昔、一人の少女がいた。それはそれは可愛い子で近所で評判の娘だった。
そんな少女は好きな人がいたんじゃ。
その子は、幼い頃毎日いっしょに遊んでいた男の子。
でも家の都合で突然遠くへ引っ越してしまった。
少女は一晩中泣いていたそうじゃ。
少女は男の子が忘れられず、恋文を書いたそうだ。
するとすぐに返事が来た。内容はまったく同じだったそうだ。
それから、二人は文通で仲を深めたそうだ。
そして、少女が十六になった頃、偶然彼と再会したんだ。
実に六年ぶりになるのかな。
思わぬ再会に二人とも感激した。
そして、積もりに積もった想いを全て告白しあった。
そしてその晩、一夜を共にしたそうだ。
さらに3カ月後再会した彼は少女にプロポーズ。
少女は迷わず受けたそうじゃ。
でも、しばらくして彼に召集令状が来てすぐ戦争に行ってしまった。
太平洋戦争じゃな。
結局、彼は帰ってこなかった。
一方少女は、彼の子供を身ごもっていた。
でも、米軍の空襲にやられて、お腹の子供とともに死んでしまった。
祖父の話を聞き終わった二人は呆然としていた。
「うそだろ……俺たちの話と似ているじゃないか……」
「うちらとと一緒や……」
固まっている二人にそれまで黙っていた祖母が一言言う。
「じつはね、この少女って……私のお姉さんのことなの」
「えっ!」
「おばあちゃんのお姉さん!」
「そう、うそだと思うけど本当の話」
公二と光はあまりの話に固まってしまう。そんな二人に祖父がさらに話を続ける。
「光、公二君。この話にはもう一つおまえたちにとって重要な事実がある」
「それは?」
「二人の名前じゃ」
次に祖父から語られる事実を予想した二人はある種の恐怖に見舞われる。
「……おじいちゃん、まさか……」
「……ちょっと、それって……」
そして祖父が口を開く。
「二人の名前は『公二』と『光』なんじゃよ」
「!!!」
「!!!」
「そ、そんなことってあるのかよ……」
「し、信じられへん……」
偶然の一致につぐ一致で二人は震えている。あまりに衝撃的な事実に声も出ない。
しばらくして、二人が落ち着いた頃に祖母がようやく話しかける。
「公二君。なぜ光ちゃんの結婚・出産に賛成した理由……わかったでしょ?」
「……とてもよくわかりました」
「わしらには、おまえたちがあの二人の生まれ変わりに見えたんじゃ……」
「……生まれ変わり……」
「そう、あなたは姉さんの生まれ変わり……私は姉さんの想いを叶えたかっただけ」
「そうだったのか……」
ようやく公二と光には祖父母の考えがわかった。あまりに一致している公二と光に昔の二人を重ね合わせたのだ。
生まれ変わり。
もしかした本当にそうかもしれない。公二と光はそう感じていた。
再び祖父が二人に話しかける。
「それでな、今日はわしらから二人に渡したいものがあるんじゃ……」
「え?」
「これじゃ」
祖父が二人の目の前に差し出したのは、二つの小さな箱。数十年前のものらしい。しかし、二人を引きつける何か不思議なものを感じていた。公二と光は思わず箱を開けてみた。
そこにはルビーが綺麗に輝くプラチナの指輪があった
指輪にはそれぞれ『コウジヨリヒカリへ』『ヒカリヨリコウジへ』の文字が掘られている。
「おじいさん、これってもしかして……」
「そう、あの二人の結婚指輪じゃ」
「結婚指輪……」
「彼が戦争に行くとき、彼女に預けたんだ『きっと戻ってくる、戻ったらこの指輪をして結婚式を挙げような』って言って」
「でも、二人は指輪をすることができなかった。その指輪なぜか私がずっと持っていたの」
懐かしそうに話す祖父母。二人には事情を話しているが、その表情は思い出話を語っているようだ。
「………」
「………」
一方は指輪を見つめたまま黙っている。
「不思議じゃな、こうなることを予想していたのかな?」
「そうかもしれませんね……あら、ふたりともどうしたの?」
「ううっ……」
「ううっ……」
「公二君、光ちゃん……」
二人はいつのまにかその場で泣いていた。涙を拭くことなく、ただひたすらに泣いていた。
お互いに想っていながら、幸せになれなかった二人の運命。指輪を見ていると二人の想いや無念さが痛いほどに伝わってきた。
自分たちは多分そんな二人の生まれ変わり。そして、今まで自分たちの周りにおきたこと。自分たちに恋をしていた友達。幸せになるのに、いかに沢山の想いがそこにあるのかを痛感していた。
絶対に幸せになりたい。二人のためにも幸せになりたい。
「うちら絶対に幸せになる!二人の分まで幸せになります!」
「俺、絶対に光を幸せにします!二人に誓って絶対に幸せにします!」
二人は涙を抑えることなく、祖父母に叫んでいた。
「そうか、そうか、それはよかった……きっと彼らも喜んでいるじゃろ」
「じゃあ、さっそく二人に挨拶に行って来なさい」
「はい!」
「はい!」
夕方。公二と光は、昔の公二と光のお墓参りに来ていた。二人の親族の配慮だろうか、二人はひとつの墓で一緒に眠っていた。
「公二さん……絶対に幸せになります」
「光さん……どうか、うちらを見守ってください……」
寺は神戸の山にあり、そこから神戸の市街が一望できた。夕焼けに写った神戸が綺麗に見えている。二人は石段に座ってそれを見ていた。
光は懐かしそうにその景色を見ている。一方公二は景色を眺めてはいるものの、別のことを考えているようだった。
「うわぁ〜、やっぱりここからの景色は綺麗やなぁ」
「そうだな……」
「うち、昔からここからの景色が好きなんよ」
「そうか……」
「ねえどうしたの、あなた?」
「………」
公二は光の方を向いた。その目は何か決意を決めたような目だった。
「光」
「なに、あなた?」
「夏休みに入ってから、ずっと渡そうと思っていたんだが……」
「何を?」
「結婚指輪が先になっちゃったけど……これ、受け取ってくれないか?」
「えっ?」
公二の手には小さな箱。公二は光にその箱を渡した。光はすぐに開けてみた。そこには銀色のシンプルなデザインの指輪があった。まったくの予想外の展開に光は驚きを隠せない。
「こ、これは……」
「ああ、婚約指輪だ。アルバイトをがんばってようやく買えたよ」
「うそ……」
婚約指輪。
その単語を聞いた光は手を口に当てあふれる感情を抑えていた。
夏休み前、公二はアルバイトの稼ぎで遂に念願の婚約指輪を購入していた。
もう、とっくに婚約しているのだから、単に渡しても良かった。しかし、それは自分自身が許さなかった。確かに光は指輪を待っていただろう。しかし、それよりも光が待っている言葉がある。指輪はそれと一緒に贈りたい。夏休みの間、そのタイミングをずっと待っていた。そして、前世の墓参りに来た。光と一緒に幸せになりたい。今、素直に自分のその気持ちが伝えられる。
公二は一世一代の告白を始めた。
「光」
「なに?」
「俺、光のことが好きだ。物心ついたころからずっと……」
「うちもや……」
「でも、光と一緒に暮らしていくうちに、俺の中にある感情が大きくなっていくのに気がついたよ」
「え?」
「ずっと、光の側にいたい。ずっと、光の幸せな笑顔が見たい。ずっと、光に輝いて欲しい。それが叶うならば、俺はどうなってもかまわない……そんな思いだ。俺、最近やっと気付いたよ、これが『愛』なんだって」
「愛………」
「昔は、恋も愛も区別が良くわからなかった。同じものだとおもってた。でも、今ははっきりと言える……俺は光を愛している。これからもずっと……光を愛し続けたい」
「あなた………」
公二は一回大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして光を真剣に見つめながら想いを伝える。
「光、俺と結婚してくれないか……」
何も飾らない。しかし想いがいっぱいに詰まった公二のプロポーズ。
突然のプロポーズに光も驚いている。
「それって……」
「ああ……そういうことだ」
光も大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして公二を真剣にかつ穏やかな表情を見せながら返事をする。
「喜んで、お受けします。私を、あなたの、お嫁さんにしてください」
「光……」
二人は感動のあまり、しばらく動けなかった。二人に熱いものが湧きあがる。
「光、愛してるよ!」
「あなた、愛してる!」
そして想いが頂点に達したとき公二と光は強く抱き合った。二人は感動のあまりに泣いていた。
「あなた、嬉しい……」
「プロポーズ、2年遅れてしまったな……ごめんな」
「うちにはもう子供もいるから、プロポーズなんて縁がないと思っていた……」
「でも、これを言わないと……流れるまま結婚するのはいやだったから……」
「嬉しい……」
二人はさらに強く抱き合った。そして本当に婚約できたという実感に酔いしれていた。
しばらく余韻に浸っていたときに、公二が光の体から離れる。そして光と真正面に向き合う。
「婚約指輪が買いたくて、毎日バイトを頑張ったからな」
「そうなんや、でもこれからは楽できるやろ?」
「いや、今度は別の目的があるからな?」
「なんや?」
「光に綺麗なウェディングドレスを着させてあげないとな」
「えっ……今、なんて」
「光、俺達が入籍した日に結婚式を挙げような」
全く予想していなかった言葉に光はさらに驚く。その言葉は光がすでに諦めていたことだったからだ。
「ええのか……うちらが結婚式やってええのか?」
「光……」
「だって、こんな年で結婚したんよ。神様はおこらへんか?」
「………」
「それに、入籍のときには恵は3歳や……そんな女が結婚式やってええのか?」
光が公二に告げる言葉、たぶんそれは光の本心だろう。光だって、結婚式はしたい。それは女性のあこがれだから。でも自分達は他とあまり違う。そんな自分達に結婚式を挙げていいのだろうか?それは、光の心の中にある不安であり葛藤そのものなのだろう。事実、光は半ば諦めていたのだ。
しかし、公二はその言葉がわかっていたかのように言葉を返す。穏やかに、光を安心させるようににっこりと微笑みながら光を諭す。
「大丈夫、きっと神様も祝福してくれるよ」
「あなた……」
「もし神様が怒っても、俺がその怒りから守ってみせる」
「………」
「恵が何歳でもいいじゃないか。恵に綺麗な姿を見てもらえるんだから、それもいいもんだよ」
「………」
公二の言葉に光の表情はみるみる明るくなる。諦めていた結婚式ができる。それだけでも光は嬉しかった。
「あらためて言うよ、俺は入籍の日に光と結婚式がしたい」
「うれしい……うちも結婚式がしたい」
「小さくてもいい、思い出に残る結婚式をしような」
「うん、そうやな……」
「光、結婚式には絶対あの指輪をしような」
「うん」
「二人の想いを俺達が引き継ごうな」
「うん、うちらで二人の願いをかなえたい……」
「結婚式まで、まだ2年もあるけど、頑張っていこうな」
「そうやな、結婚式はまだやけど、気持ちはもう夫婦やからな……」
公二と光がふと見つめあう。そのとたん、もう二人はお互いの視線をはずすことができなくなっていた。
「光……」
「あなた……」
再び湧きあがる想い。その想いは今までで一番熱い想いだった。
「もう一度言うよ、光、愛してるよ」
「公二、愛してる……」
公二と光の顔が近づいた。二人は瞳を閉じる。
「んっ……」
「んっ……」
唇が重なる。そして、自分の愛を唇ごしに伝える。昨日同様の熱く激しいキス。ただ、昨日と違うのは、キスに愛があることだ。唇を重ねるだけで、想いが伝わってくる。息をするだけで、想いが伝わる。ずっとこんな幸せなキスを続けていたい。そんな気持ちだった。
きっと二人にとってファーストキス同様、印象に残るキスになるだろう。
夕焼けも消え、夜の明かりが灯り始めていた。2人は未だにキスを続けていた。最高の幸せに時間を忘れて酔いしれていた。どれだけ長い時間キスをしていただろうか。
「ちょっと、いつまでお熱くなってるのよ!」
二人だけの甘い甘い時間は聞きなれた声で突然幕を閉じることになる。
「み、水無月さん!いつの間に!」
「こ、琴子!どうしてここに!」
あまりに聞き慣れた声だったので、驚いて声のほうをむくとそこには琴子が立っていた。琴子は呆れ半分怒り半分の表情で仁王立ちしていた。
「ここは私の故郷よ。お盆に帰ってきて何が悪いの?」
「い、いや、何も……」
「それに光と小学校は一緒よ!この寺だって一緒に来ていたでしょ!」
「確かにそうやけど……」
琴子に強く言われても二人は依然抱き合ったまま。正確には驚いて動けなかったのだが。そんな二人にさすがの琴子も呆れてしまった。
「まったく……あんたたち、お寺の前であんな接吻は不謹慎よ!あんな激しいのを長時間見せつけられて……こっちが恥ずかしいじゃないの!」
どうやらしばらく自分たちのキスを見られていたらしい。
思わず二人は顔を赤くしてしまう。
「あなたたちがそういう関係だってわかったから、まあいいけど」
「こ、琴子……いつから見ていたの?」
「寺についた時には、あなたたちは熱い熱い接吻の最中だったわ」
(そうか、俺のプロポーズは聞いてないわけだな……)
(それだけでも良かったことにしないとね……)
二人は肝心なところだけでも聞かれていなかったことにほっとしていた。しかし、このままいたらさらなる追求があるかもしれない。そう思った二人は退散することにした。
「じゃあ、俺たちはこれで……」
「ちょっと、主人君!」
「は、はい?」
「新学期に話は聞くから、覚悟しておいてね」
「……あ、その、あの、じゃあ新学期に……」
「……じゃあね、琴子……」
琴子の恐ろしい言葉に、すこし顔が引きつりながらも二人は笑顔で寺を後にした。
帰り道。二人は夜空の下でゆっくりと話ながら歩いていた。
「みつかっちゃったね……」
「ああ、でもしかたないか」
「まあ、そういうことやね」
二人は歩きながらこの旅行での出来事を思い出していた。
「それにしても、いろいろあった旅行だったな」
「そうだね……」
「いろいろ考えさせられたな……」
「うん……」
「でも一番の収穫は光に指輪を送ったことだな」
「うん、そうや!」
おもわず笑みがこぼれる二人。しかし、その後のことも思い出してしまい顔が真っ赤になる。しかし、その恥ずかしさも今日はとても心地いい。
「これで新学期も頑張れそうだな」
「でもその前に宿題すませないと」
「あ……」
「帰ったら、一緒に宿題やろうな♪」
「なんか、いきなり現実にもどされていやだなぁ」
「でもしょうがないやろ!」
「そうだな、はははは!」
「うふふふ!」
こうして、公二と光の思い出の夏は終わろうとしている。
楽しい思い出と、区切りをつけた過去と、新たな決意を残して。