」

「やっぱり、無理していたんだ……」


公二にはそのときの光の様子が想像できた。想像した光の表情は痛々しかった。


「本当にそう思ったわ。もし彼女が主人さんと会うのが遅かったらどうなってたか……」

「そんなに……」

「だぶんあなたと会ってからね、彼女が無理することなく普通に感情を表わすようになったの」

「そうですか……」

「彼女、くじけずに皆と接していたから、自然にいじめも無くなったわ……」


ここで今まで堅かった先生の表情が緩みだす。どうやら話はここまでのようだ。それをみた公二の表情もすこし緩む。






「あなたが聞きたいのは、ここまででしょ?」

「はい、ありがとうございました」


公二は頭を下げた。別に頭を下げるほどではないが、話が話だけに自然に頭が下がったのかもしれない。


「あなたも北海道からよく通ってきたわね」

「いや、夫としてできることは、これしかありませんでしたから……」

「でも、貴方のおかげで陽ノ下さんも頑張れたと思うのよ……」






「ところで主人くん」

「なんですか、先生」

「あなたも明日の同窓会。出ない?」

「えっ?俺が?」


いきなりで驚く公二


「そう、きっと陽ノ下さんの旦那の顔が見たいって人はいるわよ。あなたがよかったら私は歓迎するわよ」


先生は真面目に同窓会に誘っているようだ。しかし学校での光の話を聞いた公二はすぐにはいと言える気分ではなかった。


「すいません……考えさせてくれませんか?」

「そう、じゃあ明日楽しみにしているわ」

「夜遅くまですいませんでした」

「それじゃあまた明日」


ここで先生は帰っていった。






玄関で先生を見送った公二はしばらくそこで考え込んでいた。


「同窓会に招待か……そうだろうな、俺の場合も光を呼んだのだからな、こっちもそうだろうなぁ」

「でも、俺の場合と違って、向こうは全員知っているし、光があんなに辛くて苦労しているのも知っているからなぁ」

「その原因の俺がどの面さげて出席できるんだっていうんだ?あの先生は?……」


そう考えながら公二は寝室に入った。光は恵の側でぐっすり眠っていた。眠っている光の表情はとても安らかだった。そんな光が中学時代ひどいイジメにあっていたかと思うと胸が痛む公二だった。


「光、学校で大変だったんだな……ごめんな、何もできなくて……」

「でも、もう二度と自分だけで抱え込むなよ……いつでも俺がいるからな……」

「でも、あんなに子供を産む決意だったんだな……すごいよ光は……」

「その気持ちに応えていくからな……光……」


公二は光の頬に口づけをしてから眠りについた。
目を覚ませば、同窓会の日。なにかがそこにある……
To be continued
後書き 兼 言い訳
第6部は夏休み3部作の最後、光の同窓会が中心です。。

しかし、最初から暗い展開。公二たちが高校で関係を隠している理由。それがここの中心です。

光のクラスメイトはいい人ばかりです。次回からもそんな様子がでてきます。
なぜいい人かというと、そのほうが書きやすかったから。

次回は光の同窓会本番です。
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