平日の天気の良い午後。場所は公二の家の台所。公二の母と光の母がなにやら話していた。
「ねぇ、主人さん、いよいよですね」
「ええ、そうですね」
最近、公二と光との仲が良くない。2人の両親もこの変化に当然気づいていた。それがどういうことなのか、それも当然わかっている。
「いよいよあの二人も倦怠期ですね」
「やっと倦怠期って感じかしら」
公二と光は新学期からしばらくして倦怠期に突入していた。
「思ったよりも遅かったですね」
「ほんとにそう思うわ、あれだけアツアツなら夏休み前にでもと思ってたけど」
「うちらの昔もああだったんですね」
「そうですね、なんか昔を思い出してしまいそうね」
昔を懐かしむ2人。しかし、この両夫婦だって、当時は核戦争勃発の危機よりも深刻な問題だったはず。色々な事だってあったはず。しかし、それを乗り越えた2人にとって、他人の倦怠期もほほえましく思ってしまうものなのか?それは当人達にしかわからない。
太陽の恵み、光の恵
第8部 倦怠期編 その1
第30話〜浮気〜
Written by B
倦怠期突入のきっかけは本人達でもよく覚えていないほど些細な争い。それが、大きくなって、最近では二人で会話すら少なくなっていた。
その亀裂にさらにくさびを打ち込んでいるのが、二人の秘密のことだったのだ。
夏休みの二人の同窓会以降、二人がずっと悩んでいたことがある。
「もう、友達に秘密を隠すことが耐えられない。もう友達に秘密を打ち明けてしまいたい」
高校入学のときの二人の決意が揺らいでしまっていたのだ。さらに悪いことに、2人のその揺らぎの波長が完全に合わないのだ。公二が「打ち明けよう」といえば、光が反対するし。光が「打ち明けよう」といえば、公二が反対してしまう。
それだけではない、何から何まで意見が一致しない。傍からみていれば「人生には、こんな時期もあるよ」ということですまされるのだが、本人達にしてみれば深刻な問題である。
その傍から見ている両母親はこれからの若夫婦の行く末を半分楽しみ半分不安で見守ろうとしていた。
「でも、先輩夫婦として、うちらはどうします?」
「放っておくのが一番よ」
「えっ?」
「私達が間に入っても、余計話がやっかいになるだけよ」
「そうやね」
どうやら母親達は不干渉にするらしい。これは自分たちの経験から来ているのだろうか。
「それに、あの二人婚約してからまだ喧嘩したことないでしょ?」
「そういえばそうね」
「一回喧嘩ぐらいして別れるんだったら、別れたほうがいいわよ」
「ふたりにとって、夫婦として最大の試練ってわけやね」
「そういうこと!この試練は誰にも頼らず二人で乗り越えなきゃ」
決して興味だけではない。公二と光が本当に夫婦としてやっていけるのか。その最初の試練をこの倦怠期だと受け止めているのだ。
「じゃあ、私達は見て見ぬふりをしますか」
「見ていて辛いけど、それしかないわね」
「あっそうだ、これだけは言っといたほうがいいかも、それはね……」
「……ふむふむ……なるほどね……」
そっと耳打ちをする光の母。それを聞いてニンマリする公二の母。このあとも若夫婦の対応策について色々と話し合う2人だった。
そんななか、制服も冬服になったばかりのある日。ひびきの高校野球部部室。楓子と公二のふたりっきり。楓子が頼みがある、と言って呼び出したのだ。
ちなみに、バットは楓子の手の届かないところに公二が置き直している。もし、何かの拍子に楓子がバットを持ったら命の保証がないことを熟知しているからだ。
バットを持ったら、楓子はどうでもいいことでも因縁をつけて地獄のノックを始めるのはよくあること。この前、野球部の様子を(怖いもの見たさに)見に行ったら、
「イチローがセーフティーバントを成功させたんだモン♪」
という理由で、部員全員をボコボコにしていた。
そんな部室でバットの場所に目を光らせながら公二は楓子の話を聞く。楓子はそんな公二の行動とは関係なくちょっと深刻な様子だ。
「実は、公ちゃんに頼みがあるの」
「なんだい?頼みって」
「実はクラスにある女の子がいて、その子が昔の私にそっくりだったの」
「どういうふうに?」
「なにかほかの人を避けているようで、寂しそうな表情で……」
中学の時、転校続きだった楓子は最初はわざと孤独にしていた。しかしそれは寂しく辛いものだった。そんな楓子だから放っておけなかいのだろう。公二は自分が楓子にやるべき事はしたのか聞いてみる。
「楓子ちゃんは彼女に話しかけたのか?」
「話しかけようとしたのだけど……話しかける前に逃げられちゃうの」
「それでは、どうしようもないな……」
公二は悩んでしまう。最初のきっかけがつかめないのではしょうがないからだ。
悩んでいる公二に楓子が本題を語る。
「それで頼みなんだけど……」
「彼女に話しかけろってことか?」
「うん。できれば、友達ができるようにして欲しいの」
公二は当然あるべき手段を楓子に尋ねる。
「楓子のクラスメイトじゃだめなのか?」
「みんな、彼女に避けられているの……それに」
「それに?」
「公ちゃんなら……彼女を救えるような気がするから、中学のとき友達がいない私を変えてくれたように……」
「……わかった。どれだけできるかわからないけど、やってみるよ」
「ありがとう、私も協力するから」
そこまでいわれれば公二も断り切れない。公二は楓子の頼みを受ける事にした。特に理由はなく、軽い気持ちで。
頼みを受け入れてもらった楓子だが、素直に喜べない。その理由は目の前の公二の表情である。
「ねぇ公ちゃん」
「なんだ?」
「私に何か隠してない?」
「い、いや、何も隠してないよ……」
自分の表情がおかしいことを指摘された公二は必死に否定する。そうなると楓子は突っ込みようがない。
「それより楓子ちゃん」
「なに?」
「楓子ちゃんこそ、なにか肝心なこと隠しているような気がするが……」
「う、ううん。気のせいよ。なにも隠してないよ」
公二は楓子の表情がおかしいように感じたのだ。楓子もやはり先程の公二と同様に必死に否定した。
「そうか……」
「………」
公二が隠しているのは、今倦怠期だということ。いくら夫婦であることがわかっている楓子でもそんなことは言えなかった。
一方、楓子が隠していたこと、実は始業式の日にこんなことがあったのだ。
「今日から1年E組になりました、佐倉楓子です!よろしくおねがいしま……!!!」
(なんで?なんでここにいるの?……どうして……どうして寂しい目をしているの?)
自己紹介のとき、楓子は一人の女の子の姿をみて驚愕していたのだ。
(楓子ちゃん!……どうしてここに……)
その女の子も楓子の姿をみて驚愕していた。このことを公二が知るのはさらに先のことになる。
家ではまったく不仲の公二と光。ところが、学校でも公二と光の変化に気づいている人はいた。2人を追っかけている匠、琴子、美帆の3人である。1年B組の教室の琴子の席の周りで3人は話し合っていた。
「なあ、水無月さん。おかしいとおもわないか?」
「なにがおかしいの?」
「最近、公二と光ちゃん。仲悪そうなんだ。気がつかなかったか?」
「そういえば、光。公二君と一緒のところを見ていないわね」
「確かに、2人とも目を合わそうとしてませんでしたね」
今日は2人を追求するわけでもなく、お酒を飲むわけでもなく、2人の不仲の原因を調べようと考えていた。
「なあ、美帆さん。2人の相性を占ってよ」
「わかりました。占ってみますね」
「お願い。ところで、水無月さん。2人が喧嘩するようなことってあった?」
「学校ではそんなことはなかったようだけど」
さっそくトランプを取り出して並べてる美帆。それを見ながら原因について考える匠と琴子。喧嘩の原因が学校のことではないため、3人には理由など思いつくわけがなかった。
しばらくして占いの結果が出たようだ。その結果をみて美帆が驚く。
「結果が出ました……えっ、うそ!」
「どうした!」
「2人の現在の相性は最悪……もしかしたら別れるかも!」
「おいおい、冗談だろ?」
「冗談ではありません!私だって驚いているんですから」
「ごめん……」
あまりの驚きぶりとその占いの結果に驚く匠と琴子。美帆の占いを信頼している2人には確実な不仲の証拠である。
「理由とかわからない?あと解決法なんかも」
「理由はわかりません……ただ、この問題は本人達にしか解決できないってでてます」
「そうか、俺たちは様子見しかないのか」
「しょうがないわね……」
「あんなに仲のよい2人ですもの、別れてほしくないですね……」
「まったく……」
例え2人の真相を調べようとはしているのだが、3人は決してそれを裂くつもりはない。本当は公二と光の仲を羨ましく思っているところもある。
自分たちではなにも出来ないことがわかったので、琴子が話題を変える。
「ところでおふたりさん」
「何?」
「始業式のときに見せた、光と主人くんのキス写真。2枚なくなっているけど……知らない?」
首をぶんぶん横に振って否定する匠と美帆。
「お、俺は一枚抜き取って、家に持ち帰ってないぞ!」
「わ、私も一枚持ち帰って、家で時々見ていません!」
しかし、顔を真っ赤にしながらのあまりの慌てぶりなのでバレバレである。そんな2人をみて呆れてため息をつく琴子。
「犯人はあなたたちね……まったく、他人のキス写真なんか見て、あなたたち変態じゃないの?」
「そんな写真を撮っているあなたこそ変態です!」
「そんな写真を撮っているあなたこそ変態です!」
次の日のお昼休み。学校の屋上。公二は特にすることもなかったので、ふらふらと屋上に出ていた。ふと見ると、金網際でひとりの女の子が寂しそうに空を見つめていた。
「う〜ん、風が気持ち良いなぁ〜。ん?あの子かな?楓子が言っていた子は。同じ学年みたいだけど」
背が高くなかなかの美人だ。じっと眺めているうちに、その女の子が帰ろうとしていた。
「あっ、帰りそうだ!声かけないと!お〜い!」
「………」
女の子に声を掛ける公二。しかし女の子はこっちを振り向いただけで返事はない。
「あ、あの……えーっと……」
「……何か用?」
冷たい返事をする女の子。その表情もどことなく暗い。
「いや、用ってほどでもないんだけど。その、えーっと……」
「用がないなら、私、帰るから……」
そういうと女の子は振り向いた顔を戻して入り口に歩き出した。
このままではただ声を掛けただけで収穫は何もない。公二はなんとか女の子に尋ねてみる。
「ま、待って、その、名前教えてよ」
「………」
(うーん、気まずい……失敗したかな?)
普通見ず知らずの女の子にいきなり名前は聞かない。それに気づいた公二は不安になりながらも女の子の反応を待つ。
「……花桜梨。八重花桜梨。それじゃ」
ところが女の子は名前を名乗ってくれた。しかしそれだけで屋上の入り口の扉を開けようとしていた。
「あ、ちょ、ちょっと待ってよ」
「まだ何か?」
花桜梨の背後から声を掛ける公二。それを振り向かずに聞く花桜梨。
「良かったら、今度どこかに遊びに行かない?」
「……私と?」
「そうだけど」
「……都合があえば。じゃ……」
あまり乗り気じゃない返事をした花桜梨はそのまま階段を下りていった。
屋上にはたった一人取り残された公二がいた。
(ああ、行っちゃった……八重花桜梨、間違いないな。後で楓子ちゃんに報告しよう)
今日の収穫を確認しようとしたとき、聞き慣れた声が邪魔をした。
「あなた、今の誰や!」
「ひ、光!どうしてここに!」
振り向くとさっきまで花桜梨がいた場所に光が立っていた。光の目は明らかに怒りの目をしていた。
「そんなのどうでもええやろ。で、彼女は誰や?」
「彼女は楓子ちゃんのクラスメイトだよ。八重っていう子だ」
叱るような口調で公二を問いつめる光。公二は事実のみを伝える。しかし光には伝わっていなかった。
「なんで声かけるんや!うち以外になんの興味があるんや!浮気せえへんでよ!」
「俺も好きで掛けてるわけじゃないよ!」
「じゃあなんや!」
光につられて公二も荒れた口調になる。もうこうなると口論である。
「楓子が彼女に声かけてくれって頼まれたんだよ!」
「そんな適当な言い訳しないでよ!」
「おい、光!……いっちまったよ」
結局、光は怒ったまま階段から下りていった。公二も光の行動に非常に不機嫌になった。
それから数日後。再び野球部部室。
「公ちゃん、どうだった?」
「ああ、なんとか次の日曜日、公園に誘ったけど」
ようやく楓子に連絡する時間がとれた公二は楓子にこれまでの経緯を報告した。
「そう、なんとか心を開いてくれたらいいけど」
「なんとかしてみるけどな……」
少しだけでも動いたことに嬉しくなってしまう楓子。一方公二はなにやら暗い
「ねぇ、公ちゃん」
「なんだ?」
「最近、何かあった?」
「何にもないよ」
「そう、ならいいけど……」
心配そうな楓子。無理もない、公二の返事がいつもと違うのだから。
3人はこの時とんでもない過ちを侵していた。
公二は光に、楓子から頼まれたことをはっきりと言わなかったこと。
光は、公二の言葉にまったく聞く耳を持たなかったこと。
楓子は、公二と光が倦怠期に入っていることにまったく気づいていなかったこと。そして、真実を2人に言わなかったこと。
3人がそれに気づく頃、状況があまりに深刻になっているとも知らずに……
To be continued
後書き 兼 言い訳
いよいよ第8部倦怠期編がスタートです。
倦怠期編を書くきっかけは
「やっぱり、夫婦SSなら夫婦喧嘩はつきものだよなぁ」
ということで、公二と光の夫婦喧嘩を書いてみたかったということです。
でも、ただ夫婦喧嘩を書いてもおもしろくない。(っていうか、ネタが思いつかなかった)
ということで、第30話にして遂に花桜梨嬢が登場です。
お察しの通り、花桜梨が第8部のサブヒロインです。
彼女を中心にストーリーが進みます。