第48話目次第50話
「……」
「……」
「あら、お二人とも変な顔しちゃってどうしたの?」

沈黙の匠と美帆。
琴子が理由を聞いてみる。

「どうしたのって、こっちが聞きたいよ」
「その格好……」

「ん?ああ、このどてらね。暖かくていいわよ〜♪」

「……もう、いいです……」
「……だめだこりゃ……」

橙色のどてらを着てご機嫌の琴子に匠と美帆は呆れてしまっていた。

太陽の恵み、光の恵

第11部 決戦編 その2

Written by B
3学期初日の放課後。

教室には匠、美帆、そしてどてら姿の琴子の3人だけがいた。

公二と光はすでに帰ってしまっている。
ほかの仲間は二人の下校の付き添いで一緒に帰った。
しかし3人だけはここに残っていた。

「そんなことは、いいじゃない……それでどうだったの?」

3人がいた理由は今後のことを話し合うこと、
そして琴子と美帆が匠から今日の二人の様子を聞くことの二つだ。

「あれだけの騒ぎで、近づきたくても近づけなかったから……」
「私もです、早く教えて頂けませんか?」
「……」

公二と光のクラス。1年A組は大騒ぎだった。
1ヶ月半ぶりの登校。
ついに知れ渡った二人の本当の関係。
そして3ヶ月間一緒に過ごす小さなお客様。

朝から放課後まで大騒ぎだった。
休み時間になると上の学年からも野次馬が1Aの教室の廊下に集まってくる。
あまりの騒ぎに琴子達は様子を見たくても見られない状態だったのだ。

仲間の中で唯一様子を知っているのは同じクラスの匠しかいない。
しかしその匠の様子がおかしい。
それに気がついた2人が匠に様子を聞いたのだ。
公二と光、それに他の仲間にも勘ぐられないように。
理由は適当にごまかした。

「……どうしたんですか?」
「……」
「どうしたの?」


「……あのクソ先公どもめ……人間じゃねぇ……」

匠の口から飛び出た言葉は、常時では考えられない口調だった。



あまりの言葉に美帆も琴子も驚く。

「どういうことですか!」
「俺にはなんというか……やりきれない怒り……そんなものが……」
「ねぇ、いったい何があったの?」

匠の表情が暗い。
普段はそんな表情をみせたことがなく匠が見せたのだからよほどの事だろう。

「今まで不思議だったが、わかったよ、なぜ恵ちゃんを学校に連れて来させるのか」
「えっ?」

「嫌がらせだよ……公二と光ちゃんに対する」

「なんですって!」
「水無月さん。授業の途中で俺たちの教室のドアが開く音を毎回聞いてるだろ?」
「たしかそうだったわね。今日はなんでだろうと思ってたんだけど」
「それなんだよ、授業の時も恵ちゃんは二人の隣にいたんだが……」



それは1時間目のこと。

「で、あるからして、13世紀には……」
「ふぁ〜あ……」
「こら、静かにするのよ、恵」
「だってぇ〜」
「まあまあ、恵、しばらく我慢しなよ」
「うん……」

眠くてしょうがない恵に光と公二が小声で静かにさせていた。

「おい、主人!陽ノ下!」
「はい!」
「はい!」

二人の努力もむなしく先生に見つかってしまう。

「授業の邪魔なんだ!なんとかしてくれないか!」
「でも……」

「ずっとこの調子じゃあ、授業に身がはいらん!」
「う〜ん……」

「廊下でもどこでもいいから連れ出せ!」
「しょうがないか……俺がなんとかするよ」
「公二……」

「光、授業のほうを頼むぞ……」
「うん……」

がらがらっ!
ばたん!

「ふうっ……静かになってせいせいした……」
「……」



「今日はずっとこんな調子だ……」
「まさか……」
「そのまさかだ……どの授業も、どちらかが教室の外で恵ちゃんの世話をしていたんだ」
「そんな……二人の事はわかっているのにどうして……」



ばんっ!



「わかってるから、あんな仕打ちをしたんだよ!」

匠は机を叩いて立ち上がった。

「えっ!」
「考えてみろ!あいつらは誰よりも勉強しなくてはいけないんだぞ!」
「そうね、学校休んでたし、テストで20番以内に入らないといけないんですから」
「全員それは知っているはずでしょ?どうして……」

匠の体がブルブルと震えている。
怒りが湧きあがっているのが琴子と美帆にも伝わってくる。

「だいたい、1歳児に高校の授業を受けさせるのが無理なんだよ」
「どういうこと?」

「あんな長時間、静かにじっとしていられるわけがないんだよ。絶対に騒ぎたくなるんだよ」
「確かにそう思います」

「そうなると絶対に授業の邪魔になる。ちょっと考えればわかることだろ?」
「そうね」

「それがわかってるのに、なぜわざわざ恵ちゃんを学校に呼んだ?」
「う〜ん……!!!……まさか!」

美帆の顔が青ざめる。
美帆も全てを理解したようだ。

「そうだよ……あいつらにまともに授業を受けさせないための卑怯な手段なんだよ!」
「……ひどい!ひどすぎます!」
「……最低……」

「あの先公どもめ……親の愛情を利用しやがって……」
「……」

「確かに授業の邪魔になる、それ自体は間違ってないから余計に頭にくる……」
「……許せない……」



琴子も怒りが湧きあがっていた。
そこでふと疑問が湧きあがってきた。

「匠くん、なぜ先生に抗議しなかったの!」
「……」

「なぜ、クラスみんなでフォローしなかったの!」
「それは……」

自分の怒りにまかせてきつめに問いつめる琴子。



がらがら!



そのとき不意に教室の扉が開いた
3人は扉の方向を向く。

「誰だ!」

「……」

「赤井さん……」

そこには暗い表情のほむらがいた。



「すまねぇ……そんな魂胆だとは気がつかなかった」
「……」
「あたしもあの職員会議に出ていたんだ……それなのに……」

生徒会長であるほむらは生徒代表として職員会議に出席できる権利を持っている。
ただ面倒くさがりのほむらは、ほとんど出たことがない。
唯一出席したのが、公二と光の問題に関する再検討の会議だった。

「確かに試験で20番以内の条件を出したのは無罪派だ……」
「すると、恵ちゃんのは……」
「ああ、停学派からの条件だ……何人かで話し合って決めたらしい」
「すると最初から……」
「そうかもしれない……」
「……ひどい……」

公二と光は、子持ちであることを隠していただけで、それ以外はなんの問題もない。
むしろ成績優秀な優等生である。
それを認めさせる条件がこれだった。
逆にその条件に追加したのは魂胆があるからなのだが、ほむらは気づかなかった。

「たぶん他の先生も気がついてたと思う、でも……あそこまでは気がつかなかった」
「でも?」

「坂城だっけ?わかるだろ?」
「ああ……」
「どういうことなの?」



「A組の科目担任……クラス担任除いて全員停学派なんだよ」
「!!!」



「これはたぶん偶然だろう、でもそのことを一部しか気がついていなかったんだよ」
「じゃあ……」

「たぶんあいつらに授業での配慮は一切ない。それどころかあからさまに邪魔者扱いされるだろう」
「ちくしょう……」

「すまねぇ、あたしがいたのに……」
「赤井さんは悪くないよ……」



ここで美帆がさっきの話に戻す。

「匠さん、それでクラスメイトはどうだったんですか?」
「ああ、1時間目が担任の授業だったから、その時間を借りて事情を説明したんだ」
「そんなに時間をかけて?」

「ああ、あいつら自分たちのことを全部話したんだよ」
「ええっ!」

「離ればなれになってから入学するまで全部だ」
「そんなに……」
「まあ、前に俺たちが病院で直接聞いた話ぐらいの程度だけどな」

公二と光は1時間目に自分たちの事を正直に話した。
今まで隠したことの謝罪も含めて。
匠もある程度のことは話していたのだが、そこまで詳しく話すとは思ってもいなかったらしい。

「どうしてそんなに話したんだ?」
「自分たちが真剣な気持ちで婚約したことをわかって欲しかったんだろうな……」

「それでどうだったんですか?」
「あれで理解できない奴は鬼だよ……そのぐらい気持ちが伝わったよ」

「それじゃあ……」
「クラス全員公二達の味方だ……公二達も安心しただろうな」
「よかった……」



「じゃあまた聞くわね、なぜその味方が先生に抗議しなかったの?」
「……」
「そうだな、味方ならあいつらをかばうぐらいはするはずだがな」

「……できるわけないだろ……」
「えっ……」

匠はぽつりとつぶやいていた。
そのつぶやきが言葉の重みを感じさせる。

「あのな、教室を追い出されたときのあいつらの表情、どんなだかわかるか?」
「普通、困った表情ぐらいすると思うけど」

「違うんだよ」
「えっ?」

「爽やかなんだよ。なんか悟りきったような、いや、堂々としていたような」
「………」

「たぶん、自信だろうな。どんな仕打ちにも耐えられる。そんな自信がな……」
「………」
「光と公二くんは色々な修羅場をくぐり抜けたからね……」

「そうだ……そんな二人に水を差すようなことなんてできないよ……」
「………」

美帆も琴子もほむらも、その時の二人の表情が思い浮かぶようだった。
思い浮かぶだけによけいに痛々しく感じてしまっている。



教室に沈黙が流れる。
そのときに廊下から声が聞こえる。

「ねぇねぇ、1Aの二人知ってる?」
「ああ、知ってる!あの子連れでしょ!」
「そうそう!子供を学校になんて、何考えてるのかしら?」
「ほんと〜、スケベだというのを発表したいのかしら」
「まっ、こんな年で子供を作るような奴の考えてることはわからないわね……」
「常識からずれてるのよ……」

そんな会話を聞き逃す訳がない。

「なんだあいつら!何も知らないくせに!」
「勝手なことばかり言って!二人の気持ちも知らないで!」
「そうだ!今日どんな仕打ちがあったか知らないくせに!」

「許さん!とっちめてやる!」
「ああ、女だろうが関係ない!ぶん殴ってやる!」
「私だって、ひっぱたいてやるわ!」



匠、琴子、ほむらが立ち上がったそのとき

「いけません!」
「えっ……」

美帆が真剣な表情を見せ、強い口調で3人を止めた。

「そんなことをしたら、公二さんと光さんに余計な心配をさせるだけです!」
「うっ……」
「気持ちはわかります。でも手を出してはいけません!」

「そうだな……」
「確かにそうだ……」
「そうね、つい感情的になってたかもしれない……」

3人は席に戻る。
すると美帆はにっこりと微笑む。
そして、そのまま宙に向かって話しかける。



「妖精さん。『蒲田行進曲の刑』にしてあげてくださいね♪」



「えっ?」
「美帆さん?」
「いまなんて……」

「どぎついをお願いしますね、妖精さん♪」

その直後



どかどかばたばたどかばた………

「うわぁぁぁぁぁぁぁっぁ………」



さっきの人の悲鳴が聞こえたかと思ったらその声が段々と小さくなっていった。

「……」
「……」
「……」

「なあ、いま階段の方から……」
「ここ3階でしょ?声が1階の方に消えたわよ……」
「もしかして、階段から突き落……」

匠、琴子、ほむらが硬直している。

「妖精さん。ご苦労さまです♪」

そんな3人には目もくれず、美帆は微笑んだままで宙に向かって話しかける。

「なあ、美帆ちゃん……」
「なんですか?」
「俺たちを止めさせておいて……」
「どういう意味だ?」

そして美帆はこうささやいた。

「これから3ヶ月。私は2人のためなら、鬼にでも悪魔にでもなりますよ♪」

さらに硬直する3人だった。



邪魔が入ったが話は元にもどる。

「……でも毎日毎時間片方が授業が受けられなかったら、絶対に賭には負けるわ」
「そうなんだ、だからクラス全員で順番で恵ちゃんの面倒見るって提案したよ」
「それで公二さん達はどう返事したんですか?」
「拒否したよ」
「なに!」



お昼休み。
公二と光の周りにクラスメイトが集まっている。

「公二、このままだと半分授業が受けられないぞ」
「そうだよ光ちゃん。私たちも協力させて」
「クラスで順番なら一人大体4時間ぐらい。これぐらい影響ないって」
「そうだよ」

しかし公二と光は首を横にするばかり。

「ごめん、気持ちは嬉しいけど……断るよ」
「どうして!」
「恵を連れてきたのはうちらや、うちらが面倒をみなくてはいかんのや」
「そんな必要はないよ!」
「いや……あるんだ」
「えっ?」

公二と光は首をあげる。
そして周りのクラスメイト達の目を見つめながら話し始める。

「俺たちが真剣な気持ちで子供をつくったか……先生達に見せなければいけないんだ」
「えっ……」

「この子がいい加減な子ではないことを……うちら2人だけで示さなければいけないんや」
「………」

「これは、俺たち2人だけでやらなければならない。俺たち2人の問題なんだ」
「………」

「だから、ごめん……みんなの提案は受けられない……」
「………」



「そんなことが……」
「公二達の言葉……本心だと思う……」
「………」
「ああ言われたら、俺たち手出しができないよ……」

美帆も琴子もそのときの2人の様子が思い浮かんだ。
二人が言いそうな言葉だと感じていた。

「あいつら……クラスメイトに賭の内容は言ってない」
「えっ?」

「3学期は毎日連れてくるということしか言ってないんだ」
「………」

「でも賭については、俺が徐々に噂で流すつもりだ……試験日までには全校に広めるようにする」
「そうか……」
「でも、恵ちゃんに手出しができない……」

「じゃあ私たちが言っても……」
「間違いなく断られる……」
「………」
「………」

「じゃあ、今は……」
「ただ見守るしかないな……」
「………」

会議はここで終わった。
それぞれがやりきれない思いを募らせて教室を後にした。



そして次の日の授業。
公二と光は恵と一緒。
そして予想通りに邪魔者扱いされる。

「まずは、助詞の変化について……」
「ふぁ〜あ」
「こら、静かにしなさい」
「ふぁ〜あ」

またもや恵が退屈の様子。
光と公二が懸命に静かにさせるがやっぱり見つかってしまう。

「おい、主人!陽ノ下!なんとかしろ!」
「はい!」
「邪魔なんだよ!どっか外に連れてけ!」
「しょうがないね……」



がらがらっ!



授業中にもかかわらず、ほむらが教室に入ってきた。

「赤井さん……」
「どうして……」

呆然とする二人を全く無視してほむらは恵のところに一直線に向かう。

「恵ちゃん、しばらくはお姉ちゃんと遊ぼうぜぇ!」
「わ〜い!」
「じゃあ、生徒会室にいこうな」
「うん!」

ほむらは恵を抱きかかえる。

「おい!赤井!なんでおまえがここにいる!」
「……あんたみたいな奴に、言う筋合いはないな……」
「なにぃ……」

ほむらは先生をにらみつけると、そそくさと教室を後にする。

「赤井さん、どうして?」
「なんで恵を?」



「あんたらがどういうつもりか知らないが、あたしはあたしの正義を貫かせてもらうぜ……」



ばたん!



そう言って、ほむらは恵を連れ出してしまった。
まだ3学期は始まったばかり、なにやら波乱含みな予感……
To be continued
後書き 兼 言い訳
初日の放課後です。

初日の様子は吹っ飛ばしました。
理由は全部の授業が同じ展開だからです。

恵を学校に連れてくる理由。
本当に極悪な理由ですね。最初はこんな理由じゃなかったんですけど……
教師が生徒を追い出せるか?ということは聞かないでください(汗
所詮、お話ということで。

公二と光がクラスメイトに話しかける様子は書きませんでした。
似たような展開を5,23,39話で書いたので、これを混ぜただけでつまんないと思ったからです。

次の話はまだ考えてない(汗
途中と最後は決まってるのですが(汗汗
第11部何話構成になるんだろう?2桁にはしたくないが(汗汗汗
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