放課後。
校門前にいつもの連中がやってきた。
普通なら3人だが今日はもう一人いる。
それは他の3人と違う制服の女の子。
真帆である。
「姉さん!『用事があるから来て』って言うからなんだと思えば、飲み会なのぉ?」
「ええ、そうですよ。一緒に飲みませんか?」
今朝、「今日は用事があるから」と言われたのでひびきの高校の校門までやってきた真帆だったが、
まさか、美帆が開口一番「じゃあ飲みに行きましょう」とはいうとは思ってもいなかった。
「ちょっと!私たち未成年だよ!」
「そんなの関係ありませんよ」
「姉さん……変わったね……」
「大人になったと言ってください♪」
「……」
相も変わらずニコニコ顔の美帆に対して戸惑っている真帆。
「じゃあ、真帆ちゃんのアルコールデビューだね」
「ちょっと待ってよ!私はまだ飲むなんて……」
「飲んで酔えばストレス発散でいいわよ〜」
「そんな、私お酒なんて飲んだことないし……」
「大丈夫だよ、すぐに酔えるから」
「そういう意味じゃなくて!」
完全に飲むと決めつけている匠と琴子。
真帆はまだ戸惑っている。
ここで美帆が真帆の耳元でぼそっとつぶやく。
「私……真帆の酔った姿……見てみたいなぁ……」
「ね、姉さん……」
「真帆の酔った姿……可愛いんでしょうねぇ……」
「!!!」
普通の美帆では考えれられないような、艶っぽい声でささやく。
真帆はこの声に無茶苦茶弱い。
「姉さんにだったら……いいよ……」
「そうですか、じゃあ行きましょうね♪」
あっさりと口説き落とされる真帆であった。
太陽の恵み、光の恵
第11部 決戦編 その6
第53話〜心傷〜
Written by B
響野食堂に行ってみると、店の前に茜が待っていた。
「あれ?茜ちゃん」
「あっ、やっぱり来たんだ……あれ?真帆ちゃん?」
「うん、姉さんに誘われてさぁ……」
「今日は真帆さんに大人の遊びを教えようかと思って」
「そう……」
「あれ?どうしたの?」
「今日は……辞めてくれないかなぁ?」
匠達は驚いた。
今まで店に来ても迷惑な表情をすることはあったが、断ることはしなかったからだ。
「ちょっと!どういうこと?」
「今日は貸し切りなの?」
「そういうわけではないんだけど……」
茜は心なしか困った表情をしている。
ちらちらと店の中をみている様子から店の中に問題があるらしい。
「ねぇ、もしかしてだれか来てるのですか?」
「実は……そうなんだ」
「誰なの?」
「とにかく、店の中を見てよ……」
「うん、わかった」
匠達は茜に言われたとおりにわずかに開いた扉から中を覗いた。
その光景は4人を十分に驚かせるものだった。
「えええええっ!」
「うそぉ!」
「どうして?そんな人とは思わなかったけど!」
「な、なんで花桜梨さんがここにいるの?」
店の中に花桜梨がいたのだ。
「ボクだって驚いたよ、いきなり店に来て『……お願いだから飲ませて……』っていうから……」
「で、日本酒をだしたわけ?」
「そう、『……今日は飲みたい気分なの……』っていうから」
「花桜梨さんはそんな風には見えないけど……」
「そうだよ、それに飲んだらなにかつぶやいてばっかりだし……」
「そうなんだ……」
「そんな時に水無月さんたちに騒がれたらどうなるか……」
再び5人は店の中を覗く。
花桜梨は一人で飲んでいた。
日本酒をちびちびと飲み、
テーブルにうつぶせになり、泣きながら一人つぶやいていた。
「どうして……どうしてこうなるの……」
「なんで、神様は私を苦しめるの……」
「私に……私に友達を裏切れというの……」
「できない……公二さんと光さんと戦うなんて……できない……」
「だからって、テストで手抜きをしたら……また元の黙阿弥……」
「いったいどうすればいいの……」
花桜梨の姿はあまりに痛々しかった。
さすがの琴子達も飲む気が失せてしまった。
「……なにか辛そうね……」
「なんか飲む気分じゃなくなったな……」
「そうですね、今日は帰りますか……」
「そうだね……」
(ふうっ……助かった……)
残念がる3人をよそに、真帆はほっと一安心した。
「ごめんね……また別の日にしてよ……」
「そうするわ、また今度にするわね」
琴子達は店を後にしようとする。
「そうしてよ……あれ?」
「どうしたの?」
「なんか花桜梨さんの様子が変!」
「なんだって!」
まだ様子をみていた茜が驚きの声をあげる。
琴子達が慌てて店の中を再び覗く。
しかし、花桜梨は相変わらずつぶやいているように、みえたが……
「どうして……どうしてにゃの?」
「へ?」
「にゃんで……にゃんで私はこんにゃに辛い目にあうんにゃ?」
「い、いま……なんて……」
「う〜っ……ひどいにゃ、神様はひどいにゃ」
「まさか……」
「う〜っ……にゃ〜お!にゃ〜お!」
「あああああ……」
花桜梨は鳴き声を出したかと思うと、いきなり四つんばいになって、店中をうろつき始めた。
「にゃ〜お……」
時たま、立ち止まって手をなめている。
「にゃ〜……」
または地面に落ちた食べ物をなめていたりする。
「あ、あれはまさしく……」
「ネ、ネコ……」
「か、花桜梨さんって酔うと、ね、猫になっちゃうんですか?」
「ど、どうやらそうみたいね」
花桜梨のあまりの豹変ぶりに5人はビックリしていた。
その花桜梨猫が四つんばいのまま、店の扉にやってきた。
そしておもむろに扉を開ける。
がらがらっ!
「やばっ!」
「みつかった!」
「うううううううっ〜〜〜!」
花桜梨猫は尻を高く突き上げている。
どうやら威嚇しているらしい。
「こ、これって……」
「や、やばいんじゃ……」
そう言った直後、花桜梨猫が飛び跳ねた。
「ふぎゃぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
あたりに聞こえたのは、叫び声をあげて飛びかかる花桜梨猫と悲鳴をあげる匠の声だった。
次の日の朝。
匠は顔中、包帯姿であらわれた。
あまりのひどさに公二は驚く。
「ど、どうしたんだ!」
「いや……でっかい猫に引っかかれた」
「はぁ?」
「そういうことだ、頼む、納得してくれ」
「わかった……これ以上知るとやばそうだ……」
意外に冷静な匠を見て、逆に恐ろしさを感じた公二はこれ以上追求することをやめた。
「ところで話は変わるけど」
「いったいなんだ?」
実は話は変わっていなかったりする。
もちろん公二は知るはずはないのだが。
「八重さんのことだけど……最近、おかしくないか?」
「そういえば……」
「教室にも来ないし、いつも悩んでいる表情してるし」
「たしかに、そういえば最近花桜梨さんと会ってないな」
「そうだろ?たぶん、公二たちのことだよ。なんか心あたりあるか?」
公二と光がほむらと話し合った後。
二人の態度が変わった。
友達の好意を素直に受けるようになったのだ。
教室の隅にはお手製の策を作って恵専用の遊び場も用意した。
おもちゃも置いて、これなら授業もある程度手を掛けなくてすんだ。
体育のときは、クラスで授業を見学する人に子守を頼んだ。
おかげで、授業での二人の負担は格段に減った。
先生たちも変わった。
とうとう、二人を追い出す先生が誰もいなくなったのだ。
さすがに恵が騒いだら注意するが、それっきり。
それでも二人の姿を直視できないでいるのは、今までの仕打ちの負い目もあるからだろう。
それは真剣な二人の態度と、恵の姿に心打たれたのだろう。
まだ、問題が一つあるのだ。
公二と光に科せられた賭は終わってないのだ。
職員会でも勝負の中止は決議された。
しかし、その場でほむらも言ったが公二と光はそれを受け入れなかったのだ。
「先生はもう関係ない。これは自分自身との戦いなんだ」
と言って。
しかも二人はクラスメイトの前で宣言してしまったのだ。
「親としての誇りを賭ける。もし俺たち2人が総合20番以内に入らなかったら、学校を辞める」
もはや匠が噂で広める必要もなくなってしまった。
こうなると匠達も黙っていられない。
休み時間や放課後には琴子や楓子達が教室にやってきて恵の子守をしていたのだ。
子供扱いに慣れない、匠や純一郎までも協力していた。
ところが……
花桜梨だけが教室に来ないのだ。
楓子が誘うのだが、どうしても行こうとしない。
理由を聞いても何も答えない。
楓子たちもさっぱりわからない状況だったのだ。
公二はその理由を考えた。
そこで一つ思い浮かんだようだ。
「う〜ん……!!!……もしかして……」
「どうした?」
「匠、至急調べて欲しいことがあるんだけど……」
「なんだい?
」
「……ごにょごにょ……」
「なるほどな……わかった。明日報告するよ」
「頼むな」
そんなことがあって、次の日。
「公二!やっぱりお前の言うとおりだ!」
「そうか、やっぱり……」
「2学期の期末試験の総合順位だよな。入院していてお前はいなかったから……」
「上位19人が俺と光のライバルとなるわけだよな」
その通り。公二は毎回10番台をキープしているので、
上位20人のうち、公二を除いた19人が光のライバルになる。
20番以内に入ったことがない光にとっては、
この19人の中の誰かを蹴落とさないと20番以内に入れない。
「そうだ。調べたらやっぱり八重さんもその19人の中に入ってる」
「そうか……」
「しかもな……」
「しかも?」
「八重さん……総合19位なんだ……」
「なんだって……」
公二は匠からもらったリストを見てみる。
確かに花桜梨の名前が19番目に載っている。
「つまりお前を入れると実質20位だ。もし光ちゃんが総合20番を目指すとなると……」
「八重さんとの勝負になる……」
「他の人もいるから実際はそんなことはないけど、八重さんはそう思ってるかもしれない」
「……」
「やっとわかったよ……八重さんが公二達を避ける訳を……」
「……」
「どうする?このままだとヤバイぞ、そんな気がする」
「わかってる、ここは俺がなんとかする……」
「頼むよ、俺もあれ以上辛い顔を見るのは辛いから……」
さらに次の日。
花桜梨は公二と光から屋上に来るように言われた。
花桜梨は本当は行きたくなかった。
でも行かなければいけない。そんな気がしていた。
そして屋上。
「公二君、光さん……」
「花桜梨さん、来てくれたんやね……」
「ええ……」
公二と光は真剣な表情で花桜梨を見つめる。
花桜梨も自然と真剣な表情になる。
「最初にはっきりいうよ……俺たちに遠慮はいらないよ」
「えっ?」
「俺たちと正々堂々……試験で勝負してくれないか?」
「……」
花桜梨は何も言わない。
それでも公二と光は訴え続ける。
「わかってる、花桜梨さんとうちらが戦わなければならないのは」
「……」
「でもな、これは真剣勝負や、真剣勝負に情けは無用なんや」
「……」
「下手に手加減されても……俺たちは嬉しくない……」
「でも……」
「もし賭けに負けても……花桜梨さんのせいじゃない……」
「……」
「これは自分自身との戦い、負けても自分自身に負けただけ、花桜梨さんは関係ない」
「辛いの……」
「えっ?」
ほとんど聞いているだけの花桜梨が口を開いた。
「賭の内容を聞いてショックだった……だって私と光さんが戦わなければならないから……」
「……」
「最初は気にしなかった、でも試験が近づくに連れて辛くなって……」
「……」
「私……今度の試験、手を抜こうかと思った。学校休もうかと思った……」
「えっ?」
「そうすれば、光さんのライバルが減る……そう思った……」
「花桜梨さん……」
花桜梨の表情は辛そうだった。
それでも花桜梨は話し続ける。
「でも、それはしてはいけないんだよね……」
「……」
「そんなことしたら光さんを傷つけるだけ……去年のバレー部みたいに……」
「!!!」
「あのときも……友達のためだと思った……でも友達の傷に塩を塗っただけだった……」
「……」
「もし今度もそうしたら……去年の二の舞……」
「花桜梨さん……」
「でも現実、私は光さんのいわば敵。友達としてどうしたらいいか……迷ってた……」
「……」
「私、どうしたらいいの?友達として何かできないの?そればかり考えてた……」
「……」
花桜梨はここでようやく落ち着いた表情に変わる。
「でも、公二さんと光さんの言葉を聞いて、吹っ切れた……」
「花桜梨さん……」
「今度の試験……真剣勝負……受けるわ……」
「そうこなくっちゃ……」
「絶対に負けないからね……」
「うん、私も負けない……だから、公二さん、光さん、絶対に負けないで……」
「ありがとう……」
「おおきに……」
花桜梨は二人を横切り階段に向かう。
階段への扉の前で花桜梨が振り向く。
「じゃあ、明日は恵ちゃんの子守にお昼休み行くから」
「えっ?」
「ライバルはライバル、友達は友達。そうでしょ?」
「うん、そうや……」
「じゃあ、明日から頑張りましょうね……」
花桜梨はそう言って去っていった。
そして残された二人は階段への扉をじっと見つめていた。
「花桜梨さん……まだバレー部のことを……」
「そうとう心に傷ついてたんやね……」
「仕方ないよ……留年という名で一生残る傷になったからな……」
「でも、その傷をどうするかは花桜梨さん次第やな……」
「そうだな、傷が化膿するか、薄くなるか……運命の分かれ道だな」
「うん……」
「光、今度の勝負、花桜梨さんのためにも勝たないとな……」
「そうや、花桜梨さんの心の傷……広げるわけにはいかんのや……」
「どういう経緯にしろ、俺たちが花桜梨さんに傷を思い出させてしまったからな……」
「そうやね……」
「じゃあ、さっそく家に帰って勉強だ!」
「うん!了解了解!」
その次の日から花桜梨も公二達の教室に現れた、
先日とはうってかわった表情に、公二・光・匠以外は全員驚いていた。
しかし花桜梨を含めた4人は口を閉ざしたために変貌の真相は当分謎のままとなる。
そして運命の試験の日が徐々に近づいてくる。
To be continued
後書き 兼 言い訳
前半酔いどれ、後半シリアスという滅茶苦茶な展開ですな。
前半はお約束どおりのの酔いどれ
新酔いどれは真帆……と見せかけて花桜梨でした。
花桜梨の酔いどれモード……かなり悩みました。
いろいろ考えてたどり着いたのが、単純明快「猫」
……いいのか?花桜梨さんを四つんばいにして(汗
あの状態から繋がって、花桜梨の苦悩の告白となります。
ここでの花桜梨は成績優秀です。普通はそれでいいはずです。
しかし、今回の賭は成績勝負、となると……
花桜梨の苦悩となるわけです。
ところで花桜梨の部費事件のことは立ち直っても忘れられるのでしょうか?
あれだけの事件です。花桜梨が留年してしまったのですから。
私の答えのひとつが、公二と光の会話にあります。
ま、そう言うことを言いたくて書いたのではないのですが。
自分の思いとは違い、友達の敵となってしまった自分。
そんな花桜梨さんの心境が今回の中心となりました。
何度も書いてますが、ここでの公二・光・花桜梨の選択は答えの一つで正解かどうかはわかりません。
それは皆さんで考えてください。
次回は試験前日まで進みます。
また新酔いどれキャラを出そうかな?