第31話目次第33話
公二が花桜梨と下校した次の日の朝。
光は一人で学校にやってきた。
その光の遠くで琴子、美帆、匠の3人がもめている。
 
「水無月さん!やめたほうがいいって!妖精さんも言ってます!」
「公二に事情を聞いてからのほうがいいよ!」

美帆と匠が琴子の腕を掴んで、必死に琴子を押さえようとしていた。

「別に悪気はないわよ!どうせバレるんだし。だったら先に言ったほうがいいのよ!」
「まあ、そうですけど……」
「二人の間を余計まずくする気がするけど……」

美帆と匠の不安には聞く耳を持たない琴子は光の側に走っていく。
 
琴子は光に軽く声をかける。

「ねえ、光」
「なに〜、琴子」

「知ってる?昨日主人君。1年E組の八重っていう女性と下校したの」
「うそ……」

光の顔がみるみる青くなる。

「彼女、いつもより表情が明るかったそうよ」
「………」

琴子は怒るわけでもなく、慌てる訳でもなく淡々と事実だけを話す。

「きっと八重さん、公二君に気があるのよ」
「………」

光の顔が今度はみるみる赤くなっていく。

「そうでなければ、普通女性が表情を急に変えることなんてないわよ」
「………」

いつの間にか光は琴子の話を聞かずにずかずかと歩いていってしまう。

「ちょっと!どこ行くのよ!」

太陽の恵み、光の恵

第8部 倦怠期編 その3

Written by B
琴子から話を聞いた光はすぐに公二を屋上に呼び出した。
いきなり呼ばれた公二は不満たらたらだ。
 
「何だよ!いったい!」
「ちょっと!うち以外の女と一緒に下校ってどういうことや!」

「別に関係ないだろ!」
「関係あるわよ!浮気なんて許さないから!」

「浮気じゃない!ただ彼女をなんとかしたいだけだ!」
「それを浮気って言うんや!」
 
花桜梨を助けるだけと思っている公二に対して、
花桜梨と浮気していると思っている光。
お互いにお互いの考えがまったく理解できていない。

それでも公二は事実をまくし立てる。

「浮気じゃない!楓子に友達になってくれって頼まれただけだって言っているだろ!」
「なんで楓子ちゃんがでるんや!」

「彼女ではどうしようもないから俺に頼んでいるんだろ?」
「それだけ?」

「ああ、楓子からはそれ以外なにも聞いてないよ!」
「それじゃあ、何もわからへん!」

光は公二の言うことを全く信用していなかった。
結局二人の間の溝はどんどん深くなるばかり。
 


その日のお昼休み。
匠は一緒にお弁当を食べていた琴子と美帆のところに怒鳴り込んできた。
 
「おい、水無月さん!なんてことしてくれたんだよ!」
「えっ?何が?」
「おかげで公二と光ちゃんの仲がますます悪くなったぞ!」
「やっぱり……」

「それだどうしたの?」と言わんばかりの琴子と「予想通り」という表情の美帆。
それはまったく正反対だった。

「そうなることはわかっていたんじゃないの?」
「冗談じゃない!あいつらの険悪ムードがクラス全体に広がって気まずい雰囲気なんだよ!」
「そこまでひどくなったの……」
 
美帆は想像以上の展開に少し驚いている。
しかし琴子はそれができていない。

「だからって、なぜ私に……」
「水無月さん。光ちゃんの友達だろ?だったら変にかき回すのやめろ!」
「………」
「ああ、俺たちは2人の本当の関係を知りたいよ。でも2人を不幸にしては意味ないだろ!」
「そうですよね……」

琴子に怒りをまくし立てる匠。
朝の琴子の行動に相当腹が立っているようだ。

匠に言われて、ようやく琴子も自分がしたことの大きさに気が付く。

「ごめん、私が悪かったわ……」
「ごめんですむか!俺は2人がひどくなっていくのを間近で見るのはもう耐えられないよ!」
「匠さん……」

匠の怒りは収まりそうになかった。
美帆はそんな匠を心配そうに見つめていた。 



次の日のお昼休み。
野球部部室。
そんなことになっているとはまったく気づかない楓子は公二にお礼をいっていた。
 
「公ちゃん、ありがとう!八重さんなんか少し明るくなったような気がするの!」
「そうか、別に俺はなにもしてないよ」

公二は喜んでいる楓子の姿を見ていない。
下を向いてただ購買のパンにかじりついているだけ。

「そんなことない!公ちゃんのおかげよ!」
「あ、ありがとう……」

明るい楓子の言葉を公二はさらりと流してしまう。

「ねぇ、もう少しがんばってよ。そうしたらもっと明るくなるかも!」
「そ、そうかなぁ……まあ頑張るよ」
 
楓子はすっかり舞い上がっていた。
 
(言えないよ……俺たちがおかげでどうなっているかなんて)
 
楓子が喜んでいるのを見ると、自分のことが言うに言えない公二だった。
話が終わった公二は部室からこっそり出ていった。
普段どおりの行動だった、ただ、一人がそれを見ていたのを除いて。
 


一方その頃、光は屋上に来ていた。
それは、ただ公二の顔をみるのが嫌だからであるが。
 
「あ〜あ、むしゃくしゃするなぁ……あっ」
「陽ノ下さん……」

光の前には花桜梨がいることに気が付いた。
花桜梨の光の姿に気が付いた。

「八重さん……」
「このまえは……ありがとう」

軽く頭を下げる花桜梨。
光はそんな花桜梨に対して明るい声で問いかける。

「そんな……それにしても、八重さん、なんか表情が明るくなったね」
「そうかな……うれしいな」
「誰かあなたを変身させた恋人でもいるんか?」
 
明らかに誘導尋問である。目的は公二のことを聞き出すこと。
しかし、花桜梨の答えは光の予想していたものではなかった。
 
「うん……でも、恋人じゃないの」
「えっ?」

恋人でないといきなり言われてしまって光はすこし拍子抜けしてしまう。

「1年A組の主人君……知ってるでしょ?彼が色々な場所に誘ってくれたの……」
「そうなんや……」

「彼は大切なこと教えてくれた……でも、彼は私を恋愛の対象に見ていないような気がするの……」
「えっ……」

「彼とは友達になった……でもそれ以上に進む気配がまったくないの」
「………」

「私、不思議なの。なぜそんなに私に構うのかって。好きでもないのに」

花桜梨には公二の行動が理解できていないようだ。
花桜梨は困った表情をしているようだ。



光は自分のわかる範囲で花桜梨の疑問に答えることにする。
 
「別にええやろ」
「えっ?」
「男性と女性が友達のままだって別におかしくないし。たいていそんな関係や」
 
花桜梨の表情が普通の表情に戻ったことからどうやら理解できたようだ。

「そうよね……でも」
「でも?」


「主人君なら……恋人になってもいいかな……」


「駄目!絶対に駄目!」


「えっ……」

花桜梨の言葉に光は思わず声を荒げてしまう。
驚く花桜梨に光は思わず慌ててしまう。

「ご、ごめん!なんでもないの!……じゃあ……」
「じゃあ……」

光は慌てるように屋上から立ち去ってしまう。

(陽ノ下さん。主人君と何か関係があるのかしら……)
 
花桜梨には光の最後の行動の意味が理解できなかったみたいだ。



あの会話のあと、光は教室で一人考えていた。
花桜梨にはああいったから、自分自身の頭の中は混乱してしまった。

(公二と八重さんは恋人ではない……じゃあなぜ)

(公二、楓子ちゃんから頼まれただけって言っていたけど、本当かなぁ?)

(そうだ!きっとなにかあるに決まってる!なにか楓子ちゃんに考えがあるんや!)
 
悪い状況は、状況をさらに悪化させていくものだ。
光は公二を疑ったまま。それどころか楓子までも疑うようになってしまった。
 


火に油を注ぐとはこのことなのか。そのあと、光に声が掛けられた。
 
「ねえ、光ちゃん」
「あれ?一文字さん」


「さっき、こうくんが野球部部室から出てきたの見たんだけど、なにかあったの?」


「えっ!それ本当!」
「うん、ボクは嘘つかないよ」
「………」

光にある仮定が浮かび上がった。

(もしかして……)
 
しかし、それはある意味最悪の仮定だった。
 


そして、もうすぐ台風が上陸し、ひびきのに直撃しようかという日。
ついに最悪の展開が待っていた。
 
それは野球部部室で始まった。
そらは風が強く、いまにも雨が振りそうだった。
 
「公ちゃん、最近八重さんさらに表情が豊かになったの!」
「そうなんだ……」
 
あれからも花桜梨とはデートしていた。

楓子の喜んでいるのを見ると、やめるわけにはいかず、
もしいきなりやめたら、花桜梨がもとの花桜梨に戻らないとは限らない。
もはや公二は引くに引けない状況に陥ってしまっていたのだ。
 


そんな状況をまったく把握していない楓子は素直に喜んでいる。

「これもみんな公二君のおかげ!ありがとう!」
「俺は……何もしてないよ……」

公二は楓子の喜ぶ姿をまともに見られない。
とてもそんな心境になれなかった。

「そんなことない!公二君のおかげだよ!」
「そ、そうかな……」

公二は楓子の言葉にまともに返せない。

「私とっても嬉しいモン♪」
「お、おい!楓子ちゃん!」
 
楓子はいきなり公二に飛びついた。
そのとき、いきなり部室の扉が空いた。



がちゃ



「やっぱり……」

「あっ……光ちゃん」
「光……」
 
そこには怒りと哀しみに震えていた光がいた。
 


「やっぱり、楓子ちゃんの仕業やったのね……」
「光、何をいうんだ?」
 
突然の光の言葉に公二は呆れてしまう。

「八重さんに声かけるように公二に頼んだのは、うちと公二を喧嘩させるためやったんや!」
「光ちゃん、訳がわからないよ!」
 
楓子は突然のことになにがなんだかわかっていない様子。
楓子は慌ててしまっていた。

「嘘言わんといて!うちと公二が離れたときに、あなたが公二に近づくのが目的やったんや!」
「落ち着けよ光!」
 
光は楓子に一歩一歩近づく。
公二は光を抑えようとするが光はまったく無視する。
そして光は楓子の前に立つ。

「なんだかんだいって、うちから公二を奪おうとしていたのね!」
「違うわよ!」


 
「黙れ!この泥棒猫!」

ばちん!



「いたい!」

光は楓子に強烈な平手打ちをくらわせた。
楓子は床に倒れてしまった。

「楓子ちゃん!光!なんてことするんだ!」
 

光には涙が溢れていた。
 


「楓子ちゃんなんて……公二なんて……大嫌いや!絶交や!さいなら!」



「光!」

ばたん!

光は部室から走り去ってしまう。
 


公二は光の背中をじっと見送るしかなかった。

「光……」

光の言葉でもはや修復不可能であることを悟った。

(終わった……俺たち終わってしまったんだ……)

公二はひざからがっくりと崩れ落ちてしまった。
 
「公ちゃん……」
「………」

楓子は後から公二を慰めるしかなかった。

「私は公ちゃんを光ちゃんから奪うつもりはないの……わかって」
「ああ……」

公二の言葉は返事になっていなかった。
それでも楓子はフォローしようとしたのだが、


「私はただ、花桜梨先輩が心配で……!!!」

思わず口を押さえる楓子だがもう遅い。

 
「『花桜梨先輩』?……ちょっと待て!どういうことだよ!」


公二は立ち上がり、声を荒げて楓子に問いつめる。

「そ、それは……」
「『先輩』なんて言葉始めて聞いたぞ!」
「あ、あの、その……」
 
公二は楓子の胸ぐらを掴んで叫んでいた。
公二は明らかに怒っている。
楓子の返事はしどろもどろになっている。 

「楓子ちゃん。やっぱり隠していたんだろ!楓子ちゃんと八重さんの本当のことを!」
「ご、ごめんなさい!」

楓子は謝るしかなかった。
公二はようやく胸ぐらから腕を放す。

「全部話してくれるよな……本当のことを……」
「うん……実は……」
 
ついに観念した楓子は、公二に本当のことを話し始めた。
 


楓子の話を全て聞き終えた公二はようやく口を開く。

「そうだったのか……」
「ごめんなさい……」
 
しばらく黙っている二人。

「……はははははは!」

突然公二が笑い出した。
泣きながら大声で。
なにかをあざ笑うかのように公二は笑い出した。

「どうしたの、公ちゃん?」
「結局……俺、楓子ちゃんに信頼されなかったってことだよな」
「そんな……」
 
公二の言葉に少しショックを受ける楓子。

「八重さん。人を信頼できなくなっていたんだよ。理由はわからないけどな」
「そうだったんだ……」

「俺は言ったよ『信じる前にあきらめるな』って」
「………」

「おかしいよな、そんな俺が信頼されてなかったって……笑いものだよ」
「笑いものって……」

楓子は公二を信頼していないことはなかった。
しかし公二は楓子をそうだとは思わなかった。
楓子は公二の誤解を解こうとするが言葉が見つからない。

「信頼されてない人の頼みを聞いて、無茶苦茶努力して、俺は全てを失おうとしている……俺は笑いものだよ」
「公ちゃんはなにも失ってないよ!」


「いや、もう失っちまったよ、俺にとって全てだった光という存在を……」


「えっ……」

公二はフラフラと立ち上がる。
未だに泣いたまま。
泣いたままだが、今の公二の表情は悔しさが混ざっている。
 
「俺は信頼されてないものに惑わされていたのか……ちくしょう」
「公ちゃん……」

「ちくしょう……ちくしょう!」

「公ちゃん!」



ばたん!



公二は部室から飛び出してしまった。
 


「公ちゃん!光ちゃん!どこにいるの!」
 
楓子は学校中を走って2人を探していた。
しかし、2人は見つからなかった。
 
「もしかして、家に帰ったのかな……あっ、あの人たちなら知っているかも!」

楓子は目の前に公二と光と一緒にいる3人の姿を見つけた。
 
「すいませ〜ん」
「あっ、佐倉さん」

楓子が声をかけたのは琴子、匠、美帆の3人だった。

「あの〜、主人君と陽ノ下さんは知りませんか?」
「そういえば、2人とも走って学校からでていきましたけど」

淡々と状況を答える美帆。
しかしこれだけではまったく事情がわからない。
 

正確な場所がわからなかったのは残念だが、まだ楓子には聞くことがあった。

「そうですか……ところで質問があるんでけど」
「なんだい?」

「主人君と陽ノ下さん……なにかあったんですか?」
「えっ、あなた知らなかったの?あの2人最近仲が最悪なのよ」

「うそっ!……いつからですか?」
「確か……もう1カ月以上仲が悪かったよ」

楓子は初耳だった。
夏休みにはあれだけ仲の良かった公二と光がいつの間にか険悪な関係になっていたことを。
 
「1カ月以上ですか……!!!」

(私、2人が仲が悪いときに公ちゃんに頼んじゃったの?)
 
「少し前に女性関係で大喧嘩したらしいですよ」

(もしかして、花桜梨先輩のことで?)
 
「最近、別れるような勢いで不安なのよ」

(えっ、別れる!……もしかして、全て私のせい?そんな、そんな……)
 
楓子はようやく自分がしてしまったことに気が付いた。
花桜梨のためにやっていたことが、実は公二と光の間を裂き続けていたことに。

楓子の顔からみるみる血の気が引いていくのが自分でもわかった。

「すいません!ありがとうございました!」

楓子はいてもたってもいられずに走り出してしまった。



結局匠達はいったい何があったのかわからずじまいになってしまった。

「ちょっと楓子ちゃん!……走っていったよ」
「あの2人になにかあったのかしら?」

「さあ、でも俺たちがなにかできるわけでもなさそうだな」
「今度は私も黙って見守るわ」

「当然だよ。もしあいつらに何かあったら申し訳が立たないよ」
 
そういう3人ができることは走り去る楓子の背中を見つめることだけだった。



「もういや!嫌い!!友達だと思っていたのに!裏切られた!ちくしょう!うわーっ!」

光の家。
光は自分の部屋で暴れていた。

(終わった……うちらもうおしまいなんやね……)
 
光は、もはや修復不可能の状況になったのを悟っていた。
怒りと絶望と悲しみで自分でも抑え切れない状況になっていた。

ぴんぽーん

「まったく!誰よ!こんなときに!……は〜い」
「………」
 
扉を開けると玄関には楓子がいた。
楓子は傘をささずにずぶ濡れだった。
 


今一番見たくない楓子が目の前にいる。
怒りと恨みと混じった感情で、光の口調は乱暴になっている。

「楓子ちゃん……いったいなんの用や!」
「………」

楓子は何も答えない。
楓子は光の顔をまともに見られないようだ。
それが光の怒りをさらに増大させる。

「公二を奪って自慢しに来たんか?奪われたみじめな私を見に来たんか?」
「………」

光はドスをきかせた声で楓子に怒鳴りつける。

「何か言ったらどうや!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
 
いきなり楓子は玄関で土下座をした。
外はすでに雨が振っていて楓子をさらに濡れている。
にも関わらず、楓子は土下座の姿勢のままだった。
 


それでも、光は不信の目を楓子に向ける。

「楓子ちゃん……なにがいいたいんや?」
「……わたし、公ちゃんを奪うつもりなんてない!それに……」
「それに?」
「公ちゃんと光ちゃんが喧嘩の最中なんて全く知らなかったの!」

光の視線は冷たいまま。
軽蔑の眼差しで楓子を見下ろす。

「……下手くそな嘘やな……」

光はぽつりとつぶやく。
楓子は土下座したまま首を振り必死に否定する。

「嘘じゃない!それに私はただ……」
「ただ?」
 
「私はただ花桜梨先輩に元の先輩に戻って欲しかったの!」

楓子から飛び出た思わぬ単語に光もまた驚いてしまう。

「『先輩』?……ちょっと、それどういうことや!」



「花桜梨先輩は私の中学のバレー部の先輩だったの!」
 


楓子から始めて聞く真実。
それでも光はまだ信用ができない。

「バレー部?野球部のマネージャーじゃなくて?」

「それは公ちゃんの学校に転校してから。その前の学校はマネージャーなんて認められなくてバレー部にいたの」
「ふ〜ん……」

「私、運動はできなくて、ドジばっかりだった。そのときいつも私を励ましてくれたのが花桜梨先輩だったの」
「ほぉ〜……」

「花桜梨先輩は、優しくて明るくて大人っぽくて、ちょっと嫉妬するぐらい美人で、みんなの憧れの的だった」
「へぇ〜……」

光の返事は白々しかった。
まだ信用ができない証拠だ。

「なのに……ひびきのに転校したら、先輩がいた、しかも私と同じ学年で!」
「えっ……」

「しかも先輩は、全てを拒絶するような寂しそうな表情しかしてなかったの」
「……」

「先輩には何度も助けてもらった。今度は私が助けたいと思った……でも先輩は私を避けてしまう……」
「そう……」

「だから、だから……公ちゃんに先輩に声かけて欲しいって頼んだの!」

あれほど怒りで満ちていた光の表情からはいつの間にか怒りの感情が消えていた。
逆に今は楓子の告白に戸惑っていた。


「公二はそのこと知ってるの?」
「いままで黙ってた……でもさっき本当のことを話した……」

「なんでいわなかったの?」
「言えるわけないじゃない!留年しているなんて……先輩が気にしていることを他人に言えるわけないじゃない!」
 


雨に濡れ土下座したまま真相を話す楓子の言葉を聞いた光は彼女の言葉が真実であることを確信した。
そして、少し前の公二の言葉を思い出した。
 
『ああ、楓子からはそれ以外なにも聞いてないよ!』
『それじゃあ、何もわからへん!』
 
(公二の言ったこと……全部本当なんや……公二、私に嘘を一言もついてなかったんや)
 

「ははは……はははは!」

光は突然笑い出した。
自然に涙も出てきた。
光はなにかをあざ笑うかのように大声で笑った。

そんな光に楓子は戸惑っている。

「……光ちゃん?」
「うち誰も信じてなかったんやね……勝手に疑ってしまったんやね……」
「どうしたの?」

楓子は土下座のまま頭を上げて光を見上げる。
楓子からみた光の表情は哀しそうだった。

「信じなくてはいけないのに……誰よりも信じなくてはいけないのに、夫の公二を」
「………」

「なのに、なのに……一番最初に疑ってしまった!」
「光ちゃん……」
 
「夫を疑い、友達を疑い……そして全てを失ってしまった」
「なにを!」


「うちの全てだった公二という存在や……」


「………」

楓子はなにも言えなかった。
 
「もう手遅れや……ううっ」
「光ちゃん……」

「馬鹿野郎……光の馬鹿野郎!」

「光ちゃん!」
 
光は泣きながら家から飛び出してしまった。
 
そのころ台風がひびきのを直撃していた。
風が強く、雨も少しずつ強くなってきた。
それは公二、光、楓子の心境とおなじなのかもしれない……
To be continued
後書き 兼 言い訳
公二と光。とうとう行くところまで言ってしまいました。
 
ついに楓子が本当の事。つまり楓子と花桜梨の本当の関係を白状しました。
この関係。予想した人はいるのかな?
まあ、中学時代からの知り合いという設定は少ないとおもいますが。
 
次回は第8部のクライマックスです。
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