第43話目次第45話
入院4日目
面会謝絶が解けた初日の昼前。



こんこん!



「は〜い!」



がちゃ



「パパ〜!ママ〜!」



扉から入ってきたのは公二と光にとって最大の宝物だった。

「恵!」
「逢いたかったよ〜、恵」

久しぶりの対面に二人もとても嬉しくなってしまう。

「公二、大丈夫?」
「光、元気にしとったか?」

公二と光の母親二人が恵を連れてやってきたのだ。
こちらも久々の対面の母親達に公二達は申し訳なさそうな表情をしている。

「お母さん……ごめんなさい……」
「おかん……すまん……迷惑掛けてしまって……」
「よかったわ、二人とも無事で」

「無事といっても、こんな姿に……」
「まあええやろ、生きているんやし」
「そ、そうやけど……」

太陽の恵み、光の恵

第10部 入院編 その4

Written by B
「でも、まだ退院まで1ヶ月以上だって?」
「そうなんだ。ギプスがとれるのにあと2週間、リハビリに2、3週間だって」
「うちら全身骨折だらけで、全部の骨が繋がらないとギプスが取れないんやて」
「下手に一つだけ取ると、そこに負担がかかるからだって」

公二と光は重傷。それも治療には手間のかかる怪我を負った。
骨折は下手をすると後々に響くだけに治療は慎重になるのは当然だろう。

「じゃあリハビリはなぜそんなに?」
「2週間、体がいっさい動かせないから、体力が落ちるんだって」
「それにギプスで固定したから、間接も堅くなってる可能性が高いんやて」

「そうか……じゃあ、リハビリは地獄かもね」
「わかってますよ……でも負けませんよ」
「そうや、そのぐらいでへこたれるうちらじゃあらへん」



4人はしばらく病院の様子について話していた。
恵は公二の母に抱きかかえられておとなしくしている。

「その気合いなら大丈夫そうね」
「これなら安心ね。じゃあ、恵、帰るわよ」
「えっ、もう?」
「もうすこし、いてもええやろ?」

病室に来てからまだ30分ぐらいしか立っていない。
もっといると思っていた二人はあまりに早いお帰りに驚いてしまう。

「でもその格好じゃあ、恵ちゃんを抱けないでしょ?」
「あっ……」

「恵ちゃんはパパやママに抱いて欲しいのよ、でも無理でしょ?」
「長時間ここにいたら、恵のほうがストレスたまっちゃうわよ」
「そうやね……」

二人の両親の指摘はもっともだ。
たしかに長時間一緒だと恵のほうが辛いかもしれない。
自分たちだって恵を抱けなくてつらいのに。

「元気出して。毎日通うから、それで我慢してや」
「うん……」
「ほら!恵を一日も早く抱けるように頑張りなさい!」
「うん!頑張る!」
「俺も頑張るよ」

二人の母親の励ましに二人は少し元気を取り戻す。

「じゃあね、恵、また明日ね」
「それまで、おばあちゃんの言うことを聞くんだぞ」
「うん……」

こうして恵は家に帰ってしまった。
正味たったの45分。
しかし恵に会える事は、これから長い入院生活の一つの楽しみである。



恵がいなくなった病室。
公二も光も寂しくなってしまう。

「また……恵を泣かせちゃったのかな……」
「そうみたいだな……」

二人には病室をでていくときの恵の悲しそうな表情が強烈に印象に残っていた。

「最低な親やね、うちら……」
「ああ、何度も恵を泣かせてな……」

「恵のためにも……リハビリ頑張らないとあかんね」
「そうだな、早く恵を抱きたいからな」

「早く確実に治す……これが親として恵にできる唯一のことなんやろな」
「そうだな、親として一生懸命な姿をみせないとな……」



そして、夕方。
学校の時間割でいうと放課後になる。

「お〜い、公二!光ちゃん!」
「あ、みんな!」
「うわ〜、みんなで来てくれたんや!」

匠、純一郎、茜、美帆、美幸、花桜梨、楓子が揃ってお見舞いにやってきたのだ。

「寂しかっただろ?」
「あっ、別に寂しくないでしょ、だって夫婦水入らずだったんでしょ♪」
「ま、まあ、そんなもんかな……」
「でも、結構人がいたし……警察とか……」
「メイさんも昨日までいたから」
「あっ、そうなんだ……」
「まあ、そんなもんだ……」

確かに警察が来たときは重苦しかったし、
メイがいたときは騒がしかった。
でも、警察は初日だけ、メイは3日目早朝に帰っていたので
半分正解で半分間違いといったところなのだが、



「しかし、まだ退院まで1ヶ月以上か……」
「しかもまだ2週間はなにも動けない……大変なんだね……」
「なあに、心配ないさ、リハビリを頑張れば」
「そうそう、大丈夫」

明るく振る舞う二人に花桜梨が語りかける。

「でも、二人の怪我の場合、リハビリは大変よ」
「花桜梨さん?」
「ギプスが取れた直後は体力が激減してるの、そこから元に戻すのは大変よ」
「そうなの?」
「うん、知り合いで骨折の人がいたけど、ギプスが取れた直後は地獄だったみたい」
「地獄?」
「ええ、今まで自分が感じていた力が入らないって、あまりの力のなさに愕然としたそうよ」

花桜梨のアドバイスに本人達を含めてみんなが不安になってしまう。

「そうなのか……こうくん、大丈夫?」
「大丈夫だよな、花桜梨さん?」
「ええ、公二君と光さんなら大丈夫よ」

花桜梨が笑顔で答える。
その笑顔に周りのみんなが安心する。

「なんたって愛の力があるんだモン♪」
「そうですね、愛があれば大丈夫ですよね、妖精さん♪」

「………」
「………」

まわりのひやかしに二人は顔を真っ赤にしてしまっていた。



楽しく会話をしている中、匠が公二の耳元でこっそりとささやいた。

「公二」
「なんだ、小声で?」

「学校なんだがな、一応俺たちで変な噂は押さえつけた」
「すまない……そこまでしてくれて……」

「今は一応、おまえ達の話題は収まっているようだ」
「そうか……」

「でも、それは一時的なものだ、公二達が退院すれば一気に騒ぎが復活するはずだ」
「わかった、覚悟しておくよ……」

匠の報告に退院した後のときの状況を改めて自覚した公二だった。



光はふと部屋の時計を見る。
よくみると放課後からまだ間もない時間。

「しかし、みんなで見舞いに来てくれて部活は大丈夫なの?」
「うん!美幸はさぼったから〜!あっ、よくあることだから気にしないで〜」
「美幸ちゃん!まあ、私もなんですけどね」

「実は私も……」
「俺もだ……」
「まさか……」

「みんなさぼってお見舞いに来たみたいだな」
「理由を言って休めば良かったけど、あなた達の事を下手に広めてもまずいから」
「俺たちのために……」
「ごめんね……」

今日のために部活の入っている人は全員サボったのだ。
理由が理由だけにそうするしかなかった。
それでも来てくれた親友達に二人は感激している。

「でも毎日こうしているわけにはいかないから、明日から平日だけの当番制にしたよ」
「当番制?」
「そう、放課後、当番の一人がお見舞いに行くから」
「毎日退屈そうだし、誰も来ないと寂しいでしょ?」
「部活の事は心配するな。3、4日ぐらい休んでも大丈夫だ」
「今、二人は私たちより大変なんですから、思いっきり頼っていいんですよ」

みんなのありがたい好意。
二人にとって恵の訪問の次に嬉しい励ましだった。

「みんな……ありがとう」
「嬉しい……うち、嬉しいよ!」


「そう言ってくれると、明日から通いがいがあるな」
「そうね、当番の日が楽しみだな♪」
「じゃあな〜、明日を楽しみにしろよ〜」

二人の笑顔に安心した匠達は病室から出て行った。



再び二人きりになった病室。
さっきまで大勢いたせいか余計に寂しくなってしまう。

「行っちゃったな……」
「うん……」
「明日から退屈しないですみそうだな」
「うん……」

優しく光に語りかける公二。
しかし光の表情は暗い。

「どうした?」


「琴子……こなかった……」


「光……」
「やっぱり……駄目なのかな……」
「馬鹿言うな……信じるんだよ、水無月さんを」
「うん……」

「怖いのはわかる。でも今は信じることしかできないんだよ」
「わかった、信じる……」

今の公二にできるのは光を不安にさせないこと。
自分も不安なのだがそれを抑えて光を励ましていた。



一方、病室を出た匠達は複雑な表情だった。

「しかし、意外に元気でよかったな」
「公二はな……」
「光さん……少し元気がなかったね」
「そうですね、琴子さんを探しているみたいでしたね」
「しかたないよ……あれじゃあ」



さかのぼってその日のお昼休み

「なあ、水無月さん、一緒に行こうよ」
「………」
「光さんも琴子さんを待ってますよ」
「………」
「そうだよ、ボクたちと一緒に行こうよ!」
「………」
「琴子さん……大丈夫、私たちが一緒だから」

屋上で一人でいた琴子にみんなが説得を行っていた。
しかし琴子はだまって頭を横に振るばかり。

「みんなの気遣い、とても嬉しい……でも、今日は駄目なの」

「明日は?」
「明日も駄目……」

「明後日は?」
「明後日も駄目……」

「じゃあ、いつなんだよ!」
「匠!」

思わず声を荒げる匠。
すぐに純一郎が匠を落ち着かせようとしている。
荒れ気味の雰囲気のなか、花桜梨が冷静に琴子を説得する。

「私、匠さんの気持ちわかる……琴子さん、怖がらないで勇気を出せばいいの……」
「わかってるわ、そんなこと……でも駄目なの」

「どうして?」
「今から行くと、喧嘩したから、とりあえず謝るみたいな感じで嫌なの……」
「?」

「そんな仲直りは嫌!仲直りするなら前以上の絆を取り戻したいの……」
「琴子さん……」

さっきまで黙っていた琴子がゆっくりと、丁寧に、今の自分の気持ちを打ち明け始めた。

「わからないの。今、光が私を必要としているのか、私は光が必要なのか……」
「えっ?」

「わからなくなったの、私たち本当に友達だったのかって……」
「そりゃあ……」

「言いたいことはわかる。でも、今の私にはその確信が欲しいの……」
「………」

「もう少し光と離れてみる、そして私には光が必要だってわかったら、すぐにでも行くわ」
「琴子さん……」

「だからお願い、もう少し時間を……」

琴子は琴子で悩みに悩んでいた。
その辛さがみんなに痛いほど伝わっていた。

「わかったわ、琴子さん。じっくり考えていいのよ」
「花桜梨さん……」
「退院までまだまだ長いわ。だから迷いがなくなるまで考えるといいわ」
「ありがとう……」



そういうわけで琴子を連れて行くことができなかったのだ。

「琴子さん、あれだけ考え悩んでいたんですね……知りませんでした……」
「でも、それの乗り越えれば、琴子さんと光さんは最高の友達になれると思うな」
「陽ノ下さんはわからないけど、水無月さんはもう少しといった段階だな」
「仕方ない、こうなったら水無月さんの悩みにとことんつきあうか!」
「そうだね、一緒に考えようよ」


「それはやめた方がいい」


「えっ?」
「花桜梨さん?」

花桜梨の一言に全員が思わず足を止めてしまう。

「私たちはやることはやったと思う、これからは琴子さん一人でやらなくてはいけないと思う」
「そうか、俺たちは背中を押した、あとは水無月さん次第ってことか」
「そう、だから私たちはもう、見守るしかないの」
「それなら、とことん見守るか!」
「うん!そうする〜!」
「見守るってそんな勢いでするもんじゃないと思うけど……」
「そうね……うふふ!」

みんな少しだけ見通しが明るくなった気がしていた。
今までまったくなかっただけに大きな全身のような気がしていた。



次の日から、平日お見舞いに交代でやってくるようになった。

「あっ、ひかりん!」
「あっ、寿さん」
「美幸ちゃんが最初なんだ」

一番手に来たのは美幸だった。
どうやら授業が終わってすぐにやってきたらしい。

「そうなの〜、今日はね〜、病気回復のお守りを買ってきたの〜」
「へ〜っ、それは嬉しいな」
「ひびきの神社のお守りは効果抜群だから〜」

美幸は新しいお守りを二人に渡すが、二人はそれをみて何か困った顔をしている。

「あの〜、美幸ちゃん……」
「な〜に?」
「俺たち……今は二人目を作るつもりないんだけど……」
「へっ?」

よく見るとお守りには「安産祈願」と書いてあった

「えっ?えっ?なんで〜?神社の人が間違えたんだ〜」
「あははは!でも気持ちは嬉しいからもらっておくよ」
「えっ、そんな〜、もし二人目ができたら……」

「そんな心配いらへんよ」
「どうして?」

「そ、それは……こんな状況じゃあ、作りたくても作れないでしょ?」
「あっ、そうだよね〜、よかった〜」
「あ、そ、そうだね……」
(そうだよね、二人って夫婦だから……しゃれになってないよね……あ〜あ、美幸って不幸……)



「公二に陽ノ下さん。元気か?」
「今日は純か」
「うわ〜、綺麗な花!穂刈くんが買ってきたの?」

純一郎は大きな花を抱えてやってきた。
綺麗な花々に光は思わず嬉しくなってしまう。

「いや、うちの売り物だ」
「えっ?」
「純の実家って花屋だよ。知らなかったか?」
「うん」

純一郎の実家は花屋だ。
ひびきのでは花屋は少ないだけに結構繁盛しているらしい。

「ついでに美人の姉が3人もいるらしいぞ」
「こ、こら!」
「へぇ〜、それなのに何で女性に弱いの?」
「そういえばそうだな」
「……」
「いいじゃないか、教えろよ!」

顔を真っ赤にして硬直していた純一郎が椅子に座って話だす。

「ああ、実は姉さんなんだが、全員結構大胆なんだ」
「へえ〜」

「風呂上がりに下着でうろついたり、堂々と電話で彼と長電話したり、3人で男性について大胆な話をしたり」
「それは大胆だな……」

「小、中学生がそんな会話聞いてみろ、恥ずかしくてたまらなくなるぞ……」
「そうだったんだ……一種のトラウマね……」
「そうだな……」

純一郎が女性に弱いのがなんとなくわかったような気がした二人。
そんな二人の前で純一郎の話が続く。

「まあ、最近は俺も慣れてきたかな。入学時に比べて成長したぞ」
「本当か?」
「ああ、たぶんな」

「どうして?」
「そんなのわかるだろ?」
「?」

(ら、らぶらぶなおまえ達を毎日見れば、な、慣れるに決まってるだろ……)



「お〜い、夕食だぞ〜!」
「おお、匠か!」
「夕食を持ってきてくれたんだ、おおきに!」
「まあね〜、そのぐらい手伝わなきゃ!」

夜遅くに匠が夕食をもってやってきた。
夕食といっても病院食。
匠が病院の人に頼んで運ばせてもらったらしい。

匠は二人のベッドに食器を並べると光のベッドの横の椅子に座る。

「じゃあ、光ちゃん、あ〜んして♪」

「えっ?」「えっ?」

「なんだ、口を開かないと食べられないぞ」

笑顔かつ冷静に答える匠。
その表情で公二の中に何とも言えない怒りが沸いてくる。

「匠、てめぇ、俺の光に……」
「だってしょうがないだろ?公二ができないんだから、誰かがやらなきゃ」
「ううっ……」
「大丈夫だって、俺も馬鹿じゃない、光ちゃんには必要以上は手出ししないよ」
「そ、そうか……」
「だから安心しろ!」
「そ、そうか、じゃあ、頼むな……」
「頼むね……」

自分たちが何もできない以上、二人は匠に頼るしかない。
渋々二人だった。

「しかし、合法的に人妻に手を出せるなんて機会は滅多にないからな〜」
「匠……退院したら覚えてろよ……」
(げっ、殺気立ってる……からかうのはやめて、普通に食事にするか……)

公二の重い一言に匠は思わずびびってしまった。



光に御飯を食べさせると匠は公二のベッドの横に座る。

「おお、今度は公二の番だ、口あけろ」

さっきとは全然違って冷たい口調の匠。
そんな匠に公二はこっそりと話しかける。

「態度が違いすぎる……ところで水無月さんは……」
「ああ、だいぶ元に戻ったけど、まだなにか吹っ切れてないって感じだ」
「病院に来る気配はあるのか?」
「まだないみたい……長期戦も覚悟したほうがいいかもな」
「光は俺がなんとかするけど、水無月さんは待つしかないのか……」
「すまん、力になれなくて……」
「いいよ、できるだけのことはやってくれてるから……」



「公ちゃん、光ちゃん、夕ご飯の時間みたいだから持ってきたよ」
「楓子ちゃん!」
「久しぶり〜!」
「うん、光ちゃんも元気でよかった」

次の日、今度は楓子が夕食を持ってきた。
どうやら匠から昨日の事を聞いて刺激されたらしい。

準備を終えた楓子は公二のベッドの横の椅子に座る。

「じゃあ、公ちゃん、あ〜んして♪」

「えっ?」「えっ?」

「公ちゃん、口を開かないと食べられないよ♪」

スプーンを持ってニコニコ顔の楓子。
光は嫌な予感がよぎってしまう。

「楓子ちゃん、まさか、まだうちの公二に……」
「だってしょうがないでしょ?光ちゃんができないんだから、誰かがやらなきゃ」
「ううっ……」

「大丈夫よ、公ちゃんには手出ししないから♪」
「そ、そうか……」
「だから安心してね♪」
「そ、そうか、じゃあ、頼むな……」
「頼むね……」

何もできないので、誰かに頼るしかない。
昨日よりも諦めが早くなった二人だった。

「なんか、こうしていると、公ちゃんの奥さんになった気分……」
「楓子ちゃん……程度を超すと、どうなるかわかってるかな?
(ひ、光ちゃん、怖い……普通に食事しよう……)

楓子の本音?に対する光のドスのきいた声に楓子は怯えてしまう。



二人に食べさせ終え、楓子が片づけを始めているとき、公二が楓子に尋ねてみる。

「ところで楓子ちゃん」
「なに、公ちゃん?」


「まさか『回復祈願千本ノック』なんてやってないよな?」
「ど、どうしてわかったの……」

「なんとなくだが……やっぱりな……」
「………」

公二の予想どおりだった。
あまりに予想通りな展開に公二はため息もでない。

「気持ちはわかるけど……なんとか自制してみろよ」
「うん、でもどうしてもノックしたくてしょうがなくなるの……」
「………」

「あのボールを打つ、あの感触がたまらないの……」
「………」

「倒れてる選手を見て、もっと打たなきゃ、もっと打たなきゃって思うの……」
「………」



「こうくん、光さん。元気?」
「茜ちゃん!」
「あっ、その格好は!」
「えへへ、覚えてる?『響野食堂』での服装だよ」

茜は割烹着姿でやってきた。
よく見ると大きなお重を抱えている。

「なんでそんな格好を?」
「今日は、ボクが夕御飯を作ったんだ」
「えっ、茜ちゃんが!そりゃ楽しみだなあ」

思わず声が弾む公二に光が気づかないわけがない。

「あ〜な〜た〜、他の女性の食事が楽しみやて〜!」
「だ、だって、茜ちゃんの料理はプロ級だから、その……」
「あはは、冗談や!茜ちゃんの評判は聞いてるから、うちも楽しみや」
「そう言ってくれると、ボク嬉しいな、じゃあ食べてよ」

さっそく食べさせてもらう二人。
茜の作った料理は一口食べただけでそのおいしさがわかる。

「お、おいしい!さすが店に出すだけの事はあるよ」
「ほ、ほんまにおいしい!……くやしいけど、絶対に勝てへん……」
「そう?ボクつくって良かったよ」



二人に交互に御飯を食べさせながら、茜は気になっていたことを公二に尋ねた

「ねぇ、こうくん。バイト全部辞めたんだって?」
「ああ、1ヶ月以上なにもできないからね」

バイトは両親に頼んで辞めるように手配してもらった。
必死になって探したバイトだがどうしようもなかった。

「じゃあ、退院した後、またバイト探し?」
「そうだな……でも、どこかあるかなぁ?」

公二はふと考える。
場所までは思いつかなかったが、探すだけで大変そうなのは想像できた。

「ねぇ、またボクのところでバイトしない?光さんと一緒に」

「えっ?」「えっ?」

「うん、食堂なら退院後でも大丈夫だと思うよ」
「うちも……ええの?」
「光さんも大歓迎だよ!」

自分も誘われて驚く光。
笑顔の茜をみれば純粋に二人のことを考えていることは容易にわかる。

「おかんと相談だけど……ちょっとやってみようかな……」
「光も一度バイトを経験したほうがいいからな」
「じゃあ、またその頃になったら、相談するね」
(ボク嬉しいな……また、バイト仲間ができそうだから……)



「お元気ですか?」
「し、白雪さん!」
「そ、その人形はなんや?」
「これは病気回復のおまじないをした、ケロケロでべそちゃん人形です♪」

美帆は小学生ぐらいの大きさのぬいぐるみを持ってきた。
さすがの大きさに二人も驚くしかなかった。

「しかし、なんでそんなに大型の人形を……」
「人形が大きいと効果も大きいですよ」
「そ、そうなんや……」

驚きが続いている二人をよそに美帆の話は続く。

「今日は妖精さんもお見舞いに来たのですよ」
「えっ?」
「どこに?」
「え〜と、こことそことあそこと、あっちとこっちとそっちと、それにあそことそっちと……」

美帆は病室のあちこちを指差す。
もちろん二人が見えるわけがない。

「わ、わかったからもういいよ……」
「妖精さんもおおきに……」



「こんにちは」
「花桜梨さんが最後やね」
「そう、私で最後」
「みんな親切でありがたいよ……」

花桜梨は椅子に座ると鞄から何冊かノートを持ってきた。

「私……みんなみたいに特技がないから、授業のノートを持ってきたんだけど……」
「ありがとう!助かるよ!」
「でも、うちら手が使えないから、読めへんけどな」
「あ、そうね」
「あははは!」
「うふふふ!」

花桜梨らしい気遣いに二人は嬉しくなってしまう。



「実は……病室のドアの下にこんなのがあったの」
「それって……ノートじゃないか?」
「名前も書いてないし……誰だかわかる?」

花桜梨は1冊のノートを公二に見せる。

「いや、俺は知らない。光、知らないか?」

今度は光にノートを見せる。

「どれどれ……え〜と……えっ……!!!」

ノートを見たとたん、光の表情が一変する。

「わかった?」
「琴子だ……」
「ええっ!」
「この流れるような字……忘れたくても忘れられない……間違いない!琴子や!」
「水無月さんなの?このノート」



琴子のノートをじっと見つめる光に聞こえないように、
公二が花桜梨に話しかける。

「いつの間にこんなのが……花桜梨さんが持ってきたのか?」
「ちがうわ……たぶん、こっそり置いていったと思う……」
「なんで部屋まで……」
「たぶん、今、琴子さんができる、精一杯のお見舞いなのよ……」



光は琴子のノートを見つめながら泣いていた。

「琴子……ありがとう……ほんまにありがとう……」
「光……」

ノート越しに琴子に語りかけるように光はお礼を言っていた。

「花桜梨さん……うち、琴子を信じてみる」
「光さん……」

「いつ振り向いてくれるかわからへん……でも琴子を信じる」
「そうか……」

「悪いのは全部うちや……それでも許してくれるなら……きっと来てくれる」
「そうね……」

「花桜梨さんが信じたように……うちも琴子を信じる……」
「うん、きっと琴子さんは来てくれる、大丈夫」

「ありがとう……このノートがあれば、うちは平気や、ずっと待てるような気がする」
「そう信じたいな……」



そしてその夜。

「これでみんな来てくれたのか……」
「次から2巡目か……早いな……」
「ギプスもあと1週間……もう少しの我慢だな……」
「うん……」

ふと外を見ている。
真っ暗闇に白い物が振っている。
外では雪が降り始めていた。

「もう12月か……」
「あっという間やったな……」
「よくここまで高校生でいられたな……」
「でも、もうそろそろかな……」
「ああ、俺たちの処分が決まる頃かもしれないな……」

自分たちの今後。
入学前に想像していたことが二人の頭をよぎる。

「退学は……間違いないやろな……」
「そうだな……俺はもう覚悟してる……」
「うちもや……入学したときから覚悟の上や……」
「でも……今は学校の夢を見ていようよ……」
「うん……そうやね……今はいい夢を見たい……」

二人の夢は夢になるのか正夢になるのか、それはもうすぐ決まる……
To be continued
後書き 兼 言い訳
今回はお見舞いのお話です。

この連中がお見舞いに来るとどうなるだろう?
こんな想像をしながら書いてみました。

しかし、こういう個別のって、個性が出しやすいから書きやすいです。
たくさんいっぺんにでると、台詞を出すだけで個性が出にくいですからね。


次回は事態が急変、クライマックスへと続きます。
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