ひびきの高校テニスコート。野球部が小悪魔マネージャーの地獄のノックを受けている頃。一人の少女が部活を終えて帰ろうとしていた。
「はあ〜、今日はサーブが12本、スマッシュのボールが13本も顔にぶつかっちゃった……はあ〜」
彼女の名は寿 美幸。1年C組のテニス部員である。 彼女の生まれ持った不幸ぶりは学校でも有名だった。通学時には最低1台は車に跳ねられ、週に最低5回は倒れそうもない物、例えば電柱、電話ボックス等が倒れて彼女に襲いかかる。
先程の彼女の嘆きもそのひとつである。彼女はテニス部員なのだが、腕前はお世辞にも上手いとは言えない。むしろ下手だ。おまけに試合で彼女に来るボールの約半分が彼女の顔面を直撃するからだ。
「でもサービスエースが1本決まったから、まあいいや〜」
太陽の恵み、光の恵
第7部 始業式編 その2
第28話〜災難〜
Written by B
普通、こんなに不幸続きだと、絶対に挫折してしまうだろう。最悪の場合、現実逃避もありえるだろう。しかし、彼女は違っていた。自分の不幸な運命を素直に受け入れ、その代わりにどんなに小さな幸せでも非常に喜ぶのだ。そんな健気な彼女に男女問わず友達が沢山できるのは当然のことだろう。
美幸は校門から出て家に帰ろうとしていた。
そのとき!
キキーッ!
ドンッ!
「はにゃ〜!」
いつものように美幸は車に跳ね飛ばされてしまった。跳ねられた美幸は歩道にしりもちをついてしまう。
「いてて……え〜と、95年生産のカローラで、速度は時速40キロぐらいかなぁ?」
「あの車、確か一週間前にもぶつかったような……」
毎日のように車に跳ねられた美幸は、いつしか跳ねた車のメーカー・車種・ぶつかった速度等がわかるようになっていた。
さらに、跳ねた車が以前に跳ねたのかさえもわかるようになってしまった。
「また跳ねられちゃった……でも昨日よりも時速が30キロも遅かったからラッキー!」
美幸が公園に寄ってみると見慣れた姿があった。
「お〜い!美帆ぴょ〜ん!」
「あっ!美幸ちゃん!」
美幸と美帆は中学からの大親友だ。美帆はベンチに座ってくつろいでいた。
「美帆ぴょん、どうしたの?」
「妖精さんとお散歩を……」
「はぁ〜……」
さすがの美幸も妖精さんと美帆の会話にはついていけないらしい。
美幸も美帆の横に座って雑談をして楽しんでいた。しばらくして美帆が美幸に提案をする。
「ねえ、美幸ちゃん。一緒にジュースでも飲みませんか?」
「いいねぇ〜」
「じゃあ、妖精さん。あそこの自動販売機からジュースを持ってきてください!」
「はにゃ?持ってくる?買うんじゃなくて?」
訳がわからない美幸をよそに美帆は近くの自動販売機に向かっていく。すると突然自動販売機が変な音がした。
ドン!
ガラガラドッカーン!
ゴロゴロゴロ!
「はにゃ〜!」
突然自動販売機からジュースの缶がどんどんと溢れている。美帆は驚く様子もなく、ジュースを2本拾って美幸のところに戻ってきた。
「妖精さん。ご苦労様……美幸ちゃん、はい、ジュース」
「あ、ありがとう……ねえ、妖精さんはなにをしたの〜?」
恐る恐るジュースを受け取る美幸。そんな美幸に気が付いていないのか、美帆は平然と答える。
「妖精さんから聞いたのですが、中の機械を何かするといいらしくて……」
(そ、それって、ドロボーじゃないの?)
平然と語る美帆に美幸は驚いてしまう。そして恐怖が湧きあがる。
「妖精さんにスパルタ特訓させて、つい最近できるようになったのですよ!」
(み、美帆ぴょん……怖い……)
ニコニコと話すところがかえって美幸の恐怖心を増大させる。
なにはともあれ、ジュースを飲みながら雑談を始める二人。そこで美幸は美帆がいつもよりも明るいことに気が付いた。
「ねぇ、美帆ぴょん」
「なんですか、美幸ちゃん」
「今日はなんか楽しそうだけど、どうしたの?」
美帆はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに嬉しそうに答える。
「いや、水無月さんがいい追及ネタを入手して明日尋問なのです!」
「な、なにの?」
「A組の主人さんと陽ノ下さんの疑惑です」
「そ、それって、夏休み前日の?」
美幸は夏休み前日のあの悪夢が徐々に思い起こされる。美帆は夏休み前日のあのチャンスを逃した悔しさが徐々に思い出されていく。美帆は美幸を思い出したように叱り出す。
「そうですよ!あの時はせっかくのチャンスを美幸ちゃんが邪魔して!」
「あ、あれは不可抗力だよ〜!」
「今度も邪魔したらまた、『あの刑』ですからね!」
美幸は今にも泣き出しそうになってしまう。
「しないよ〜!上半身がサンバのセクシー衣装で、下半身がブルマにルーズソックスの格好をさせられて商店街に飛ばされるのなんてこりごりだよ!」
美幸はあのとき妖精さんにとんでもない目にあっていたのです。
さすがの美幸もあれはかなりショックだったらしい。
「おかげで美幸、ショックで2日寝込んだんだからね……ぐすん」
「そうだったの……ごめんなさい、あのときはキレていたから」
「美幸と美帆ぴょんは友達でしょう?もうやめて……ぐすん」
「ごめんね……」
「ぐすん……」
「……」
とうとう美幸は泣き出してしまう。二人とも黙ってしまった。沈黙が続く。
沈黙を破ったのは美幸だった。泣いているにも関わらず笑顔を作ろうとする美幸。
「えへへ、悲しい顔をするのは美幸らしくないね」
「美幸ちゃん……」
「美帆ぴょん!せっかくだから、明るくいかなきゃ〜!」
「そうですね。ありがとう美幸ちゃん……」
笑顔の美幸に対して、美帆はまだ表情が堅い。それでも美幸は美帆を励まそうとしている。
「明日から新学期がんばろうね!」
「はい、頑張りましょう」
「じゃあ、美帆ぴょんバイバ〜イ!」
「じゃあ、さようなら……」
美幸は笑顔を振りまきながら美帆を別れた。もう美幸の頭にはさっきの悲しみは無かった。
美帆は公園のベンチで一人でいた。
「美幸ちゃんは、明るくて、可愛くて、健気で素敵な女の子……私が暴走して、美幸ちゃんに迷惑を掛けてもいつも笑って許してくれる……私は美幸ちゃんに甘えてしまっているのでしょうか?私が未熟なばっかりに……こればかりは妖精さんには頼れませんね、私自身で解決しないと……ごめんね。美幸ちゃん」
美帆は罪悪感でいっぱいだった。
一方、美幸は再び家に向かっていた。
「美帆ぴょんって、可愛いし、優しいし、不幸な美幸を見捨てないでくれるんだよね〜。でも、妖精さんだけは美幸も理解できないな〜……あれ?この殺気はなんなの〜……はにゃ?」
突然、空から工事現場の鉄骨が何本も美幸に襲いかかってきた。
「はにゃぁぁぁぁ!!!」
ドッシャーン!
さすがの美幸も避けきれずにつぶされてしまった。
「はにゃ〜、今日の美幸はやっぱり不幸なんだ……」
公園から家に向かう美帆はなにか妖精さんの様子が変わっていることに気が付いた。
「あら、妖精さん?さっきに比べてなんか表情が明るいですよ。どうしたのですか?」
「えっ?ストレス発散?どうやってですか?」
「秘密?それならしょうがないですね……」
寿 美幸。いつも不幸な女の子。彼女の不幸ぶりは高校生になってさらにひどくなっているらしい。ひどくなっている原因が美帆の横暴で疲れている妖精さんがストレス発散で美幸に悪戯をしていたというのは、美帆すらも知らない事実である。
この二人にとって不幸な状況は美帆が妖精さんの女王の座を降りるまで続くことになるのであった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
今回はちょっと本道から離れて、寿 美幸にスポットを当ててみました。
慣れというのは恐ろしいものですな。美幸ちゃん、あんな特技を持つようになったんですね。
そして、彼女の不幸の原因の半分が……
この設定、どう思うかわかりませんが、まあこんな設定でもいいじゃないですか。
そして夏休みの『あの刑』の実態が……美帆ちゃんはどういうセンスをしているのでしょうか?
しかし恐ろしい、女の子にとっては屈辱的な刑ですな。
次回からは琴子たちの尋問でのお話です。