第26話目次第28話
2学期始業式前日。
公二と光はひびきの高校の屋上にいた。光が学校に用事があるということで、公二が無理矢理一緒に連れられてきたのだ。何がなんだかよくわからない公二は不満タラタラのご様子。


「いったいなんだ?急に学校行こうなんて言って?」

「うん。ちょっと用事があってな……そこで待ってて」


光は公二の話を聞くまもなく屋上から降りてしまった。 


「おい、ちょっ……行っちゃったよ……」


仕方がないので、公二は屋上で一人、野球部の練習を見ていた。


「野球か……中学のときは地獄だったなぁ……」


そんな昔を回想している公二の背中から思いがけない声が掛かってきた。


「公ちゃん……」


まさかと思って恐る恐るふりむいてみて、公二は驚いた。


「か、楓子ちゃん……」


その声の主は北海道にいるはずの佐倉 楓子だった。さらに彼女はひびきの高校の制服姿だった。

太陽の恵み、光の恵

第7部 始業式編 その1

Written by B
あまりの驚きに尻餅をついてしまう公二。


「ど、どうしてここに……」


楓子は公二をじっと見つめている。


「公ちゃんを追いかけてきたの」
「!」

「やっぱり公ちゃんのことあきらめられなかった」
「!!」

「私……公ちゃんとのキスの味が今でも忘れられない」
「!!!」


じわりじわりと公二に歩み寄る楓子。そんな楓子の衝撃の言葉に驚きながらも尻餅をついたまま後ろに後さずりする。そうしているうちに、公二の背中が階段の建物の壁にぶち当たる。逃げられなくなった公二に楓子がじわりじわりと歩み寄る。楓子の表情は真剣だった。そんな楓子を見て公二は恐怖心でいっぱいになっていた。


「私、気がついたの、恋は待つものじゃない、恋は奪い取るものだって……」

「な、な、な、何を……」

「私、絶対に公ちゃんのハートを奪い取ってみせる!」

「お、俺には光という愛しい妻が……」


精一杯の反論をするが、楓子にはまったく聞こえていない。楓子は公二のすぐ目の前に立っていた。


「そんなの関係ないわ!」

「えっ!」

「不倫?略奪愛?それが何よ!私はあなたが好きなだけなの!」

「あわわわわ……」

「私、地獄の底までついていくから!あなたが私を愛してくれるまでずっと!」

「тэИκдμερ!!!」


とうとう公二は混乱のあまり言葉にならない言葉を叫んでしまう。






しかし、そのまま公二を襲うのかと思われた楓子はにっこりと笑っていた。

「うふふ、ぜ〜んぶウソだモン♪」

「はっ?」

「明日からここに通うのは本当、お父さんの仕事の都合だけどね」

「………」

「今の公ちゃんの驚いた顔すごかった!ねぇ、私の演技は良かった?」

「………」


ニコニコして訳を話す楓子。しかし公二にはまったく聞こえていない。


「あれ?公ちゃん?どうしたの?……きゃぁぁぁぁぁ!」


見ると公二は泡を吹いて気絶していた。






「……ひかり、たすけて〜、ごめんよ〜……」


ひびきの高校保健室。ベッドでうなされている男の側に可愛い女の子が二人。


「ちょっと、楓子ちゃん!あれはやりすぎや!」

「そう?でも、結構現実味があって良かったでしょ?」

「まあ、そうやけど……」


相変わらずニコニコの楓子に対して、少し顔が引きつっている光。


「でも私始めて見た、泡吹いて倒れる人」

「実はうちもや、うふふふ!」

「うふふふ!」


お互い顔を見合わせて笑う。そう、さっきのは光と楓子がしくんだ悪戯だったのだ。






「でも、驚いたなぁ、楓子ちゃんがひびきの高校だって」

「私も、しかも初めて聞いたのがあの同窓会の次の日よ!」

「へぇ〜。突然だったんだねぇ」


楓子が転校の事実を聞いた後、しばらくたってから光に連絡したのだ。連絡先は夏休みの同窓会の二次会のときに入手している。ところが、光には連絡したのだが公二には連絡しなかった。さすがに気持ちの整理ができていなかったらしい。まあ当然だろう。


「うん。夏休みだったから、急に友達と別れるのが辛かったけど……」

「そう……」

「でも、こっちには光ちゃんと公ちゃんがいるから安心なんだモン♪」

「困ったことがあったらなんでも聞いてね!」

「うん、了解了解!」

「あ〜!それ私のセリフ!」


転校の連絡が来てからは、光と楓子は電話でやりとりをしていた。今ではすっかりお友達になっている。しかし、公二はそんなことは全く知らない。たぶん今晩光から話を聞かされて驚くに違いない。


「それじゃあ、私これから野球部に行くから」

「野球部?」

「うん、私前の高校で野球部のマネージャーしていたんだ。ノックもしたことがあるんだよ」

「すごいね〜」

「こっちでもまたできるかなぁ。それじゃあ、また明日ね!」

「うん!」

楓子は保健室から出て野球部の練習場に向かっていった。






保健室には公二と光のふたりっきり。光は公二の寝ているベットの縁に座って公二に話しかける。


「あなた、驚かせてごめんね……びっくりしたやろ?でも原因はあなたなんや、あなたが優しすぎるから……なあ、その優しさで何人の女の子が泣いてたか覚えている?茜ちゃんに楓子ちゃんに……知ってる?優しいって時には罪になるってこと……うちは、あなたの優しいところが好きやねん。でもその優しさが嫌いや。その優しさはうちだけに向けて欲しいな……それって贅沢なお願いやろか?」


光の表情は優しく、しかし寂しげな表情をしていた。






そうしているうちに公二が眠りから覚めたようだ。


「う〜ん、う〜ん……ひ、光!」

「目が覚めた?」


がばっ!


目が覚めた公二は光の顔を見て真っ青になった。そして突然ベッドの上で土下座して、ぺこぺこ頭を下げた。


「ごめんなさい!もう浮気はしません!だから許して!」

「あ、あなた!」

「俺は光だけだから!女の子に色目はつかわないから!ああ光様!打ち首だけはご勘弁を!」


必死に謝る公二を見て、光は思わずおかしくなってしまった。


「あはははは!冗談や、冗談!」

「えっ?」

「楓子ちゃんのはうちとしくんだ悪戯や!い・た・ず・ら!」

「あ、そうなんだ……安心して思わず目眩が……」


おもわず倒れ込む公二。驚いて公二を支える光。


「だ、大丈夫?」

「大丈夫……」


公二は先程の楓子がよほど衝撃的だったのだろう。






公二も落ち着いたところで光に訪ねる。


「と、ところで、楓子ちゃんは?」

「うん、野球部に挨拶に行ったよ」

「へぇ〜、野球部か……えっ、野球部?……!!!」


しばらく考え込んでいた公二だが何かを思い出したようだ。その瞬間再び公二の顔が青くなっていく。


「どうしたの、顔が真っ青だよ」

「光!今すぐグラウンドに行くぞ!」


公二が突然ベッドから降りると保健室から飛び出す。光も急いで公二について行く。


「ど、どうしたの?」

「野球部員の命が危ない!」

「い、命?」

「楓子ちゃんにバットを持たせちゃいけないんだよ!」

「ど、どうして?」

「見ればわかる!」


公二の言葉がまったく理解できない光。それでも公二と一緒に野球部のところに向かう。






そして野球部の練習場についたが、既にそこは地獄絵図になっていた。


「お、遅かった……」

「む、むごすぎる……」


グラウンドには、全身土だらけで満身創痍で倒れている野球部員達がいた。彼らはもう動く力もなさそうだ。そして、ホームベース上で微笑む制服姿の少女がいた。


「こんなことでは甲子園なんか行けないモン♪」


バットをもって微笑む楓子の姿は可愛いと言うよりも恐怖心を引き起こさせるのを感じる二人。


「もしかして……」

「ああ、楓子ちゃんの地獄のノックの犠牲者だ……」

「うそ……」

「楓子ちゃんはバットを持つと小悪魔になってしまうんだ……」

「どういうこと?」


光が不思議がっているうちにノックが再開されたようだ。


「じゃあいくよ〜♪」

「おっ〜」


カキーン!


ドカドカドカ!


ポロッ


ボールは部員のわずか横を通り抜ける。ふらふらで後ろにそらしたボールを追う部員。


「それじゃあ、一生補欠だモン♪」


そんな部員を笑顔で罵倒する楓子。光が公二に尋ねる。


「ねぇ、あの人って補欠?」

「いや、レギュラーだ。しかも守備は一番うまい野手だ」

「えっ?」

「楓子ちゃんのノックは誰が受けても取れないノックだ」


光には公二の言っていることがよくわからない。詳しく聞いてみることにする。


「どういうことや?」

「楓子ちゃんは、野手が全速力で走って、全ての筋肉を使って跳んで、ぎりぎりボールに届かないってところにしか打たないんだ」

「悪魔だね……」

「おかげで、前の高校は守備で評判の高校になったそうだ……」

「すごい……のかなぁ?」


公二の話にすこし顔が引きつる光だった。






そんな光に公二が追い打ちを掛ける。


「光、彼女の恐ろしいのはこれだけじゃないんだ」

「えっ?」

「まあ、見てな」

「?」


光が練習場をみてみると、部員が楓子に罵倒していた。


「こら?ちゃんと打て!ヘタクソ!」


しかし楓子は反論せず黙ってノックする。


カキーン!


ごぼっ!


「εЁъЛж!」


ボールが股間に直撃し、悶絶する部員。


「文句を言っちゃいけないモン♪」


それを平然と見ている楓子。それをみた周りの部員の顔は青くなる。


「あっ……急所だ……痛そう……」

「あれは狙って打ったんだ。楓子ちゃんなら病院送りだって簡単さ……」

「小悪魔というより鬼やね……」

「……」


公二の言葉に楓子の恐ろしさをひしひしと感じていた。






光はあることに気が付いた。これだけ衝撃的なシーンをみても公二は平然としているのだ。そのことに不思議がる光に気が付いた公二はその理由を話す。


「なあ、光、中学のとき俺野球部にいたって手紙に書いたよな?」

「確かそうやな……毎日死にそうやって……えっ、もしかして」

「その原因があれだ、あの頃は毎日アザだらけだったよ」

「あなたも辛かったんやね ……」

「まあな、でも、あのおかげで深夜までのバイトを毎日続けるだけのスタミナはついたんだけどな」

「ある意味、恩人……ってとこなんか?」

「そうだ。だから俺、このことで文句が言えないんだよ」


公二の話に納得した光。しかしもう一つ当然湧きあがる疑問がある。


「あなた、何で楓子ちゃんはああなったんや?」


光の疑問をきいた公二の表情が暗くなる。


「実はな、本人に聞いたことがあるよ」

「返事はどうだったん?」

「楓子ちゃんは俺だけに全て教えてくれたよ……俺、ショックだったよ」

「どういうこと?」


公二は黙ってしまう。それを見た光も心配そうに公二を見つめる。そしてようやく言葉が口からこぼれる。


「ごめん……楓子ちゃんのことを思うと辛くて今は言えない……光にでもな」

「……そうとう、深い訳があるんやね」

「ああ……すまん、また機会があるときに教えるよ」

「うん……」






「でも、楓子ちゃん、あれだけやって野球部に入れるの?」

「大丈夫、みんな楓子ちゃんの笑顔に騙されるのがまた恐ろしいところで……」

「ご愁傷様……」


次の日、楓子は昨日のことをすっかり忘れたかのような部員全員の大歓迎を受けることになる。 しかし、その部員達により今日の出来事が広まったことは言うまでもない。
To be continued
後書き 兼 言い訳
第7部は始業式前後のお話です。

楓子がひびきのに転校してきました。まあ予想がついたと思いますが。そして、「バットを持った子悪魔」いよいよ見参です。たぶん、この話のなかで一番ぶっとんでいる設定だと思います。

あと、冒頭の楓子の「地獄の底まで」という台詞、彼女は蠍座の女なのでそこからイメージして作ってみました。

次回からはあの女の子のとある風景のお話です。
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